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第九話「憧れの先輩が女神様になって宗教団体を率いてるんですけど?」

ここまで読んでくださってありがとうございます。


異世界に飛ばされてから、それぞれがそれぞれの場所で生き延びている――そんな事実が少しずつ明らかになってきました。


今回の第九話では、さくらが憧れていた先輩との再会が描かれます。

ただし、その再会は想像していた形とは少しだけ違うものでした。


同じ世界にいながら、同じ経験をしながら、それでも人はそれぞれ違う選択をする。

その「違い」をどう受け止めるかが、今回のテーマになっています。


そしてもう一つ。

魔王様の心にも、少しだけ変化の兆しが――?


それでは、第九話をお楽しみください。



 昨日の魔力全放出から一夜明けて、ノアは元気だった。


 元気すぎるくらいだった。


「ピンク、今日の訓練はいつにする」


「朝ごはんまだだけど」


「朝ごはんを食べてからでいい。何時に食べる」


「今から食べる」


「では食べてすぐ行くか」


「少し休憩してから」


「何分休憩する」


「のあちゃん落ち着いて」


 アリアが苦笑しながら言った。


「昨日あんなにくたびれてたのに、今日はずいぶん元気ね」


「昨日で回路が開いた。今日は昨日より魔力が出るはずだ」


「それは良かったわ。でも焦らなくていいのよ」


「焦っておらん。効率的に動いておるだけだ」


「うん、まあ」


 さくらはパンをかじりながら、ノアを見た。


 確かに目がきらきらしている。昨日あれだけ魔力を使い果たして、今朝は逆に軽そうだ。


 詰まってたものが抜けて、すっきりしたのかもしれない。


「朝ごはん食べてから、ギルドに寄って、それから訓練でいい?」


「ギルドに寄るのか」


「依頼の確認だけ。昨日は結局外出しなかったから」


「……了解だ」


「了解でよろしい」


「うるさい」


-----


 ギルドに向かう途中だった。


 いつもの石畳を歩いていると、町の中心の広場のほうから賑やかな声が聞こえてきた。


 人が集まっているらしい。


「何かあるのかな」


「祭りか?」


「この時期に祭りがあるとは聞いてないけど」


 二人は広場に向かった。


 人だかりの端から覗くと——


 白いローブを着た人たちが、十人ほど列を作って立っていた。それぞれ旗を持っている。旗には、三日月と花を組み合わせたような紋章が描いてあった。


 その前に、一人が立って演説をしていた。


「皆さん!! 今こそ女神様のお導きを受けるときです!! 女神様は全てを愛し、全てを包む!! その慈悲は海よりも深く——」


 声が聞こえた瞬間、さくらは固まった。


 聞き覚えがあった。


 いやというほど聞き覚えがあった。


「……紫苑先輩?」


 演説をしていた人物が振り返った。


 長い黒髪。切れ長の目。背が高くて、立ち姿が美しい。白いローブを纏って、手に花束を持っている。


 天宮紫苑。十五歳。さくらの一つ上の先輩。魔法少女チームのパープル。


 さくらが密かに憧れていた、かっこいい先輩。


「……あら」


 紫苑先輩がさくらを見た。


 目が細まった。


「さくら、ね」


「先輩……! 生きてたんですね!!」


「生きてるわ。こうして女神様のお役に立てているもの」


「女神様って……」


「私よ」


「……え?」


「私が女神様。この方たちは私の信者」


 さくらは固まった。


 ノアが隣でつぶやいた。


「……女神を自称しておる」


「先輩……なんで女神に」


「この世界に来て、教会に落ちたの。そこで祀られていた女神像に似ていたらしくて、女神の転生だと信じてもらえて——そのまま」


「そのまま!?」


「信者の皆さんが幸せそうだから、いいかなって」


「いいかなって何ですか!?」


「ふふ」


 紫苑先輩が微笑んだ。


 相変わらず美しい笑顔だった。


 でもなんか、さくらの知っている先輩とちょっと違う気がした。


「さくらも入信する?」


「しません!!」


「そう。残念ね」


「残念じゃないです!!」


 ノアが紫苑先輩を見ていた。


 じっと、値踏みするような目で。


「……あの魔法少女が紫苑か」


「そうです」


