第二十八話「借金を完済したら元経緯を笑いで振り返ったんですけど?」
いつも読んでいただきありがとうございます。
前回はSランク討伐という大きな山を越えましたが、
今回はもう一つの「区切り」のお話になります。
物語の最初から続いていた借金問題。
その始まりから今までを、少し振り返りながら——
さくらとノア、そしてひまりとの関係がどう変わってきたのか。
そんなところも感じてもらえたら嬉しいです。
それでは、第28話。どうぞ。
朝、さくらがひまりのギルドに向かった。
ノアも一緒だった。
ポチも来た。
「……今日で終わりか」
ノアが言った。
「うん。今日で全部返せる」
「……長かったな」
「長かった。でも終わった」
「……余のせいで始まった借金だ」
「ノアのせいというか——まあ、色々あって」
「……色々あって、で済む話ではない」
「済む。もう返せるんだから」
「……余は、申し訳なかったと思っている」
「知ってる」
「……知っているか」
「知ってる。だから気にしないで」
「……気にする」
「気にしないで」
「……気にする」
「……ノア」
「……何だ」
「ありがとう、って言いたい」
「……何に対して」
「借金があったから、ひまりと仕事して、色々経験できたから」
「……借金がなければ良かったのでは」
「借金がなかったら、チョコを作らなかったし、物件の下見もしなかったし、発掘騒ぎもなかった」
「……魔力石を子供にあげた件か」
「あれも含めて、全部良かったと思ってる」
「……魔力石は悔しかった」
「悔しかったね」
「……今でも悔しい」
「今でも悔しいの?」
「……馬三頭分だぞ」
「まだ覚えてるんだ」
「……忘れられない」
「まあ、それも含めて良い思い出だよ」
「……良い思い出に昇華するには早すぎる」
「昇華していいよ」
「……まだ悔しい」
「悔しくても、昇華できるよ」
「……余の感情は複雑だ」
「複雑でいいよ」
ノアが少し黙った。
「……まあ」
「まあ?」
「……まあ、借金があったおかげで——余も色々経験できた、かもしれない」
「でしょ」
「……チョコを作ったのは——楽しかった、かもしれない」
「楽しかったよ、あれ」
「……店番も——暇だったが、悪くなかった」
「悪くなかったよね」
「……土地の調査は、余の得意分野だった」
「魔王の知識が活きたね」
「……まあ——悪くない経験だった」
「うん」
「……借金に、感謝はしない」
「しなくていいよ」
「……ただ——悪くなかった、とは思う」
「十分だよ、それで」
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ひまりのギルドに着いた。
ひまりが帳簿を持って待っていた。
「先輩!! 今日は——」
「今日で全部返す」
「……本当ですか!!」
「本当」
さくらが財布を出した。
数えた。
テーブルに置いた。
「……全額、あります」
ひまりが確認した。
一枚一枚、丁寧に数えた。
「……合ってます!!」
「うん」
「全額返済です!!」
「うん」
「借金、完済です!!」
「うん」
ひまりが帳簿に「完済」と書いた。
それを三人で見た。
「……終わった」
「終わりましたね!!」
「うん、終わった」
しばらく沈黙があった。
なんとも言えない、不思議な静けさだった。
「……思えば」
ノアが言った。
「何?」
「……最初に借金が発生したのは、余のせいだった」
「ノア様が暴れたからですね!!」
「……暴れたとは言っていない」
「暴れてましたよね!!」
「……余は魔王だ。この世界に来てすぐで、状況が分からなかっただけだ」
「暴れてたってことですね!!」
「……暴れたとは言っていない」
「でも弁償が発生した」
「……それは——まあ」
「まあ、ってことは暴れたということでは?」
「……余は状況に対応していただけだ」
「対応の結果、弁償が発生した」
「……まあ」
「まあ!!」
さくらが笑いながら言った。
「最初のこと、覚えてる? ノア」
「……覚えている。コルナの市場で、余は目を覚ました」
「目を覚ましたら私がいたんだよね」
「……ピンク色の魔法少女がいた」
「でかい声で名乗ってたよね、私」
「……うるさかった」
「うるさかったの!?」
「……余は頭が痛かったんだ。そこにうるさい声で——」
「そんな状態だったんだ」
「……混乱していた。どこにいるか分からなかった」
「それで暴れたの?」
「……暴れたとは——まあ、結果的に、そうなった」
「正直になった!!」
「……一瞬だけだ」
「十分だよ」
「……それでさくらに借金が発生して——ひまりと仕事をすることになった」
「チョコから始まったんだよね」
「……チョコは美味しかった」
