第六話「チョコ作りに挑戦したら私が一番下手だったんですけど?」
魔法少女として戦うさくら。しかし、異世界では「魔王の保護者」としてノアに振り回される日々。
今回はちょっと日常的な挑戦――チョコレート作り――に挑む二人と、見守るアリアとひまりのほっこりとした時間。
戦いだけでない、魔王と魔法少女のちょっと不器用な交流の一幕です。
ことの発端は、朝食の席だった。
アリアが出してくれたスープを飲みながら、さくらはぼんやり考えていた。
お世話になっている。
本当に、お世話になっている。
家に泊めてもらって、飯を食わせてもらって、情報をもらって、花瓶まで出してもらった。お礼はいずれ現金で返すつもりだが、それだけでは足りない気がする。
何か、形のあるものを渡したい。
「……何か作れるものはないかな」
独り言のつもりだった。
「チョコレートはどうだ」
ノアが即答した。
「なんで」
「美味いから」
「自分が食べたいだけじゃん」
「アリアも喜ぶだろう」
「それはそうだけど」
「ひまりの工房を借りれば材料もある」
「なんかすごい具体的だね」
「余は常に具体的だ」
「前から考えてたの?」
「……チョコレートというものに、余は関心がある」
「作りたいってこと?」
「……興味がある」
「作りたいんでしょ」
「……興味がある、と言った」
アリアがくすくす笑いながらスープのお代わりを持ってきた。
「チョコレート、作ってくれるの? 嬉しいわ」
「アリアさんが喜ぶなら」
「私のために? ありがとう」
「ノアが——」
「さくらが作りたいと言い出したのだ」
「あんたが言い出したじゃん」
「お主が『何か作れるものはないか』と言った」
「独り言だったんだけど」
「余が聞こえた時点で独り言ではない」
アリアがまたくすくす笑った。
「二人で作ってくれるの、楽しそうね」
「「楽しくない」」
二人同時に言った。
アリアはそれを聞いて、もっと笑った。
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ひまりに連絡すると、二つ返事でOKが来た。
「材料は全部こっちで用意します! むしろ手伝ってほしかったんで助かります!!」
「手伝いが目的になってる」
「いやでも先輩のチョコ、私も食べたいので!! あと魔王様のも!!」
「余のも食べたいのか」
「食べたいです! 魔王様ってどんな味覚してるんでしょうね!!」
「余の味覚は洗練されておる。ホワイトチョコが最上だ」
「お子様舌ですね!!」
「お子様舌と言うな!!」
こうして、ひまりの工房でのチョコ作りが決定した。
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ひまりの工房は、ギルドの奥にある作業場だった。
石造りの作業台に、大きな鍋、木べら、型の数々。天井から乾燥させたカカオの実が吊るされていて、甘い匂いが漂っている。
「じゃあ今日は基本のチョコレートを作りましょう! カカオを砕いて、砂糖とミルクと混ぜて、型に流して固めるだけです!」
「簡単そうだね」
「簡単ですよ! 誰でも作れます!」
フロストが端のほうで別の作業をしていた。
「フロスト、見ないの?」
「業務がありますので。ただ、後で試食はさせていただきます」
「試食はするんだ」
「はい。楽しみにしています」
なんか腹立つな、とさくらは思った。
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まずカカオを砕くところから始まった。
乾燥させたカカオの実を、専用の道具で砕いていく。力仕事だ。
「先輩やってみてください!」
さくらは道具を受け取って、カカオに当てた。
砕く。
……砕けない。
もう一回。
……砕けない。
「あれ?」
「力が要るんですよ! こうやって——」
ひまりがやると、ざくざくと砕けた。
「……なんで」
「慣れです! 先輩もう一回!」
さくらはもう一回やった。
今度は砕けた。でも、飛び散った。
「わ!」
「あ」
砕けたカカオが作業台の外に飛んでいった。いくつかは床に落ちた。
「……魔法少女なのに不器用なのか」
ノアが横から言った。
「魔法少女と不器用は関係ない」
「ないのか」
「ない。戦闘と料理は別」
「……そうか」
「あんたやってみれば」
「余がやれば上手くいく」
「じゃあやって」
「……今は見学の段階だ」
「見学を都合よく使わないで」
ひまりが苦笑しながら飛び散ったカカオを集めた。
「大丈夫です! 多めに用意してあるので!」
「ごめん」
「気にしないでください! 次は力加減を——」
「余がやる」
ノアが道具を受け取った。
構えを取った。重心を低く——木剣の練習の応用か。
「ふんぬ……」
ざくっ。
きれいに砕けた。
「……できた」
