第三話「薬草採取のはずが魔王のせいで地獄になったんですけど?」
今日は薬草採取のお仕事。
「簡単でしょ」と思っていたさくらの隣には、魔力ほぼゼロの魔王・ノアがよたよたとついてくる。
森は静かで緑がいっぱい。でもノアがいるだけで、穏やかなはずの採取が予想外の大騒動に……!?
虫の巣を踏んだり、転んだり、叫んだり――
今日も魔王と魔法少女の小さな冒険が、森で始まります。
森は、思ったより深かった。
町の外に出てすぐ、木が増えて、道が細くなって、気づいたら鬱蒼とした森の中にいた。光が葉っぱの隙間から差し込んで、足元には苔が広がっていて、遠くで鳥が鳴いている。
悪くない景色だった。
問題は、隣にいる存在だった。
「……あれではないか」
ノアが指をさした。
「どれ」
「あの葉っぱの形が丸いやつ」
「それ薬草?」
「そうだ。アリアが言っておったろう。丸い葉っぱで、縁がぎざぎざのものが薬草だと」
さくらはアリアから聞いた特徴を思い出した。確かに合っている。
「……よく覚えてたね」
「余は記憶力がいい。魔王の必須スキルだ」
「へえ」
「感心しろ」
「してる」
「もっと感心しろ」
「これ以上どう感心すればいいの」
「……まあいい」
ノアはよたよたと薬草に近づいた。両手でがっちり茎を掴んで、力を込めて引っ張る。
ぶちっ。
「取れた!!」
「根っこから取っちゃだめだって言ったじゃん」
「……言ったか?」
「言った。根っこを残さないと来年また生えてこない、って。葉っぱだけ摘んでって言った」
「…………」
ノアは根っこごと引き抜いた薬草を見た。
「……これは、余の戦略的収穫だ」
「どんな戦略」
「根っこごと持っていけば葉っぱより価値が高い」
「そういう依頼じゃないから」
「……」
「戻して」
「戻せないだろ、抜けてしまったのだから」
「じゃあ持っていく。でも次からは葉っぱだけ」
「……分かった」
ノアはぶすっとした顔で、引き抜いた薬草をさくらの採取袋に突っ込んだ。
さくらはため息をついた。
先が思いやられる。
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しばらくは、平和だった。
さくらが薬草を見つけて、葉っぱを摘んで、袋に入れる。ノアがついてきて、たまに見つけて、今度は葉っぱだけ摘む。
作業は単調だったが、悪くなかった。
森の奥から風が吹くたびに、草の匂いがした。
「……さくら」
「なに」
「この草、美味そうだな」
ノアが足元の草を見ていた。
「それ薬草じゃないから食べないで」
「食べるとは言っておらぬ」
「食べようとしてた顔だった」
「しておらん」
「しゃがんで口近づけてたじゃん」
「……においを嗅いでいた」
「においを嗅ぐ必要ある?」
「ある。余は食べ物のにおいに敏感なのだ。魔王としての——」
「お腹空いてんじゃん」
「……空いておらん」
「朝ごはんから何時間経ったと思ってんの」
「……空いておるかもしれん」
「正直でよろしい」
「うるさい」
さくらは干し肉を一枚取り出してノアに渡した。
アリアが「持っていって」と持たせてくれたやつだ。本当にいい人だ。
ノアは干し肉を受け取った。
「……なぜ持っておるのだ」
「アリアさんがくれた」
「…………」
「おいしいよ、それ」
「…………」
ノアは干し肉をかじった。
もぐもぐ。
「……美味い」
「よかった」
「アリアに感謝する」
「私にも感謝すれば?」
「なぜ」
「渡したのは私じゃん」
「お主はただの運び屋だ。礼を言う相手はアリアだ」
「運び屋って何」
「護衛兼運び屋だ」
「護衛って言葉、気に入ってるよね」
「言葉が正確だから使っておる」
さくらはまたため息をついた。
干し肉、自分の分も食べておけばよかった。
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問題が起きたのは、袋が半分くらい埋まったころだった。
薬草の群生地を見つけた。岩の陰に、丸くてぎざぎざの葉っぱが密集して生えている。
「やった、ここで一気に終わりそう」
「余の手柄だ。余が見つけた」
「二人で見つけたじゃん」
「余のほうが先に見つけた」
「同時だった」
「余が一歩前にいた」
「どっちでもいい、採ろう」
二人で群生地に近づいた。
さくらが葉っぱを摘み始めた。ノアも隣で摘み始めた。
順調だった。
本当に順調だった。
