第二十二話「賭けをしてたひまりとノアにゲンコツしたんですけど?」
第二十二話です!
今回はついに――
あかねと怜奈の戦いが本格的に始まります。
……が、その裏でなぜか始まる「賭け」。
戦いを見守るはずの面々が、それぞれ違う方向で盛り上がっていきます。
そして戦いは徐々に熱を帯び、気づけば――
「加減していたはずの戦い」が、思わぬ方向へ。
バトルあり、コメディあり、そして少しの成長もある回です。
ぜひ最後までお楽しみください!
戦いが始まった。
あかねが先に動いた。
炎の魔力を右手に集めて、前に踏み込む。
怜奈が横に流れた。
魔力の弾を三発、連続で放った。
あかねが弾いた。
「速い!!」
「……あなたも」
あかねが笑いながら言った。怜奈の目が戦闘モードに切り替わっていた。
さくらは端から見ていた。
二人とも、まだ加減している。でも——本気の片鱗が見えた。
「……速いね、怜奈」
「……そうだな。足捌きが——」
ノアが分析を始めた。さくらは横目で見ていた。
そのとき。
「さくら先輩、どちらに賭けますか!!」
ひまりだった。
「……え?」
ひまりが小さな帳面を持っていた。
フロストが横に立っていた。
「女王陛下に五枚、魔王様に三枚、引き分けに二枚、現在の倍率は——」
「ひまり」
「はい!!」
「何してるの」
「賭けの元締めです!!」
「元締め!?」
「せっかく強者同士が戦うので!! 兵士のみなさんも参加したがっていて!!」
見ると、壁際の兵士たちがそわそわしていた。
「兵士まで巻き込んでる!?」
「盛り上がってます!!」
「ダメだよそういうのは!!」
「でも賭けの文化はこの世界にもあって——」
「それとこれとは別!!」
さくらがひまりの帳面を取り上げようとした。
「ノア様はもうご参加いただいて——」
「……は?」
さくらがノアを見た。
ノアが少し目を逸らした。
「……ノア」
「……なんだ」
「賭けに参加したの?」
「……いや、その——」
「参加したの?」
「……あかねに三枚賭けた」
「あかねに!!」
「……怜奈より実戦慣れしているから、今の実力なら——」
「そういう話じゃなくて!!」
さくらがノアの頭に、軽くゲンコツをした。
「痛い!!」
「ダメでしょそういうのは!!」
「……賭けは戦略的判断に基づく——」
「戦略的判断の問題じゃない!!」
次に、ひまりの頭にも軽くゲンコツをした。
「痛いです!!」
「元締めになってるのが一番ダメ!!」
「でも需要があって!!」
「需要があってもダメなの!!」
「……さくら先輩、商機というものが——」
「商機じゃない!!」
「でも!!」
「ダメ!!」
ノアが頭を押さえながら言った。
「……さくらのゲンコツ、地味に痛い」
「軽くしたつもりだけど」
「……軽くてもそれなりに痛い」
「反省した?」
「……した。賭けには参加しない」
「よろしい」
「ひまりも」
「……反省しました!! でも回収した分の賭け金はどう——」
「返して」
「全員に!?」
「全員に」
「……分かりました」
ひまりが肩を落とした。
兵士たちもがっかりした顔をしていた。
「……さくら先輩は厳しいですね」
「当然」
「……でも、少しだけ——」
「ダメ」
「……はい」
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中庭では、戦いが続いていた。
あかねが攻め、怜奈が捌く。
怜奈が反撃し、あかねが弾く。
きれいな攻防だった。
さくらはそれを見ていた。
「……怜奈、楽しそう」
気づいたら、そう言っていた。
「……そうか?」
ノアが横で言った。
「……確かに。最初より——動きに余裕がある」
「あかねが相手で、気持ちが上がってるのかも」
「……強い相手と戦うのが好きなのか」
「……普段はそんなこと言わないけど、目が語ってる」
ノアが怜奈の目を見た。
「……戦闘モードだが——楽しんでいるな」
「うん」
「……あかねも同じだ」
「あかねは分かりやすい」
「……怜奈は分かりにくいが、分かる」
「ノアには分かるんだ」
「……戦い慣れた者の目をしているから」
中庭で、あかねの炎が少し大きくなった。
「いいじゃん怜奈さん!! もっと来て!!」
「……あなたが言うなら」
怜奈の魔力も、少し上がった。
二人の動きが速くなった。
「……加速してるな」
「うん」
「……加減が、少し外れてきた」
「外れてきたね」
さくらは少し前に出た。
止めるべきか、もう少し見るか。
今はまだ、制御できている。
でも——このペースで上がっていくと。
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十分が経ったころ。
