第一話「異世界に飛ばされた上に魔王の保護者にされてるんですけど?」
はじめまして。ななぐさです。
魔法少女と幼女になった魔王が、異世界でドタバタするコメディです。
ゆるく楽しんでもらえたら嬉しいです。
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空が、落ちてくる。
いや、違う。
桃瀬さくらが落ちているのだ。天に向かって。下から上に。重力ってなんですか。
「なんでぇぇぇぇ!?」
さくらは絶叫した。
一秒前まで、彼女はちゃんと戦っていた。魔法少女として、使命を果たしていた。宿敵・魔王ノクス・アストラ=ノアとの最終決戦、渾身の大技をぶつけ合って、そこまでは良かった。
そこまでは、良かったのだ。
「ハートフル・ブルーミング・フィナーレ!!」
叫んで、光が爆発して——気づいたら青空の中を上向きに落ちていた。
なんで。なんで上に落ちるの。物理法則に謝って。
コートの裾がばたばたと暴れる。フリルのスカートが風に煽られる。魔法少女の衣装って可愛いけど、こういうとき本当に困る。
空が濃くなる。雲が下に流れていく。このまま宇宙まで行くのか私は——
ドスン。
「…………生きてる」
草原の真ん中に、さくらは落ちた。
顔の上を、草の葉っぱがふわふわと漂っていた。
体の確認をする。頭——ある。腕——二本ある。脚——二本ある。内臓——多分全部ある。
なんで無傷なの。魔法少女補正ってすごいな。
「……ここ、どこ」
むくりと起き上がると、地平線まで緑が続いていた。山の形が違う。空の色がちょっとおかしい。太陽がなんか大きい。鳥の鳴き声が聞いたことない。
異世界だ、と思った。
直感でそう思った。
そしてさくらの直感はだいたい当たる。当たるのに、全然いい方向に当たらない。それがさくらの人生だった。
「……やっぱり異世界か」
隣から声がした。
落ち着いた低い声。威厳のある声。
さくらは反射的に立ち上がり、身構えた。
見ると。
「……あ」
女の子がいた。五、六歳くらいの。プラチナブロンドの髪に、薄紫の瞳。全身黒いゴシックドレス。
さくらはその顔を知っていた。
いやというほど知っていた。
「ノア……?」
「……魔法少女め」
薄紫の目が、ゆっくりとさくらを見上げた。
ノクス・アストラ=ノア。魔王。さくらたち魔法少女チームの宿敵にして、ついさっきまで最終決戦を繰り広げていた相手が——
幼女になっていた。
「……なんで小さくなってんの」
「黙れ」
「いや黙れって何? 聞いていい?」
「黙れと言っている!」
ノアは赤い顔で怒鳴った。声が高い。全然怖くない。むしろかわいい。それが余計に腹立つのか、ノアはさらに顔を赤くした。
「笑うな!!」
「笑ってない」
「笑っておる!! 目が笑っておる!!」
「目で笑ってごめん」
「謝るな!! 余計腹が立つ!!」
さくらはため息をついた。
でもまあ確かに、自分だって人のことは言えない。魔力がどこかに行ってる気がする。手のひらに集めようとしても、靄がかかったみたいでうまく掴めない。
「ねえ、ノア。私も魔力がおかしいんだけど」
「……余もだ」
ノアは小さな手を見下ろした。
「大技同士がぶつかって、空間転移みたいなことが起きたのだろう。この世界の魔力体系と干渉して——」
「つまり帰れない?」
「……当面は、な」
沈黙。
草が揺れた。
さくらは空を見上げた。でかい太陽。知らない鳥。
「……はあ」
深いため息だった。魂の底から絞り出したような。
「なんで私がこんな目に」
「余もだ」
「あんたは魔王でしょ。異世界くらい似合う」
「余は自分の世界に帰りたいわ!!」
「私もだよ!!」
二人同時に叫んだ。
草原に響いた。
鳥が驚いて飛び立った。
それからまた、沈黙。
「…………とりあえず」
さくらは立ち上がった。
「町探す。あんたはついてくる? それとも一人でいる?」
ノアは一瞬だけ間を置いた。本当に一瞬だけ。
「……ついていってやる」
「ついてきてやる、じゃなくて?」
「ついていってやると言った」
「どっちでもいいけど、足遅かったら置いてくから」
「置いていくな!!」
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遠くに建物の影が見えたのは、草原を歩き始めてすぐだった。
石造りの家が並んで、煙突から煙が出て、馬車が走っている。どう見ても中世ヨーロッパ風のファンタジーな町。
問題は。
「……遅い」
「うるさい」