ノアが何かを踏んだ音がするまでは。
ぼすっ。
「……あ」
ノアの足元に、丸い穴が開いていた。
いや、穴ではない。巣だ。
地中に作られた、何かの巣。それをノアが踏み抜いた。
そこから出てきたのは——
「……虫?」
虫だった。
でかい虫だった。
親指より大きくて、羽があって、尻尾に針がある。それが一匹、二匹、三匹——どんどん出てくる。
「ノア、踏んだ?」
「踏んでいない。余の足がすっぽり入っただけだ」
「それを踏んだって言うの!!」
虫たちがぶんぶんと羽音を立て始めた。
怒っている。明らかに怒っている。
「逃げるよ!!」
「余は魔王だ!! こんな虫どもに——」
「今は逃げる!!」
「待て!! 余はここで一歩も引かぬ!! 余の威厳が——」
「威厳より命!!」
さくらはノアの手を引っ張った。
走った。
虫の群れが追ってくる。
「ぎゃああああ!!」
「さっきから悲鳴がうるさい!!」
「怖いのだから仕方がない!!」
「走れ!!」
「走っておる!! これが限界だ!!」
ノアの足がもつれた。
転んだ。
盛大に転んだ。草の上を三回転がった。
「ノア!!」
さくらが振り返った瞬間、虫の群れがノアめがけて向かっていく。
「ぴぎゃあああ!!!」
「もう、毎回それしか言えないの!!」
さくらは手のひらに魔力を集めた。
薄い。でも、さっきより少しだけ動く気がした。
「……行けっ!!」
小さな光の玉が飛んだ。
爆発はしなかった。でも、虫たちの前で弾けて、強い光を放った。
虫たちがひるんだ。
さくらはその隙にノアを引っ張り起こして、一目散に走った。
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森から出た。
二人とも、ぼろぼろだった。
さくらは草だらけで、靴が泥だらけで、コートに何かの葉っぱが大量についていた。
ノアはそれ以上だった。草まみれで、泥まみれで、ドレスの裾が破れて、髪の毛が爆発していた。
「……」
「……」
二人は並んで座り込んだ。
しばらく、無言だった。
「……余のせいではない」
ノアが口を開いた。
「あの穴は、余が悪いのではなく、穴が悪い場所にあったのだ」
「……うん」
「余を責めるのは筋違いだ」
「……責めてないよ」
「責めておらんのか?」
「疲れたから後で責める」
「……そうか」
また沈黙。
「……魔力、少し出た」
さくらは自分の手のひらを見た。
「あの虫のとき。ちょっとだけど動いた」
「……そうか」
「順応してきてるのかも、この世界の魔力体系に」
「……余は出なかった」
ノアが小声で言った。
「焦ったときに思い切り使おうとしたが、出なかった」
「……まだ時間かかるんじゃないの」
「……そうだな」
ノアは膝を抱えた。
小さな背中が、少しだけ丸まっていた。
「……ノア」
「なんだ」
「今日、薬草は採れた」
「……虫に追われる前に採ったやつか」
「袋に半分入ってる。依頼達成はできる」
「……そうか」
「足手まといじゃなかったよ、今日は」
さくらはそれだけ言った。
ノアは何も言わなかった。
ちらっとさくらを見て、それから前を向いた。
「……当然だ」
「うん」
「余は常に役に立っておる」
「根っこから引き抜いた薬草は微妙だったけどね」
「あれは戦略的収穫だと言った!!」
「はいはい」
「はいは一回!!」
さくらは立ち上がった。
「帰るよ。報告してお金もらって、アリアさんちで飯食う」
「……賛成だ」
ノアも立ち上がった。
草まみれで、泥まみれで、髪が爆発したまま。
「……笑うな」
「笑ってない」
「目が笑っておる」
「目では笑ってない」
「口が笑っておる」
「……少しだけ」
「少しでも笑うな!!」
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ギルドに戻ると、カウンターのお姉さんが二人を見て目を丸くした。
「……依頼、達成できましたか?」
「できました」
さくらは採取袋を差し出した。
「ちょっと色々ありましたが」
「色々?」
「虫の巣を踏みました」
「……大変でしたね」
「踏んだのは私ではなく同行者です」
「余のせいではないと言った!!」
カウンターのお姉さんが苦笑した。
報酬を受け取った。
思ったより少なかった。根っこから引き抜いた薬草が何本かあって、その分値引きされた。
「……なぜ減っておるのだ」
