2:いい加減な投獄
「は~~ほんっっっと疲れた~~」
今回与えられた仕事は本当に骨が折れた。
「まさか最前線、それも帝国要塞の目と鼻の先で地雷除去を任されるなんて……」
とても、王子の婚約者のやる公務ではない。
でも頼まれたことを投げ出すのは嫌だったから、工兵隊に混じって夜な夜な地雷探知&除去した。
遺物や鉱物と違って人為的に埋められているからか、埋めた人の悪意がすごく伝わってきた。
普通に地雷を掘り出そうとしたら絶対爆発するようになっていたから、一つ発見したらその周辺も含めて探知し、他の地雷とつなげている針金を慎重に根本から切らないといけなかった。
でも厄介なお宝を傷一つつけずに取り出せなんて無茶振り、今までだっていくらでもやってきた。
だから三重に連なった地雷をまとめて取り出すなんて造作もなかった。
一歩間違えば死ぬ、けどちゃんと罠の存在がわかっていれば対処できる。
だから私は冷や汗一つかくことなく、工兵に的確に指示を出すことができた。
「ていうか工兵の人たち、私を信用しなさすぎ。私の指示を無視して勝手に地雷を掘り出そうとして、危うく私達全員死ぬとこでヒヤヒヤしたんだから。そんな気苦労ばっかりだったから結局ほとんど私一人でやったな」
「メリダ様、上の空のご様子ですが、どこかご気分がすぐれませんか?」
シャンデリアを視線の先に収めながら、ここ数日見慣れてしまった魔導地雷に思いを馳せていると、ウェイターに心配されてしまった。
ここは王城のダンスホール。テーブルには贅を尽くした料理の数々、宮廷楽団の上品な演奏、ホールを舞う色とりどりのドレスとモノクロのタキシード。
「いえ、お気になさらず。祝勝会があまりにも豪華なので少し気圧されていただけです」
王国は帝国に勝利した。それも数万の将兵と一人の皇帝を捕虜に取った大勝利。気を良くしたジェラルド殿下が盛大な祝宴を開いたのだ。
私も前線から王都で呼び戻されて、休む間もなく祝勝会へと招待された。ボロボロになったカーキの軍服から、控えめなターコイズブルーのイブニングドレスに着替え、こうして夜会の隅にぽつんと一人。
「本当は温泉でも入ってゆっくり疲れを癒やしたかったけど、王子殿下の招待を断るわけにはいかないしね」
ウェイターが去っていくのを見送りながら、再びひとりごちる。自由に泳ぎ回る熱帯魚を見守る海藻のように、踊る男女を見ながら宴の影でグラスを傾けるだけ。
祝勝会の主賓は私ではない。戦争の英雄は女ではなく、後方でふんぞり返っていた将軍や、私に指図されるのを嫌ってほぼ何もしていなかった工兵隊長だ。
女にも道具にも受勲の名誉はないのだと彼らは言う。会場ではそんな軍人たちが彼らの虚栄心と同じくらい大きな勲章を見せびらかし、虚ろな自慢話を貴婦人に吹聴して自尊心を満たしている。
「せめてねぎらいの言葉の一つでももらいたかったけど……」
私はと言うと来賓の貴族たちから避けられている。私に奇異の視線をむけてはヒソヒソと内緒話に興じている。こちらから話しかけても、知らんぷりして立ち去ってしまう。だからか話しかけてくるのはウェイターくらいのものだ。
「しばらく社交界から離れていたせいで、珍しがられているのかな」
どうにも嫌な空気だ。早く帰って眠りたい。
窓の外で花火が打ち上がると演奏が止まり、主催のジェラルド殿下がダンスホール二階バルコニーに現れた。
「今宵は祝勝会に集ってくれて感謝する。この宴は勇敢さと知略によって帝国を打ち負かし、王国に勝利をもたらしてくれた忠勇なる諸将をねぎらう場である。さぁ、歴史的勝利をともに祝おう!」
ジェラルド殿下がダンスホールの隅にまで届く声で挨拶の言葉を述べると、拍手が巻き起こる。だが私はジェラルド殿下の隣にいる人物に驚いていた。
「殿下の隣にいるのは……アンジェリーナ?」
アンジェリーナは私を一瞥すると、勝ち誇ったような顔をしてジェラルド殿下の腕に体を寄せた。
「今次戦争の英雄ひとりひとりを称えたいところだが、その前に我が国の恥ずべき裏切り者を糾弾せねばならない」
拍手が収まると殿下が二の句を次ぐ。その言葉に会場がにわかにざわつく。ジェラルド殿下は忌々しげに顔をしかめて頭を振りながら言う。
「実に悲しいことだが此度の戦争……いや、それ以前から王国の中枢にいながら背信行為を行っていた者がいる。それは――」
そしてジェラルド殿下はバルコニーから腕を伸ばし来賓に向かって指を指す。その指し示す先は……。
「私!?」
「そう、ラックウッド侯爵令嬢メリダ・ソルマー! 貴様だ!」
群衆が一斉に今まで見向きもしなかったホールの隅へと振り返る。そこに佇む一人の哀れな少女へと。
「先のドヴォーク要塞攻略戦におけるサボタージュ行為が、工兵隊長から報告されている。地雷除去作戦中に命令違反と独断専行を繰り返し、部隊ひいては王国軍全軍を危険にさらした」
サボタージュ――陛下は何を言っている?