ノアがちょこちょこ歩いていた。
幼女の歩幅で。ドレスの裾を踏みそうになりながら。さくらが三歩歩く間に五歩踏む。それでも追いつかない。
「速く歩けないの?」
「これが限界だ!!」
「じゃあ急いで」
「急いでいる!! これで急いでいる!!」
「……」
さくらはペースを落とした。
「感謝しろよ」
「当然だ。余に合わせるのは付き人の義務だ」
「付き人じゃないんだけど」
「では何だ」
「……知らない。仮の、同行者?」
「同行者か」
「あんたが私の敵なのは変わってないから、勘違いしないで」
「余もお主を敵と思っておる。いずれ倒す」
「どうぞ。魔力戻ったらね」
「……戻ったら覚えておれ」
「覚えとく」
二人は並んで歩いた。
ノアがちょこちょことついてくる。
さくらは前を向いたまま、それを見ないようにした。
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町の入口に近づいたとき、上空から影が落ちてきた。
でかい影。
さくらが見上げると、鷹がいた。翼を広げると二メートルはある巨大な猛禽類。黄色い目がぎらぎらして、獲物を探すように旋回している。
そしてその目が——ノアに止まった。
「……余は魔王だぞ」
ノアが静かに言った。
「余は魔王、ノクス・アストラ=ノアだ。万の魔物を従えし者だ。お主のような鳥ごときが——」
鷹が急降下を始めた。
「ぴぎゃああああああああ!!!!!!!!」
ノアが絶叫した。
さくらが見ると、ノアは両手で頭を抱えてしゃがみ込んでいた。魔王としての威厳もへったくれもなかった。
「たっ、助けろ!! 助けろ魔法少女!!」
「さっきいずれ倒すって言ってたよね?」
「今は関係ない!! 助けろ!!」
「…………はあ」
さくらは魔力を手に集めようとした。
——集まらない。
さっきより薄い。なんで。なんでよ。最悪のタイミングで。
「ちょっと魔力が……」
「そんなこと言ってる場合か!!」
「言ってる場合かって——」
鷹の爪がノアに向かって伸びた瞬間、さくらは動いていた。
ノアの襟首を掴んで横に引っ張る。爪が空を切る。ノアがぎゃっと声を出してさくらの腕の中に収まった。
「走るよ」
「む、無様だ!! こんなはずでは——」
「走れって言ってんの!!」
さくらはノアを片腕に抱えて走り出した。
鷹がもう一度旋回した。
「速い!! 速いぞ魔法少女!!」
「うるさい黙れ!!」
「落とすな!! 絶対落とすなよ!!」
「落としたくなってきた!!」
ノアが「落とすな!!」と叫んだ。
鷹が追ってくる。さくらは全力で走った。ちなみに現在片腕に魔王を抱えている。なんで私こんな目に。なんで最終決戦の翌日(というか数分後)に宿敵を抱えて鷹から逃げてるの。
「あなたたち!! こっち!!」
声がした。
町の入口近くの石塀の陰から、手招きしている人がいた。茶色い髪をきれいに編んで、エプロンをつけた女性。緑の目が真剣な色をしている。
さくらは迷わず走り込んだ。
頭上を、鷹の羽ばたきが通り過ぎた。
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「怪我はない?」
女性はしゃがんで二人の顔を確認した。
さくらは肩で息をしながら頷いた。
ノアはさくらの腕の中で、プルプルと震えていた。
「……大丈夫?」
「だ、大丈夫だ!! 余は全然怖くなかった!!」
「怖かったよね」
「怖くなかった!!」
「ぴぎゃあって言ってたじゃん」
「言っておらん!!」
「言ってた。私の耳元で言ってた」
「……ぬ」
女性がくすくす笑った。
「あの鷹はたまに出るの。小さい子は特に気をつけて」
「小さくない!!」
ノアが叫んだ。
「これは……これは戦略的なサイズだ!! わざと小さくしておるのだ!!」
「そうなの、すごいわね」
「すごいと思うなら敬え!!」
「かわいいわね」
「か、かわいくない!! 余は魔王——」
「ノア」
さくらがノアの頭を掴んだ。
「喋りすぎ」
「……ぐぬ」
女性はまたくすくす笑った。
「私、アリア。この町に住んでるわ。あなたたちは?」
「桃瀬さくら、です。こっちは……妹の、ノア」
瞬時に嘘をついた。
ノアが固まった。
「妹!? 余が!? お主の!?」
「そう、妹。ね?」
「余は魔王だ!! 魔法少女の妹などでは——」
「ね?」
「…………」
ノアはさくらの目を見た。
さくらは「余計なこと言うな」という目をしていた。
「……余は、ノアだ」
絞り出すように言った。
「さくらの……妹、だ」
