第二十四話「大掃除したらアリアさんの秘密が出てきたんですけど?」
いつも読んでいただきありがとうございます!
第二十四話は、ちょっと一息の「日常回」——と思いきや、アリアさんの過去が少しだけ明かされる回です。
これまで「優しい宿屋のお姉さん(?)」として描かれてきたアリアですが、実はそれだけではない一面を持っていました。
さくらとノアが“過去”とどう向き合うのか、そして「今は今」という言葉の意味が、少しずつ深まっていきます。
それでは本編をお楽しみください!
大掃除は、さくらの提案だった。
「アリアさんにはいつもお世話になってるから、たまには家のこともお手伝いしたくて」
「いいのよ、気にしなくて」
「気にします。ノアも一緒にやるから」
「……余もやる」
「ノアちゃんも?」
「……アリアには世話になっている。掃除くらいは手伝う」
「嬉しいわ。じゃあ、お言葉に甘えて」
アリアが割り振りを決めた。
さくらが台所周り。ノアが居間。アリアが二階。フロストが外回り。
「フロストも来てたの?」
「……魔王様のいるところには参ります」
「仕事は?」
「……今日は休みです」
「休みにも来るの?」
「……することがないので」
「ひまりと一緒に遊べばいいじゃん」
「……ひまり様は今日も商会の仕事で」
「ひまり、休みあるの?」
「……商機に休みはないとおっしゃっていました」
「……働きすぎだね」
ポチが庭を走り回っていた。
「……ポチは掃除しなくていいのか」
「犬に掃除させたら汚れるよ」
「……余の家来なのに、働かせるわけにはいかないか」
「働かなくていい立場なんだよ、ポチは」
「……ケルベロスだが——まあ、今日は許す」
-----
掃除が始まった。
台所は思ったより汚れていなかった。アリアが普段からきれいにしているからだ。
「……アリアさんて、本当に綺麗好きだね」
さくらが棚を拭きながら思った。
棚の中の食器も、整然と並んでいる。調味料も種類ごとに分けてある。
それでも、隅のほうには埃が溜まっていた。
「届かないところは汚れるよね」
高い棚の上を拭いた。
古い瓶がいくつか出てきた。
薬草を漬けたものらしい。ラベルが読める。「解熱」「傷薬」「疲労回復」——
「……これ、全部手作りかな」
アリアさんの手作りだとしたら、相当詳しい人だ。
さくらは少し気になったが、掃除に戻った。
-----
居間では、ノアが本棚を整理していた。
本棚に並んだ本を、一冊ずつ取り出して、埃を払って、戻す。
「……多いな」
本の種類も様々だった。料理の本、植物の本、歴史書——
「……歴史書か」
ノアが一冊取り出した。
表紙に「コルナ近郊の魔物分布と討伐記録」と書いてあった。
「……討伐記録?」
開いてみた。
古い記録だった。二十年以上前の年号が書いてある。手書きで、丁寧な字で記録されている。
魔物の種類、出現場所、討伐方法——
「……誰の記録だ」
最後のページに、名前が書いてあった。
「アリア・セルヴァン」
「……アリアの、記録か」
ノアは本を閉じた。
本棚に戻した。
何も言わなかった。
-----
問題が起きたのは、午後になってからだった。
ポチが庭から家に入ってきた。
何かを咥えていた。
「……ポチ、何を——」
ノアが見た。
木の切れ端だった。古びた、小さな木の板。
「……どこから持ってきた」
ポチが庭に向かって走った。
ノアが追った。
庭の隅。石垣の近く。
ポチが穴を掘っていた。
「……掘るな、庭が——」
見ると、石垣の一部が少しずれていた。
隙間がある。
「……隙間?」
ノアがしゃがんだ。
石垣の隙間を見た。
奥に——何かある。
「……さくら」
-----
さくらを呼んだ。
二人で石垣の隙間を確認した。
「……これ、壁じゃないね」
「……そうだ。石垣に見えるが、扉かもしれない」
「隠し扉?」
「……押してみる」
ノアが押した。
石垣が——動いた。
音もなく、静かに。
「……動いた」
「本当に隠し扉だった!!」
中を覗いた。
小さな部屋だった。
一畳半くらいの広さ。棚が一つ。棚の上にいくつかの物が置いてあった。
「……入っていいのか」
「……分からない。でも」
「でも?」
「……気になる」
「私も気になる」
二人で入った。
棚の上を見た。
古い剣が一本。
革の手袋が一対。
小さな魔道具らしきもの。
それから——魔法陣が描かれた古い羊皮紙が数枚。
「……これは」
ノアが剣を見た。
「……使い込まれている。飾りではない、実戦に使った剣だ」
