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第二話「魔王と作戦会議したら半分寝てたんですけど?」

異世界で目覚めた魔法少女と魔王――。

前回、さくらとノアは強大な力を失ったまま、偶然同じ世界に飛ばされてしまった。

夜の居間でランプの明かりだけを頼りに語り合う二人。魔力のこと、仲間のこと、そしてこの奇妙な状況への戸惑い。


だけど、魔王のノアも、魔法少女のさくらも、ただじっとしているわけではない。

弱くなった魔力にあたふたしながらも、必死に立ち上がる姿――ちょっとドジで、でもどこかかわいい魔王の姿もある。


さあ、魔力回復の特訓、ギルド登録、そしてちょっとした日常のドタバタ。

小さな冒険が、今日も始まる――。


 夜だった。


 アリアの家の居間に、ちゃぶ台……ではなく木のテーブルが一つ。ランプが一つ。そしてさくらとノアが向かい合って座っていた。


 アリアはもう寝ている。「ゆっくり話して」と言い残して、奥の寝室に引っ込んだ。


 本当にいい人だ。見ず知らずの旅人二人を泊めて、飯まで食わせて、気を遣ってくれる。


 さくらは絶対にお礼をしなければと思った。お金で返すのが一番だ。明日のギルド登録は急務である。


「……で」


 ノアが口を開いた。


「話し合うぞ」


「そのつもり」


「まず現状の整理からだ」


「同意」


 二人は向かい合った。


 宿敵同士が、異世界の民家でランプを挟んで話し合っている。なんかおかしい気がするが、今はそれどころではない。


「魔力の件から話す」


 ノアは小さな手を組んで、テーブルに置いた。どこからどう見ても幼女なのに、話し方だけは妙に貫禄がある。


「余の見立てでは、大技がぶつかったことで空間に亀裂が入り、そこに余たちが吸い込まれた。この世界に来た瞬間から魔力が薄くなっているのは、この世界の魔力体系と余たちのそれが根本的に異なるからだと思われる」


