手繋ぎの魔法はドキドキの味がします
『ステラ・グランヴェル号』は無事に目的地である西の大峡谷、その入口に広がる活気あふれる宿場町へと到着した。
切り立った赤い岩肌に囲まれた街には珍しい鉱石や特産品を商う露店がひしめき、大勢の観光客や冒険者で行き交っている。
「うわぁぁ! エレノア様、あっちに見たこともない大きな果物がありますよ!」
「まあ、本当ですわね。シオン、迷子にならないように気をつけて……あら?」
賑やかな人波に押され、前を歩いていたシオンの姿が人混みの奥へと消えていく。
王宮の静寂とはまるで違う人混みの熱気に、私は思わずその場に立ち尽くしてしまった。
「……おい、離れるなと言っただろ」
頭上から呆れたような声が聞こえたかと思うと、大きな手が私の右手をギュッと包み込んだ。
振り仰ぐとそこには少し不機嫌そうな、けれど優しさに満ちた琥珀色の瞳のルーク院長がいた。
「ルーク院長……」
「まったく、世界を救った大魔術師様が人混みで迷子になっちゃ格好がつかないからな。ほら、ちゃんと掴まってろ」
彼の手は大きくてとてもあたたかい。
だが、指を一本ずつ交差させる「恋人繋ぎ」のような手繋ぎに私はふと手元を見つめた。
(これでは、少し指が動きにくくありませんかしら……?)
王宮の魔法薬学の講義で習った「手袋や手を密着させて魔力を伝達させる最適な角度」を思い出した私は彼の手をキュッと握り返し、さらに自分の指を彼の指の隙間深くへと滑り込ませた。
スッと手のひら同士を極限まで密着させ、彼の指に自分の指をしっかりと絡め直す。
「これなら、どんなに引っ張られても絶対に離れませんわね!」
私は満面の笑みでルーク院長を見上げた。
完璧な密着度。これなら人混みに流される心配も皆無である。
「ッ……!?」
だが、ルーク院長は繋いだ手を見つめたまま一瞬で言葉を失い、そのままロボットのようにギギギ……と首を私の方へ向けた。
「え、エレノア……お前、この繋ぎ方は……」
「はい! 『絶対脱落防止の密着握り』ですの! これでルーク院長と離れずに済みますわ」
自慢げに胸を張る私に対し、ルーク院長の手がかすかに震え始める。
彼の掌から伝わってくる熱がまるで高熱を出したときのように熱い。
「……たく、無自覚にも程があるぞ……」
ルーク院長は繋いだ手を離そうとはせず、むしろ力なく溜息をつきながら片手で額を押さえた。顔は先ほど買った熟した赤い果物のように真っ赤に染まっている。
「ルーク院長? やはりお顔が赤いようですけれど、この街の熱気のせいかしら?」
「……そうだ。暑くて眩しすぎるせいだ。……バカ者」
ボソッと呟いた彼は繋いだ手に少しだけギュッと力を込めると、私の歩幅に合わせてゆっくりと歩き出してくれた。
(暑くて眩しい……? 大峡谷の気候は思った以上に不思議でいっぱいですわね)
繋いだ手から伝わる温かい鼓動を感じながら、私はなぜか自分の胸の奥も少しだけポカポカと温かくなっていくのを感じていたのだった。




