1:あらぬ誤解
他人にいいように使われてばかり。私は便利な道具でしかない。
私の人生はそんなのばっかりだ。私メリダ・ソルマー、ラックウッド侯爵家の一人娘として恥じないように生きてきた。
私は土に汚れたつなぎを履いて露天掘りの魔鉱床を睥睨する。
土魔術を用いて鉱床に直径三メートルの穴を開けて、えぐり取った土を水魔法で流し、巨大なふるいに残った鈍く光るトーテムを手元に寄せる。
ふと、鉱床に似つかわしくない派手派手しいドレスたちが、私を指差す。
「みてみて、世にも珍しい『シーカー』クラスのラックウッド侯爵令嬢様がまた穴掘りしてるわ」
「王子殿下の婚約者ともなると穴掘りに興じる暇があるみたいで羨ましいわぁ」
「そう言わないであげて。彼女にしかできない唯一のお役目なんだから。ねぇ?」
そう、転機は私のクラスが判明したことだ。人は誰しも神様からクラスを割り振られる。それは生まれ持った天賦、その人の方向性を決める特別な能力を伴っている。たとえば『ナイト』は人を守ることに特化し、『ファーマー』が作物を育てることに特化するように、かくあるべしという天命となる。それは貴族社会における力関係にも直結する。そして私のクラス『シーカー』――探しものを何でも探し出せる非常にユニークなスキルだが、ともすれば『シーフ』や『ローグ』のような卑しい身分と同等とされるものだった。
「あんなに泥だらけになっても、王子殿下のご寵愛を受けるのはアンジェリーナ様のほうなのにね。ですよね、アンジェリーナ様!」
取り巻きのボス、アンジェリーナ・ドルゴーン。
「ごきげんよう、犬令嬢さん。『ここ掘れワンワン』ってしてみなさいな。クスクス」
「……ごきげんよう、アンジェリーナ様。社交界で私がどう呼ばれていようといまさら気に留めませんが、本人の前で使うのはいささか品がないのではありませんか」
アンジェリーナたちが私を冷やかすためだけに魔鉱床まで足を運ぶとは思えない。だとすると、あの方も一緒なのだろう。
「おい、メリダ・ソルマー! アンジェリーナに対して無礼だぞ」
そう威圧的に私を睨むのはジェラルド・アイシン王子殿下。このゴールド王国の未来を担うお方。そして私の婚約者。
「これは……ごきげんよう、ジェラルド王子殿下」
私の挨拶に対してジェラルド殿下は「フンッ」と鼻を鳴らして返す。
「俺は貴様のことを一人の女性として愛することはない」
婚約してからというもの繰り返し聞いたフレーズだ。
珍妙な、しかし実用的な『シーカー』クラスを授かった私を両親は貴族婚活市場へと必死に売り込んだ。そしてこの貧乏辺境侯爵家の目論見通り、国王陛下は息子のジェラルド王子と私との婚約をとり決めた。
だがその婚約を喜んだのは国王と両親だけだった。
「貴様との婚約も、貴様の能力に利用価値があると考えた父王が押し付けたものに過ぎん。俺も国益と勅命がかかっていなければ、貴様ごとき卑しいクラスの女との婚約などしない。だから親しげに呼びかけるんじゃあない」
「……はい。申し訳ございません、王子殿下」
すっかり冷え切った関係。いや、冷え切ったというのも違う。もともと私は人として扱われていないのだから。婚約当初から王子は私を公務という体で王都から遥かに離れた魔鉱床、遺跡、迷宮へと遠ざけてきた。
「そうだ、貴様は遺物発掘の道具に徹していればいい。『地中に埋まった捜し物を見つける』などというピンポイントすぎる能力なんだ。これくらいは役に立ってもらわねばな」
採掘結果に満足したらしい王子は。
「メリダ、貴様に新しい仕事だ」
また別の鉱床の掘削をやらせるつもりだろう。それとも今度は遺跡の探索だろうか。
そんなふうに高をくくっている私に飛び込んできたのは、全く予想外の宣言だった。
「つい先刻、我が王国はブライト帝国に宣戦布告した。そこで帝国軍要塞の攻略に貴様の力を使ってもらう」
「帝国と開戦!? ですが、国王陛下は帝国との融和路線だったはず! なのになぜ!?」
「口を挟むな! 犬令嬢風情がッ!」
「っ……!」
「父王なら数日前に死んだ。今は俺が王国の支配者だ。俺の命令が絶対だ! 黙って馬車に乗れ! そして前線へ行けばいい!」
国王陛下が死んだ?