「戦ってた人の?」
「……鞘の傷の入り方が——抜き差しを何百回もした跡だ」
「……アリアさんの?」
「……名前は入っていない。でも——この部屋は、アリアの家の庭にある」
さくらが羊皮紙を見た。
「……魔法陣だ。これ、魔力が残ってる」
「……まだ生きている陣か」
「かなり複雑な陣だよ。私にはすぐには読めない」
「……高度な魔法使いが描いたものだ」
二人は顔を見合わせた。
-----
アリアを呼んだ。
アリアが庭に出てきた。
隠し扉を見た。
石垣の隙間を見た。
ノアとさくらを見た。
「……ポチが見つけて」
「……そう」
アリアが少し目を細めた。
それから、小さくため息をついた。
「……見つけちゃったのね」
「ごめんなさい、入っちゃって」
「いいのよ。隠してたわけじゃないから」
「でも隠し扉が——」
「隠し扉というか——ただ、普段は使わないから閉めてただけ」
アリアが部屋の中に入った。
剣を見た。
手袋を見た。
「……懐かしいわ」
「アリアさんの?」
「そう」
「……戦ってたの?」
さくらが聞いた。
アリアが剣を手に取った。
鞘から少し抜いた。
刃が——錆びていなかった。
「……手入れしてたんだ」
「たまにね。忘れたくないから」
「忘れたくない?」
アリアが剣を鞘に戻した。
「……昔、冒険者をしてたの」
「冒険者!!」
「長くはなかったけど。二十代のころ」
「ずっと宿屋のおばさんだと思ってた」
「ずっとおばさんではないわよ」
「そうだよね、ごめん」
「いいのよ」
ノアが羊皮紙を見た。
「……この魔法陣は?」
「……昔、師匠に教えてもらったもの」
「師匠?」
「魔法使いの師匠。今は——もういないけど」
「亡くなったの?」
「そう」
アリアが羊皮紙をそっと触れた。
「この人に教えてもらって、魔法を使えるようになって、冒険者をして——色々あって、コルナに落ち着いたの」
「色々、って?」
「色々」
「教えてくれないの?」
「全部は教えない」
アリアが笑った。
「人には話したくない過去もあるから」
「……そうか」
ノアが静かに言った。
「……余も、話したくない過去がある」
「そうでしょうね」
「……アリアも、そういうものがあると知らなかった」
「あるわよ。誰でも」
「……余はアリアを——ただ優しい人だと思っていた」
「優しいわよ、今も」
「……今は優しいが——昔は違ったかもしれない?」
アリアが少し考えた。
「……今も昔も、同じよ。ただ——昔は今より、色んなものを持ってた」
「色んなもの?」
「怒りとか、悲しみとか、もっと激しい気持ち」
「……今は?」
「今は——落ち着いてる。それだけ」
「落ち着いたのはなぜ?」
「時間が経ったから。色々あって、色々失って、それで——今ここにいる」
アリアが部屋を見回した。
「この部屋、また閉めておいていいかしら。ポチには今度から掘らないように言っておいて」
「……ポチに言葉が通じるか分からないが」
「通じなくても、伝えておいて」
「……分かった」
「ありがとうね、二人とも。見てくれて」
「見ていいの?」
「いいのよ。ただ——ここにあるものには、触れないでほしい」
「触れない」
「……約束する」
「ありがとう」
アリアが部屋を出た。
石垣の扉を静かに閉めた。
-----
掃除の続きをした。
さくらが台所を拭き終えた。ノアが本棚を整理した。フロストが外回りを終えた。
夕方になって、全員が居間に集まった。
アリアがお茶を出してくれた。
「……お疲れ様。助かったわ」
「全然。でも——聞いていい?」
「なに?」
「アリアさん、今も魔法使える?」
アリアが少し間を置いた。
「……少しはね」
「少しって?」
「日常生活で使う程度。料理を温めるとか、洗濯物を乾かすとか」
「そんな使い方してたの?」
「便利でしょ」
「便利だけど——もったいない気がする」
「もったいなくないわよ。毎日使ってるんだから」
「でも昔は、もっと本格的に——」
「昔は昔。今は今よ」
アリアがお茶を飲んだ。
「さくらちゃん、その言葉——誰かから聞いた?」
「ノアから」
「ノアちゃんから」
「うん。今は今だ、って」
「……いい言葉ね」
「アリアさんも同じこと思ってた?」
「似たようなことはね。昔は昔で、今は今。切り替えないと生きていけないから」
ノアが言った。
「……アリアは、昔を捨てたのか」
「捨てたわけじゃないわ。しまっておいただけ」
「……しまって、取り出さない?」
「たまに取り出す。さっきみたいに、見つけてもらったとき」
