同じ部屋で寝るのは魔力効率のためです
宿の受付でトラブルが発生した。
大峡谷の観光シーズンと急な悪天候が重なったため、空いているお部屋がどうしても『大きなベッドが一つある部屋』と『小さなシングル部屋』のふたつしか残っていなかったのだ。
「エレノア様と私が大きいお部屋を使えばバッチリですね!」
シオンが提案したのだが、私はフッと優雅に首を振った。
「いいえ、シオン。ルーク院長は毎日『ステラ・グランヴェル号』の操縦と魔導炉の点検で一番体を駆使していらっしゃいます。大きなベッドでゆったり休んでいただくべきですわ」
「えっ……じゃあエレノア様はどうするんですか?」
「私とルーク院長が同じ部屋を使えば解決ですわ。二次元位相の結界を張れば空間の共有など造作もないことですし、何より魔力回路の共鳴効率を考えれば、近くにいる方がお互いの疲労回復速度が跳ね上がりますもの!」
王宮の魔導病院でも、傷ついた魔術師同士は同じ魔力場で睡眠をとるのが鉄則だった。
至極合理的で完璧な判断である。
「お前は何を言い出すんだバカ者ぁぁぁっ!?」
受付の横で話を聞いていたルーク院長が、本日一番の大声を上げた。
「男と女が同じ部屋で、しかもベッドが一つなんてあり得るか! シオンとエレノアが部屋を使え! 俺は廊下か船で寝る!」
「まあ、ルーク院長。大切な仲間を廊下で寝かせるような無慈悲な真似、私がするとお思いですの? 遠慮なさらずに一緒のお部屋を使いましょう」
私はルーク院長の腕をギュッと抱きかかえ、そのまま強引に客室へと引っ張っていった。私の胸が腕に押し当てられていることなど、魔力効率の計算に比べれば些細な問題である。
「くっ……離れろエレノア! 頼むから俺を試すな……!」
「試すなど滅相もありませんわ。さあ、夜風が冷え込んできましたから早く休みましょう」
——そして深夜。
部屋には大きなベッドが一つ。
当初は「俺は椅子で寝る」と言い張っていたルーク院長だったが、私が「ルーク院長が横にならないなら私も椅子で寝ます」と譲らなかったため、結局ひとつのベッドで一緒に横になることとなった。
中央に掛け布団の境界線を作ったものの、私は無意識のうちに温かい熱源——つまりルーク院長の方へと潜り込んでしまっていた。
すり……すり……。
「……ん……ルーク院長……あたたかいですわ……」
私はすっかり夢心地のまま、ルーク院長の胸元に顔をうずめ、彼の腰に腕を回してキュッと抱きついた。無防備な寝顔を彼の胸に擦りつけ規則正しい小さな息を吐き出す。
「ッ……!?」
隣で眠れるはずもなく、ギシギシと音を立てて身を固くしていたルーク院長は、息を呑んで完全にフリーズした。
薄暗い月明かりの中、自分の胸の中に収まるエレノアの柔らかい感触と甘い髪の香り。そして無邪気に擦り寄ってくる無防備すぎる姿。
「……エレノア……頼むから……起きてくれ……」
ルーク院長は真っ赤な顔で天井を仰ぎ溢れ出そうになる理性を必死で抑え込みながら、一眠りもできない長い長い夜を過ごすのだった。
世界を救った大魔術師エレノア。
彼女の完璧すぎる理論と無防備な寝相は、ついに頼れる師の理性を完全崩壊の瀬戸際まで追い詰めていた。