「根っこから引き抜いた分、品質が落ちるって言われた」
「余の戦略的収穫が——」
「戦略的収穫は余計だった」
「……む」
「次からは葉っぱだけ摘んで」
「……善処する」
「善処じゃなくて確約して」
「……確約する」
二人はギルドを出た。
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帰り道、ひまりのギルドの前を通った。
さくらは素通りするつもりだった。
本当に素通りするつもりだったのに。
「さくら先輩!!」
扉が開いてひまりが飛び出してきた。
「うわ」
「お疲れ様です! あれ、ぼろぼろじゃないですか、どうしたんですか!?」
「色々あった」
「ノア様も爆発してますね」
「余の名誉ある戦いの痕跡だ」
「虫の巣踏んだんですね」
「なんで分かるの」
「その草のつき方がそれっぽくて」
ひまりはにこにこしながら二人を見た。
「先輩、今日の依頼はどうでした?」
「報酬は少し削られたけど達成はした」
「お疲れ様です! あの、それで先輩——」
ひまりの目が、キラリと光った。
さくらは嫌な予感がした。
「カカオの件なんですけど」
「……うん」
「いつでもいいって言ってたんですけど」
「……うん」
「そろそろよかったりしますか?」
さくらは空を見た。
夕暮れが近かった。
オレンジ色の空に、知らない鳥が飛んでいた。
「……カカオの実って、どこに生えてんの」
「町の南の森です! 大きな木に実がなってて、取るだけなんですけど——」
「守ってる魔物とかいる?」
「えっと……そこそこ大きな蛇がいるって聞いてますね」
「そこそこ大きな蛇」
「はい」
「……今日みたいな感じになりそうだね」
「先輩なら大丈夫ですよ! 魔力も戻ってきてるみたいですし!」
「なんで知ってんの」
「フロストの情報網です!」
「フロストに情報網があったのか」
「元四天王ですから!」
ノアが「余の部下を私物化するな」と言った。ひまりが「給与明細で来てくれたので私物じゃないです」と返した。ノアが「ぐぬ」と言った。
「……蛇、どのくらいの大きさ?」
「大人の男の人の身長より少し大きいくらいって聞いてます」
「……そこそこ大きいね」
「はい!」
「報酬は?」
ひまりが金額を言った。
さくらは少し考えた。
「……分かった。受ける」
「やったー!! ありがとうございます!!」
「ただし、条件がある」
「なんですか?」
「ノアに何かあったら、その分報酬上乗せ」
「何かって何ですか!?」
ノアが叫んだ。
「余に何かある前提で話を進めるな!!」
「今日何があったか考えて」
「……虫の巣を踏んだのは余のせいではないと——」
「踏んだのは誰?」
「……余だが」
「誰が一回転んだ?」
「……余だが」
「誰が悲鳴を上げ続けた?」
「……余だが、それは正当な驚きの表現であって——」
「ノアが何かやらかしたら上乗せで」
「うーん、じゃあ発生した問題一件につき五パーセント増しで」
「ちょっと待て!! なぜ余の行動で値段が変わるのだ!!」
「リスクヘッジ」
「はあ!?」
「先輩、それ私が払うんですけど」
「ひまりが雇ってるから」
「うーん……まあ、仕方ないですね。リスクはリスクですし」
「余の扱いが雑すぎる!!」
「ノア様、給与明細、見ますか?」
フロストがどこからか現れた。
「見ない!!」
「現実と向き合うのは大切ですよ」
「向き合いたくない!!」
さくらはため息をついた。
「じゃあカカオは明後日。明日は体を休める」
「はーい! よろしくお願いします!」
「ノア、帰るよ」
「……帰る」
ノアはフロストに向かって「覚えておれ」と言った。
フロストは「はい、覚えておきます」と静かに言った。
ノアが「お主には脅しが効かぬな」と言った。
フロストが「四天王時代から効いたことはありません」と言った。
ノアが「……知っておった」と言った。
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帰り道。
石畳を並んで歩きながら、ノアが小声で言った。
「……カカオ採取、余は役に立つぞ」
「うん」
「今日みたいにはならん」
「うん」
「蛇くらいなら、戦略次第で——」
「ノア」
「なんだ」
「別に期待してないから」
「……は?」
「期待してないから、失敗しても責めない」
「……それは、どういう意味だ」
「そのままの意味」
ノアは少し黙った。
