あれ、何だかうまく回らない?
「殿下! 先日申し上げておりました隣国からの使節団を迎える式典の予算ですが、財務大臣から『これ以上は出せない』と突っぱねられました!」
「アレス殿下。来週の外交晩餐会の席順と招待状の差出人がまだ決定しておりません! エレノア様がいらっしゃった頃はすべて半月前には完了していたのですが……!」
王宮の執務室。
次々と書類を抱えて駆け込んでくる側近や官僚たちに囲まれ、俺——アレスは頭を抱えていた。
「くそっ、なぜそんなにバタバタしているんだ! 予算が出ないなら財務大臣を説得しろ! 晩餐会の準備くらい、手分けして進めれば済む話だろう!」
「それが……説得しようにも、グランヴェル公爵家からの資金援助が止まったことで、財務省自体が火の車なのです! それに、外交の細かいしきたりや相手国の禁忌をすべて把握していたのはエレノア様でして……私どもでは判断がつきかねる案件が多すぎるのです」
「……っ!」
側近の言葉に、俺は苛立ちを隠せずに机を叩いた。
エレノアと婚約を解消してからまだひと月も経っていない。
もっと「せいせいした」「面倒な婚約者がいなくなって自由になった」と感じるはずだった。
それなのに、王宮の業務は日を追うごとに滞りトラブルが頻発していた。
今まで俺が「完璧な王太子」として書類に署名し優雅に外交をこなせていたのは、すべて裏でエレノアが完璧に下準備を終わらせ俺が恥をかかないよう根回しを済ませてくれていたからだったのだ。
「……アレス様? どうされたのですか、そんなに険しいお顔をして」
重苦しい室内に、鈴を転がすような愛らしい声が響いた。
扉を開けて入ってきたのは、可憐なドレスに身を包んだセシリアだった。
彼女の顔を見た瞬間、俺の強張っていた表情が少しだけ和らぐ。
「セシリアか……。いや、少し仕事でトラブルがあってね。……そうだ! セシリア、君に頼みがある」
「私に、ですか?」
「ああ。来週の晩餐会で、君に俺のパートナーとして参加してほしいんだ。エレノアの代わりに、外国の使節団を優雅にもてなしてやってくれないか? 君のその可憐さと優しさがあればきっと誰もが魅了されるはずだ」
セシリアを次の王妃として披露する絶好の機会だと思った。
だが、俺の言葉を聞いた瞬間セシリアの表情が引きつった。
「え……? 外国の使節団、ですか……? でも私、隣国の言葉は挨拶程度しか分かりませんし、外交のマナーなんて習っていませんわ……」
「大丈夫だ、セシリア! 君はただ笑顔で俺の隣にいてくれればいい。細かい会話は俺が……いや、通訳がなんとかする!」
「で、ですが……」
自信なさそうにうつむくセシリア。
俺は彼女の肩を抱き寄せ、「大丈夫だ」と自分に言い聞かせるように呟いた。
(大丈夫だ。エレノアにできて、セシリアにできないはずがない。エレノアだってただの人間だったんだ。俺たちが『真実の愛』で結ばれているなら、どんな困難も乗り越えられるはずだ……!)
だが、俺のそんな甘い期待は、この数日後に完膚なきまでに打ち砕かれることになるのだった。