「……見つけてもらって、良かったか?」
アリアが少し考えた。
「……良かったと思う」
「なぜ?」
「誰かに知ってもらえると、自分の過去が——ちゃんとあったんだなと思えるから」
「……ちゃんとあった?」
「一人で抱えてると、夢だったのかなって思うことがあるから。誰かが知ってると、本当にあったことになる」
ノアが少し黙った。
「……余も、そうかもしれない」
「何が?」
「……余が魔王だったことは、今ここでは誰も知らない。さくらとフロスト以外は」
「……うん」
「……でも、ひまりも知っている。あかねも知っている。それで——余が魔王だったことが、ちゃんとあったことになっている気がする」
「そうね」
「……アリアはどうだ」
「余が魔王だったこと?」
「……知っていて、どう思う」
「怖くないわよ。今のノアちゃんを知ってるから」
「……今の余は魔王らしくない」
「でも、ノアちゃんはノアちゃんよ」
「……それは、余が魔王でも魔王でなくても、ということか」
「そう。どっちでもいいのよ、私には」
ノアが少し間を置いた。
「……アリアは、やはりすごい人だ」
「ただのおばさんよ」
「……おばさんではない」
「ありがとう」
「……余は本当のことを言っている」
「分かってる」
-----
夕飯を食べて、片付けをして。
さくらがノアに小声で言った。
「……ノア」
「何だ」
「本棚の討伐記録、見た?」
「……見た」
「アリアさんの名前が書いてあったよね」
「……書いてあった」
「アリアさんに言う?」
「……言わなくていい」
「なんで?」
「……アリアが全部を話さなかった。なら、余も全部を聞かなくていい」
「そういうもん?」
「……人には話したくないことがある、とアリアが言っていた。余も同じだ。だから——知っていても、触れなくていいことはある」
「……ノアがそういうこと言うんだね」
「……何かおかしいか」
「おかしくない。でも——思ったより大人だなと思って」
「……余は魔王だ。大人かどうかは別として——相手の領域には踏み込まない」
「魔王の作法?」
「……まあ、そういうことだ」
さくらは少し笑った。
「私も言わないでおく」
「……それがいい」
「でも——アリアさんがすごい人だって分かった」
「……知っていた」
「知ってたの?」
「……ずっと、そう思っていた。理由は説明できなかったが——今日、少し分かった」
「どういう意味で?」
「……本当に平凡な人は、ああいう落ち着き方をしない。何かを経験した人の落ち着き方だ」
「……そうかも」
「……だから、余はアリアを信頼していた。最初から」
「最初から?」
「……コルナに来た最初から。理由は分からなかったが——信頼できる、と感じた」
「直感?」
「……余の直感は、だいたい当たる」
「今回も当たってたね」
「……当たっていた」
-----
夜。
アリアが二人のいる居間に来た。
「ちょっといい?」
「どうぞ」
アリアが座った。
「今日——見てくれてありがとね」
「いいの?」
「いいのよ。ただ——一つだけ聞いていい?」
「何ですか?」
「怖くなかった? 私が昔、冒険者だったって知って」
「怖くない。むしろ——なんか安心した」
「安心?」
「アリアさんがいっぱい経験してきた人だって分かったから。だから今こんなに落ち着いてるんだなって」
アリアが少し笑った。
「さくらちゃんは優しいわね」
「本当のことを言っただけです」
「ノアちゃんは?」
ノアが答えた。
「……余は——アリアを尊重する。過去も、今も」
「尊重」
「……人が話さないことには踏み込まない。でも——知ったことは、大切にする」
「大切に」
「……アリアが経験してきたことは、今のアリアを作っている。それは——余が魔王として経験してきたことが、今の余を作っているのと同じだ」
「そうね」
「……だから、余はアリアを——以前よりもっと、尊重する」
アリアが静かに言った。
「……ありがとう、ノアちゃん」
「……どういたしまして」
「二人とも、本当にいい子ね」
「いい子ではない」
「いい子よ」
「……魔王だが」
「魔王でも、いい子はいい子」
「……そういうものか」
「そういうものよ」
アリアが立ち上がった。
「明日もよろしくね。また美味しいご飯作るから」
「楽しみにしてます」
「……余も」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「……おやすみ、アリア」
アリアが奥に引っ込んだ。
居間が静かになった。
