味方は誰もいなくなった
学園の大食堂は、昼休みを迎えて多くの生徒たちで賑わっていた。
いつものように一人で席に着き、静かにスープを口に運んでいると、周囲からヒソヒソと交わされる私語が耳に入ってくる。
「ねえ、見た? 今日もアレス殿下、セシリア様をエスコートして登校されたわよ」
「ええ、聞いたわ。アレス殿下、セシリア様と一緒にいる時は本当に楽しそうに笑っていらっしゃるのよね」
「それに比べて……エレノア様は相変わらずね。隙がなくて冷たそうというか……あんな顔で見つめられたら、殿下だって息が詰まるでしょうに」
少し前までは、王太子の不誠実な行動を咎める声や、私に対する同情の声も少なからずあった。
だが、セシリア様が持ち前の愛想と可憐さで周囲の生徒や側近たちを取り込み、アレス様が公然と彼女を甘やかすにつれ、学園の空気は一変していた。
「本当にお似合いよね、殿下とセシリア様」
「王太子のあんな人間らしい笑顔、今まで見たことないもの。やっぱり『真実の愛』ってあるのね」
「エレノア様も、お互いために身を引けばいいのに……公爵家の立場に執着していらっしゃるのかしら」
かつて私を「完璧な王妃候補」と称賛していた側近の側見たちまでもが、今や遠巻きに私を憐れみ、時には軽蔑の混じった視線を向けてくる。
まるで、完璧であろうと努力してきた私こそが悪者で、自分たちの感情に素直な二人が「悲劇の純愛」を貫いているかのような雰囲気だった。
さらに、側近の一人である子爵家の男が、私に聞こえるような大声で言い放つ。
「やはり、王太子妃に必要なのは冷徹な頭脳や権力ではなく、殿下のお心を癒やす温かさですよ。エレノア様にはそれが致命的に欠けている」
その言葉に、周囲から小さく賛同の笑いが漏れた。
(……なるほど。これが『世論』というものね)
私は冷めたスープを飲み干し、優雅にナプキンで口元を拭った。
怒りや悲しみは、驚くほど湧いてこなかった。
彼らは何一つ知らないのだ。私がどれほどの時間を王妃教育に捧げ、どれほど国家の公務の裏方を支えてきたのかを。
そして、今アレス様が放棄している王太子としての務めの皺寄せが、どれほど周りに及んでいるのかを。
感情に流され、責務を忘れ、都合の良い夢を見ている愚かな人々。
そんな彼らに囲まれたこの場所は、もはや私にとって何の価値もない。
「味方が誰もいなくなった……いいえ、好都合だわ」
私は静かに立ち上がり、食堂を後にした。
周囲が完全に二人の「純愛」を肯定した今こそ、私が舞台を降りる最高のタイミングだ。
邪魔者は去ってあげる。その後に待っている現実を、彼らがどう受け止めるのかは知ったことではない。
私は自室へ戻ると、これまで書き溜めてきた手帳を開き、しっかりと鍵をかけた。
明日はいよいよ、父親であるグランヴェル公爵のもとへ戻る日だ。




