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ウィークエンド・ウォリアー〜深夜のジムで初心者の女の子を助けたら、実は元アイドルのVTuberで俺の周りが騒がしくなり始めた話〜  作者: 遠峰 黎


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3/7

DAY3:VTuberとオフで会う

「ありがとうございましたー!」


 俺たちは会計を済ませて店を後にした。


「じゃあ、私そろそろ帰るね。あっ、注文したやつ届いてる」


 スマホを覗きながら言った。


「何か大事なやつなのか?」

「そう、乙女の嗜(たしな)み。良い値段したから早く開けなきゃ。じゃあねー」


 そう言って百瀬は俺と反対方向へ足を運んだ。


「結構飲んでるんだから気をつけろよー」

「あいよー」


 手を振って去っていく百瀬を見送り、俺も駅へ向かった。

 帰宅すると、酒が入っていたこともあり、そのまま眠りについた。


 * * *


 平日はいつもどおり仕事をこなし、ようやく週末。

 溜まっていた家事を一通り済ませた。


(ジム、行くか……)


 入会したジムに、平日は全然行けていなかった。


 夜になると、俺は着替えて家を出た。


 百瀬が言っていたことを思い出す。

 ジムで出会った、あの子のことだ。有名なVTuberだなんて、正直まだピンときていない。たしか名前は一色ノア。ちょっと検索すれば、どんな活動をしているのか分かるのだろう。


(……いや、やめておこう)


 なんだか、こっそり人の日記を覗き見しているようで気が引けた。


 ジムに着くと、先客が二人いた。

 一人は黙々と筋トレをしている男性。もう一人はランニングマシンで歩いている女性だった。


 無意識に室内を見回してしまったが、彼女の姿はない。


(あー、百瀬のせいで意識するようになっちまったじゃないか……)


 余計なことを考えるのはやめて、ストレッチを済ませてランニングマシンに乗った。ゆっくりと歩きながら窓の外を眺めていると、歩道を行き交う人たちの姿が見えた。


 しばらくすると、先客たちも帰っていった。

 気づけば、ジムにいるのは俺一人。


(このジム、あんまり利用者がいないのか……? まあ、俺は好きな器具を自由に使えるからいいんだけど)


 そんなことを考えながら歩き続けていると、やがて入口のドアが開く音がした。

 誰か来たらしい。俺は特に気にせず、そのまま歩き続けた。


(……喉が渇いたな)


 そういえば、飲み物を持ってきていなかった。いったんマシンを止め、近くの自動販売機へ向かう。自動販売機の前で、ふと入口のほうを振り返った瞬間だった。


「あっ」


 思わず声が漏れた。入口のそばで、見覚えのある小柄な女の子がこちらを見ている。向こうも俺に気づいたらしく、目が合った。


「あ、この間はありがとうございました!」


 静かなジムに、弾むような声が響いた。彼女はぺこりと頭を下げる。


「あ、いえいえ、全然!」


 俺も慌てて返事をする。まさか、本当に会うとは思わなかった。

 改めて彼女を見る。


 肩に届くか届かないかの長さで、毛先がふわりと内側に丸まった黒髪のボブ。前髪の下からのぞく、大きな黒っぽい瞳に白い肌。グレーのパーカーを着た小柄な身体には、黒いリュックがよく似合っていた。ファスナーの脇では、ハムスターらしき小さなマスコットが揺れている。

 そして、こちらに向けられた人懐っこい笑顔。


(可愛いな……って、いやいや、何を考えているんだ、俺は! 知り合って間もない女の子をじろじろ見て。これじゃあ、ただの怪しい男じゃないか……)


 なんとか平静を取り戻した。


「この前は、急に帰っちゃってすみませんでした」

「ああ、いや、気にしなくて大丈夫ですよ。大したことではないので」

「でも、ちゃんとお礼を言いたかったんです」


 彼女はリュックの肩紐をぎゅっと握り、言葉を探すように視線を泳がせた。


「今日また会えてよかったです。あのまま会えなかったら、ずっと気になってたと思うので……」


 そう言って、少し照れたように笑った。


「とんでもないです。そう言ってもらえると、こちらも甲斐があったかな」


 それにしても、声が柔らかい。少し高めで、語尾がふわりと溶けるように消える。一度聞いたら、耳の奥に残りそうな声だった。


 年齢は俺より下だろうか。なんとなく、そんな気がした。


「そういえば、飲み物を買いに来たところだったんです」

「そうなんですか?」

「はい、ちょっと喉が渇いちゃって」

「じゃあ、ここは私に払わせてください。助けてもらったお礼です」

「いやいや、そんなのいいよ」

「いえ、私がそうしたいんです。飲み物くらいなら安いですし」


 声は控えめなのに、引く気配がない。そこまで言われると、断るのも悪い気がしてくる。


「……じゃあ、お言葉に甘えて」


 俺は自動販売機でスポーツドリンクを選んでボタンを押した。彼女はスマートフォンを取り出し、キャッシュレス決済で支払いを済ませた。


「はい、どうぞ!」

「ありがとうございます」


 受け取った飲み物のキャップを開け、ひと口飲んだ。乾いていた喉に、冷たい飲み物が染み渡った。


(……うまい)


 いつも飲んでいるものなのに、今日はやけに美味しく感じる。


「じゃあ、私も同じのにしようかな」


 彼女が自動販売機に向き直り、ボタンを押す。

 そのとき、俺はスマートフォンをかざして、彼女の分を支払っていた。


「あっ!」


 彼女が驚いた顔で振り返る。


「もう、それじゃ意味ないじゃないですか」

「はは、すみません。なんとなくそうしたくなっちゃって」

「意外と、お茶目なんですね」


 そう言って、彼女は笑った。


(……なんで俺はこんなことをしたんだろう?)