二人の戦いは、明らかに変わっていた。
あかねの炎が、城壁を焦がしていた。
怜奈の魔力弾が、地面をえぐっていた。
「……これ、加減してる?」
さくらがノアに聞いた。
「……していない、と思う」
「いつから?」
「……五分前くらいから、徐々に——気づいたらガチになっていた」
「気づいたら!!」
「……二人とも、自覚がないかもしれない」
ルミナが隣でそわそわしていた。
「……怜奈様が本気に……!! 素晴らしい……!!」
「素晴らしくない!! 城が壊れる!!」
「……でも怜奈様の全力は初めて見て……!!」
「ルミさん、後で!!」
フロストが静かに言った。
「……止めるなら早めに。これ以上続くと、城の修繕費が」
「修繕費!?」
「……すでに中庭の石畳が三枚、割れています」
「三枚!!」
「……壁も焦げています。あかね様の治世で最大規模の損壊になる可能性が」
「それは困る!!」
あかねが叫んだ。
「もっと来て怜奈さん!! 本気でしょ今!!」
「……本気で来ていい、と言ったのはあなただから」
「来ていい!! でも城は壊さないで!!」
「……矛盾してる」
「矛盾してる!! でも!!」
「……分かった、城は壊さない」
「でも本気で来て!!」
「……どっちかにして」
「両立できる!!」
「……できない!!」
できていなかった。
怜奈の魔力弾が城壁の一部を抉った。
「あっ」
「……ごめん」
「城が!!」
「……本気になると制御が——」
「そうだって言ってたじゃん!!」
「……言ってた」
「だからほどほどにって——」
「……あなたが本気でと言った」
「言ったけど!!」
さくらが中庭に踏み込んだ。
「二人とも止まって!!」
二人が振り返った。
「さくら?」
「止まって!! 城が壊れてる!!」
「……あ」
あかねが周りを見た。
中庭の石畳が割れていた。壁が焦げていた。噴水が——また傾いていた。
「……噴水が」
「また傾いた!!」
「……ごめん」
怜奈も周りを見た。
「……私も、ごめん」
「二人とも反省して!!」
「反省した」
「……反省した」
「してる顔じゃない二人とも!!」
「してる!!」
「……してる」
「目が充実してる!!」
「「……」」
「楽しかったでしょ!!」
「「……」」
「正直に言って!!」
あかねがにっこり笑った。
「楽しかった!!」
怜奈が少し間を置いた。
「……楽しかった」
「言えた!!」
「……久しぶりに、本気で動いた気がした」
「そうだよ!! 怜奈さん、本気出したら速いね!!」
「……あなたも。炎の制御、変わってる。普通の炎系と違う」
「そう!? 独学だから!!」
「……独学で、あそこまで——すごいと思う」
「怜奈さんも!! あの魔力量を維持しながら細かい動き、普通できないよ!!」
二人が互いを褒め合い始めた。
さくらは中庭の真ん中に立ったまま、それを見ていた。
「……さくら」
ノアが近づいてきた。
「……止めた」
「止めたよ」
「……無事か」
「無事。二人の間に入ったけど、もう止まってたし」
「……体を張ったな」
「動いてる間に入ったら危なかったけど、止まる瞬間を狙って入ったから」
「……狙えたのか」
「二人の呼吸を見てたから。止まるタイミングが分かった」
「……さくらは、戦いを見る目がある」
「あかねに鍛えてもらったから」
「……余との特訓もあったはずだが」
「ノアとの特訓もあった」
「……まあ」
「まあ?」
「……さくらが無事で、良かった」
さくらは少し固まった。
「……ノアがそういうことを言う」
「……事実だから言う」
「事実でも、急に言うな」
「……急ではない。思ったから言った」
「それが急だって言ってるの」
「……そうか」
「そうだよ」
「……では、次は急ではないタイミングで——」
「次も急だと思う」
「……余は急なつもりはない」
「ノアのタイミングと私のタイミングが違うんだと思う」
「……そうかもしれない」
あかねが寄ってきた。
「二人、何話してたの?」
「なんでもない」
「……なんでもない」
「二人とも『なんでもない』って言うとき、大体なんかある」
「なんでもない」
「……なんでもない」
「……まあいいか」
あかねが中庭を見回した。
「……修繕しないといけないな」
「そうだね」
「怜奈さん、直せる?」
「……魔力で壊したものを魔力で直す、は難しい。ただ——」
「ただ?」
「……ルミが回復系の魔法を持っている。物体の修復はできないが、石畳の繋ぎ目を補強するくらいなら——」
「ルミさんがやってくれる!?」
「……やります……!! 怜奈様のためなら何でも……!!」
「私のためじゃなくて、あかねの城のためよ」
