帝都進出と遠ざかる人々
白銀の魔導飛行船『ステラ・グランヴェル号』は雲海を突き抜け眩い日光の中を滑るように進んでいた。
眼下に広がるアルフレッド王国の都は、いまや手で隠れてしまうほど小さくなっていた。
あの街で泣き叫び、私にすがろうとしていたアレス殿下の姿ももうどこにも見えない。
「すっきりした顔をしているな、エレノア」
船首に立ち、風に髪をなびかせていたルーク院長が温かい紅茶の入ったカップを差し出しながら微笑みかけてきた。
「ええ。……長かった私の『王妃教育』と『王宮での義務』は、これで本当に終わったのだと実感しております」
「フッ、王宮の連中はいま頃、資金難と外交破綻で大騒ぎだろうな。君という巨大な支柱を自ら叩き折ったのだから当然の結末だ。だが……俺たちが向かう先は、そんなちっぽけな人間の愛憎劇よりも遥かに広い場所だ」
ルーク院長が指し示した前方には雲の切れ間から広大な大陸の景色が広がっていた。
そびえ立つ巨塔群と、無数の魔導の光が交錯する都市——ルーヴェン帝国の帝都『グランツ』だ。
「見事な眺めですわね……」
「ああ。あそこには、旧態依然としたアルフレッド王国にはなかった最新の知識と失われた古代魔術の文献が眠っている。……エレノア、君の本当の才能は、王宮の書類仕事をこなすことでもちょっとした便利な魔導具を作ることでもない」
ルーク院長の琥珀色の瞳が真摯な熱を帯びて私を穿つ。
「君の身に宿る『星辰魔術』は、世界の理そのものに触れる絶対的な力だ。……真の『大魔術師』への扉が、いま開こうとしているんだよ」
その言葉に胸を熱くさせていると、甲板の扉が勢いよく開いた。
「エレノア様ー! ルーク院長ー! 帝国の魔導波を受信しました! 帝国の最高指導者層と魔導院の長老たちが、エレノア様を『大魔術師の候補者』として最高の礼節で迎える準備をしているそうです!」
シオンが通信魔導具を手に、跳ねるように駆け寄ってくる。
「シオン、慌てるな。船が揺れるだろう」
「だって院長! エレノア様の才能がついに世界規模で認められるんですよ! 我慢できるわけないじゃないですか!」
シオンのはじけるような笑顔に私も思わず声を出して笑ってしまった。
憎しみや焦燥に満ちた狭い王宮はもう遙か彼方。
信頼できる仲間たちと共に、私は未知なる魔術の深淵と輝かしい大魔術師への第一歩を踏み出そうとしていた。




