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第4話/陽だまりの護符

それは、まだ空がどこまでも高く、陽だまりの匂いが村を包み込んでいた頃の記憶一一失われる前の、最後の穏やかな時間。


 村の中央にそびえ立つ『キャンセラーナイト』の石碑の傍らで、シリウスはまだ幼いフェリナとリナを前に、静かに腰を下ろしていた。


「いいかい、フェリナ、リナ。この石碑はね、この村だけのものじゃないんだよ」


 シリウスの大きな手のひらには、石碑と同じ白銀の輝きを放つ、二つの小さなネックレスがあった。石碑の欠片を丁寧に削り出し、ジェイドが細工を施した特製の護符だ。


「これは、石碑の力を少しだけ分けてもらった『守護の石』だ。お守りだと思って、肌身離さず持っていなさい。……ジークの分は、あいつがもう少し大きくなったら、もっと立派なものを作ってあげるからね」


 シリウスはそう言って笑い、遠くの山並みを指差した。


「世界にはね、この村と同じように石碑に守られた場所がいくつかあるんだ。ここよりもずっと大きな村や、見上げるほど高い壁に囲まれた町もある。もし、いつか外の世界へ出ることがあったら、各地にある石碑を訪ねなさい。この石が、君たちの進むべき道を照らす『導標』になってくれるはずだ」


 幼いリナが「外の世界って、どんなところ?」と目を輝かせ、シリウスは「それはいつかのお楽しみだよ」と笑った。


 その笑顔が、少しだけ——悲しそうに見えたのは、気のせいだったのだろうか。


 ―― 記憶の温もりが薄れ、目の前に広がるのは白銀の静寂だった。


「……フェリナ、交代だよ。少しでも眠れた?」


 湖畔での短い休息を終え、リナの声でフェリナは意識を引き上げた。


 見張り役を交代していたリナの手には、使い慣れた狩用の弓が握られている。村を出る時に持ち出した、父に買ってもらった普通の弓だ。


 その隣に、白銀の輝きはもうない。


 あの一射で、すべてを使い果たした。あの弓はフェリナが召喚したものだ。


 リナはただ、引いただけ。では、あの力は何だったのか。二人とも、まだ答えを持っていない。


「リナ……。ごめん、代わるね。少しは休んで」


 フェリナは上半身を起こし、胸元のネックレスに触れた。微かな震動が指先に伝わってくる。


 それはまるで、父が語った「別の石碑」を呼んでいるかのような、規則的な鼓動だった。


「ジークは……まだ寝てるね」


 二人の間に挟まれるようにして眠る弟を見やり、リナが不安げに眉をひそめる。


 極寒の野宿において、ジークの身体から放たれる**「熱」**は唯一の救いだった。毛布一枚では到底しのげないはずの夜の冷気が、ジークの周囲だけは不思議なほど和らいでいる。


「ねえ、フェリナ。ジークのこの熱、やっぱりおかしいよね? 普通じゃない……なんだか、ジークの中ですごく怖いことが起きてる気がして」


 フェリナはすぐには答えなかった。


 ジークの寝顔を見る。穏やかで、無防備で、まだ幼い。この子が何かを「背負っている」などとは、とても思えない顔だ。


 それでも。村が結晶化したあの朝、ネックレスも護符も持たずにただ立っていたこの子が、なぜ無傷でいられたのか。フェリナにはまだ、その答えが出せていなかった。


「……今は、わからない。でも——」


 その言葉は、霧の向こうから響く不気味な音によって遮られた。

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