「……怜奈様が謝罪の意を示すためなら……!! 何でもします……!!」
「そういうこと」
「……はぁはぁ……!!」
「ルミさん、最後のはいらない」
「……すみません……!!」
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ルミナが石畳の補強をした。
フロストが損壊具合を記録した。
ひまりが修繕費の見積もりを勝手に出し始めた。
「……先輩、修繕費は怜奈様の魔王領から請求できますか?」
「請求しない!!」
「でも損壊が——」
「あかねも同意して始めたんだから半分半分だよ」
「……では折半で——」
「請求しない!!」
「商機が——」
「商機じゃない!!」
「……はい」
怜奈がさくらに近づいた。
「……さくら」
「何」
「……さっき、間に入ってくれてありがとう」
「止まってたから大丈夫だったよ」
「……止まろうとしてたのは本当だけど、あと一秒遅かったらまた動いてたかもしれない」
「そう?」
「……あかねが楽しそうにしてたから、もう少し続けたかった」
「怜奈も楽しかったんじゃん」
「……まあ」
「素直じゃないね」
「……さくらに言われたくない」
「そうかも」
怜奈がノアを見た。
「……ノア、魔王論の続きは?」
「……覚えておる。今日やるか?」
「やる」
「……では場所を変えて」
「うん」
「……あかねに借りていいか」
「あかねに?」
「……静かな部屋を借りたい。怜奈と話がある」
「どんな話?」
「……魔王論だ」
「……魔王論か。私も聞いていい?」
「……あかねは聞かなくていい」
「聞きたい!!」
「……うるさいから」
「うるさくしない!!」
「……するだろう」
「……まあ、そうかも」
「だろう。怜奈と二人で話す」
怜奈がノアを見た。
「……二人で話したいの?」
「……そうだ。前回はさくらに邪魔が入った」
「邪魔って何」
「……助けを求めた。余が」
「……あー」
「……今日はそうならないように、二人で話す」
「……分かった」
さくらがノアを見た。
「一人で大丈夫?」
「……大丈夫だ」
「助けを求めたくなったら呼んで」
「……呼ばない」
「呼んでいいから」
「……呼ばない!! 今日は負けない!!」
「まあ、頑張って」
「……頑張る」
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夕方、全員で食卓を囲んだ。
あかねの城のご飯。前回と同じく、美味しかった。
ノアが戻ってきたとき、少し疲れた顔をしていたが——どこか充実していた。
「……どうだった、怜奈との話」
さくらが聞いた。
「……引き分けだ」
「引き分け?」
「……余が怜奈の論点を崩せなかったが、怜奈も余の反論を完全には否定できなかった」
「引き分けか」
「……まあ、今日は引き分けだ。次は勝つ」
「また続けるの?」
「……続ける。怜奈が来るたびに」
「楽しんでるじゃん」
「……楽しんでいない」
「楽しんでるよ」
「……まあ」
怜奈が向かいで静かに食べていた。
「怜奈も楽しかった?」
あかねが聞いた。
「……今日は、色々あった」
「色々? 具体的には?」
「……戦って、魔王論をやって——」
「充実してたじゃん!!」
「……まあ」
「また来てね!!」
「……また来る」
「本当に!?」
「……ノアとの魔王論が終わっていないから」
「そっか!! ノアのおかげで来てくれるんだね!!」
「……まあ、そういうことになる」
ノアが微妙な顔をした。
「……余がおかげかどうかは——」
「おかげだよ!!」
「……まあ」
ひまりが隣でご飯を食べながら言った。
「今日は充実しましたね!!」
「ひまりは賭けをしてたけどね」
「……反省してます!!」
「してる顔じゃない」
「……心の中では!!」
「心の中でもしてないでしょ」
「……してます!! 本当に!!」
「ゲンコツは効いた?」
「……効きました!! さくら先輩のゲンコツ、地味に痛いです!!」
「ノアも同じこと言ってた」
「……余は言っておらん」
「言ってた」
「……痛いとは言った。地味にとは言っておらん」
「どっちでもいい」
「……どっちでもよくない。余のゲンコツに対する感想は——」
「どっちでもいいから」
「……」
怜奈がルミナに小声で言った。
「……あのやりとり、毎回こんな感じ?」
「は、はい……!! 毎回です……!! 尊いですよね……!!」
「……尊い、かどうかは分からないけど——見ていると飽きない」
「でしょう……!! 私も毎回見ていたいです……!!」
「ルミは毎回見てなくていい」
「……怜奈様に言われると……最高です……!!」
「……そういうのじゃない」