「美味しかったね!!」
「ひまりが先生でしたね!!」
「先生だったね」
「……余はチョコの作り方を今でも覚えている」
「覚えてるの?」
「……覚えている。また作ってもいい」
「また作ろうよ!!」
「……作る。ただし売らない」
「なんで?」
「……売ると利益が出て、ひまりが商機を見出す」
「見出します!!」
「……だから売らない」
「でも作るの?」
「……アリアとさくらに食べさせたい」
「……ノア」
「何だ」
「……かわいい」
「かわいくない」
「かわいい!!」
「……余は魔王だ」
「魔王もかわいい!!」
「……うるさい!!」
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ひまりが帳簿を閉じながら言った。
「先輩、最初に来たときのこと、覚えてますか?」
「覚えてるよ。ひまりが元気よく話しかけてきた」
「私、最初にノア様を見て怖いと思いましたよ!!」
「……怖かったか」
「目が怖くて、魔力が怖くて——でも先輩が普通に話しかけてたから、大丈夫かなって!!」
「さくらが普通に話しかけてたから?」
「はい!! 先輩が怖くなそうにしてるのに、私だけ怖がるのも変だなと思って!!」
「……余を怖くないと思っていたのか、さくらは」
「怖かったよ」
「……怖かったのか」
「怖かったけど、ノアが困ってそうだったから」
「……困っていた」
「困ってたよね」
「……混乱していた」
「混乱してる人を放っておけないじゃん」
「……だから声をかけたのか」
「だから声をかけた」
「……最初から、そういう人だったんだな」
「そういう人?」
「……放っておけない人」
「そうかな」
「……そうだ。最初から、さくらはそういう人だった」
「……ノアこそ、最初から今と変わらないよ」
「……余は変わった」
「どこが?」
「……感情を出すようになった。助けを求めるようになった。さくらのおかげだ——今日は何回目だ」
「数えてないけど、また言った」
「……また言った」
「いいよ、何回でも」
「……何回でも?」
「うん」
「……では何回でも言う」
「ひまりが尊いって言い出す前に終わらせて」
「尊いです!!」
「もう言ってた!!」
「ずっと尊かったです!! 先輩とノア様の出会いから今まで全部!!」
「全部!?」
「全部です!! チョコのときも、店番のときも、物件下見のときも、Sランクのときも、大掃除のときも——全部尊かったです!!」
「全部覚えてるんだ」
「覚えてます!! ずっと見てきたので!!」
「ずっと見てたひまり、ちょっと怖い」
「怖くないです!! ただの商会の人間です!!」
「商会の人間がずっと観察してたの?」
「観察ではなく見守りです!!」
「……見守り、か」
ノアが少し笑った。
「……ひまりには世話になった」
「こちらこそ!! 借金してくれてありがとうございました!!」
「……借金にお礼を言われたのは初めてだ」
「借金がなければ仕事を頼めなかったので!! 感謝してます!!」
「……ひまりらしい言い方だ」
「ひまりらしいですか!!」
「……そうだ。余はひまりのそういうところを——」
「嫌いじゃないですよね!!」
「……まあ」
「まあ!!」
「……まあ、でいい」
「よくないですよ!!」
「……まあ、だ」
「……ありがとうございます、ノア様」
「……どういたしまして」
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帰り道。
さくらとノアが並んで歩いた。
ポチが前を歩いていた。
「……終わったな」
「終わったね」
「……借金が」
「うん」
「……始まりは、余が暴れたからだ」
「暴れたとは言わなかったのに、今は暴れたって言う」
「……ひまりに認めさせられた」
「認めたんだ」
「……まあ、暴れた。結果的に」
「うん、暴れた」
「……さくらは最初から知っていたのに、言わなかったのか」
「言ったら怒りそうだったから」
「……今は怒らない」
「今は言っても大丈夫だね」
「……変わったな、余も」
「変わったね」
「……さくらも変わったか」
「変わったかな。最初より、強くなった気がする」
「……強くなった。余が保証する」
「ありがとう」
「……余も——最初より、色んなものを持てた気がする」
「色んなもの?」
「……仲間、とか」
「仲間か」
「……余は魔王だから、仲間という言葉を使うのは——少し変かもしれないが」
「変じゃないよ」
「……変じゃないか」
「全然」
「……では、仲間だ。みんな」
「うん」
「……さくらも」
「私も?」
「……さくらも、仲間だ」
「仲間、ね」
「……何か不満か」