私はただ職務に忠実に危険な地雷除去作業をこなしていただけなのに。事実は逆で、工兵の人たちのほうが指示を無視して危ない目にあったというのに。
「なぜそんな行動を取っていたのか? それはメリダ嬢が帝国のスパイだったからだ!」
「「「なんだって~~!!!」」」
衝撃的な事実に震撼する群衆。私はというと。
「はぁ……?」
いや本当に身に覚えがないんですけど……。
「それだけではない。我が婚約者となってから貴様はその権限を乱用し、公務で得た鉱石や遺物の一部を着服していた疑いがかけられている」
将軍や官僚がジェラルド殿下の言動に頷いて見せている。すべて織り込み済みということだろうか。
「誤解です! 私はただ命じられたことをこなしただけです! スパイ行為も着服も事実無根です」
無駄だと知りつつ抗議する。いわれなき罪に対するとっさの反論だった。
「しらを切るか! 証人はたくさんいるぞ。貴様の両親も貴様個人の暴走であり、公爵家は一切関与していないと言っている」
両親に見捨てられたショックよりも、「ことなかれ主義のうちの親らしい」という呆れが先に来る。
「さらにはアンジェリーナ・ドルゴーン嬢への狼藉は度を越したものだ! アンジェリーナへの嫉妬から、執拗ないじめを繰り返していたそうだな。まったく犬令嬢と呼ぶにふさわしい下劣な品性だ!」
鬼の形相で憤る王子、その横であざとく嘘泣きをしてみせるアンジェリーナ、眉をひそめる群衆。
困った。すべて冤罪だけどここで私が弁解しても味方してくれる人はいない。
この状況は、殿下、アンジェリーナを始めとした悪意によって、私を陥れるために仕組まれている。もはや申開きようもなかった。
「以上の数々の悪行をふまえ、メリダ・ソルマーは次期王妃にふさわしくないと判断した」
アンジェリーナは目を伏せわざとらしい嗚咽を続けている。けど扇に隠れた口元はさぞ歪んでいることだろう。
「俺はただいまをもって彼女との婚約を破棄し、アンジェリーナ・ドルゴーンを新たな婚約者として迎えることを宣言する!」
巻き起こる拍手喝采。はじめからこの茶番が宴の催しだったとでも言うように。
「前国王陛下のお決めになった婚約を破棄するというのですか?」
誰もが私を卑しい犬令嬢として切り捨てようとしている。それでも私は失望と諦観のなか声を絞り出す。
「もともと亡き父が強引に推し進めた婚約だ。父は貴様の能力面ばかりに目を奪われ、人格を見ていなかった」
人格を見ていないのはあなた達の方でしょ。――と言いたかったが飲み込む。
「『シーカー』――地中に埋まっている探しものを探知できる程度の能力<’>。たしかに我が国にとって有用だった。だがもはや不要だ! 犬令嬢メリダに頼らねばならない掘削困難な鉱脈からの鉱石回収、新鉱脈探しはほぼ完了したと言ってもいい。これ以上この悪女に頼るのは国家の損失でしかない」
「道具は用済みと、そういうことですか」
「フッ、案外飲み込みが早いじゃないか。貴様はこれから国家反逆罪で裁かれることになる。衛兵! この女を牢へ連れて行け!」
兎なき野では猟犬が煮られるように、採掘困難な魔鉱石や遺物をあらかた取り尽くし、帝国との戦争にも勝利した今となっては、私に存在価値はない。
「手枷はいりません。抵抗はしませんので案内だけで結構です」
衛兵たちの手を払い、失意のままにダンスホールを去っていく。
悔しくてたまらない。
本当は大声で無実を叫びたかった。
それが何になるというのだろう?
どんなに助けを求めようにも、私を人としてみている者がこのなかにいるとは思えない。
結局のところ私は孤独だ。




