古代術式と大魔術師の条件
ルーヴェン帝国の迎賓館に入って数日後。
私たちは、帝国王立魔術研究院の地下最深部にある巨大な全天候型実験場へと案内されていた。
ドーム状の天井は遥か高みにあり、周囲の壁にはびっしりと防護用の古代魔術陣が刻まれている。
そこには、帝国の最高峰と呼ばれる老魔術師たちや重鎮たちが固唾を飲んで集まっていた。
「グランヴェル公爵令嬢……いや、エレノア殿。貴女が提示された『星辰魔術』の理論には敬服する。だが……」
白い髭を蓄えた帝国の最高魔導師が、広場の中央に浮遊する巨大な「黒い石版」を指差した。
「これは三百年前に遺跡から発掘されて以来、帝国の全魔術師が束になっても解読できず、発動すらさせられなかった『古代の星辰術式』だ。シオン殿の発明した通信道具のような『技術』ではなく、天地の事象を直接書き換える『真の魔術』……これを作動させられて初めて、我々は貴女を『大魔術師』と認めよう」
「試されているわけですね」
私が静かに呟くと、横に立ったルーク院長が不敵に口角を上げた。
「くっくっく……試すだと? 帝国も大したことはないな。エレノア、見せてやるといい。王宮で六年間封印され極限まで凝縮された君の魔力がどれほど規格外であるかを」
「はい、ルーク院長」
私は静かに歩みで出で黒い石版の前に立った。
石版からは荒々しく不完全な古代の魔力が澱のように漏れ出している。
普通の魔術師なら触れただけで魔力酔いを起こして倒れてしまうほどの重圧。
だが——私の胸の奥で眠る魔力の海に比べれば、それはあまりにも小さかった。
(王宮にいた頃、アレス様は『目立つな』『魔術など女の浅知恵だ』と私を抑えつけた。……だけど、もう力を隠す必要はない!)
私はスッと右手をかざし瞳を閉じた。
「——巡れ、天の十二宮。満ちよ、虚空の光束——『星辰展開』」
ズズズズズズズ……っ!!
次の瞬間、実験場全体の重力が消失した。
「な……重力が……!? 石畳が浮き上がっている!?」
「バカな! 魔力を込めたのではない……空間そのものの物理法則を書き換えているだと!?」
周囲の老魔術師たちが、叫び声を上げながら空中に浮き上がる。
私の指先から解き放たれた純白と漆黒の光が黒い石版を包み込んでいく。
解読不可能とされていた不完全な古代術式が、私の脳内で一瞬にして組み替えられ完璧な完成形へと書き換えられていく。
ゴオオオオオオオッ!!
天井の防護バリアを突き破り、実験場全体に満天の夜空と星々の軌跡が投影された。
石版はまばゆい光の粒子となって砕け散り、私の手の上に静かに回転する「手のひらサイズの小さな疑似天体」として再構成された。
「……これが、失われた星辰魔術の真形ですわ」
私が静かに微笑むと、重力が元に戻りドーム内に完全な静寂が訪れた。
老魔術師たちは地面に膝をつき、言葉を失って私を見上げている。
誰一人として、文句を言える者などいなかった。
彼女が示したのは、道具の利便性などではなくたった一人で世界を書き換える「圧倒的な個の力」だったのだから。
「ハハハ! 見事だ、エレノア!」
静寂を破りルーク院長が惜しみない拍手を送る。
「これで誰も文句は言えまい。……だがエレノア、喜ぶのはまだ早いぞ。君がこの巨大な魔術を呼び覚ましたことで、大陸の『龍脈』が反応し始めてしまった」
「龍脈が……?」
ルーク院長の表情が、悪戯っぽい笑みから研ぎ澄まされた魔術師の真剣な顔へと変わる。
「そうだ。古代の魔術が目覚めたことで、帝国の北方に封印されていた『天災級の古代竜』と荒れ狂う大自然の猛威が目を覚まそうとしている。……真の大魔術師エレノア。君の本当の戦いは、これからだ」