「仲良しなのね」
「仲良くない!!」
「ね?」
「…………ぬ」
アリアがにこっと笑った。
「良かったら家においで。夕飯、一緒に食べましょ」
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アリアの家は、こぢんまりとした石造りで、扉の前に花の鉢植えがあった。
中は居心地が良かった。木の床、石の暖炉、壁に乾燥した薬草。テーブルに椅子が三脚。夕暮れの光が窓から差し込んで、全体的に暖かい色をしていた。
アリアが台所に消えると、さくらとノアはテーブルに向かい合って座った。
「……妹」
ノアがぼそっと言った。
「は?」
「余をお主の妹と偽った」
「バレたらまずいから」
「なぜ妹なのだ。弟でも良かっただろう」
「見た目が女の子じゃん」
「余は男でも女でもない!! 魔王だ!!」
「じゃあ妹でいいじゃん」
「よくない!!」
「小声で」
「ぬ……」
ノアは口をつぐんだ。
しばらく沈黙して、また口を開いた。
「……ところで」
「何」
「余はお主に助けてもらった」
「うん」
「……感謝はしない」
「は?」
「お主は魔法少女だ。余を助けるのは義務だ。むしろ当然だ。護衛として機能しろ」
さくらは無言でノアを見た。
「護衛?」
「そうだ。余の護衛。魔力がない今、お主が余を守るのは理にかなっておる」
「なんで魔法少女が魔王の護衛するの」
「弱い者を強い者が守るのは道理だろう」
「弱いのあんたじゃん」
「弱いのは今だけだ!! 一時的なものだ!!」
「で、感謝はしないと」
「しない。当然のことだからな」
さくらは深呼吸した。
三秒。
「……鷹に食われたら良かったね」
「なんで!?」
「そのほうが話が早かった」
「ひどい!! 護衛がそんなことを言うか!!」
「護衛じゃないって言ってんの!!」
台所からアリアが顔を出した。
「仲良しね、二人とも」
「「仲良くない!!」」
二人同時に叫んだ。
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夕食は、シチューとパンだった。
素朴だが、温かくて美味しかった。
ノアは最初、「余に人間の食事を出すとは無礼千万——」と言いかけて、スプーンで一口すくって食べた瞬間、目を丸くした。
「……美味い」
「でしょ」
アリアが嬉しそうに言った。
ノアはその後、黙ってもりもりと食べた。威厳も魔王らしさもどこへやら。スプーンを両手で持って、一心不乱に食べた。
「ノア、こぼさないで」
「黙れ」
「あ、こぼした」
「黙れと言っておる——」
さくらが反射的にノアの口元をナプキンで拭いた。
ノアが固まった。
「……何をする」
「こぼしてたから」
「余は魔王だ。魔法少女に口を拭かれるなど——」
「じゃあ自分で拭いて」
「…………」
ノアはナプキンを受け取って、自分で口を拭いた。
アリアがくすくす笑っていた。
「本当に仲がいいのね」
「「仲良くない」」
「でも大事にしてるじゃない、さくらちゃん。妹さんのこと」
「大事にしてない」
「してるわよ。口元拭いてあげたじゃない」
「反射です」
「反射でも大事よ、そういうの」
さくらはシチューに視線を落とした。
ノアはそっぽを向いて、でも耳が少し赤かった。
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食後、三人でアリアの話を聞いた。
この世界は剣と魔法の異世界で、基本的に平和。たまに魔物が田畑を荒らすくらい。勇者制度もある。ギルドもある。旅人も多く通る。
さくらはへえへえと聞きながら、頭の中で計算していた。
仲間はどこにいるだろう。お金はどうするか。帰る方法はあるか。
隣では、ノアがこくりこくりと船を漕いでいた。
「……眠いの?」
「眠くない」
「完全に眠そうだけど」
「余は魔王だ。眠いなどとは——」
でかいあくびをした。
口を開けて、目に涙を浮かべて、思いきりあくびをした。
「……」
「……見るな」
「寝なさい」
「嫌だ。まだ話が——」
「寝なさい」
「嫌だと言っておる——」
さくらがノアの頭を引き寄せると、ノアはそのままさくらの肩に倒れ込んだ。
三秒後に寝息を立て始めた。
速すぎる。
「……かわいいわね、妹さん」
アリアが目を細めた。
「昼間は偉そうなくせに」
「仲がいいから分かるのね」
「だから仲良くないって……」
さくらはノアを見た。
寝てる顔は、無防備だった。威張るところも、ゲスいことを言うところも、全部消えて、ただ眠っている。