「……叱られました……!!」
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夜、全員で泊まることになった。
あかねが部屋を用意してくれた。
さくらとあかねが並んで廊下を歩いていた。
「……さくら」
「何」
「今日、間に入ったじゃん。二人の戦いに」
「うん」
「怖くなかった?」
「……止まるタイミングを見てたから。タイミングさえ合えば大丈夫だと思ってた」
「それは——まあ、さくららしいけど」
「らしい?」
「無謀なことはしないけど、必要なら飛び込む」
「……そう見える?」
「見える。ノアを止めるときもそうだし」
「……ノアを止めたことあったっけ」
「鋼鉄竜のとき、一緒に無謀な挑戦したじゃん。あのときさくらが『格の違いを知れたから後悔してない』って言ったの——あれがさくららしいと思った」
「……あかね、よく覚えてるね」
「手紙でさくらが書いてたから」
「……書いたっけ」
「書いてた。あと、ノアと約束した、って」
「何の約束?」
「Sランクに二人で挑む日まで鍛える、って」
「……あー、そんなこと書いたか」
「書いてた。その約束、大事にしてね」
「うん」
「ノアも大事にするといいね」
「……するでしょ、ノアは」
「そう?」
「……ノアは約束を守る人だと思う」
「さくらが言うなら、そうなんだろうね」
廊下の窓から、夜の庭が見えた。
「……あかね」
「何?」
「今日、来て良かった」
「そっちも来てくれて良かった!! また来てね、ノアも連れて!!」
「連れてくる」
「約束ね!!」
「約束」
あかねが笑った。
さくらも笑った。
-----
**【魔王の小さな冒険 其の二十二「魔王、引き分けに終わった件」】**
のあちゃんは客室の布団の中で、今日のことを振り返っていた。
怜奈との魔王論が、引き分けだった。
「……引き分け」
誰もいない暗闇に向かって、のあちゃんはつぶやいた。
「……余は負けなかった。でも勝てなかった」
怜奈の論点は、鋭かった。
「青キャラの地位向上のために魔王になる」というのは、余には理解しがたい動機だ。
でも怜奈は、それを本気で信じている。
目的のために手段を選ぶ、という点は——余と同じだ。
「……目的が違うだけで、やり方は似ている」
だから論点がぶつかる。
だから引き分けになる。
「……次は勝つ」
でも——引き分けが悪かったとは思っていない。
怜奈と話していると、考えさせられる。
余の魔王論が、正しいのか。
正しいと思っているが——別の正しさがあるかもしれない。
「……それを考えるのは、悪くない」
のあちゃんは目を閉じた。
それから、今日のもう一つのことを思い出した。
さくらが二人の間に入ったとき。
見ていた。
さくらが中庭の真ん中に踏み込んでいくのを。
「……無茶をする」
でも——タイミングを見ていた。
二人の呼吸を読んで、止まる瞬間を狙って入った。
無謀ではなかった。
「……さくらは、戦いを見る目がある」
余との特訓と、あかねとの訓練で——さくらは確実に成長している。
「……余も、成長しなければ」
魔力はまだ三割しか戻っていない。
でも、今日の怜奈との話でも——頭を使って戦うことはできた。
「……頭と、今ある力で——できることをする」
それが今の余だ。
ポチが胸元でくるりと丸まった。
「……ポチ」
ポチがきゅんと鳴いた。
「……今日は良い日だったか?」
ポチがまたきゅんと鳴いた。
「……余も、そう思う」
のあちゃんは目を閉じた。
引き分けでも、良い日だった。
さくらが無事で、怜奈と話せて、あかねの城に泊まっている。
「……次来るときも、こういう日だといい」
誰にも聞こえない声で言った。
その言葉が、少し温かかった。
-----
第二十三話に続きます。
第二十二話、ありがとうございました!
今回は、
•あかね vs 怜奈のバトル
•ひまりの賭け騒動
•ノアの魔王論(第二ラウンド)
と、かなり盛りだくさんな回でした。
特に印象的なのはやっぱり――
**「気づいたら本気になっていた戦い」**ですね。
最初は加減していたはずなのに、
気づけば二人とも夢中になっていて、
周りが止めるまで止まらない。
この流れは、
二人の「戦う者としての本能」が出ていて気に入っています。
そしてもう一つ。
ノアの「引き分け」。
これ、地味に大きな変化です。
かつての魔王なら「勝ち」か「支配」しか認めなかったはずが、
今回は「引き分けでも悪くない」と感じている。
ここが、ノアの成長ポイントです。
次回は少し落ち着いた回になるか、
それともまた事件が起きるのか――
引き続きお楽しみください!




