表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

第6話/正常な街と、異常な影

気のせいだ、と思いたかった。


 だがフェリナは一度立ち止まり、足元へ視線を落とす。篝火に照らされた影は、石畳の上にくっきりと伸びている。揺れる炎に合わせて輪郭がわずかに歪む——それでも今は、確かに彼女の動きに従っていた。


(……疲れてるだけ)


 そう言い聞かせる。右手の疼き。肩の傷。眠れていない身体。理由はいくらでもあった。それでも、一度意識してしまった違和感は消えない。靴の裏に挟まった小石のように、思考の奥で引っかかり続ける。


 フェリナは影から目を離し、歩き出した。


 城門は、思っていたよりも大きかった。近づくほどに圧迫感が増す。分厚い石壁。継ぎ目の見えないほど精密に積まれた構造。門の両脇には、槍を持った衛兵が二人、微動だにせず立っている。


 ——だが。あと数歩という距離で、フェリナの足がわずかに止まる。石の隙間の奥。そこに、鈍く光る異素材が覗いていた。均一すぎる質感。自然の石ではあり得ない滑らかさ。さらによく見れば、壁面には細い溝が走っている。規則的に、まるで何かを通すための”線”のように。


「止まれ。旅の目的を」


 衛兵の声が、思考を断ち切る。フェリナは一歩前に出た。


「石碑の調査です。遠方から来ました」


 視線が三人を順に舐める。フェリナ、リナ——そしてジークで、ほんの一瞬止まった。


「……随分若いな。石碑の調査だと?」


「はい。調査で来ました」


 短い沈黙。やがて、衛兵の視線がフェリナの胸元へ落ちる。白銀のペンダント——キャンセラーナイトの欠片。


「……通れ。ただし、町の中では騒ぎを起こすな」


 重い音を立てて、門が開いた。


 ◇


 エリオスの第一印象は、「音」だった。石畳を踏む足音。遠くから響く金属音。人々のざわめきが重なり、ひとつの”生きた気配”を作っている。パンの焼ける匂いが、冷えた空気に混じっていた。


「……すごい」


 ジークが小さく呟く。フェリナも同じだった。生きている。この町は、まだ生きている。一歩、踏み出す。


 ——ジジ……。


 耳の奥で、何かが擦れるような音がした。フェリナは振り返る。だが、誰も気にしていない。人々はそれぞれの生活を続けている。


(……気のせい)


 数歩進んだその時——ジジ……と、今度ははっきり音が鳴った。一瞬で消える。だが確かに、存在していた。フェリナは無意識に右手を押さえる。疼きが、わずかに強くなる。


 中央広場に出た瞬間、三人は足を止めた。そこにあったのは、巨大なキャンセラーナイト。十メートルを優に超える白銀の巨体。刻まれた紋様が淡く輝き、広場全体を包み込んでいる。


 その光を見た瞬間——ずきり、と。右手の奥で、痛みが脈打った。息が詰まる。ペンダントが強く震える。胸の奥まで響く鼓動。


(……近い)


 呼ばれているような感覚が、わずかに胸をよぎった。


「珍しいな。その歳で石碑を見に来るとは」


 背後からの声。振り返ると、白髪の老人が立っていた。背筋は真っ直ぐで、その目だけが異様に鋭い。


「石碑の管理者、ガルドだ。旅人か」


「はい。調査で来ました」


 ガルドの視線が、ペンダントへ落ちる。


「……その欠片、どこで」


「父が。保守管理者でした」


 わずかな沈黙。ガルドの目が細くなる。そして、ジークへと視線が移る——その瞬間、ガルドの目が一瞬だけ、止まった。何も見なかったかのように視線を外す。


 ガルドはフェリナの右手へ静かに視線を落とした。


「……その手、疼くか」


 返答より先に、フェリナの右手が強張った。


「……来なさい。話を聞こう」


 その声は、先ほどよりわずかに低かった。


 ◇


 石碑の光が、四人の影を長く伸ばす。フェリナは何気なく足元を見た。影は、ついてきている。——そのはずだった。


 一歩、踏み出す。


 その瞬間。


 影が、わずかに遅れた。


 心臓が強く打つ。視線を逸らせない。


 違う。


 遅れたのではない。


 ほんのわずかに——


 別の方向へ、動いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