「……さくら」
「何」
「……アリアは、本当に——」
「すごい人だよ」
「……うん」
「ノアが『うん』って言った」
「……言った」
「珍しい」
「……今日は珍しいことが多かった」
「多かったね」
「……隠し部屋も出てきたし」
「出てきたね」
「……アリアの過去も少し分かったし」
「分かったね」
「……余が『うん』とも言ったし」
「全部同列にしないで」
「……どれも同じくらい驚いた」
「『うん』が隠し部屋と同列なの?」
「……余にとっては、どちらも——珍しいことだ」
さくらは少し笑った。
「ノアって面白いね」
「……面白くない」
「面白いよ」
「……余は真剣だ」
「真剣なのが面白い」
「……うるさい」
「うん」
「……さくらは、余のことを笑う」
「笑ってない、微笑んでる」
「……どう違う」
「笑うのは馬鹿にしてる、微笑むのは好きってこと」
ノアが少し黙った。
「……そうか」
「うん」
「……では、微笑んでいるのか」
「微笑んでる」
「……」
「どうしたの」
「……なんでもない」
「なんかある顔してる」
「……なんでもない」
「ノア」
「……今は今だ」
「先のことは先に考える?」
「……そうだ」
「うん、分かった」
ポチが二人の間に来た。
くるりと丸まった。
「……ポチ」
「何」
「……今日はポチのおかげで隠し部屋が見つかった」
「ポチが穴を掘り始めたからね」
「……ポチは——余より鼻がいいから、気づいたのかもしれない」
「そうかもね」
「……ポチ、今日はよくやった」
ポチがきゅんと鳴いた。
「……ケルベロスとして、優秀だ」
「ポチとして優秀だよ」
「……ケルベロスとして——まあ、ポチとしても」
「どっちでもいいじゃん」
「……どちらかにしたい」
「ケルベロスとポチ、両方でいいよ」
「……両方は——」
「両方がノアのポチでしょ」
「……まあ」
「まあ?」
「……まあ、そうだ」
ノアがポチを撫でた。
さくらもポチを撫でた。
二人の手が、少し重なった。
ノアが少し固まった。
「……さくら」
「何」
「……手が」
「あ、ごめん」
「……いや」
「いや?」
「……いい」
「いいの?」
「……今は今だ」
さくらが少し固まった。
「……それ、今の状況で使う言葉?」
「……使う」
「「今は今」の意味が広がってない?」
「……広がっていない。正確に使っている」
「正確に使えてる?」
「……使えている」
「……まあ、うん」
「……うん」
二人は黙って、ポチを撫でた。
手が重なったまま。
-----
**【魔王の小さな冒険 其の二十四「魔王、アリアのことを知った件」】**
のあちゃんは布団の中で、今日のことを振り返っていた。
アリアが昔、冒険者だったと知った。
「……知らなかった」
誰もいない暗闇に向かって、のあちゃんはつぶやいた。
でも——驚かなかった。
驚かなかった、ということが、少し面白かった。
「……余は最初から、アリアを信頼していた」
理由は分からなかったが、信頼していた。
今日、その理由が少し分かった。
アリアは——経験した人の目をしていた。
穏やかだが、何も知らないわけではない。
色々を経て、今の落ち着きがある。
「……余も、いつかああいう落ち着き方ができるだろうか」
のあちゃんは考えた。
余はまだ、落ち着いていない部分がある。
魔力が戻らないことへの焦り。帰れるかどうかへの不安。さくらへの——
「……さくらへの、何か」
今日、手が重なった。
さくらが「ごめん」と言った。
余は「いい」と言った。
「……よかったのか」
よかった。
それは、確かだった。
「……困ったな」
でも困った、と思うたびに——悪くない、と思う。
「……今は今だ」
のあちゃんは目を閉じた。
アリアが「人には話したくない過去もある」と言っていた。
余にも、ある。
でも——さくらには、いつか話してもいいかもしれない。
全部ではなくても。
「……いつか」
誰にも聞こえない声で言った。
ポチが胸元でくるりと丸まった。
「……今日はポチがよく働いた」
ポチがきゅんと鳴いた。
「……ケルベロスとして、ポチとして——よくやった」
のあちゃんは眠りについた。
今日は、大掃除の日だった。
でも——大掃除よりも、大きなものが出てきた気がした。
-----
第二十五話に続きます。
第二十四話、いかがでしたでしょうか?
今回は戦闘なしの完全日常回でしたが、その分——
アリアというキャラクターの厚みと、ノアの精神的な成長をしっかり描いた回になっています。




