相合い傘は魔力効率が良いのです
賑やかな宿場町を歩いているとさっきまでの晴天が嘘のように空が暗転し、大峡谷特有の激しいにわか雨が降り出してきた。
街の人々が慌てて雨宿りへと駆け出す中、ルーク院長はサッと一本の折りたたみ傘を開いた。
「参ったな、急に来やがった。エレノア、濡れるから早く入れ」
「ありがとうございます、ルーク院長。ですが、一本しかありませんの?」
「ああ、船から持ってきたのはこれだけだ。シオンの奴は露店の屋根下に避難したみたいだから大丈夫だろうが……ほら、もっと寄らないと濡れるぞ」
ルーク院長が傘を私の方へと大きく傾けてくれる。そのおかげで彼の右肩は、あっという間に雨粒で濡れ始めていた。
(ルーク院長が濡れてしまうのは困りますわ……)
私は一瞬考え、王宮の流体力学と結界術の理論を思い出した。
ふたりが一本の傘に入る際、濡れずに移動するための最も効率的な配置——それは、中心軸へ極限まで体を近づけることだ。
「失礼いたしますわね」
そう言うや否や私はルーク院長の腰に腕を回し、自分の体を彼の側頭部から肩にかけてピッタリと密着させた。
「なっ……!? え、エレノア!?」
「こうして体を密着させれば、傘の範囲内に完璧に収まりますわ! これならルーク院長の右肩も濡れません!」
私は自慢げにルーク院長を見上げた。
彼の脇腹に私の体がぴったりと重なり、歩くたびに私の胸元や太ももが彼の体に軽く触れ合う。
結界を張るまでもない、完璧に計算された物理的防雨体勢である。
「お、おい……! 近い! 近すぎるぞバカ者……! 息が……胸が当たって……」
ルーク院長は傘を持ったままカチコチに固まり、顔を真っ赤にして上空を仰いだ。
彼の腰に回した私の手から凄まじい体温とドクドクという激しい鼓動が伝わってくる。
「まあ、ルーク院長。心臓がものすごい速さで脈打っておりますわ! 雨による気圧の変化で自律神経が乱れていらっしゃるのでは?」
「違う! 原因はお前だ! お前の存在そのものが俺の自律神経を破壊しにきているんだ……!」
「私の存在が……? まぁ、私に何か魔力の乱れでも起きておりますの!?」
心配になった私は、さらに彼の顔を覗き込み、密着度を強めた。
ルーク院長は「くっ……!」と声を漏らし、片手で顔を覆いながら崩れ落ちそうになるのを必死で耐えている。
「……もういい、頼むから静かに歩いてくれ。俺の理性が保たれているうちに……」
「ええ、もちろん安全第一で参りましょうね」
雨音の響く大峡谷の街で、ルーク院長は真っ赤な顔のまま、限界を迎えた顔でゆっくりと歩を進めた。
(ルーク院長の体、とてもあたたかくて安心しますわ……)
彼の腰にしがみつきながら私は自分の胸の奥が、雨の冷たさを忘れるほど熱くなっていることにまだ気づいていないのであった。




