呪いの解術法を探さなくては
宿の食堂で朝食をとっている間も、私の胸の奥はトクン、トクンと落ち着きなく跳ね続けていた。
目の前で静かにコーヒーを飲むルーク院長と視線が合うたびに顔に熱が集まり、思わず手元のパンを取り落としそうになってしまう。
(間違いありませんわ……。あの時、ルーク院長の瞳に見つめられてから、私の身体異常は続いておりますの。これは何らかの『精神干渉系呪術』に違いありません……!)
大魔術師たるもの、未知の呪いに屈するわけにはいかない。
解術の基本は「因果関係の特定」と「接触による魔力干渉の検証」だ。
私は朝食を終えると、船の整備に向かおうとするルーク院長の後を素早く追いかけた。
「ルーク院長、少々お待ちになって!」
「ん? どうしたエレノア、そんなに慌てて——」
振り向いたルーク院長の袖をキュッと掴み、私は彼の正面へと回り込んだ。
そして、自分の胸に手を出て当て、大真面目な顔で彼を見上げる。
「検証を行いますわ!」
「は……? 検証……?」
「はい! 今朝から私の心拍数が異常値を計測しておりまして、呼吸困難と体温上昇の症状が出ておりますの。恐らくは未知の呪詛! その発動条件と緩和方法を調べるため、ルーク院長にご協力いただきたく存じます!」
「じ、呪詛……!? お前、体のどこか痛むのか!?」
一瞬で顔色を変え、心配そうに私の肩を掴んで覗き込んでくるルーク院長。
その大きな手が肩に触れた瞬間——
ドクンッ!!
(あ……! またですわ! ルーク院長に触れられると、呪いの波動が跳ね上がりますの……!)
「やはり……! ルーク院長との距離が縮まると症状が悪化しますの! ですから……こうして、さらに密着すれば『過剰摂取による抗体』ができるかもしれませんわ!」
「は!? ちょっと待て、何を——」
私はルーク院長の首元に両腕を回し、背伸びをして思い切り抱きついた。
ぎゅっ。
彼の胸板に自分の顔を押し当て、心臓の鼓動をダイレクトに重ね合わせる。
完璧な接触検証。これで呪いの抗体が生成され、胸のドキドキは静まるはず——
「……っ!? エレノア、お前……っ!!」
だが、抗体どころか私の顔は火が出そうなほど熱くなり、心臓は爆発しそうなほどの音を立て始めた。
それどころか、私を抱きとめたルーク院長の体もカチコチに固まり、彼の胸の奥からもドクドクと恐ろしいほどの速さの鼓動が伝わってくる。
「あ……あら……? ルーク院長も……同じ呪いに……?」
「……バカ者。呪いなんかじゃない……いい加減に気づけ……っ!」
ルーク院長は低く掠れた声で呟くと、逃げようとする私の腰を少し強い力で抱き寄せ、耳元でふぅと熱い息を吐き出した。
「お前が俺にそんなことするから……俺の鼓動までおかしくなってるんだろ……」
耳元に触れる彼の声と熱気に、私の頭の中は真っ白になり、思考回路が完全に停止した。
(抗体が……できませんわ……。それどころか、どんどん理性が溶けていきそうですの……)
遠くで「エレノア様が自ら罠に飛び込んでいる……!」と頭を抱えるシオンの声を遠くに聞きながら、大魔術師エレノアは自分の胸を惑わす『呪い』の正体が、魔術論では説明できないものであることに、ほんの少しだけ気づき始めていたのだった。




