晩餐会
ついに迎えた、隣国・ルーヴェン帝国からの使節団を迎える外交晩餐会の日。
煌びやかなシャンデリアが輝く王宮の大広間には、王国中の有力貴族と帝国の要人たちが集まっていた。
会場の端で、俺——アレスは、手に汗を握りながら隣に立つセシリアの姿を確認していた。
絢爛豪華なドレスに身を包んだセシリアは、確かに誰もが振り返るほど可憐で美しかった。
だが、その表情は極度の緊張で引きつり指先はかすかに震えている。
(大丈夫だ……。セシリアは愛らしい。帝国の使節だって女の笑顔を見れば満足するはずだ)
俺は自分にそう言い聞かせ、胸を張って使節団の長であるルーヴェン帝国の公爵へ歩み寄った。
「ようこそアルフレッド王国へ、バルツァー公爵。本日の晩餐会を心より歓迎いたします。……こちらが私の新たなパートナー、セシリア・フォン・バークレイ伯爵令嬢です」
セシリアが前に出で、ぎこちなくドレスの裾を持ち上げて挨拶をする。
「は、はじめまして……バルツァー閣下。お会いできて……光栄に思いますわ」
「ふむ……初めまして、バークレイ令嬢」
バルツァー公爵は鋭い眼光でセシリアを一瞥すると、どこか拍子抜けしたように溜息を吐いた。
そして、隣国の言語で流暢に語りかけてきた。
「アルフレッド王国との長年の友好に感謝する。ところで、本日は我が国と貴国の間での『鉱山掘削権の改定』について、前王太子妃殿下から伺っていた前向きな返答の確認をしたいのだが……」
「え……? ええと……」
帝国の言葉で早口に捲し立てられたセシリアは、目を丸くして完全に固まってしまった。
表情は蒼白になり、俺の袖を助けを求めるようにギュッと掴んでくる。
「ア、アレス様……私、何を仰っているのかサッパリ分からなくて……っ」
「な……っ!? 通訳! 通訳はどこだ!?」
俺が焦って周囲を見回すが、通訳の官僚も事前の打ち合わせが不十分だったためオドオドと立ち尽くすばかりだ。
かつてのエレノアなら、相手国の言語を完璧に操り、複雑な外交交渉の専門用語すらその場で優雅に通訳し俺が頷くだけで交渉が成立するよう取り仕切ってくれていた。
だが、今の俺たちの前には冷ややかな沈黙だけが広がっていた。
バルツァー公爵の顔から笑みが消え、底冷えするような声が響く。
「……呆れたな。我が国の言語を解さぬばかりか、国家間の重要協定の件すら引き継がれていないとは。前王太子妃のエレノア殿下は、我が国の文化と歴史に深い敬意を払い、常に完璧な対応をしてくださっていたというのに……」
「あ、いや! バルツァー閣下、これには深い事情が——」
「事情だと? 王太子の個人的な愛好で優秀な淑女を追い払い、このような無知な娘を外交の場に引きずり出すことが貴国の『事情』か?」
公爵の声は大きく、広間全体に響き渡った。
周囲の貴族たちから、ヒソヒソという心苦しい囁き声と、嘲笑の視線が一斉に俺たちへ向けられる。
「ご覧になって……アレス殿下、まったく外交が成り立っていないわ」
「エレノア様がいらっしゃった頃は、相手国の要人も満足して帰られたのに……」
「バークレイ令嬢も可憐なだけね。王太子妃の器では到底ないわ」
「ひっ……! うあぁっ……!」
耐えかねたセシリアが短い悲鳴を上げると、ドレスの裾を翻して広間から逃げ出してしまった。
「セシリア!?」
俺は叫んだが、追いかけることすらできない。
目の前には、失望と蔑みを隠そうともしない帝国の使節団と冷ややかな視線を送る自国の貴族たちが立ちはだかっていたのだから。
顔から火が出るほどの屈辱と、底知れない恐怖が、俺の全身を駆け巡っていた。
(なぜだ……? なぜこんなことに……!? 俺たちは『真実の愛』で結ばれたはずなのに……!)
崩れ去った栄華の残骸の中で、俺はただ立ち尽くすことしかできなかった。




