第二十六話「転送装置の秘密がわかったんですけど?」
第二十六話です。
今回は、あかねの再登場とともに「転送装置」の仕組みが明らかになります。
これまでただの便利装置だったものが、
“帰れるかもしれない手段”として意味を持ち始める回です。
そしてその可能性は、同時に——
「ここを離れるかもしれない」という現実も連れてきます。
少しずつ、物語が次の段階に進み始めています。
それでは本編をどうぞ。
朝、アリアの庭に光が落ちてきた。
さくらが洗濯物を干していた。
光を見た。
固まった。
「……また?」
光が弾けた。
人が落ちてきた。
一人だった。
赤い髪。元気そうな顔。着地の瞬間に受け身を取って、ぴょんと立ち上がった。
「やった!! 着いた!!」
「……あかね」
「さくら!! 久しぶり!!」
「一週間ぶりだよ」
「一週間ぶり!! 会いたかった!!」
「会いたかったのは分かったけど——なんでお忍びなの」
「家来に言ったら止められるから!!」
「止められるよそりゃ!!」
あかねが庭を見回した。
「ノアは?」
「まだ寝てる」
「起こしていい?」
「ダメ。ノアの睡眠を邪魔すると機嫌が悪くなる」
「そうなの?」
「そうなの」
「……じゃあ待つ」
「待って。それより——また転送装置で来たの?」
「そう!! 前回みんなで来たとき、庭に座標が登録されてたんじゃないかなって思って——試したら来れた!!」
「座標?」
「うん。あの転送装置、触った人の行きたい場所に飛ぶのかと思ってたけど——違うかもって」
さくらは少し考えた。
「……ちゃんと話を聞かせて。中に入って」
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居間でお茶を飲みながら、あかねが話した。
「遺跡に戻って調べたの」
「え、また一人で?」
「護衛は二人連れてった!!」
「二人で足りるの?」
「足りた!! ゴーレムは前回で壊れてたから、内部は安全だったし」
「そっか」
「で——あの転送装置の台座に、色々刻まれてたの。古い文字で」
「読めたの?」
「解読は城の学者に頼んだ。三日かかったけど——大体の仕組みが分かって」
「どんな仕組み?」
「装置に座標を登録しておいて、触れると登録済みの座標に飛ぶ仕組みらしい」
「……座標を登録?」
「うん。で、この庭が登録されてたってことは——誰かが昔、この庭の座標を登録してたってこと」
「誰が?」
「それは分からなかった。でも——この庭に、昔から何かゆかりがあったんじゃないかって」
さくらがアリアの家を見回した。
「アリアさんに関係がある?」
「かもしれない!! でも確証はなくて」
「アリアさんに聞いてみる?」
「聞いてみたいけど——遺跡に戻ったとき、さくらたちが持ち帰った文書の欠片の写しが手元にあって」
「あかねが持ってたの?」
「遺跡を出るとき、気になって写しておいたの!! それと学者の解読を照らし合わせたら——座標の登録方法も分かって」
「どうやって登録するの?」
「装置に魔力を流しながら、場所を強くイメージすると登録されるらしい」
「……じゃあ前回、あの装置に全員で触れたとき」
「全員が一番帰りたかった場所、つまりこの庭の座標が登録されたんじゃないかって」
さくらが固まった。
「……全員が、帰りたかった場所」
「そう」
「……この庭が」
「うん」
さくらは少し黙った。
「……それ、ノアには話した?」
「まだ。さくらに先に話したくて」
「なんで?」
「……なんとなく。ノアが聞いたらどんな顔するか、さくらに先に想像させたかった」
「想像させたかった?」
「うんと——ノアって、素直に嬉しい顔しないじゃん」
「しないね」
「でもこの話を聞いたら、きっと何か出るじゃん。その顔を、さくらに最初に見てほしくて」
さくらは少し照れた。
「……あかね、なんで?」
「友達だから!!」
「……ありがとう」
「どういたしまして!!」
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ノアが起きてきた。
居間に来て、あかねを見た。
「……あかね」
「おはようノア!!」
「……なぜここにいる」
「転送装置で来た!!」
「……お忍びか」
「そう!!」
「……家来が心配する」
「心配させるのも女王の仕事!!」
「……違う」
「違う?」
「……心配させるのは仕事ではない」
「まあ細かいことは!!」
ノアが座った。
さくらがお茶を出した。
「ノア、転送装置の話、あかねから聞いて」
「……何か分かったのか」
「分かった!! 説明する!!」
あかねが再び説明した。
ノアが静かに聞いた。
全部聞き終えて、少し黙った。
「……座標が登録される仕組み、か」
「そう!!」
「……全員が帰りたかった場所に反応した」
「たぶん!!」
「……この庭が、全員にとって——」
「帰りたい場所だったってこと!!」
ノアがお茶を一口飲んだ。