「お主の先輩だというのは本当だな。雰囲気が——」


「雰囲気が?」


「……別格だ」


「そうでしょ!! 先輩はかっこいいんです、普段は!!」


「普段は、というのが引っかかるが」


「今もかっこいいんですけど、なんか違うんです、なんか!!」


-----


 紫苑先輩が近づいてきた。


 信者たちが後ろで静かに待機している。


「さくら、久しぶりね。元気そうで良かったわ」


「先輩も元気そうで……とりあえず良かったですけど」


「ここでの生活は悪くないわ。信者の皆さんが良くしてくれるし」


「いや、でも先輩……魔法少女でしょ。帰ることとか考えなかったんですか」


「帰る方法があれば考えるけど、今はないから。だったら今できることをするほうがいいと思って」


「それはまあ……」


「さくらは帰れそうなの?」


「まだ分からないですけど、魔力を戻せれば……」


「そう。頑張ってるのね」


 紫苑先輩がノアを見た。


「こちらは?」


「えっと……同行者の、ノアです」


「同行者? 魔法少女じゃないわね」


「ちょっと色々あって」


「ふうん」


 紫苑先輩がノアの前にしゃがんだ。


 目線を合わせて、じっと見る。


「かわいいわね」


「かわいくない」


「でも、雰囲気がある。ただの子どもじゃないわね」


「……余は魔王だ」


「まあ」


 紫苑先輩はさっと立ち上がった。驚いた様子もなかった。


「魔王でも、うちの信者になれるわよ。女神様はすべての存在を愛してらっしゃるから」


「…………」


「今なら特典つきで入信できるの。信者証と、魔力を少し分けてもらえる儀式がついてくるわ」


「魔力!?」


 ノアの目がキラリと光った。


「……魔力がもらえるのか」


「ええ。女神様の御加護として、少しだけ」


「少しだけ、とはどのくらいだ」


「さあ、人によって違うけど——」


「ノア!!」


 さくらが割り込んだ。


「入信しないで」


「だが魔力が——」


「あやしいから」


「……あやしいか?」


「あやしい。先輩、何か裏があるんですか」


「裏なんてないわよ。ただ信者が増えると女神様が喜ぶから」


「女神様って先輩自身でしょ!?」


「…………まあ」


「まあって何ですか!!」


 紫苑先輩がにっこり笑った。


「でも魔力が少し分けてもらえるのは本当よ。信者が集まると場の魔力濃度が上がるから、儀式中は実際に魔力が補充されるの」


「それは……本当に?」


「試してみる?」


「試しません!!」


「さくらは頑なね」


「先輩が怪しいんです!!」


-----


 その後、紫苑先輩の勧誘は続いた。


 しつこかった。


 本当にしつこかった。


「さくら、今なら入信費が半額よ」


「お金取るんですか!?」


「維持費がかかるから。でも半額は破格よ」


「要りません!!」


「ノアちゃんはどう? 魔王の肩書きがあれば信者へのアピールになるし、双方にメリットが——」


「余は……」


「ノア!!」


「……考え中だと言おうとしただけだ」


「考えないで!!」


「魔力が魅力的なのだから仕方がない!!」


「魔力のために宗教に入らないで!!」


「魔力のためなら何でもするのが魔王だ!!」


「それは違うから!!」


 紫苑先輩が穏やかに言った。


「さくら、そんなに否定しなくても」


「否定します!!」


「女神様は全てを愛してらっしゃるの。さくらのことも」


「先輩が女神様なんですよね!?」


「そうよ」


「じゃあ先輩が私を愛してるってことになりますよね!?」


「そうなるわね」


「なんか変な感じになってるじゃないですか!!」


「愛は大切よ、さくら」


「そういう話じゃないです!!」


 ノアがさくらの袖を引っ張った。


「……ピンク、少し落ち着け」


「落ち着いてられないんだけど!!」


「お主が先輩と呼んでいた人が女神になっておるのは驚きだが——まあ、生きていたことは良かっただろう」


「……それは、そうですけど」


「それ以外は、まあ、想定の範囲内では」


「想定の範囲内!?」


「お主の仲間はみんな、こういう感じではないか」


「こういう感じって何ですか!?」


「ひまりは商会を経営しておる。紫苑は女神になった。お主の仲間はみんな、異世界で勝手にポジションを作るのが得意なようだ」


