王宮の資金が底をつく
「アレス! お前は自分が何をしでかしたのか、本当の意味で分かっているのか!?」
国王の執務室。雷のような怒声が室内に響き渡り机の上の書類が激しく揺れた。
父である国王の顔は怒りと焦走で赤黒く跳ね上がり目の下には重々しい隈が落ちている。
その手には、財務省から提出されたばかりの最終決算書が握られていた。
「父上……しかし、予算の繰り越しを行えば、来月分の兵士たちの給与はどうにか——」
「どうにもならんのだ!!」
国王は怒りに任せて決算書をアレスの足元へ投げつけた。
バラバラと散らばる用紙には、真っ赤な数字で巨大な赤字が刻まれていた。
「グランヴェル公爵家からの援助が途絶えただけではない! 先日の晩餐会での大失態により、ルーヴェン帝国との貿易協定は白紙! さらに帝国からは『礼節を欠いた』として、過大な違約金と関税の引き上げを要求されているのだぞ!?」
「なっ……関税の引き上げ……!?」
「それだけではない! グランヴェル家が売り出した『通信魔導具』の利益はすべて公爵家に流れ、王宮の市場からの税収すら激減している! 我が王家の金庫は……もう完全に底をついたのだ!」
「底をついた……?」
アレスの顔から急速に血の気が引いていく。
王族として生まれ、生まれてから一度たりとも「金が足りない」という事態に直面したことのなかったアレスにとって、それはおとぎ話のような現実味のない言葉だった。
「ひ、引き揚げられたグランヴェル家の軍の代わりに、王都の警備を強化すれば……」
「その警備兵に払う給料すらないと言っているのだ!! すでに今週から、王都の近衛兵たちの給与支払いが滞っておる! このままでは兵たちが暴動を起こすぞ!」
「そんな……! 頼みます、父上! 国王のお力で、グランヴェル公爵に資金を出すよう命じてください! あいつらは我が国の臣下でしょう!?」
すがるようなアレスの叫びに国王は深い吐息と共に頭を抱えた。
その目には、我が子のあまりの愚かさに対する絶望が滲んでいた。
「臣下だと……? ハハハ、お前はまだそんな寝言を言っているのか。グランヴェル家は今や、我が王家よりも遥かに豊かな財政と、圧倒的な魔導具の権利を握っておる。命じたところで『では王家と交わしたすべての契約を破棄し、領地として独立いたします』と言われて終わりだ!」
「独立……!?」
「そうだ! あの公爵を、そしてエレノア様を怒らせ、追い詰めたのは他でもない……お前と、あのバークレイ家の小娘なのだぞ!」
その時、執務室のドアが控えめにノックされ側近がおずおずと顔を出した。
「失礼いたします、陛下……。その、バークレイ伯爵令嬢がお見えになり、『アレス様と豪華なサロンでティータイムの約束をしておりますの』と……」
「つまみ出せ!!」
国王の怒号が部屋中に響き渡る。
「二度とあの娘を城に入れるな! アレス、お前もだ! 今すぐ自室に謹慎し、頭を冷やせ! これ以上の愚行は一切許さん!」
「ち、父上……っ!」
警備兵たちに左右から腕を掴まれ、半ば引きずられるように執務室から連れ出されるアレス。
廊下の向こうで、衛兵たちに追い払われそうになって「嘘でしょう!? アレス様! 助けて!」と泣き叫ぶセシリアの声が聞こえたが、今のアレスには彼女を庇う余力など微塵も残っていなかった。
キラキラとした甘い夢のような日々は終わりを告げ、底なしの現実という名の地獄がついに王宮全体を飲み込み始めていた。




