頭ぽんぽんのお返しをしてみた
大峡谷を目指して空を飛ぶ『ステラ・グランヴェル号』の船内。
昨日の「おでこコツン事件」以来、ルーク院長はどこか私と視線を合わせづらそうにしていた。
(いつも私を子ども扱いして頭を撫でてくださるのに、なんだか最近よそよそしいですわね……)
王宮にいた頃の私なら「私なにか嫌われるようなことをしてしまったかしら」と落ち込んでいたかもしれない。
けれど、今の私は違う。彼がいつも私に与えてくれた安心感を今度は私からお返しすればいいのだと気付いたのだ。
夕方、操縦席で地図を広げながら溜息をついているルーク院長のもとへ私は足音もなく近づいた。
「ルーク院長、お疲れではありませんか?」
「ん? ああ、エレノアか。いや、少し風の読みが難しくてな……って、おい!?」
不意に立ち上がろうとしたルーク院長の肩をそっと押し戻し、私は椅子に座った彼の頭へ両手を優しく伸ばした。
そして——撫で撫で、ぽんぽん。
「なっ……! お前、なにをしている……!?」
「いつもルーク院長が私にしてくださる『頭ぽんぽん』ですわ。これを受けると、とっても心が温かくなって元気になるのです。ですから、私からもお返しですわね」
私は心からの感謝と慈愛を込めて、彼の柔らかい銀髪を愛おしそうに撫でまわした。
背伸びをしながら顔を覗き込み、にっこりと完璧な笑顔を向ける。
だが、当のルーク院長は身体をカチコチに硬直させ、顔を耳の先端まで真っ赤に染め上げていた。
「え、エレノア……やめ……っ」
「まあ、遠慮なさらないでくださいませ。私はルーク院長のお役に立ちたい一心なのですから」
さらに距離を詰め、両手で彼の頬を包み込むようにして頭を撫で続ける。
至近距離で見つめ合う格好になり私の吐息が彼の首筋に触れるほどだ。
「く……っ! 頼むから……離れてくれ……!」
「ルーク院長……? どこかお苦しいのですか? 心拍数が凄まじく上がっておりますけれど……!」
「お前のせいだバカ者ぁぁぁっ! 頼むから俺の理性を試すような真似はやめろっ!」
ガタッと椅子ごと後退したルーク院長は真っ赤な顔を両手で覆い、深々と溜息をついて天を仰いだ。
(理性を試す……? 身体の不調の新しい専門用語かしら……?)
首を傾げる私の後ろで物陰から様子を伺っていたシオンが「ルーク院長……合掌です……」と拝むように手を合わせていたのだった。
世界を無敵の力で救った大魔術師エレノア。
彼女の純粋で無垢なお返し攻撃は頼れる大人の理性を確実に削り取っているのだった。