「……期待してほしいのだが」
「え」
「……期待してくれれば、余は応えられる。魔王だから」
さくらは少し驚いた。
ノアはそっぽを向いていた。夕暮れの光の中で、プラチナブロンドの髪がオレンジに染まっていた。
「……じゃあ」
さくらは言った。
「少しだけ期待する」
「……少しだけか」
「今日の成果が少しだったから」
「……もっと期待しろ」
「成果に応じて増やす」
「……分かった」
ノアはまた前を向いた。
「余は魔王だ。期待に応えるのは得意だ」
「今日は虫の巣踏んだけどね」
「踏んだのは穴が悪い!!」
「はいはい」
「はいは一回!!」
さくらは笑った。
ちゃんと声に出して笑った。
ノアが「笑うな!!」と怒鳴った。
石畳に夕暮れの影が長く伸びていた。
コルナの一日が、終わっていく。
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**【魔王の小さな冒険 其の三「魔王、手下を作ろうとした件の続き」】**
ノアちゃんは森の入口で仁王立ちをしていた。
さくらには内緒で来ていた。
「特訓の続きだ」
誰もいない森に向かって宣言した。
前回の特訓で分かったことがある。魔力を無理に出そうとしても疲れるだけだ。ならば、別のアプローチが必要だ。
つまり。
「手下を作る」
完璧な論理だった。
魔力がなくても、手下がいれば強い。手下を動かして戦えばいい。魔王とはそういうものだ。直接戦うだけが能ではない。
問題は、手下候補だった。
のあちゃんは森を見渡した。
……虫は嫌だ。今日の件で、虫は信用できないと分かった。
鳥は空を飛ぶから候補だが、さっきの鷹の件があって気が引ける。
では、地上の動物か。
ノアちゃんは森の中を歩いた。ちょこちょこと。
しばらく歩くと、草むらの中に何かがいた。
茶色い塊。丸まって、じっとしている。
「……なんだ、お主は」
塊が顔を上げた。
リスだった。
しっぽがふさふさのリスが、のあちゃんを見ていた。
「……お主、余の手下にならぬか」
リスは動かなかった。
「余はノクス・アストラ=ノア。魔王だ。余の手下になれば、余が守ってやる。食料も——」
リスが走って逃げた。
「待て!!」
のあちゃんは追った。
ちょこちょこちょこちょこ。
リスのほうが当然速かった。
あっという間に草むらの中に消えた。
「……」
ノアちゃんは立ち止まった。
息が切れていた。
「……今のは、余のアプローチが悪かっただけだ」
誰もいない。
「いきなり声をかけすぎた。段階を踏むべきだった」
風が吹いた。
「次は、まず食料から仲良くなる作戦で——」
何かが頭の上に落ちてきた。
どんぐりだった。
上を見ると、木の上にリスがいた。さっきのリスかもしれないし、別のリスかもしれない。
ノアちゃんを見下ろして、ちょこんと座っている。
「……」
「……」
ノアちゃんはリスを見た。
リスはノアちゃんを見た。
「……餌付けから始めるか」
ノアちゃんはポケットを探った。
さっきさくらからもらった干し肉の切れ端が残っていた。
それを地面に置いた。
リスが木からするすると降りてきた。
干し肉に近づく。
においを嗅ぐ。
「……どうだ」
リスはノアちゃんを見た。
ノアちゃんを見てから、また木に登っていった。
「待て!! まだ交渉が終わっておらん!!」
リスは木の上に消えた。
「…………」
ノアちゃんはしばらくその木を見上げていた。
「……明日も来る」
誰もいない森に向かって宣言した。
「明日は干し肉を多めに持ってくる。必ず手下にしてみせる」
風が吹いた。
葉っぱがさわさわと揺れた。
ノアちゃんはぶつぶつ言いながら、ちょこちょこと町に向かって帰った。
干し肉、さくらにまたもらえるだろうか。
理由は、言わないことにした。
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第四話に続きます。
虫の襲撃と泥まみれのドタバタを経て、なんとか依頼は達成。
ノアは草だらけ、泥だらけ、髪ボサボサ。
さくらは笑顔で、「少しだけ期待する」と言った。
魔王のプライドとドジっ子っぷり、魔法少女の優しさとツッコミ――
森の小さな一日が、ふわっと終わっていきます。
そして、ノアちゃんの小さな野望――リスを手下にする計画は、まだ始まったばかり。
今日の冒険も、少しだけ笑顔で締めくくられました。