「……まあ」


「余には理解できんが、たくましいとは思う」


「……たくましい、ですね、確かに」


 さくらはため息をついた。


 紫苑先輩を見た。


 先輩は信者たちに何かを指示していた。白いローブの集団が、整然と動いている。


 そのとき、さくらは気づいた。


 先輩の目が、一瞬だけ違った。


 信者たちに向ける目が——穏やかな女神様の目ではなく、何かを計算している目だった。駒の配置を確認するような、冷静で、少しだけ冷たい目。


 ほんの一瞬。


 次の瞬間にはまた、穏やかな微笑みに戻っていた。


 さくら以外は、気づいていなかった。戦闘中に相手の隙を読み続けてきた目だから、気づけた。


 かっこいい、と思った。


 かっこいいんだけど、なんか違う。


 自分が憧れていた先輩の姿とは、少し違う。


 でも——これも先輩なのかもしれない、とも思った。


「……先輩」


「なに?」


「ここで暮らすつもりなんですか、ずっと」


「分からないわ。帰れるなら帰りたいけど、今は帰れないから」


「魔力は戻ってますか」


「変容は起きていないから、使えてはいるわ。ただ、こっちの世界の魔力体系に馴染んできた感じはある」


「じゃあ帰れるかもしれない。私たちも研究してて——」


「そのときはよろしくね」


 あっさりしていた。


 さくらは少し拍子抜けした。


「……心配じゃないんですか、帰れるかどうか」


「心配してもどうにもならないことは、心配しない主義なの」


「……かっこいい」


「でしょ」


「先輩らしい」


「ありがとう」


「宗教はやめてほしいですけど」


「それはノーよ」


「即答!?」


「信者の皆さんが幸せそうだから、続けたいの」


「……まあ、信者さんが幸せなら、いいんですかね」


「そうよ。誰も傷ついていないなら、いいじゃない」


「……それはそう、ですけど」


「さくらも入信する?」


「しません!!」


「そう。残念ね」


「残念じゃないです!!」


-----


 その後も紫苑先輩は勧誘を続けた。


 演説に戻って、また戻ってきて、また勧誘して。


 本当にしつこかった。


 そしてその間、じわじわとノアが引き寄せられていた。


「……魔力が少し分けてもらえるというのは」


「ノア、聞かないで」


「だが——」


「聞かないで!!」


「さくら、ノアちゃんが聞きたがってるなら——」


「先輩、ノアに話しかけないでください!!」


「冷たいわね」


「冷たくないです、ただ——」


「今だと入信費が——」


「入信費の話はしなくていいです!!」


 ノアが紫苑先輩に向かって一歩踏み出した。


「……魔力を分けてもらえる儀式とは、どういうものだ」


「簡単よ。女神様の前で誓いを立てて、魔力の循環に参加するだけ」


「誓いとは」


「女神様を信じる、ということと、他者を愛するということ」


「……他者を愛する?」


「そう。難しくないでしょ?」


 ノアは少し考えた。


「……余は魔王だ。他者を愛するのは——」


「魔王でも愛はあるでしょ?」


「……」


「愛してる人、いるんじゃない?」


 ノアが固まった。


 さくらも固まった。


「……い、いない」


「そう? でも今固まったわよ」


「固まっておらん!! 余は——」


「ノア」


 さくらがノアの肩を掴んだ。


「帰るよ」


「だが——」


「帰る」


「……ぐ」


「帰ります、先輩。また来ます」


「いつでもどうぞ。入信もいつでも受け付けてるわ」


「入信はしません!!」


「ノアちゃんはどう?」


「帰ります!!」


 さくらはノアの手を引っ張って歩き出した。


 紫苑先輩が後ろで「またね」と言った。


 信者たちが「女神様、ありがとうございました!!」と一斉に叫んだ。


 さくらは振り返らなかった。


-----


 少し離れた路地に入ってから、さくらはようやく手を離した。


「……ノア、入信しようとしてたでしょ」


「しようとしておらん」


「一歩踏み出してた」


「……確認のために近づいただけだ」


「魔力目当てで」


「……魔力は魅力的だ」


「分かるけど、あんな怪しいルートで魔力をもらっちゃダメ」


「怪しいか?」


