あっさり通った婚約破棄
「父上、一体どういうことですか!? グランヴェル公爵家から婚約解消の申し入れがあっただなんて!」
国王陛下の執務室。急遽呼び出された俺——アレスは、父である国王から突きつけられた一枚の書状を前に、声を荒らげていた。
しかし、デスクの向こうに座る父の顔色は、驚くほど蒼白だった。
「……アレス。グランヴェル公爵から、エレノアとの婚約解消を正式に受理してほしいと打診があった。公爵自ら来訪し、書面を提出したのだ」
「なっ……! エレノアが、自分から婚約破棄……?」
俺は一瞬、耳を疑った。
あのエレノアが? 幼い頃から完璧な王妃になるために努力し、俺の横に立ち続けていたあのエレノアが、自ら婚約を棄てるというのか?
(いや……待てよ?)
驚きが去った後、俺の胸にじわじわと湧き上がってきたのは、思わぬ「安堵」と「歓喜」だった。
(そうか、エレノアも気づいたんだ。俺たちが本当の意味で愛し合っていないことに。そして、俺とセシリアの『真実の愛』に気圧倒され、身を引く決意をしたんだな……!)
エレノアはいつだって物分かりが良い女だった。
俺に冷たくあしらわれても嫉妬一つせず、黙って受け入れていたのは、彼女自身もこの政略結婚の縛りから解放されたかったからに違いない。
彼女なりに俺とセシリアの愛に気遣い、自分から泥をかぶる形で身を引いてくれたのだ。
「父上! これは素晴らしいことです!」
「……何だと?」
父上が信じられないものを見るような目で俺を見つめるが、俺は興奮を抑えきれずに言葉を続けた。
「エレノアも納得の上での申し出です! 互いに愛のない政略結婚に縛られ続けるのは、国家にとっても不幸ではありませんか! 俺にはセシリアがいます。彼女こそが真に俺を支え、民に愛される王妃となる女性です!」
「……アレス、お前は本当に分かっているのか? グランヴェル公爵家が我が国においてどれほど重要な役割を果たしているかを。エレノアがいなくなった後、王妃としての責務をバークレイ家の娘が果たせると思っているのか!?」
「大丈夫です! セシリアは可憐で思いやりのある素晴らしい女性です。エレノアのような冷たさもありません。俺がしっかりと支えれば、民も納得します!」
父上は深いため息をつき、頭を抱えた。
グランヴェル公爵からの強い圧力を前に、王家としてもこれ以上エレノアを引き止める理由がないのは明白だった。何より、エレノア本人と公爵家の意思が固すぎるのだ。
「……分かった。グランヴェル公爵令嬢エレノアと、第一王子アレスの婚約解消を認めよう」
「感謝いたします、父上!」
俺は心の中でガッツポーズを決めた。
これで邪魔者はなくなった。
俺とセシリアを阻むものは何一つないのだ。
(エレノア、君の最後の『思いやり』には感謝するよ。君もこれで自由だ。公爵令嬢として、どこかで静かに暮らすといい)
自分の非や、公爵家という巨大な後ろ盾を失うことの意味を何一つ理解していない俺は、満面の笑みで執務室を後にした。
セシリアにこの最高の吉報を伝えに行くために。