「上手じゃないですか魔王様!!」
「当然だ」
「ノアが上手くて私が下手なの、なんか腑に落ちないんだけど」
「余は力の使い方を心得ておる」
「木剣の練習が活きてる?」
「……活きておる、かもしれん」
得意げな顔をしていた。
さくらは黙ってカカオを砕く練習を続けた。
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次は溶かす工程だった。
砕いたカカオを鍋に入れて、湯煎で溶かしていく。
「焦がさないように、ゆっくりかき混ぜてください!」
「はい」
さくらは木べらでかき混ぜた。
ゆっくり、ゆっくり。
チョコレートが溶けていく。甘い匂いが強くなる。
順調だった。
順調だったのに。
「……あれ、なんか固まってきた」
「え!?」
ひまりが覗き込んだ。
「先輩、鍋が熱くなりすぎてます! 火を弱めて——」
「あ——」
チョコレートがぼそぼそになった。
「……ぼそぼそになった」
「油分と水分が分離したんです! 湯煎の温度が高すぎると——」
「ごめん」
「大丈夫です! もう一回やってみましょう!」
「……余にやらせろ」
ノアがまた割り込んできた。
「お主は火加減が分かっておらん」
「分かってるよ」
「分かっておるなら焦がさん」
「焦がしてない、分離した」
「結果が悪ければ原因も悪い」
「理不尽な論理だね」
「余にやらせろ」
ひまりが「魔王様どうぞ!」と言ったので、ノアが木べらを受け取った。
ノアは鍋を見た。火を見た。それからゆっくりとかき混ぜ始めた。
「……なんで上手いの」
「余は細かい作業が得意だ」
「どこで覚えたの」
「魔王軍の調合室で魔法薬を作ることがあった。火加減と素材の状態を見ながら調合するのは、これと似ておる」
「魔王が自分で魔法薬を作るの?」
「部下を信用しきれないときは自分で作る」
「……苦労人だね」
「余は魔王だ。苦労は当然だ」
「いや魔王に苦労は似合わない気がするけど」
「苦労しない魔王は雑魚だ」
「……まあそれはそう」
ノアがかき混ぜたチョコレートは、なめらかに溶けていた。
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砂糖とミルクを加える工程は、さくらがやった。
分量通りに入れて、混ぜる。
これは上手くいった。
「……できた」
「よかったですよ先輩!!」
「私にも向いてる工程はある」
「誰でも分量通りに入れれば成功します!」
「フォローになってない」
「あ、すみません!!」
ノアが横で笑っていた。
「くすくす笑うな」
「笑っておらん」
「笑ってた」
「笑っておらん」
「口元が動いてた」
「……かき混ぜておれ」
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型に流し込む工程になった。
溶けたチョコレートを、ひまりが用意した型に流し込んでいく。
「ゆっくり、端まで行き渡るように流してください!」
「はい」
さくらは慎重に、ゆっくりと型に流し込んだ。
行き渡る……行き渡る……
「……あ、こっちに行きすぎた」
端から溢れた。
「わ!」
「ごめん」
「大丈夫ですよ! でも型が少し変な形になるかも——」
「変な形?」
「片方が多くて、片方が少なくて……歪な形になりますね」
「……」
「でもできることはできます!!」
さくらは次の型を慎重にやった。
今度は、溢れなかった。でも、気泡が入った。
「気泡が——」
「台をトントンって叩くと抜けますよ!」
「あ、ありがとう」
トントンと叩いて、気泡を抜いた。
これは上手くいった。
三個目は、流し込む量を誤った。
「……少なすぎた」
「薄いチョコになりますね!!」
「厚みがバラバラになってきた」
「先輩の個性が出てます!!」
「個性で片付けないで」
ノアは自分の型を満足そうに見ていた。
「……余の型はきれいだ」
「うん、そうだね」
「対称的で、厚みも均一で——」
「うん、そうだね」
「お主のとは大違いだ」
「うん、そうだね」
「……怒らないのか」
「事実だから」
「……」
「悔しいけど事実」
「……まあ」
ノアは少し間を置いた。
「次は上手くなるだろう」
「なれるといいね」
「なる。余が教えてやる」
「魔王にチョコ作りを教わる日が来るとは思わなかった」
「光栄に思え」
「……ちょっとだけ思っとく」
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チョコレートを固めている間、三人で作業場に座って話をした。
「先輩って、料理得意じゃないんですか?」
「得意ではない」
「魔法少女なのに?」
「魔法少女と料理は関係ないって言ったじゃん」
「関係ないんですね! 意外です!」
「なんで意外なの」