「……そうか」
「そうかだけ!!」
「……そうか」
「もっと反応してよ!!」
「……余は今、反応している」
「してない!!」
「……内側でしている」
「内側!!」
「……余はそういうものだ」
さくらが横でノアを見た。
耳が、わずかに赤かった。
「……ノア、耳が赤い」
「……赤くない」
「赤い」
「……赤くない」
「あかね、見て」
「赤い!!」
「……二人で見るな!!」
「かわいい!!」
「……かわいくない!!」
「かわいい!! ノアがかわいい!!」
「……余は魔王だ!!」
「魔王もかわいい!!」
「……うるさい!!」
アリアが台所から顔を出した。
「あかねちゃん、来てたの? おはよう」
「おはようございます!! アリアさん!!」
「急だったのね。朝ごはん食べた?」
「食べてないです!!」
「じゃあ作るわ。座ってて」
「ありがとうございます!!」
ノアがアリアに言った。
「……アリア、少し聞いていいか」
「なに?」
「……この庭に、古い縁はあるか」
アリアが少し間を置いた。
「……どうして?」
「……転送装置の話をしていた。この庭の座標が登録されていたようで——昔から誰かゆかりがあったのではないかと」
「転送装置……」
アリアが台所に戻った。
少し間があった。
また戻ってきた。
「……まあ、関係ないことはないかもね」
「詳しく聞いていいか」
「……少しだけ」
アリアが座った。
「昔、ここに住んでた人が——魔道具に詳しい人で。その人が色々作ったり、登録したりしてたって聞いてる」
「その人は?」
「……もういない人よ。私の師匠」
「師匠が」
「隠し部屋にあった羊皮紙——あれも、師匠が描いたもの。魔法陣も転送装置も、師匠の趣味みたいなものだったから」
「……師匠がここに住んでいたのか」
「ここで研究してたの。私が弟子入りしたとき、一緒に住んでたわ」
「……だからこの家に」
「うん。師匠が亡くなって——私がそのまま住み続けてる」
アリアが少し笑った。
「こんなところに繋がるとは思わなかったわ」
「……余も思わなかった」
「でも——師匠が作った転送装置で、みんながここに帰ってきたのは——なんか、師匠らしいなって思う」
「らしい?」
「人が集まる場所を作りたがる人だったから。ここをそういう場所にしたかったんじゃないかな」
さくらが言った。
「……ちゃんと、そうなってますよ」
「そうね」
「みんなが帰ってくる場所になってる」
「……ありがとう、さくらちゃん」
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朝ごはんを食べて、三人で転送装置の話を続けた。
「座標の登録ができるなら——他の場所にも登録できる?」
さくらが聞いた。
「できると思う!! 遺跡に戻れば——」
「遺跡の装置に、別の座標を登録すれば、別の場所にも飛べる?」
「理論上は!!」
「……元の世界には?」
ノアが静かに言った。
三人が少し黙った。
「……元の世界の座標を登録すれば——飛べる可能性がある」
「可能性、ね」
「……確証はない。座標が世界をまたいで機能するかは分からない」
「でも——手がかりにはなる?」
「……なる、かもしれない」
あかねが言った。
「調べてみる価値はあると思う!! ただ——」
「ただ?」
「元の世界の座標って、どうやって登録するの? 行ったことない場所の座標を——」
「……強くイメージすれば登録できると言っていた。行ったことがある場所なら——」
「さくらもノアも、元の世界を知ってる」
「……そうだ」
「試してみる価値はある!!」
「……試す前に、もう少し調べたい。装置に魔力を流して失敗すると——どうなるか分からない」
「それもそうだね!!」
「……慎重に進める」
「分かった!! じゃあ一緒に調べよう!!」
「……あかね、国の仕事は」
「大丈夫!!」
「……大丈夫と言える状況か?」
「……今日くらいは!!」
「……今日くらい、か」
「だって重要な発見じゃん!!」
「……重要だが——女王が国を空けていい理由にはならない」
「うーん……」
「……今日は情報を整理して、続きは連絡しながら進める。あかねは国に戻れ」
「ノアに言われると従いたくなる!!」
「……なぜだ」
「魔王っぽいから!!」
「……そうか」
「権威がある!!」
「……それは正しい」
「正直!!」
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昼過ぎ、あかねが帰ろうとしたとき。
庭の門が開いた。
怜奈だった。
一人で来ていた。ルミナはいなかった。
「……来た」
さくらが言った。
「……来ると言っていたか?」
「言ってなかった」
「……怜奈、今日は予告なしか」
「ルミを置いてきた。一人で話したいことがあって」
「一人で!! 珍しい!!」
あかねが声をかけた。
怜奈があかねを見た。
「……あかねも来てたの?」
