美味しいごはんと海の異変
帝国の慌ただしい祝賀会と取り調べを終えた私たちは、飛行船の針路を東へと向けた。
目指すは、豊かな海と独自の魔導文化を持つ東方の交易大国『東方華仙郷』。
「うわぁぁぁ! エレノア様、街全体がお祭りみたいです!」
『ステラ・グランヴェル号』の甲板から見下ろすと、鮮やかな朱塗りの建築物と、海上に浮かぶ巨大な魔導灯篭の光がどこまでも広がっていた。
「まあ……とても風情のある美しい街並みですわね」
王宮の重苦しい空気や、極地の極寒とはまるで違う、華やかで活気あふれる東方の風。
港に降り立つと、さっそく香ばしい醤油と新鮮な海鮮の香りが漂ってきた。
「見てくださいエレノア様! お魚を直火で炙った料理ですって! すごく美味しそうです!」
「ふふ、シオン。まずは腹ごしらえからにしましょうか。ルーク院長もよろしいですか?」
「ああ。せっかく遠出してきたんだ、異国の文化と食を楽しんでからでも遅くはない」
ルーク院長も琥珀色の瞳を細め、珍しそうに屋台の並ぶ街並みを眺めている。
串に刺さった出来立ての炙り魚やモチモチとした米の菓子を頬張りながら、私たちは束の間の観光を楽しんだ。
王宮で「貴族の嗜み」という名のもと、格式ばったマナーに縛られていた頃には考えられない自由で温かな時間。
だが——平和な空気は、海からの「不気味な地鳴り」によって一瞬で破られた。
ズズズズズズズ……っ!!
「な、なんだ!? 海が赤く染まっていくぞ!?」
「巨大な津波だ! 港の防壁を超えてくるぞぁぁっ!」
街のあちこちから悲鳴が上がる。
港の沖合を見れば、美しい青色だった海が禍々しい紫色に染まり見たこともない巨大な津波が街へ押し寄せようとしていた。
その中心には不気味に明滅する紫色の陣が浮かび上がっている。
「ちっ……『深淵の天秤』の連中か。もう次の魔導炉に手を出しやがったな」
ルーク院長が冷ややかな声で吐き捨てる。
「エレノア様、あの海の津波、直撃したら港街が一瞬で飲み込まれちゃいます!」
「させませんわ」
私は食べかけの串をシオンに預けると、ゆっくりと港の先端へと歩み出た。
観光を邪魔された怒り……というわけではないけれど。
せっかく美味しいごはんを振る舞ってくれた素敵な街を、怪しい組織の身勝手で壊させるわけにはいかない。
「——少し、海を鎮めてまいります」
私は静かに右手を天へ掲げ、星辰魔術の展開に入った。