「怪しい。あの先輩、頭は良いんです。でもやることが突拍子もないから」


「……余は、あの魔法少女を少し評価した」


「先輩を?」


「異世界に来て、自分のポジションを確立して、信者を率いておる。戦略的には優秀だ」


「まあ、それはそう……ですね」


「ただ、勧誘がしつこい」


「それは本当にそう」


「お主が怒るのも分かる」


「……先輩のこと、怒ってるというか」


「というか?」


「なんか、ちょっと違ったんです。私が思ってた先輩と」


「どう違った」


「……先輩って、もっとこう——凛としてて、何事も冷静で、絶対に動じない人だと思ってて」


「今もそうではないか」


「でも女神になって勧誘してるじゃないですか」


「……それも一種の冷静さではないか。あの状況で宗教団体を立ち上げて維持するのは、相当の胆力がいる」


「……まあ」


「お主が思っていた先輩とは違うかもしれんが——面白い人間だとは思う」


「面白い、か」


「余の基準では、面白いは褒め言葉だ」


「魔王の基準ね」


「そうだ」


 さくらはため息をついた。


「……先輩が生きてたのは、良かったです。本当に」


「そうだな」


「ただ、宗教はやめてほしい」


「それは無理そうだ」


「……ですよね」


 二人は路地を歩いた。


「……ピンク」


「何」


「さっき、あの魔法少女が——余に愛してる人がいるか、と聞いた」


「……聞いてた」


「余は固まった」


「……見てた」


「……なぜ固まったか、分かるか」


 さくらは少し間を置いた。


「……さあ」


「さあ、では答えにならん」


「分からない」


「本当に?」


「……答えたくない」


「……そうか」


 ノアは前を向いた。


「余も、今は答えたくない」


「うん」


「だが——」


「だが?」


「……固まったのは、事実だ」


 さくらは何も言わなかった。


 ノアも何も言わなかった。


 路地に風が吹いた。


 石畳が光を受けてきらきらした。


「……ギルド、行く?」


「行く」


「うん」


 二人はまた歩き出した。


 さっきより少しだけ、距離が近かった。


 気のせいかもしれない。


 気のせいじゃないかもしれない。


-----


 夕方、アリアの家に帰ると、ひまりが来ていた。


「先輩!! 紫苑先輩と会ったって聞きました!!」


「なんで知ってんの」


「フロストの情報網です!!」


「フロストの情報網、範囲広すぎるんだけど」


「便利でしょ!!」


 フロストが端で「情報収集は四天王の基本スキルです」と言った。


「紫苑先輩、変わってましたよね!!」


「……変わってた」


「女神になってましたし!!」


「なってた」


「勧誘されましたか!?」


「された」


「入信しましたか!?」


「してない」


「良かった!! ノア様は!?」


「しそうになった」


「しそうになった!?」


「魔力目当てで」


「節操ない!!」


「余は目的のためには手段を選ばん!!」


「選んでください!!」


 フロストが静かに言った。


「魔王様、紫苑様の儀式経由での魔力補充は、依存性がある可能性があります」


「依存性?」


「外部から魔力を補充すると、自力での回復が遅くなるケースがあります。四天王時代に調べた資料にそういった記述が」


「……それは、知らなかった」


「だから入信しなくて正解だったかと」


「……さくらが止めてくれたから、結果的に」


「先輩が止めたんですね!!」


「まあ、うん」


「さくら先輩、正解でした!!」


「まあ、うん」


 ノアがさくらをちらっと見た。


「……ありがとう」


「別に」


「……別にでも、ありがとうだ」


「……うん」


 ひまりが「尊い……」とまたつぶやいた。


「聞こえてるよ」


「すみません!!」


-----


 夜、さくらは窓際に座って、今日のことを振り返っていた。


 紫苑先輩が生きていた。女神になっていた。勧誘がしつこかった。


 でも——先輩が生きていたのは、本当に良かった。


 ひまりも生きていた。あかねの情報もある。怜奈はまだ分からないが、きっとどこかで元気にやっているだろう。


 全員、自分のやり方で生きている。


