この胸のドキドキは、呪いでしょうか?
翌朝、眩しい朝日に照らされて私が目を覚ますと、すぐ隣にはげっそりとやつれた様子のルーク院長が座り込んでいた。
目元にはうっすらとクマが浮かび、琥珀色の瞳はどこか遠くを見つめている。
「まあ、ルーク院長! おはようございます……って、まぁ! なんてお痛々しいお顔ですの!? 一晩のうちにどのような悪しき呪詛を受けられたのですか!?」
私が慌てて布団から起き上がり彼の顔を覗き込む。
心配のあまり、無意識のうちに彼の両手をぎゅっと握り締め胸元へ引き寄せてしまった。
「……呪い、か。ああ、そうだ……恐ろしく甘くて、逃げ場のない呪いにかかった気分だよ……」
ルーク院長は力なく深々と溜息をつき、握られた自分の手と至近距離にある私の顔を交互に見つめた。
その眼差しは、いつも私を優しく見守ってくれる師の光でありながら——どこか熱く、深く、私という一人の女性を絡め取るような妖しさを帯びている。
「ル、ルーク……院長……?」
ふいに胸の奥がトクンと大きく跳ねた。
いつもなら「体温の確認」や「魔力効率」といった理論で頭がいっぱいになるはずなのに、なぜか言葉が喉に詰まる。彼の熱い指先が私の手に触れている部分から、じわじわと全身に謎の熱が広がる感覚。
「エレノア……お前は本当に、何もわかってないんだな」
ルーク院長が低く落ち着いた声で呟き、握られた手を優しく握り返してきた。
彼の顔が、ゆっくりと私の顔へと近づいてくる。
逃げなければいけない理由なんてどこにもないのに、私の心臓は警鐘を鳴らすように激しく打ち鳴らされていた。
ドクン、ドクン……!
(な……なんですの、この胸の騒ぎは……!? 星辰魔術の暴走? いいえ、魔力回路は極めて正常ですわ……! なのに、ルーク院長に見つめられるだけで、息が上手く吸えません……!)
「あ、あの……ルーク院長……!」
「……っ」
私の混乱した声にハッと我に返ったのか、ルーク院長はサッと顔を忍ばせ、繋いでいた手を優しく離した。
「……すまん。寝不足で少し頭がどうかしていたようだ。……先に下で朝食を食べている」
そう言い残し、どこか照れくさそうに背中を向けて部屋を出ていくルーク院長。
残された私は、自分の胸にそっと手を当てたまま、ぽかんと佇んでいた。
(顔が熱い……胸が破裂しそうですわ……。まさか、大峡谷の古代遺跡に潜む未知の精神呪詛に侵されてしまいましたの……!?)
部屋の外の廊下で「エレノア様ー! ルーク院長が急に真っ赤な顔で走っていきましたけど何かありましたかー!?」とシオンの能天気な声が響く中、大魔術師エレノアは人生で初めての「自分自身の異変」に激しく狼狽するのだった。