「干渉して打ち消し合ってる、ってこと?」


「正確には——異なる魔力体系が混在することで、どちらも安定して機能しない状態になっておる。水と油が混ざらないような、そういう話だ」


「じゃあ時間が経てば馴染む可能性はある?」


「ある。この世界の魔力体系に順応すれば、ある程度は使えるようになるはずだ」


「ある程度、か」


「完全には戻らんかもしれん。余たちの魔力はもともとこの世界のものではないから」


 さくらはランプの火を見つめた。


 揺れている。ゆらゆらと、一定のリズムで。


「帰る方法は」


「……それが問題だ」


 ノアの声が、少しだけ落ちた。


「同じ現象を再現するには、同等の力がぶつかり合う必要がある。今の余たちには到底無理だ。仮に魔力が戻ったとしても……」


「戻っても、もう一回ぶつかり合わないといけないってこと?」


「理屈の上ではそうなる」


「…………それって」


「そうだ」


 さくらはノアを見た。


 ノアはさくらを見た。


「余たちが全力で戦えるくらいには、魔力を回復させる必要がある」


「……つまり」


「強くならないと、帰れない」


 沈黙。


 ランプがぱちりと音を立てた。


「なんで」


 さくらは天井を見上げた。


「なんで魔法少女が魔王と一緒に強くなって、最終的に魔王と戦って帰るの。意味わかんない」


「余も意味が分からん」


「おかしくない? ストーリー的に」


「おかしい。これが余の望んだ展開なら、もっとこう……余が余裕で強くて、魔法少女どもがひれ伏す感じで帰りたかった」


「私はそんな帰り方嫌すぎるんだけど」


「当然だ。だから余はそうしたかったのだ」


「そういう話してない」


「…………」


 ノアはまた手を組んだ。


「まあ……しかし、現実はこうだ。受け入れるしかない」


「受け入れるしかないか」


「そうだ」


 さくらは深呼吸した。


「じゃあ、仲間も探さないといけない」


「余の部下もだ」


「みんなどこに飛ばされたんだろ」


「それは分からん。余の四天王も散り散りになっておるだろう。フロストは既に見つかったが——他は見当もつかん」


「ひまりも飛ばされてたし……怜奈と、あかねと、紫苑先輩か」


「怜奈というのは青い魔法少女か」


「そう。蒼乃怜奈。うちのチームの中で一番魔力高い」


「……あやつは危険だ」


「危険? 怜奈が?」


「あの魔法少女は、お主と違って容赦がない」


 さくらはちょっと考えた。


 蒼乃怜奈。幼馴染で親友で、戦闘になると人格が変わると言われている。確かに戦闘中は容赦ない。ノアの言うことは、あながち間違いじゃないかもしれない。


「……怜奈は、まあ」


「何だ」


「普段はちゃんとした子だよ。戦闘モードになるとちょっと怖いけど」


「ちょっとどころではない」


「あんたに言われたくないんだけど、魔王として」


「余は魔王だから怖くて当然だ。あの魔法少女は普段は普通のくせに戦闘中だけ目が死ぬ。あれのほうが怖い」


「……まあ、否定はしない」


-----


 話し合いはその後も続いた。


 当面の方針として、まずはギルドに登録して仕事を始めること。稼ぎながら魔力の回復を待つこと。その間に仲間の情報を集めること。


 割とまともな方針だった。


 ノアが「余は魔王だから働くのは——」と言いかけて、さくらの目を見て黙った。


「……働く」


「よろしい」


「でも雑用はしない」


「雑用しなくていいから戦力になって」


「…………努力する」


「努力って何。頑張るじゃなくて」


「……頑張る」


「よろしい」


 不本意そうだったが、頷いた。


-----


 それから、少し経ったとき。


 ノアが昔の話を始めた。


 突然だった。


「……覚えておるか」


「何を」


「初めて余たちが戦ったときのことを」


 さくらは少し考えた。


「覚えてる。中学一年の春。変身したばかりで、コスチュームの着こなし方すら分かってなかったとき」


「そうだ。お主はその状態で余に挑んできた」


「挑んできたって、そっちが先に攻撃してきたじゃん」


「余は魔王だ。魔法少女が来たら攻撃するのが仕事だ」


「それを仕事って言うのか」


「言う」


 ランプの光が揺れた。


「あのとき」


 ノアが言った。


「余はお主のことを、すぐ終わる相手だと思っておった」


「……そうだろうね。変身したての中一だったし」


「だが終わらなかった」


「まあ、一応魔法少女だから」


「違う」


 ノアの声が、少しだけ変わった。


 低くて、静かで、でも何かが滲んでいる声。


「お主は、怖かっただろうに」


「……まあ」