「来てた!! お忍びで!!」
「……お忍びで来る女王と、お忍びで来る魔王が揃ってる」
「そうなっちゃった!!」
「……まあいいか」
怜奈が中に入った。
お茶を出してもらって、座った。
「話したいことって?」
さくらが聞いた。
「……さくらに手紙を出そうと思ったけど、直接来たほうが早いと思って」
「なんの話?」
「……転送装置の話」
三人が顔を見合わせた。
「……どこで知った」
「ルミが城の情報網を持ってる。あかねの城で転送装置の解読をしたという話が入ってきた」
「情報が早い」
「……ルミは優秀だから」
「それで来たの?」
「……転送装置に興味があるから」
「なんで?」
怜奈が少し間を置いた。
「……私も、元の世界に帰る方法を探してる」
さくらは少し驚いた。
「怜奈が?」
「……魔王として目標があるから、帰ることは後回しにしてた。でも——帰れる可能性があるなら、知っておきたい」
「目標が終わったら帰るつもりなの?」
「……まだ決めてない。でも選択肢は持っておきたい」
「そっか」
「……転送装置について、詳しく教えてもらえる?」
「教えるよ」
「ありがとう」
あかねが話した。
怜奈が静かに聞いた。
途中で鋭い質問をいくつか挟んだ。
「……登録した座標が世界をまたいで機能するかは未確認、ということ?」
「そう!!」
「……魔力の性質によっては、世界間の転送も可能かもしれない」
「どういうこと?」
「……通常の空間転送と、世界をまたぐ転送では、必要な魔力の量と質が違う。もしあの装置が世界をまたいで作られたものなら——対応している可能性がある」
「世界をまたいで作られた?」
「……さくらたちが転送されてきた方法自体が、世界をまたいでいる。その際に使われた力と、あの装置の魔力が共鳴しているなら——理論上は使える」
「……共鳴、か」
ノアが言った。
「……怜奈、魔力理論に詳しいな」
「……魔王になってから勉強した。魔力の仕組みを理解しないと、領地の魔道具が管理できないから」
「……その知識が、ここで役立つか」
「役立てたい。一緒に調べさせてもらえる?」
「……構わない。ただ——」
「ただ?」
「……余の魔王論の続きも、いずれやる」
「……もちろん。それは別の話」
「……分かった。では、協力する」
怜奈が少し表情を緩めた。
「……ありがとう、ノア」
「……どういたしまして」
「怜奈が『ありがとう』って言った!!」
あかねが言った。
「……言う」
「珍しい!!」
「……珍しくない」
「珍しいよ!!」
「……あかねの前では言いにくいだけ」
「なんで!!」
「……リアクションがうるさいから」
「うるさくない!!」
「うるさい」
「うるさくない!!」
さくらが二人を見ながら思った。
あかねと怜奈、やっぱり似てる。
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夕方になった。
怜奈が帰ることになった。
「次はルミも連れてくる?」
さくらが聞いた。
「……連れてくると賑やかになりすぎるかもしれないけど——まあ、連れてくる」
「ルミさん、転送装置に興味を持ちそう」
「……踏まれたいとか言い出すかもしれない」
「転送装置に踏まれたいの?」
「……魔王様に踏まれながら転送されたい、とか」
「ループしてるね」
「……ループしてる」
「ルミさん、元気?」
「……元気。怜奈様のためなら、と毎日働いてる」
「良かった」
「……まあ、ありがたいけど——たまに心配になる」
「どういう意味?」
「……ルミがちゃんと自分のために生きてるかどうか」
さくらは少し驚いた。
「怜奈が、そういうことを気にするんだね」
「……気になるから」
「ルミさんに言った?」
「……言うと『怜奈様が気にしてくださって幸せです踏んでください』ってなる」
「あー……」
「……だから言えない」
「怜奈も、フロストみたいな副官を持つと苦労するね」
「……フロストも大変?」
「フロストはちゃんとしてるけど、ノアが助けを求めなかったから」
「……そういう意味では似てるかもしれない」
「お互い、部下を大事にしてるじゃん」
「……大事にしたいと思ってる。うまくできてるかは分からないけど」
「うまくできてるよ、きっと」
「……さくらがそう言うなら」
「うん」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
怜奈が帰った。
今日は、来たときよりも少し表情が柔らかかった。
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あかねも帰ることになった。
「転送装置で帰る?」
「帰る!! 試してみる!!」
「気をつけて」
「大丈夫!! ノア、調査続けようね!!」
「……続ける。ただし急がない。慎重に」
「分かった!! さくらも!!」
「うん」
「帰れるといいね——でも、帰るのが寂しくもあるね」
