運命の人は初恋の彼女?
「アレス様、見てください! このお花、隣国で見たものと少し似ています!」
学園の中庭、陽光が降り注ぐベンチで、セシリアが可憐に微笑みながら花壇を指差した。
風に揺れる彼女の柔らかい蜂蜜色の髪と、無邪気にはしゃぐ姿に、俺——アルフレッド王国の第一王子、アレス・フォン・アルフレッドは胸の奥が温かくなるのを感じていた。
セシリア・フォン・バークレイ。
俺が十二歳の頃、初めて「恋」というものを教えてくれた伯爵令嬢だ。
彼女が隣国へ五年間も留学すると決まった時は絶望したものだが……一ヶ月前、彼女はより美しく、大人びて俺の前に帰ってきた。
「本当だね、セシリア。君は本当に花が似合う」
俺が優しく頭を撫でると、彼女は頬を上気させてキュッと俺の袖を掴んだ。
この可憐さ、守ってあげたくなるような愛らしさ。
これこそが、俺がずっと求めていたものだったのだ。
正直に言えば、婚約者であるエレノア・フォン・グランヴェルとの時間は、どこか息苦しかった。
グランヴェル公爵家の長女である彼女は、完璧だった。
所作一つ、言葉遣い一つ取っても隙がなく、王妃教育の成績も常に優秀。俺がどんなに努力しても、彼女の前に立つと「完璧な王太子」でいることを求められているような圧迫感があった。
エレノアといる時の俺は「王太子」だが、セシリアといる時の俺は「ただの一人の男」でいられる。
彼女は俺を頼り、俺の言葉に目を輝かせて喜んでくれるのだ。
(ああ……これこそが真実の愛なのだ)
もちろん、最初の頃は罪悪感もあった。
エレノアとの約束やお茶会をキャンセルするたび、「怒られるのではないか」とビクビクしていた。
だが、エレノアはいつだって微笑んでこう言うのだ。
『どうぞ、お付き合いください』と。
一度だって嫉妬したり、泣いて引き止めたりしたことはない。
彼女は感情の起伏が乏しく、俺のことなど大して好きではないのだろう。
ならば、わざわざ興味のない俺のお茶会につき合わせるのも申し訳ないというものだ。
俺がセシリアと過ごすことで、彼女だって面倒な歓談から解放されて喜んでいるに違いない。
最近では、周囲の反応も変わってきた。
最初は「婚約者がいるのに」と眉をひそめていた側近や学園の生徒たちも、俺とセシリアの仲睦まじい姿を見るうちに態度を和らげている。
「アレス殿下、あんなに自然体で笑われるのですね」
「エレノア様は立派ですが、少々冷たすぎますから。殿下にはセシリア様のような可愛らしいお方がお似合いです」
周りも祝福してくれている。
俺たちの愛は本物で、誰も傷つけていないのだ。
「アレス様……? 私、なんだか胸が苦しくて……」
ふと、セシリアが細い肩を震わせ、弱々しく俺の胸に寄りかかってきた。
「どうしたんだ、セシリア!? 体調が悪くなったのか?」
「いいえ……ただ、エレノア様のお顔が目に浮かんでしまって。私なんかがこうしてアレス様のお時間を奪ってしまって、エレノア様に悪意を持たれていないかしらと……」
潤んだ瞳で俺を見上げるセシリア。
なんて優しく、健気な子なのだろう。
「心配いらないよ、セシリア。エレノアは物分かりの良い女だ。君に嫌がらせなんてするはずがないし、もしそんなことをしたら俺が許さない。君はただ、俺の側で笑っていればいいんだ」
俺はセシリアを強く抱きしめた。
この可憐な天使を守ることこそが自分の使命であり、自分たちの選択は間違いではないのだと、強く自分に言い聞かせながら