「泣きそうだっただろうに」


「……泣きはしなかった」


「泣きそうだっただろうと言っておる」


「…………」


「それでも来た。怖くても、弱くても、来た」


 さくらはランプの火を見た。


「そういう性格だから」


「知っている」


「逃げるの嫌いだから」


「知っている」


「……なんで急にそんな話を」


 ノアは少し間を置いた。


「余は魔王だ。強い者が好きだ」


「はあ」


「お主は弱いくせに来た。それが余には——」


「それが?」


「…………何でもない」


 ノアはそっぽを向いた。


「寝る」


「え、話の途中じゃん」


「眠くなった。寝る」


「ちょっと待って、今いいところだったじゃん——」


「眠い」


「眠くなるの早すぎ!!」


 ノアはテーブルに突っ伏した。


 五秒後に寝息を立て始めた。


「……」


 さくらはため息をついた。


 大きなため息を。魂の底から絞り出した深いため息を。


「話の途中で寝るなよ」


 返事はなかった。


 すーすーという寝息だけがあった。


 さくらはランプの火を見つめた。


「……強い者が好き、ね」


 つぶやいた。


 それから、毛布を取ってきて、ノアの肩にかけた。


「べつに」


 さくらは小声で言った。


「優しくしてるわけじゃないから」


 ノアはすやすや眠っていた。


 何も聞こえていない。


 当たり前だ。


-----


 翌朝。


 さくらが目を覚ますと、テーブルの上にノアがいなかった。


 毛布が丸まっている。


「……どこ行った」


 むくりと起き上がって、居間を見回す。いない。台所を覗く。いない。


 窓の外を見ると——


 家の前で、ノアが日向ぼっこをしていた。


 石段に腰掛けて、両手を膝に置いて、ぼんやりと空を見ている。


 小さな背中だった。


 黒いゴシックドレスに、プラチナブロンドの髪。朝の光の中でそれがやわらかく光っている。


 魔王っぽくない。全然魔王っぽくない。


「……ノア」


 さくらが扉を開けて声をかけると、ノアがぱっと振り返った。


「起きたか」


「なんで外にいんの」


「……うるさかったから」


「何が」


「お主のいびきが」


「かいてない」


「かいておった」


「いびきかく習慣ない」


「かいておった。すごくかいておった」


「嘘つくな」


「嘘ではない。余の安眠を妨害した」


「私がいびきかいてたとして、なんで外で日向ぼっこしてんの。部屋の中にいればいいじゃん」


「…………」


 ノアは少し間を置いた。


「朝の空気が、悪くなかったのだ」


「……ああ」


「それだけだ。深い意味はない」


「うん」


「お主の顔を見たかったわけでも——」


「うん、分かった。朝の空気が良かったんでしょ」


「…………そうだ」


 さくらはノアの隣に腰掛けた。


 石段は少し冷たかった。でも日向はあったかかった。


 確かに、朝の空気は悪くなかった。


「今日、ギルド行くよ」


「知っておる」


「登録して、仕事もらってくる」


「知っておる」


「お金稼がないと、アリアさんに迷惑かかり続けるから」


「知っておる」


「うるさくない?」


「うるさい」


「じゃあ返事するなよ」


「…………」


 ノアは空を見た。


 さくらも空を見た。


 この世界の朝の空は、少しだけ色が深かった。日本の空より濃い青。太陽の輪郭がくっきりしている。


「……さくら」


「なに」


「昨夜の話の続きだが」


「うん」


「余は、お主のことが——」


「おはようございます!」


 アリアが扉を開けた。


「二人とも早いのね。朝ご飯できますよ」


「ありがとうございます」


「かたじけない」


 ノアが立ち上がった。


 さくらも立ち上がった。


「……話の続きは?」


「……忘れた」


「忘れるの早すぎでしょ」


「忘れた。以上だ。飯を食う」


「ちょっと待ってよ」


「飯が優先だ」


「何秒で忘れたの」


「飯!!」


 ノアは家の中に入っていった。


 さくらはため息をついた。


 なんでこんな目に。


-----


 朝食を食べながら、アリアにギルドのことを聞いた。


「冒険者ギルドに登録するといいわよ。この辺だと治安がいいから、依頼も危ないものは少ないし」


「ひまりのギルドとは別で?」


「黄瀬さんのは商業ギルドだから、ちょっと違うわね。冒険者向けの依頼は冒険者ギルドのほうが多いと思う」


「なるほど」


「ノアちゃんも登録するの?」


 アリアに聞かれて、ノアは顔を上げた。


「余も登録する」