さくらが少し固まった。
「あかねが言うんだ、そういうこと」
「言うよ!! 友達だから!!」
「……うん、そうだね」
「さくらは?」
「……私も、両方ある」
「ノアは?」
「……余も」
「二人とも正直!!」
「あかねが聞くから」
「正直に答えてくれてありがとう!! じゃあ——帰れる日まで、ここにいてね!!」
「……いる」
「いるよ」
「やった!! またすぐ来る!!」
「お忍びでは来ないで」
「……努力する」
「努力するって言い方、怜奈と同じだよ」
「似てるって言ったじゃん!!」
「言ったね」
あかねが庭に出た。
転送装置を取り出した。
「……行くよ!!」
「気をつけて」
「気をつける!! ポチも元気でね!!」
「きゅん」
「かわいい!!」
「ケルベロスだ」
「ポチ!!」
「……」
あかねが装置に触れた。
光が広がった。
あかねが消えた。
庭が静かになった。
「……帰れた、かな」
「……帰れただろう。座標が登録されているなら、逆方向も使えるはずだ」
「逆方向?」
「……ここから城に飛ぶ座標も、登録されているかもしれない。あかねが今日ここに来られたということは——」
「双方向に使えるってこと?」
「……可能性がある。確認が必要だが」
「転送装置、すごいね」
「……すごい。そして——余には、もう一つ気になることがある」
「何?」
「……元の世界への転送が可能なら——余の世界への転送も、可能かもしれない」
「ノアの世界に?」
「……魔王城に帰れるかもしれない」
さくらは少し黙った。
「……帰りたい?」
「……帰らなければならない、という気持ちはある」
「でも?」
「……今は今だ」
「うん」
「……今は、調べる段階だ」
「うん」
「……焦らない」
「焦らないでね」
「……さくらも」
「私も焦らない」
「……では、一緒に調べよう」
「うん」
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**【魔王の小さな冒険 其の二十六「魔王、帰り道が見えてきた件」】**
のあちゃんは布団の中で、今日のことを振り返っていた。
転送装置の仕組みが分かった。
「……帰れるかもしれない」
誰もいない暗闇に向かって、のあちゃんはつぶやいた。
余の世界に。
魔王城に。
「……帰れるかもしれない」
もう一度言った。
嬉しいはずだ。
ずっと帰りたかった。
でも——今日、帰れるかもしれないと分かったとき、余が最初に思ったのは。
「……さくらは?」
さくらは、帰れるか。
さくらの帰る先は余とは違う。
「……一緒には帰れない」
当たり前のことだ。
分かっていた。
でも——今日、改めて分かった。
「……帰ることと、ここにいることは——」
アリアが言っていた。矛盾しない、と。
でも今は——少し、矛盾する気がした。
「……困ったな」
のあちゃんは目を閉じた。
帰りたい。
でも——帰ったら、さくらがいない。
ここにいたい。
でも——余にはここが本来の場所ではない。
「……どちらも本当だ」
どちらも、本当だった。
ポチが胸元でくるりと丸まった。
「……ポチ」
ポチがきゅんと鳴いた。
「……お主は、どこに帰りたいか」
ポチがきゅんと鳴いた。
「……ここが好きか」
また鳴いた。
「……そうか」
のあちゃんは少し笑った。
「……今は今だ」
答えは、今は出さなくていい。
調べて、分かってから、考える。
「……さくらと一緒に、考える」
誰にも聞こえない声で言った。
一人で決めなくていい。
そう思えるようになったのは——
「……さくらのおかげだ」
今日で何回目か分からなくなってきた。
のあちゃんは眠りについた。
帰り道が、少し見えてきた夜だった。
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第二十七話に続きます。
第二十六話、読んでいただきありがとうございます。
今回は大きく二つの軸があります。
一つは「転送装置の解明」。
座標登録という仕組みが判明し、元の世界への帰還という具体的な目標が見えてきました。
そしてもう一つは、「帰ることの意味」です。
ノアの中で、
・帰りたい(魔王としての責任)
・ここにいたい(さくらとの関係)
という二つの気持ちが、はっきりと並び始めています。
これはこれからの物語の大きなテーマになります。
また、怜奈が「帰るかどうかは決めていないが選択肢は持つ」というスタンスを見せたことで、
キャラクターごとに“帰還”への考え方が違うのもポイントです。
そして地味に重要なのがアリアの過去。
転送装置が彼女の師匠に繋がったことで、この家そのものが「人が集まる場所」として意味を持ち始めています。
つまりここはただの拠点ではなく、
“みんなが帰ってくる場所”になりつつあります。
帰れるようになるほど、帰りたくなくなる。
そんな状態に、少しずつ近づいています。
第二十七話もよろしくお願いします。