「なんか色々できそうなイメージで!」
「戦闘は得意。料理は苦手。どちらかというと食べるほうが好き」
「じゃあ今日作ったチョコ、自分で全部食べたいですか?」
「アリアさんに渡す分を作ったから、渡す」
「自分の分は?」
「……少しだけなら食べる」
「正直ですね!!」
「ノアも食べるでしょ」
「……余は試食の義務がある」
「試食の義務ってなんだよ」
「品質確認だ。責任者として」
「責任者!?」
「余が一番上手く作った。だから責任者だ」
「ひまりのほうが上手くない?」
「ひまりは指導者だ。余は製造責任者だ」
「役割分担が謎すぎる」
ひまりが笑いながら「魔王様に製造責任者になっていただけるなら心強いです!!」と言った。
ノアが「当然だ」と言った。
フロストが遠くで「責任者が逃げ出さないとよいですが」とつぶやいた。
「聞こえておるぞフロスト!!」
「存じております」
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固まったチョコレートを型から外した。
ひまりのが、一番きれいだった。当然だ。
ノアのが、次にきれいだった。均一で、つやがあった。
さくらのが——
「……」
「……」
「……先輩、個性的ですね」
ひまりが言った。
個性的だった。
一個目は歪で、片方が分厚くて片方が薄い。二個目は気泡の跡がぷつぷつ残っている。三個目は薄すぎて、ほとんど板チョコのかけらみたいだ。
「……見た目がひどいね」
「個性です!!」
「個性で片付けないでって言ったじゃん」
「でも! 味は問題ないはずですよ!」
「それは食べてみないと分からない」
「食べてみましょう!!」
さくらは自分の歪なチョコを一口かじった。
甘さが広がった。
「……美味しい」
「ですよね!!」
「見た目がひどいだけで、味は普通に美味しい」
「それです!! 先輩のチョコはそれです!!」
「フォローになってるのかなってないのか分からない」
ノアが自分のチョコを一口かじった。
もぐもぐ。
「……美味い」
「当然。ノアが作ったし」
「お主のも——」
ノアがさくらの歪なチョコをちらっと見た。
「食べてみてもいいか」
「あ、どうぞ」
ノアがさくらのチョコを一口かじった。
もぐもぐ。
「……美味い」
「よかった」
「見た目がひどいが」
「分かってる」
「ひどいが——」
「分かってるって」
「……ちゃんと作ったのが分かる」
「……え」
「形がひどいのは、何度もやり直したからだろう。やり直した跡がある」
「まあ、溢れたり失敗したりで」
「その跡が残っておる」
「……失敗の跡が残っただけじゃん」
「失敗した跡と、それでもやり直した跡だ」
さくらは自分の歪なチョコを見た。
確かに、いびつだ。溢れた跡、気泡の跡、薄すぎる部分。失敗の積み重ねが全部形に残っている。
「……なんかフォローが上手くなった?」
「フォローではない。事実を言った」
「ありがとう、一応」
「一応か」
「ちゃんとありがとう」
「……どういたしまして」
ひまりが「尊い……」とつぶやいた。
「何が」
「いえ、なんでもないです!!」
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帰り際、ひまりがさくらのチョコを箱に詰めてくれた。
「こっちで箱を用意しますね! アリアさんへのお土産でしょ!」
「ありがとう。でも見た目ひどいから」
「大丈夫ですよ! 手作り感があっていいじゃないですか!!」
「手作り感というか、失敗感があるんだけど」
「先輩らしくていいです!!」
「先輩らしいって何」
「不器用で頑張り屋で、でもちゃんと誠実なとこです!!」
「……誠実かどうかはさておき」
「誠実ですよ!!」
ノアのチョコも少し箱に入れてもらった。
「余のも入れるのか」
「ノア様のは別途商品ラインナップに入れてもいいですか!?」
「……商品に?」
「クオリティが高くて!! 売れると思います!!」
「……余の作ったチョコが売られるのか」
「はい!!」
「……魔王軍への資金調達と思えば——」
「魔王軍への!?」
「……冗談だ」
「本気に聞こえましたよ!?」
「冗談だ。売ってよい。ただし余の名前は出すな」
「なんで!?」
「魔王の名前がついたチョコを誰が買うのだ」
「それはそう……」
「ノア作、で売れ」
「ノア様ブランドですね!! 了解です!!」
フロストが端から静かに言った。
「魔王様が知らぬ間に商品化されています」
「知っておる。余が許可した」
「……滞在費の足しになれば」
「うるさい」
「正論かと」
「うるさいと言っておる」
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アリアの家に帰ったのは、夕方だった。
アリアが夕食の準備をしていた。