 普段なら、わざわざこんなことはしないのに。自分でも不思議に感じてならなかった。


 * * *


 飲み物を買ったあと、彼女は黒いリュックをロッカーに預けた。俺たちはそのままストレッチスペースで話をしていた。


「お兄さん、いつもこの時間に来てるんですか?」


 お兄さんという呼び方に一瞬戸惑うも、すぐに返事をした。


「まだ通い始めたばかりなんですが、今のところ夜に来てますね」

「あ、私も、まだ全然来てなくて」

「そうなんですか?」

「はい。今日で2回目です」

「……この前のベンチプレスも含めて?」

「はい!」


(……それじゃ俺と同じだな)


 なんだか親近感を覚えた。


「私は昼間に寝ていることが多くて、夜のほうが元気なんです。それで周りからも、もう少し運動したほうがいいよって言われて、ジムに入会したんです」


(配信者の生活ってやつか)


「なるほど、生活リズムが夜型なんですね」

「そうなんです。だから、こうして夜に運動するのがちょうどよくて」

「俺は平日が忙しいから、土日にまとめて運動する感じかな」

「じゃあ、こうして会えたのも偶然なんですね」

「そうですね」


 お互いに、まだ通い始めたばかり。それなのに、こうして二度も顔を合わせるとは、なかなか珍しいことかもしれない。

 彼女が何かを思いついたように顔を上げた。


「お兄さんがいるなら、私もサボらずに来られそうかな」

「え?」

「あ、えっと……」


 彼女はパーカーの裾を指先でいじりながら、少しだけ視線を落とした。


「私、普段あんまり、人と面と向かって話さなくて。だから、ちょっと緊張してたんですけど」

「そうは見えないですけど」

「ですよね。自分でもびっくりです。お兄さんだと、なんか普通に話せちゃって」


 そこで言葉を切り、小さく付け足した。


「……助けてもらったから、かな」


 言い終わると、彼女が切り出した。


「あ! そういえば、まだ自己紹介してませんでしたね。私は、七海(ななみ)文乃(ふみの)です。七つの海の七海に、文章の文、それから乃は……刀みたいな字をちょっと変えたアレです!」


 そう言うと、空中に乃の字を書いてみせた。


「へえ、七海さんですね。俺は、五十嵐司って言います。五十の嵐に、司(つかさど)るの司です」

「五十嵐司さん……なんだか、かっこいい名前ですね!」

「ああ、名前だけはかっこいいんですよ」


 冗談めかして返すと、七海さんはくすっと笑った。小声で付け足した。


「かっこいいですよ……」

「……え?」

「あ、何でもないです!」


 七海さんは慌てて両手を振った。


「そうだ、あの……」


 七海さんがスマートフォンを両手で握りしめた。


「もしよかったら、連絡先を交換しませんか?」

「連絡先?」

「はい! せっかく知り合えたので。またジムで会ったときとか、お話しできたらいいなって」

「大丈夫ですよ」


 そうして俺たちは、連絡先を交換した。2回目の顔合わせでこうなるとは。


「なんだか、私ばっかり話しちゃいましたね」

「いや、そんなことはないですよ」

「じゃあ私、そろそろ歩こうかな。あっ、一緒に歩きませんか?」

「はい、歩きましょう!」


 並んでランニングマシンへ向かう。七海さんは隣のマシンに乗った。


「じゃあ私はこっちのマシンで!」


 そう言って笑顔を向けてから、ランニングマシンで歩き出す。

 俺も速度を設定して歩き出すと、そこから先はお互い無言で歩いていた。

 気づけば、歩き始めてから30分ほど経っていた。いつの間にか彼女の息遣いは荒くなっていた。


「はぁ……私、体力ないなあ……」


 七海さんが少し疲れた様子で息をつく。息が上がっていても、声の柔らかさは変わらない。


「ちょっと疲れちゃいました。五十嵐さんは、まだ歩くんですか?」

「うん。もう少しだけ歩こうかな」


 そう答えたものの、実のところ俺もそれなりに疲れていた。


「それじゃあ、私は先に失礼しますね」

「ええ、また」

「はい! 今日はありがとうございました!」


 七海さんはロッカーから黒いリュックを取り出して背負うと、笑顔で手を振った。ファスナーの脇で、ハムスターらしきマスコットがひょこひょこと揺れる。


 俺はマシンを一時停止して、そのままジムを出ていく背中を見送った。その後再び歩き出し、少ししてからマシンを止めた。


 * * *


 ジムからの帰り道。彼女のことを思い出す。


 耳に残る、柔らかい声。そして、あの笑顔。


 百瀬が「姫」と呼ぶ理由が、少しだけ分かった気がした。


 VTuberの彼女と、今日ジムで出会った彼女。

 あの子なら――ありのままの姿を映しても、きっと人気になる。そう思った。


(どうして、わざわざ別の姿を選んだのだろう)


 そんな疑問が、俺の頭には残っていた。


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