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ウィークエンド・ウォリアー〜深夜のジムで初心者の女の子を助けたら、実は元アイドルのVTuberで俺の周りが騒がしくなり始めた話〜  作者: 遠峰 黎


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DAY5:前世を知る

「――そういうわけで、ノアちゃんは八雲様と一緒に活動してたんだ」


 百瀬は周りに人がいないのを確かめてから、一色ノア――七海さんの過去と、百瀬自身が福岡支店にいた頃のことを、少しだけ話してくれた。


「前世は、アイドルだね」

「前世?」


 聞き慣れない単語に、思わず聞き返す。


「あ、前世っていうのは、VTuberになる前に活動してた名義とかのことね。新しく生まれ変わる、みたいな感じ。VTuberってさ、最初からVTuberとして始める人もいれば、歌手とかアイドルとか、それまで芸能活動をしてた人が新しい場所として始めることも多いんだよね」

「なるほど」


(アイドルか……)


 七海さんの顔が浮かんだ。だけど、ジムで見た七海さんと、ステージに立つアイドルの姿が、俺の中でまだ結びつかなかった。


「顔は出してなかったんだけどね。全国区になる前に解散しちゃったし、気づいてる人はあんまりいないと思う」


(顔を出さないアイドルか……)


 百瀬の話に耳を傾ける。


「それにファンの間でも、前世にはあまり触れないのが暗黙の了解かな。もう新しい活動してるからさ。中にはオープンにしてる人もいるけどね。でも、五十嵐くんにだけは、話しておいたほうがいいと思って」


 百瀬は声をひそめた。


「ここだけの話だからね」

「分かった。誰にも言わない」


 俺が背筋を伸ばして答えると、百瀬は少し間を置いてから、ふとつぶやいた。


「私が今ここにいられるのはさ、推しのおかげなんだ……」


 声が半音ほど落ちた。視線は俺ではなく、休憩スペースの窓の外へ向いている。


「だってさ、推しが新しい場所で、あんなに頑張ってるのに、ファンの私が不甲斐なかったら、合わせる顔ないもんね……ってごめん、なんか重い話しちゃった」


 百瀬は照れ隠しのように笑って、早口で続けた。


「でもさ、おすすめが過ぎるよね。動画サイトの。私にノアちゃんをおすすめするアルゴリズム、あれどうなって――」


 百瀬の声が、だんだん遠くなる。


(不甲斐ない、か……)


 新入社員として出会った百瀬は、前向きで、いつだって無敵に思えていた。それは本社に来てからも変わらない。福岡支店にいた頃の百瀬は、どんな顔をしていたんだろうか。俺には想像もつかなかった。


「――精度が、もはや心を読まれてるレベルだよね」

「百瀬は、かっこいいよ」

「え?」


 きょとんとした顔で俺を見つめる。


「たしかに推しがきっかけだったかもしれないけどさ。頑張ったのは、百瀬自身だろ?」


 気づけば、俺は続けていた。


「俺、名古屋支店にいた頃、百瀬の人事異動の発令を見たとき、すごく勇気をもらったんだよ。ああ、アイツ、本社に異動したんだって。すごいなって。だから、百瀬には本当に感謝してる」


 百瀬は黙って俺の話を聞いていたが、やがて、ふっと表情を緩めた。


「そっか。じゃあ私の頑張りも、五十嵐くんの力になれてたんだね」


 そう言って、少しだけ目を細める。


「なんだか、あの頃の私が救われたよ」


 何かを思い出すような口調だった。それから、独り言のようにこぼした。


「五十嵐くんなら、姫も……」


(え?)


「それはどういう――」

「やば! 喋りすぎちゃった! 昼休み終わっちゃうね。それじゃ、また姫のことで何かあったら教えてねー!」


 腕時計をちらりと見て百瀬はそう言うと、踵を返して歩き出した。


「あ!」


 背中越しに声が飛んできて、百瀬が立ち止まる。振り返った百瀬は、いたずらっぽく口の端を上げていた。


「姫を傷つけたら許さんからなー!」


 親指を立てたかと思えば、首の前で横に引くような仕草をした。


(その動きはおかしくない……?)


 そんなことを思いながら、俺は今度こそ遠ざかる百瀬の背中を見送った。


 * * *


 午後の仕事に戻ると、俺はいつものように営業企画部の業務に追われた。資料の修正に、各支店からの問い合わせ対応。

 時計を見ると、とっくに定時を過ぎていて、目の前の仕事を片づけるだけで一日が終わっていく。


 その日の帰り道。

 駅前の大型ビジョンに八雲玲於奈が映り、歌声が流れてきた。行き交う人の横顔を、画面の光が青白く照らしている。どこかで聞いた覚えのある声に、足が止まる。


(この人と、七海さんが一緒に……)


 にわかには信じがたい。それでも、百瀬があれだけ声をひそめて言ったことだ。俺は信じることにした。


 その後も、ふとした拍子に七海さんの顔が頭をよぎった。なぜ彼女のことを考えるのだろう。

 自分でもよく分からないまま、慌ただしい平日は過ぎていった。


 そして、金曜日の夜。

 支店にいた頃なら、今頃は同僚と酒でも飲んでいただろう。けれど、今夜の俺は違った。


 あれから、彼女とは特にやり取りをしていない。それもそうだ。ジムで知り合って、連絡先を交換しただけの関係。わざわざ連絡する理由もないし、向こうだって俺のことを気にしているとは限らない。

 それなのに俺は、彼女のことをもっと知りたいと思っていた。


 そして、もうひとつ。

 あの取り消されたメッセージ。そのことも、俺の頭の片隅には残っていた。


 人通りの少なくなった夜道を歩いて、いつの間にか俺はジムの前に立っていた。

 入室して、更衣室で着替えを済ませてから辺りを見渡す。空調の低い音だけが響くフロアに、人影はない。俺だけのようだ。


(そんな都合よくいるわけないだろ……)


 ため息が出る。俺は何を期待してる。自分でも、らしくないなと思った。

 別に、彼女と会う約束をしていたわけでもない。そもそも、ここに来たのは運動するため。そう自分に言い聞かせる。せっかくジムに来たんだ、運動でもしようと思い直したときだった。


 ピッと、セキュリティ認証の音。

 すぐに入口のドアが開いた。


「あっ」


 声が聞こえた。

 振り返ると――そこには、七海さんがいた。


 スポーツウェアに黒いリュック。ハムスターらしきマスコットが揺れている。彼女の毛先が、歩くたびにふわりと動く。リュックを肩から下ろす彼女の息は、少しだけ上がっていた。


 彼女と目が合った。

 自分が今、どんな表情をしているのか。彼女に、何を言うべきなのか。頭の中がフル回転しているのに、肝心の言葉が出てこない。そんな俺に、彼女は気づいているだろうか。


 時間が止まったかのような一瞬。

 それを破ったのは、七海さんだった。


「こんばんは」


 にっこり笑う彼女。


「あ、こんばんは」


 俺は、同じ言葉を返すので精一杯だった。


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