帰ってきたら英雄扱いされて困る件
北方での氷竜討伐から数日。
帝都グランツに戻ってきた私たちを待っていたのは、想像を絶する大歓声だった。
「おおおっ! 大魔術師エレノア様だーっ!」
「たった一人で北方の天災を鎮めた救世主様だぞ!」
「エレノア様! バンザイ!」
帝都の大通りには入りきらないほどの群衆が押し寄せ、頭上からは色とりどりの花びらが舞い散っている。
「……ねえ、ルーク院長。これ、私たちが乗る馬車であっていますの?」
あまりの熱気に引いてしまった私が隣のルーク院長に囁くと、彼は可笑しそうに肩をすくめた。
「間違いなく俺たちの馬車だよ。……まあ、国家の存亡レベルの危機をサクッと解決してしまったんだ。帝国としても、君を『国の英雄』として祭り上げないわけにはいかないだろうね」
「えへへ、エレノア様! 沿道の人たちが『大魔術師様!』って叫んでますよ! 鼻が高いですね!」
助手席でシオンが嬉しそうに手を振っているが、私は少々困惑気味だった。
王宮にいた頃は「大人しくしていろ」「女のくせに」と抑圧されていたのに、場所が変わればここまで手のひらを返したように称賛されるのだから。
皇宮の大広間に到着すると、そこには帝国の皇帝陛下をはじめ重臣や魔導院の重鎮たちがずらりと並んでいた。
「よくぞ見事に災厄を払ってくれた、大魔術師エレノア・フォン・グランヴェル殿」
荘厳な玉座から降りてきた若い皇帝陛下が、私に向かって深く頭を下げた。
国家の頂点に立つ者が他国の令嬢に深々と礼をするなど、本来ならあり得ない異例中の異例だ。
「貴女の『星辰魔術』は、まさに我が帝国の宝……いや、この世界全体の至宝だ。望むものがあれば何でも言われるがよい。地位、名誉、あるいは莫大な富でも」
「お言葉、恐れ入ります、皇帝陛下」
私は静かにドレスの裾を持ち上げ、完璧な礼をとった。
「ですが、私が望むのは富や地位ではございません。私はただ、この世界に眠る未知なる魔術の理を解き明かし、大切な仲間と共に学び続けたい……それだけでございます」
「なんと……!」
群臣たちから感嘆の吐息が漏れる。
権力や財産に目もくれず、ただ純粋に魔術の深淵を追い求める姿。
それこそが、彼らが思い描く「真の大魔術師」そのものだったのだ。
「……素晴らしい。ならば我が帝国は、貴女の探求を全面的に支援しよう。帝国のすべての図書館、古代遺跡への立ち入り権限を『大魔術師エレノア』に永久に付与する!」
「感謝いたします、陛下」
こうして、私は名実ともに「世界に認められた大魔術師」としての第一歩を踏み出した。
……だが、お祝いの宴が一段落した夜、ルーク院長が怪しげな羊皮紙の地図を広げて私の部屋にやってきた。
「エレノア、落ち着いたところで次の話をしようか」
「次の話……ですか?」
「ああ。氷竜の暴走を調べて分かったんだが……あいつが目覚めたのは、大陸の各所に眠る『古代の魔導炉』が共鳴し始めたかららしい。そしてその中心は——さらに北の『果てしない極地』にある」
ルーク院長が不敵に口角を上げる。
「どうだ? 帝国の英雄として甘やかされるのに飽きたら、俺たちと一緒に『世界の裏側』を探検しに行かないか?」
「ふふ、もちろんですわ! ルーク院長!」
私のお返事に、ルーク院長は嬉しそうに瞳を輝かせた。
王宮という小さな鳥籠を抜け出した私の冒険は、まだまだ始まったばかりだった。