「不満じゃないけど——仲間って、少しそっけないかな」
「……そっけない?」
「もう少し違う言い方もあるかなって」
「……どんな言い方だ」
「……まあ、今は今だから」
「……さくらが今は今を使った」
「使ってみた」
「……どうだ」
「便利だね」
「……余もそう思う」
「じゃあ今は今で」
「……今は今だ」
ポチが振り返った。
二人を見た。
きゅんと鳴いた。
「……ポチ、何だ」
ポチがしっぽを振った。
「……急かすな」
「何を急かされてるの?」
「……分からない」
「分からないの?」
「……ポチの気持ちは、いつも少し分からない」
「それはそうかもね」
「……ケルベロスだから」
「ポチだから」
「……ポチだから」
「ノアが言った」
「……言った」
「成長だね」
「……成長だ」
アリアの家が見えてきた。
「……帰ってきた」
「帰ってきた」
「……ただいま、という気分だ」
「ただいまだね」
「……うん」
「言ってみて、ただいま」
「……ただいま」
「上手だよ」
「……上手ではない。ただ言っただけだ」
「十分だよ」
アリアが庭に出てきた。
「あら、おかえり」
「ただいまです」
「……ただいま、アリア」
「おかえり、二人とも」
さくらは少し笑った。
借金が終わった日だった。
でも——終わったのは借金だけじゃない気がした。
何かが始まった日でもある気がした。
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**【魔王の小さな冒険 其の二十八「魔王、借金完済した件」】**
のあちゃんは布団の中で、今日のことを振り返っていた。
借金が終わった。
「……終わった」
誰もいない暗闇に向かって、のあちゃんはつぶやいた。
元はといえば、余が暴れたせいだった。
今日、ひまりの前でようやく認めた。
「……暴れた」
言葉にすると、少し可笑しかった。
魔王が、コルナの市場で暴れた。
「……情けない話だ」
でも——その情けない話から、全部が始まった。
ひまりとの仕事。チョコ。店番。物件下見。魔力石。ゴーレム。転送装置。
「……全部、借金があったから経験できた」
さくらがそう言っていた。
余も、そう思う。
「……ひまりに感謝する」
借金にお礼を言われた、と言った。
余も——借金に、少し感謝するかもしれない。
「……借金に感謝するとは」
魔王として、これは前代未聞だ。
「……まあ」
のあちゃんはポチを撫でた。
「……ポチ、今日は帰り道でしっぽを振っていたな」
ポチがきゅんと鳴いた。
「……何を急かしていたんだ」
ポチがまた鳴いた。
「……分からない」
でも——ポチがしっぽを振っていたということは、ポチも今日を良い日だと思っているのかもしれない。
「……ポチとしても、良い日だったか」
きゅん。
「……そうか」
のあちゃんは目を閉じた。
さくらが「ポチだから」と言ったとき、余も「ポチだから」と言った。
「……ポチだから」
ケルベロスでも、ポチでも——余の大事な家来だ。
さくらが大事で、アリアが大事で、みんなが大事で——
「……帰りたくない、とは言わない」
帰らなければならない。
でも——帰る前に、もう少しだけここにいたい。
「……もう少しだけ」
誰にも聞こえない声で言った。
その言葉が——今夜は少し、切なかった。
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第二十九話に続きます。
第28話、読んでいただきありがとうございました。
ついに——借金、完済です。
ここまで読んでくださった方は分かると思うのですが、
この借金、ただのコメディ要素ではなくて、
・ひまりとの出会い
・仕事を通じた経験
・ノアとさくらの関係の変化
いろんなものの“きっかけ”になっていました。
なので今回の回は、ただ終わらせるだけではなく、
「振り返る回」として書いています。
そしてノアがついに——
自分で「暴れた」と認めました。
小さいことに見えるかもしれませんが、
これはノアにとってはかなり大きな変化です。
完璧であろうとしていた魔王が、
過去の自分を受け入れるようになった、という意味でもあります。
また、
「ただいま」と言える場所ができたこと。
「仲間」と呼べる存在ができたこと。
このあたりも、今後のテーマに繋がっていきます。
そして最後に少しだけ出てきた——
「もう少しだけここにいたい」という気持ち。
帰る手段が見えてきた今、
この想いがどう変わっていくのかも、これからの軸になります。
次回からはまた少し動きが出てきますので、
引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。