「おかえり、二人とも。いい匂いがするわ、チョコ持ってきてくれたの?」
「作ってきました。アリアさんに」
さくらは箱を差し出した。
「まあ、ありがとう!」
「見た目はひどいですけど」
「そんなことないわ——って」
アリアが箱を開けた。
「……個性的ね」
「見た目はひどい、で正しかったです」
「でも、手作りのチョコを持ってきてくれたの、嬉しいわ」
「ずっとお世話になってるので。お礼が追いつかないんですけど、せめて」
「そんなに気にしないでいいのに」
「気にします」
「さくらちゃんは真面目ね」
「……まあ」
「ノアちゃんのも入ってるの?」
「はい。ノアが作ったのが一番きれいです」
「あら。ノアちゃん、ありがとうね」
ノアは少し間を置いた。
「……どういたしまして」
素直に言えた。
さくらはそれに気づいたが、何も言わなかった。
「食べてもいい?」
「もちろん」
アリアがさくらの歪なチョコを一口かじった。
もぐもぐ。
「……美味しい」
「本当に?」
「本当に。甘くて、カカオの風味もちゃんとあって」
「見た目はひどいのに」
「見た目より味が大事よ」
「……そうですか」
「そうよ。それにね」
アリアが微笑んだ。
「こういう形のチョコのほうが、ちゃんと作ったって伝わるの。きれいすぎるより、ずっと」
「……ノアに似たようなことを言われた」
「ノアちゃん、賢いのね」
「魔王だからな」
ノアが横から言った。
「魔王は賢くなければならない」
「じゃあノアちゃんのチョコも食べていい?」
「……どうぞ」
アリアがノアのチョコを一口かじった。
「……これは本当にきれい。つやがあって、均一で」
「当然だ。余が作った」
「すごいわね」
「当然だ」
「ノアちゃん、料理の才能あるんじゃない?」
「……魔法薬の調合と似ておる部分がある」
「そうなの。じゃあ今度一緒に料理作ってみましょうか」
「……余が、料理を?」
「ダメ?」
「……ダメではないが」
「じゃあ決まりね。さくらちゃんも一緒に」
「私はたぶん足を引っ張ります」
「大丈夫よ。またやり直せばいいだけだから」
さくらは自分の歪なチョコを見た。
やり直した跡だらけの、いびつなチョコ。
「……やり直せばいいか」
「そうよ。何度でも」
ノアがアリアを見た。
アリアはにこにこしていた。
「……アリア」
「なに、ノアちゃん」
「……かたじけない」
「ふふ、どういたしまして」
テーブルの上で、白い花が揺れた。
昨日ノアが摘んできた、あの花。
まだ、きれいに咲いていた。
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**【魔王の小さな冒険 其の六「魔王、チョコ作りで大失態を隠蔽した件」】**
のあちゃんには、隠していることがあった。
チョコ作りで、一度だけ大失敗していた。
型に流し込む前の段階で、ひまりとさくらが別の話をしていた一瞬。のあちゃんはチョコレートの鍋を一人で見ていた。
においがした。
甘い匂い。
のあちゃんは木べらでチョコレートをすくった。
においを嗅いだ。
そのまま、なめた。
美味かった。
問題はここからだ。
もう一口。
また美味かった。
もう一口。
もう一口。
もう一口。
気づいたら、鍋の中が予定より明らかに少なくなっていた。
「……」
のあちゃんは固まった。
これは、まずい。
型に流し込む分が足りない。
さくらに怒られる。
ひまりに笑われる。
最悪だ。
でも。
のあちゃんは素早く計算した。
全部の型に均等に流せば、少し薄くなるが形にはなる。さくらが不器用で一部の型に流し込みすぎれば、帳尻が合う可能性がある。
さくらは不器用だ。
絶対に溢れる。
のあちゃんはそっと鍋を元の位置に戻した。
何事もなかったような顔で、ひまりとさくらが戻るのを待った。
その後、計算通り、さくらが型から溢れさせた。
帳尻は合った。
誰も気づかなかった。
完璧な作戦だった。
ただひとつ、心に引っかかっていることがあるとすれば。
さくらのチョコが薄くなった原因が、のあちゃんの食い意地にあるということだった。
「……次は溢れないよう気をつけろよ、ピンク」
誰もいない寝室で、のあちゃんはつぶやいた。
言い訳が、少し苦かった。
でも、チョコレートは美味しかった。
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第七話に続きます。
見た目はいびつでも、手作りの温かさと努力の跡が伝わる――そんなチョコレートは、誰かに贈るにはぴったりだった。
さくらの不器用さと、ノアの完璧さ、そしてそれを見守るひまりとアリアの笑顔が、異世界での日常に柔らかな光を落としていた。
次回、第七話では、そんな日常の延長で、また小さな事件が起こる予感――魔王と魔法少女の珍道中はまだまだ続く。