 さくらは何かを確認できた気がした。仲間が全滅したわけじゃない。それぞれがそれぞれの場所で、ちゃんと存在している。


「……ピンク」


 ノアが布団から声をかけた。


「何」


「紫苑は、また会えるか」


「この町にいるみたいだから、また会えると思う」


「……そうか」


「会いたいの?」


「……話したいことがある」


「どんなこと」


「……愛してる人がいるか、という話だ」


「先輩に?」


「……余に聞いたことを、余も先輩に聞きたい」


「なんで」


「……あの魔法少女は、余に聞いた。だから余も聞く権利がある」


「それが聞きたい理由?」


「……そうだ」


「……まあ、また会う機会はあると思う」


「そうか」


「先輩の答えが聞きたいんだ」


「……そうだ」


「先輩のことが気になった?」


「……人として、面白いと思った」


「面白いは褒め言葉なんでしょ」


「そうだ」


「じゃあ次会ったとき、聞いてみれば」


「……そうする」


 ノアは黙った。


 さくらも黙った。


「……おやすみ」


「おやすみ」


 今日もノアが先に言った。


 最近、そうなっていた。


 さくらは気づいていたが、何も言わなかった。


 ランプを消した。


 暗闇の中で、白い花の気配がした。


-----


**【魔王の小さな冒険 其の九「魔王、女神に会った件」】**


 のあちゃんは布団の中で、今日のことを考えていた。


 紫苑という魔法少女のことだ。


 あの魔法少女は不思議だった。


 魔法少女のはずなのに、魔法少女らしくない。戦う気配がない。ただそこに立って、笑って、信者を率いている。


 余に「愛してる人がいるか」と聞いてきた。


 のあちゃんは、固まった。


 なぜ固まったか。


 のあちゃんには分かっていた。


 ただ、認めたくなかった。


「……余は魔王だ」


 布団の中で、のあちゃんはつぶやいた。


「魔王が、誰かを——」


 言葉が続かなかった。


 続けたくなかった。


 でも固まったのは、事実だ。


 あの質問を聞いた瞬間、頭の中にさくらの顔が浮かんだのは、事実だ。


「……困ったな」


 誰も答えなかった。


 布団がもぞもぞと動いた。


「……まあ」


 のあちゃんは目を閉じた。


「今は今だ」


 さくらの言葉を借りた。


「今は今。そっちの話は——」


 どこかで考えよう。


 いつか。


 帰る前に。


 帰る前に、ちゃんと考えよう。


 のあちゃんは目を閉じたまま、少しだけ笑った。


 笑った理由は、自分でも分からなかった。


 分からないまま、眠りについた。


-----


第十話に続きます。


-----


**次話予告**


 数日後。


 ひまりから情報が入った。


「先輩が王様になってる国が、少し離れたところにあるらしくて——」


「黄瀬様との商談があるので、同行しませんか。有料で」


「有料かよ」


 さくらは空を見た。


 あかねに会いに行く日が来た。


 第十話「先輩が一国の王になってるんですけど?」――次回!

第九話までお付き合いいただき、ありがとうございました。


紫苑先輩は、作者的にも「異世界に行ったら一番うまく適応するタイプ」として以前から構想していたキャラクターでした。

結果として、女神を名乗って宗教団体を率いる先輩という、だいぶ尖った立ち位置に落ち着きましたが、本人はわりと真面目です。


さくらにとっては憧れの先輩。

ノアにとっては興味深い人間。

そして読者の皆さんにとっては、おそらく「この人、大丈夫?」と思う存在かもしれません。


ですがこの物語では、「正しい生き方」は一つではありません。

商人になる者もいれば、王になる者もいれば、女神になる者もいる――それぞれが、それぞれのやり方でこの世界を生きています。


そして今回、魔王様が固まった理由については……

たぶん、多くは語らなくても伝わっているのではないでしょうか。


次回はついに、王になった先輩――あかねとの再会編に入ります。

物語のスケールも、少しだけ大きくなっていきます。


引き続き、さくらとノアの旅を見守っていただけたら嬉しいです。


それでは、第十話でまたお会いしましょう。

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