「戦力として?」


「当然だ」


 さくらは何も言わなかった。


 言いたいことは山ほどあったが、朝から喧嘩するのも疲れる。


「……参考までに聞くけど、ノアって今どのくらい戦えるの」


「全力を出せば、スライムくらいには勝てる」


「…………」


「全力を出せば、な」


「全力を出してスライムね」


「そうだ」


「スライムって、最弱モンスターの代名詞だよね」


「……そうかもしれんが」


「スライムくらいには勝てる、が今の魔王の戦力ね」


「……言い方が気に食わぬ」


「事実の確認」


「余は今は弱い。だが! 魔力が戻れば話が違う。余は本来——」


「本来はすごいんでしょ、知ってる」


「知っているなら敬え!!」


「今はスライムレベルを敬えっていうの?」


「ぐぬ……」


 アリアがくすくす笑った。


「かわいいわね、ノアちゃん」


「かわいくない!!」


「かわいい」


「かわいくないと言っている!!」


 さくらはパンをちぎった。


 スライムレベルの魔王を連れてギルド登録か。


 先が思いやられる。


-----


 冒険者ギルドは、町の中央広場のそばにあった。


 木造の、少しくたびれた建物。入口に剣と盾のマークが描いてある。中に入ると、さっそく酒の臭いがした。


 朝から飲んでる人がいた。


 さくらは内心引きつつ、カウンターに向かった。


「登録したいんですが」


 カウンターのお姉さんが書類を出してきた。名前、年齢、出身地、特技、使用可能な魔法や武器の種類。


 さくらは黙々と書いた。名前——桃瀬さくら。年齢——十四。出身地——ちょっと遠い場所(とだけ書いた)。特技——魔法、格闘。


 ノアは、さくらが書いているのをじっと見ていた。


「余も書く」


「書けるの?」


「……書けるか?」


「言い方変わってる」


「書き方を、教えろ」


「名前、年齢、出身地——」


「出身地は魔界でいいか」


「魔界って書いたら大変なことになるから、遠い場所でいい」


「……そうか」


 ノアは筆を取った。


 名前——ノア。年齢——書けない(外見年齢で書いた、五歳)。出身地——遠い場所。特技——なし(と書きかけて、腕で隠した)。


「特技、なし?」


「見るな」


「見てない。なし?」


「……現在、特技は保留中だ」


「保留中って書けばいいじゃん」


「……魔王と書きたいのだ」


「書いたらギルドが大変なことになる」


「……」


 ノアはしばらく筆を持ったまま止まっていた。


 それから、何か書いた。


 さくらが覗くと「交渉と指揮」と書いてあった。


「……なんか急にまともだね」


「余は魔王だ。交渉と指揮は得意だ」


「今のところ発揮されてないけど」


「魔力が戻れば発揮される」


「魔力が戻れば何でも解決するの?」


「解決する」


「それ昨日も言ってたよ」


「……うるさい」


-----


 登録が済むと、ギルドの掲示板に依頼票が貼ってあるのを確認した。


 色々あった。


 薬草の採取、魔物の討伐、荷物の運搬、行方不明のネコを探す依頼(ネコ!?)。


 さくらはいくつか眺めて——その掲示板の端に、見覚えのある紙を見つけた。


「……あれ」


 大きめの紙に、でかでかと写真が貼ってあった。


 ツインテール。黄色いリボン。人懐っこい笑顔。


『商業ギルド「イエローサン」 冒険者ギルド提携のお知らせ』


 更に下に。


『本提携により、冒険者の皆様には割引価格にてイエローサン特製チョコレートをご提供いたします。詳細はカウンターまで』


「……」


 さくらは固まった。


「どこにでもいるな、あの後輩」


 隣でノアも固まっていた。


「……商業ギルドと冒険者ギルドまで提携しておるのか」


「してた」


「恐ろしい子だ」


「うん」


「フロストが忠誠を誓うわけだ」


「誓ってないけどね、給与明細で転職してるだけ」


「……実質同じだろう」


 さくらはため息をついた。


 掲示板を改めて見た。


 今日取れそうな依頼——薬草採取なら難しくないだろう。魔物討伐は魔力が戻ってからにしたい。


 そういえば、昨日ひまりが言っていた。


「あ、そうだ先輩! カカオの実も取ってきてほしくて。町の外の森にあるんですけど——でも急ぎじゃないんで、いつでもいいですよ〜!」


 カカオ。チョコレートの原料。ひまりの商売の根幹。


 いつでもいい、とは言っていたが、いつかはやらないといけない依頼だ。今日は下見がてら——いや、やめておこう。まずは足元を固める。


「とりあえず今日は薬草採取にする」


「了解だ」


「了解じゃなくて、ちゃんとついてこれる?」