「……まあ」
さくらは小声でつぶやいた。
「死なれても、困るし」
アリアがにこっと笑った。
さくらは「何笑ってんの」と言おうとして、やめた。
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翌朝。
さくらが目を覚ますと、ノアはまだ寝ていた。布団を頭まで被って、小さく丸まって、すーすー寝ている。
このまま永遠に起きなければいいのに、とさくらは思った。
思ったけど、起こした。
「ノア。朝」
「……うるさい」
「起きなさい」
「あと少し……」
「今日ギルド行くから」
「……ギルド?」
「お金稼がないといけないから。仕事探す」
「余は関係——」
「食費どうするの」
ノアが布団の中から目だけ出した。
「……一緒に行く」
「足手まといになったら置いてく」
「置いていくな」
「なったらの話」
「……なならない」
「なならない?」
「なら、ならない!! 日本語が難しい!!」
「異世界の子に日本語難しいって言われたの初めてだわ」
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ギルドに向かう道の途中で、人だかりに遭遇した。
何かのポスターが張り出されていて、人々が口々に話している。
「何だろ」
さくらは人をかき分けて前に出た。
でかいポスターが貼ってあった。
活気のある笑顔。ツインテールにリボン。見覚えのある顔。
「……ひまり?」
黄瀬ひまり。さくらの後輩。イエローの魔法少女。
その下に書いてあった。
『商業ギルド「イエローサン」総裁 黄瀬ひまり』
「…………」
さくらは固まった。
ノアが隣でポスターを見上げた。
「知り合いか?」
「後輩」
「なぜ総裁に」
「なんでよ」
「お主の仲間は変なやつが多いな」
「あんたに言われたくないんだけど」
「余は変ではない。魔王だ」
「それが変って言ってんの」
「ぐぬ……」
「とにかく行く。あいつのとこが一番話が早い」
さくらはポスターを指でつついた。
「後で絶対文句言う」
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『商業ギルド イエローサン』は、立派な石造りの建物だった。
看板の横に小さく『初代総裁 黄瀬ひまり 監修』と書いてあった。
「監修ってなんだよ」とさくらは言った。
「権威づけだろう」とノアは言った。
「なんで異世界で権威づけしてんの」
「たくましい魔法少女だ」
「たくましいとかじゃなくて」
扉を開けると、中は賑やかだった。カウンターに人が並んで、棚に商品が並んで、よく整理されている。
カウンターの奥に、銀色の髪のメイドがいた。
背が高くて、表情が薄くて、どこか見覚えのある——
「フロスト」
さくらが言った。
銀色の目がこちらを向いた。さくらを見た。ノアを見た。
「……魔王様」
「フロスト!!」
ノアが目を輝かせた。
「生きておったか!!」
「はい」
「良かった!! フロスト!! 何故メイド服を!!」
「現在の雇用形態がそうなっておりますので」
「……誰に雇われておる」
「こちらの総裁に」
「ひまりに!?」
「黄瀬様に、はい」
「何故!! お主は余の四天王ではないか!!」
フロストは一瞬だけ間を置いた。
「魔王様」
「なんだ」
「先月の給与明細を見せてよろしいでしょうか」
「は?」
フロストはどこからかきれいに折りたたまれた紙を取り出した。丁寧に広げて、ノアに突き出した。
「これが私の現在の月収です」
「……」
ノアは数字を見た。
「……これは」
「魔王軍時代の約八倍です。ボーナスは別途あります。有給もあります。社会保険もあります」
「……ぐ」
「魔王軍に有給はありませんでした」
「……ぐぬ」
「魔王軍に社会保険はありませんでした」
「ぐぬぬ……」
「以上が転職理由です」
「……裏切り者め」
「現実的な判断をしました」
さくらはこの会話を聞きながら、なんとも言えない気持ちになっていた。魔王が元部下に給与明細で論破されている。異世界に来てこんな光景を見るとは思わなかった。
奥の扉が開いた。
「フロス! お客さんどんな感じ——あ」
ツインテール。人懐っこい笑顔。黄色いリボン。
黄瀬ひまり、十三歳。
「さくら先輩!!!」
「ひまり……」
「生きてたんですね!! あと魔王様も!!」
「うむ!!」
「わあ〜! ちっちゃい〜! かわいい〜!」
「触れるな!! 余は魔王だ!!」
「もふもふ〜!!」