私のいない間に王都で何が……?
「さぁ王都へ戻ろうか、アンジェリーナ」
「はぁい、ジェラルド様♡」
王子殿下がアンジェリーナを抱き寄せながら、綺羅びやかな王族専用馬車へと搭乗する。アンジェリーナの取り巻きたちもこちらを嘲笑しながら、後続の馬車へと消えていく。
王子の意中の人がアンジェリーナということは暗黙の了解だとしても、彼らが公然といちゃつくことなんて今までだったらなかった。
王国は変わりつつある。それも良くない方へ。
嫌な予感を覚えながら、淡々と前線行きの馬車に乗り込むのだった。
ドヴォーク要塞――ブライト帝国の対ゴールド戦線における防衛の要たるこの星型城塞の中心部の位置する司令室は今、その訪問者によって無骨なコンクリート造りでありながら、荘厳で格式高い雰囲気に包まれていた。それはその訪問者のもつオーラがそうさせているのだと、居並ぶ帝国将校らは高貴なる後光の指す方を恭しく見る。
彼こそはブライト帝国皇帝アルバート・ヴァーミリオン。皇族特有の赤髪をストレートに伸ばし、その収斂な顔立ちは見るものに威厳を感じさせる。帝国軍四万五千人を率いて要塞まで親征してきた帝国軍総帥は、初陣の緊張からか、神経質そうに卓上の地図を見つめていた。
「ご安心ください、皇帝陛下! ドヴォーク要塞は難攻不落! たとえ十万の軍勢が来ようと陥落しませぬ!」
そして皇帝の御前にて帝国軍総参謀長・ワーンゼン将軍は勝利を確信していた。
「将軍はこの要塞の防御能力によほど自信があるようだな」
皇帝は将軍の実績を信用していた。しかし戦場を知らぬ彼には、将軍の大言壮語にその手腕が見合っているのか確証が持てなかった。
「もちろん! なにせこのドヴォーク要塞は国防の要ゆえ、最新式の防御機構を備えております。それすなわち帝国軍の秘密兵器、魔導地雷です! 外郭一帯の地雷原で敵を寄せることはありません!」
「ほう、魔導地雷。地中より魔導信管で敵を感知して爆発するというアレか。しかし、地雷原があるというのは敵もわかっているのだろう? 除去されてしまうのでは?」
「その点はご安心を。魔導地雷はチェスのマス目のように埋設されております。それぞれのブロックの地雷は針金で連結しており、一つでも触れれば連鎖爆発を起こします。さらにこの地雷は三重に埋設されており、表層の地雷の除去しようとしても起爆する仕組みとなっております。ですので地雷を除去されるなど万に一もないと断言します!」
地中の見えざる脅威、それも周到に罠が仕掛けられている。これを初見で除去することは不可能に近い。
「それは……頼もしいな」
「間抜けな王国軍が除去を試みればたちまち爆音が響きましょう。しかし、地雷原で爆発した痕跡はありませぬ。つまり敵は地雷の除去を試みてすらいない!」
司令室の外が騒がしくなり、伝令が駆け込んでくる。
「将軍! 敵軍がこの要塞へ攻撃を開始した模様です!」
「噂をすればですな。さぁ耳をすませば今に大爆音ですぞ!」
報告を聞いたワーンゼン将軍はニンマリと頬を緩め、自慢のおもちゃが活躍する瞬間を待望しながら耳をそばだてる。
しかし、待てどもワーンゼン将軍の予想した音は聞こえなかった。どころか――。
「む? 気の所為ですかな? 馬蹄の音が近づいているように聞こえましたが、まさかこのドヴォーク要塞に限ってそのようなことは――」
「将軍! 敵が地雷原を悠々と闊歩しております! この要塞は包囲されました!」
「バカな~~~~ッッ!!!」
「将軍! 敵が次々と爆弾を城壁に投擲しております! 形状から我が軍から鹵獲した魔導地雷かと思われます! 崩れた城壁から敵軍がなだれ込み、このままでは陥落は免れません! 我々はどうすればいいですか?」
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ワーンゼン将軍は失神した。