「ついてこれる」


「足、もつれないで?」


「もつれない」


「転ばないで?」


「転ばない!!」


「ちゃんと仕事する?」


「する!! するから余を信用しろ!!」


「なんで魔王を信用しないといけないの」


「なぜなら余は——」


「同行者だから、でしょ」


「……そうだ」


 ノアは少し間を置いてから、言った。


「同行者だから、だ」


 さくらはノアを見た。


 ノアはさくらを見なかった。掲示板を見ていた。


「……じゃあ行くよ」


「うむ」


「転んだら笑う」


「転ばない!!」


-----


 ギルドを出て、町の外に向かう道を歩き始めた。


 朝の石畳は人が少なかった。馬車が一台通り過ぎた。屋台が開き始めていた。焼いたパンの匂いがした。


「……いい匂いだな」


 ノアがつぶやいた。


「うん」


「この世界は食べ物が美味い」


「ひまりがチョコ持ち込んで売ってるくらいだしね。食文化はそんな進んでないのかも」


「それで成り上がれるとは……やはりあの魔法少女は侮れぬ」


「商売の話で魔法少女を評価しないで」


「実力主義だ。余は実力を評価する」


「魔王らしくない評価基準だね」


「魔王だからこそ、強い者を正確に見極める目が必要なのだ」


 さくらは少し笑った。


 ノアはそれに気づいたのか、ちらりとこちらを見た。


「何がおかしい」


「なんでもない」


「笑ったろ」


「少し」


「なぜ笑った」


「なんか、ちゃんと魔王っぽいなと思って」


「……当然だ。余は魔王だ」


「うん」


「常に魔王だ」


「うん」


「スライムレベルでも、魔王だ」


「それは自分で言わなくていいやつじゃないの」


「ぐぬ……」


 石畳が終わって、土の道に変わった。


 草の匂いがした。


 空が広くなった。


 さくらは前を向いたまま歩いた。


 ノアが隣で、ちょこちょことついてくる。


 ちょこちょこちょこちょこ。


 異世界の朝が、始まっていた。


-----


**【魔王の小さな冒険 其の二「魔王、特訓を試みた件について」】**


 ノアちゃんは森の端で仁王立ちをしていた。


「特訓だ」


 誰もいない森に向かって、のあちゃんは宣言した。


「余は今、著しく弱い。スライムにも危うい。これは問題だ。ゆえに特訓をする」


 まず基礎から、とノアちゃんは考えた。


 魔法の特訓。


 手のひらに魔力を集める。


「ふんぬ……」


 集まらない。


「ふんぬ……ふんぬ……」


 全然集まらない。


「ふんぬぬぬ……」


 手のひらが、なんとなく温かくなった気がした。


「……来た」


 ノアちゃんは目を細めた。


 温かさが、じわりと広がる。


「来た来た……余の力が……」


 手のひらから、小さな光が漏れた。


 本当に小さな光。ホタル一匹分くらいの光が、ちかっと点いて——


 消えた。


「…………」


 ノアちゃんは手のひらを見つめた。


「……今のは、様子見だ」


 誰もいない。


「次は本気を出す」


 もう一度集中する。


「ふんぬ……ふんぬぬ……ふんぬぬぬぬ……」


 三分後。


 ノアちゃんはその場に座り込んでいた。


 疲れた。


「……疲れた」


 正直に認めた。


 草の上に寝転がる。空が見えた。雲が流れていく。


「……余は魔王だ」


 空に向かって言った。


「本来ならば、空を見下ろす存在だ。この空も、この草原も、この世界も——余の足元にあるべきものだ」


 雲が流れた。


「なのに今は草の上に寝転がっておる」


 鳥が飛んでいった。


「……まあ」


 ノアちゃんは目を閉じた。


「今だけだ」


 風が吹いた。


「今だけだから、いいのだ」


 草がさわさわと揺れた。


 しばらく、ノアちゃんはそのまま寝ていた。


 特訓は、明日以降に持ち越すことにした。


 それと——草の上は意外と気持ちよかった、というのは、誰にも言わないことにした。


-----


第三話に続きます。

森の草の上で、魔王はちょこんと寝転がり、空を見上げる。

大きな力を取り戻すための特訓はまだまだ先。でも、今日の小さな一歩が、明日の強さにつながる。


隣には、ちょこちょことついてくる魔法少女。

無表情だけど、ちょっと優しい――そんな瞬間を見つめながら、魔王は心の中でつぶやく。


「余は、魔王だ。でも……この世界も、悪くないかもしれぬ」


朝の光が二人を包む。

小さな冒険の、静かでかわいい一日が、こうして終わる。


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