「もふもふ言うな!!」
ひまりがノアの頬をつんつんしている横で、さくらはひまりを見た。
「ひまり」
「はい先輩!」
「なんでチョコレートで成り上がってんの」
「だってチョコレートってこの世界にないんですよ!! 売ったら飛ぶように売れて! 気づいたら商会できてました!」
「気づいたらって何」
「成り行きです!」
「どんな成り行き!!」
「先輩もよかったらチョコ食べます? うちのオリジナルです!」
「そういう話してないんだけど!!」
ノアがひまりに両頬を挟まれながら、もがいていた。
「もちもちしてる〜!!」
「離せ!! 余の顔を弄ぶな!!」
「ほっぺたぷにぷに〜!!」
「フロスト!! 助けろ!!」
フロストは静かにお茶の準備をしていた。
「……フロスト!!」
「魔王様、黄瀬様はご機嫌が良いときは大体こうです。しばらくすれば落ち着きます」
「余の意思を無視するな!!」
「二分ほどお待ちください」
「ぬぐぐぐ……」
さくらはため息をついた。
異世界に来た。後輩が商会を経営していた。元四天王が給与明細を武器に転職していた。魔王が後輩の後輩にもふもふされていた。
なんでこうなった。
「先輩、お金困ってます?」
ひまりがノアの頬から手を離して、さくらに聞いた。
「……困ってる」
「じゃあ仕事あります! ちょうど依頼来てたとこで!」
「何の仕事」
「カカオの実を取ってきてほしくて。町の外にあるんですけど、うちの人手が今ちょっと足りなくて」
「簡単?」
「簡単ですよ〜! ちょっと大きな木があって、実を取るだけです!」
「……いくら?」
金額を聞いた。
悪くない。
「やる」
「ありがとうございます! あ、でも——」
ひまりがちらっとノアを見た。
「魔王様も行くんですか?」
「行く」とノアが言った。
「足手まといにならないといいですね!」
「なならない!!」
「なならない?」
「なら、ならない!!」
「先輩、魔王様って面白いですね」
「うるさい!!」
さくらはまたため息をついた。
今日も長い一日になりそうだった。
なんで私こんな目に。
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**【魔王の小さな冒険 其の一「魔王、鷹を従えようとした件について」】**
ノアちゃんは草原の真ん中で仁王立ちをしていた。
幼女の仁王立ちなので、傍目にはかわいかったが、ノアちゃん本人は至って本気だった。
空を見上げる。
さっきの鷹が、遠くで旋回している。
「…………」
ノアちゃんは考えた。
鷹は空を飛べる。鷹は素早い。鷹はこの辺りの空域を支配している。
つまり。
「手下にするしかない」
結論が出た。
完璧な論理だった。
ノアちゃんはゆっくりと、鷹に向かって歩み出した。
鷹が旋回をやめた。こちらを見ている。
「余はノクス・アストラ=ノアだ」
ノアちゃんは宣言した。
「魔王だ。この地に降り立った支配者だ。お主を手下に迎えてやろう」
鷹は動かなかった。
「この申し出、光栄に思うがよい。余に従う者は、余が守る。食料も住処も保証しよう」
鷹が羽ばたいた。
「そうだ、乗り気になってきたか——」
鷹が急降下した。
「ぴぎゃああああああ!!!!」
ノアちゃんは全力で逃げた。
ちょこちょこちょこちょこ。
鷹が追ってくる。
「待て!! 余は手下になれと言っておるのだ!! 交渉しろ!! 話し合え!!」
鷹は待たなかった。
ノアちゃんは草むらに飛び込んだ。
しばらくして、鷹は去った。
草むらの中で、ノアちゃんはしゃがみ込んでいた。
心臓が速い。
「……今のは、様子見だ」
誰もいない草原に向かって、のあちゃんは言った。
「余はわざと逃げた。鷹の動きを見るためだ。次は勝てる」
草が揺れた。
「絶対に勝てる」
風が吹いた。
「……絶対に」
ノアちゃんは立ち上がって、服の草を払った。
町のほうから、ピンクの魔法少女が何か叫ぶ声がした。
「……うるさいな、あの魔法少女は」
ノアちゃんはぶつぶつ言いながら、ちょこちょこと町に向かって歩き出した。
腹が減っていた。
鷹の件は、また今度考えることにした。
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第二話に続きます。
第一話を読んでいただきありがとうございます。
次回からは、さくらとノアの異世界生活が本格的に始まります。
もし気に入っていただけたら、ブックマークや感想などもらえるととても嬉しいです。
それでは第二話で!




