新しい仲間と新しい世界
王立魔術研究院の地下深くにある重厚な大書庫。
ここは王宮の騒がしい喧騒から完全に切り離された静かで特別な場所だった。
私は机いっぱいに古い文献や資料を広げ夢中でペンを走らせていた。
「——なるほど。過去の記録で『星辰魔術』が途絶えたとされていたのは、魔術そのものが消えたからではないのね。あまりに膨大な魔力を必要とするから普通の人間では身体が耐え切れなかっただけだわ」
「その通りだよ」
頭上から降ってきた低い声に振り返ると、温かい薬草茶を二つのカップに入れて持ってきたルーク院長が立っていた。
ルーク院長は私の隣に腰掛け、湯気の立つカップを差し出してくれた。
「俺がこれまで見てきた『天才』と呼ばれる魔術師たちも、頭では理論を理解していた。だが、肝心の魔力が圧倒的に足りず全員身体を壊して失敗したんだ。……だけど、エレノアの魔力回路は別物だ。王妃教育を受けていた六年間、ずっと力を外に出さず抑え込んでいたおかげで身体の奥に神の領域に近い強いパワーが溜め込まれていたんだからね」
「ルーク院長のおかげです。……あの苦しかった王妃教育の日々も、無駄ではなかったのかもしれません」
私がクスッと微笑んでお茶を口に含むと、ルーク院長も楽しそうに目を細めた。
「ふん、あの愚かな王太子のために使っていた情熱をすべて大好きな魔術の探求に使えているわけだ。素晴らしい使い道だよ」
「エレノア様ー! ルーク院長ー! また二人で地下に閉じこもっているのですか!?」
その時、書庫の重い扉がパタンと開き、元気な声が響き渡った。
走ってきたのは、動きやすい魔術師用の服を着た、明るい栗色の短髪の少女だった。
彼女の名前はシオン。まだ十六歳だが珍しい魔導具作りの天才で、私にとって初めての「同世代の友人」だった。
「シオン、静かにしなさい。貴重な本が傷むだろう」
ルーク院長が呆れたように言えば、シオンはチャーミングに舌を出した。
「院長がエレノア様を独占するからですよ! エレノア様、見てください! 先日エレノア様が教えてくださった理論を使って新しい『広域通信の魔導具』が完成したんです!」
シオンが嬉しそうに見せてくれたのは、手のひらに乗る小さく滑らかな水晶球だった。
「今までの通信具は、せいぜい王都の中までしか届きませんでした。ですが、エレノア様の魔力をほんの少し組み込んだことで、どんなに遠く離れた場所とでも一瞬で会話ができるようになったんです! これ、国中の商業や防衛の連絡が一気に便利になっちゃいますよ!」
「まあ……! シオン、私の考えた理論をこんなに早く形にしてくれたの?」
「はい! エレノア様のアイデアは本当に美しくて隙がないんです! 学園にいた頃は『近寄りがたい公爵令嬢』なんて噂されていましたけど、本当はこんなに優しくてすごい大天才だったなんて……! 私、エレノア様と一緒に研究できて本当に幸せです!」
シオンが満面の笑顔で私の手をギュッと握りしめる。
誰かに必要とされ、自分の才能が誰かの役に立ち、純粋に認められる歓び。
アレス様の陰で「目立つな」「でしゃばるな」と言われ続けていた私にとって、ここでの毎日は胸が温かくなるほど満たされたものだった。
「シオン、浮かれるなよ」
ルーク院長がニヤリと不敵な笑みを浮かべて横から声をかけた。
「そのすごい魔導具を販売する権利は、すべてエレノアのお父上(グランヴェル公爵)に譲渡される契約になっている。……王家がお金に困って苦しんでいる今、この魔導具が売り出されたら、国の経済の主導権は完全にグランヴェル家へ移るな」
「ええ。お父様も大変喜んでおられました」
私は静かに微笑んだ。
私は復讐がしたいわけではない。
ただ、自分が手に入れた自由と才能を使って、自分と自分を大切にしてくれる大切な人々のために尽くしたいだけだ。
だが、私が当たり前に幸せになり成果を上げるほど結果として私を捨てた者たちは追い詰められていく。
「エレノア」
ルーク院長が優しい、けれど力強い瞳で私を見つめ隣に並んだ。
「王宮の連中は、君という存在の本当の価値を何一つ分かっていなかった。……見せてやろうじゃないか。一人の大魔術師が世界をどれほど鮮やかに変えていけるかを」
「はい、ルーク院長!」
私は力強くうなずいた。
私を縛り付けていた小さな鳥籠は、もうどこにもない。
私の前には、果てしない魔術の深淵と、自由でいっぱいの新しい未来が広がっていた。




