失われていく信頼と輝く未来
王宮が資金難と外交問題の泥沼で喘いでいる頃。
アルフレッド王立学園の敷地内にある「王立魔術研究院」の工房では、澄んだ金づちの音と、煌めく魔力の光が絶え間なく交差していた。
「エレノア様、できました! 『一瞬で遠くへ物を送れる転送箱』の試作品第1号です!」
シオンが頬に黒いすすをつけたまま満面の笑みで抱えてきたのは、精巧な銀の装飾が施された大小一対の箱だった。
「まあ、シオン! 本当に形にしてくれたのね」
「はい! エレノア様が組み立ててくださった『空間固定の式』が完璧でしたから! この小さい方の箱にリンゴを入れて、魔術を流すと……ほら!」
シオンが小さな箱にリンゴを入れそっと魔術を注ぐ。
次の瞬間、小さな箱の中のリンゴが光の粒となって消え数メートル離れた大きな箱の中からまったく同じリンゴが何事もなかったかのように現れた。
「素晴らしいよ、二人とも」
入り口のドアに背を預けていたルーク院長が、琥珀色の瞳を満足そうに細めて歩み寄ってきた。
「距離の制限を伸ばせば、領地間の物流は一瞬で完了する。途中で山賊に襲われるリスクもなければ、腐りやすい食料や薬品を新鮮なまま届けることも可能だ。
……これまでの流通の概念が完全に覆るな」
「はい、ルーク院長。お父様へ報告して、まずはグランヴェル領内の重要拠点から運用を開始していただきましょう」
私が微笑むと、ルーク院長は俺の頭をポンポンと優しく撫でてくれた。
「ああ。……それにしても、王宮の方からは毎日泣きつきの手紙が山のように届いているよ。『エレノア様を魔術研究院から王宮へ戻してほしい』『どうか王家に資金と魔導具の援助を』とな」
「……王宮から、ですか?」
「そうだ。愚かな国王と王太子は、自分たちが捨てたものの大きさにようやく気づいたらしい。手紙はすべて読まずに暖炉の薪にしているがね」
ルーク院長の不敵で冷ややかな笑みに、私も静かに頷いた。
かつてアレス様は私に言った。
『お前の代わりなどいくらでもいる』と。
『可憐で可愛げのあるセシリアこそが、みんなに愛される王妃になる』と。
だが、現実は違っていた。
私という存在は、単なる「王太子の婚約者」にとどまらず、国家の経済、外交、そして最先端の魔導技術を支える要だったのだ。
「エレノア様!」
そこへ、グランヴェル公爵家からの使いである侍女のアンナが嬉しそうな顔で入ってきた。
「旦那様からのお手紙です! 先日の『通信魔導具』の成果と、エレノア様の素晴らしい功績を称えて、隣国のルーヴェン帝国より『正式な国賓としてエレノア様をお招きしたい』との招待状が届きました!」
「ルーヴェン帝国から……?」
「はい! バルツァー公爵閣下より『真に優れた知性と気品を持つ大魔術師エレノア殿下とお会いし、新たな同盟を結びたい』と強いご所望があったそうです!」
王宮がルーヴェン帝国からの怒りと関税引き上げに怯えている裏で、帝国は私個人とグランヴェル家を「最高のパートナー」として認めてくれたのだ。
「良かったですね、エレノア様! 外国へご旅行ですか!?」
シオンがはしゃぎ、ルーク院長も楽しそうに肩をすくめた。
「いいじゃないか、エレノア。泥舟のように沈んでいくこの国を横目に、帝国の最先端の魔術施設でも見学してくるといい。俺も同行させてもらうよ」
「ふふ、ありがとうございます。……ええ、喜んでお受けいたしますわ」
私は澄み渡る空を見上げた。
私を縛り付け、利用し、不当に貶めた狭い王宮はもう完全に過去のものとなっていた。
私の視線の先には、どこまでも広がる世界と誰も見たことのない輝かしい未来だけが広がっていた。




