第十九話「Sランク魔物に挑んで格の違いを見せつけられたんですけど?」
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回は、これまでとは少し毛色の違う回です。
借金を一気に返せる可能性のある、Sランク討伐依頼。
さくらとノアは、それに挑むことを選びます。
ここまで積み重ねてきた連携と成長が、どこまで通用するのか。
そして“Sランク”という存在が、どれほどのものなのか。
少しだけシリアス寄りの戦闘回になります。
それでは第十九話、どうぞ。
ギルドの掲示板に、赤い依頼票があった。
赤は、最高難度の証だ。
Sランク討伐依頼。対象:鋼鉄竜。報酬:破格。
さくらはそれを眺めた。
「……でかい報酬だね」
「……そうだな」
ノアも隣で眺めていた。
「借金、一気に返せる?」
「……返せる。おつりが出るくらい」
「……そっか」
二人は少し黙った。
「……さくら」
「うん」
「……お主は今、どのくらいの魔力が出せる」
「九割くらいは戻ってる。制御も安定してきた」
「……余も、以前の三割くらいは戻った」
「うん」
「……あかねと特訓して、連携も噛み合ってきた」
「うん」
「……ホブゴブリンは倒した」
「うん」
「……道中の魔物も対処できた」
「うん」
「……鋼鉄竜は」
「Sランクだよ」
「……Sランクだが」
「ノア」
「……何だ」
「受けてみる?」
ノアが少し黙った。
「……受けてみるか」
二人が同時に依頼票に手を伸ばした。
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カウンターのお姉さんが依頼票を見て、固まった。
「……これ、受けるんですか」
「受けます」
「……お二人で?」
「お二人で」
「……Sランクですよ?」
「知ってます」
「……今まで挑んだパーティが三組いて、全員撤退してるんですが」
「知ってます」
「……本当に?」
「本当に」
お姉さんがため息をついた。
「……少し待ってください」
奥から、体格のいい男性が出てきた。
ギルドマスターらしかった。
「君たちが鋼鉄竜を?」
「はい」
「実績は?」
「ホブゴブリン討伐と、道中での魔物対処です」
「……それでSランクは、無理だ」
「挑んでみます」
「無理と言っている」
「挑んでみないと分かりません」
「分かる。私が分かる。やめなさい」
「やめません」
ギルドマスターがさくらを見た。
ノアを見た。
「……魔力は?」
「戻ってきてます」
「どのくらい」
「さくら先輩は九割、余は三割ほど」
「三割で鋼鉄竜に?」
「連携でカバーします」
「……鋼鉄竜は、単純な火力で押せる相手じゃない。鱗が硬くて、動きが速い。連携以前の問題だ」
「それでも挑みます」
ギルドマスターが腕を組んだ。
「……止められないか」
「止められません」
「……自己責任だ」
「承知してます」
「怪我をしても、死んでも——ギルドは補償できない」
「分かってます」
「……本当に止まらないか」
「止まりません」
ギルドマスターが深くため息をついた。
「……受注は認める。ただし、撤退の判断は早めに。死ぬ気で戦うな」
「ありがとうございます」
「礼を言う状況じゃないといいがな」
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フロストに話したら、静かに止められた。
「……お勧めしません」
「でも行きます」
「……Sランクは、私でも単独では難しい相手です」
「フロストでも?」
「……四天王として戦っていたころなら話は別ですが、今の私の魔力では」
「フロストでも無理なんだ」
「……無謀だと申し上げています」
「でも行きます」
「……魔王様は?」
「余も行く」
「……魔王様まで」
「止めるな、フロスト」
「……止めません。ただ——」
「ただ?」
「……撤退の判断だけは、冷静に。プライドで動かないでください」
「……分かった」
「……本当に分かりましたか」
「……分かった」
「……承知しました。お気をつけて」
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鋼鉄竜の目撃場所は、コルナから一時間ほど離れた山の麓だった。
着いてみて——さくらは少し圧倒された。
でかかった。
でかすぎた。
馬より大きい熊より大きい。家くらいある。全身が鈍色の鱗で覆われていて、地面に伏せているだけで空気が重かった。
「……でかいな」
ノアが小声で言った。
「……でかいね」
さくらも小声で返した。
「……でかいが、倒せないわけではない」
「うん」
「……弱点はどこだ」
「鱗が硬いなら、鱗の隙間を狙う。首の付け根とか、翼の根元とか」
「……情報はあるか」
「ギルドで資料を見た。目と、顎の下が比較的柔らかいらしい」
「……顎の下か」
「近づかないといけないけど」
「……余が陽動する。お主が顎の下を狙え」
「分かった」
「……行くか」
「行こう」
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最初の五分は、うまくいっていた。
ノアが右から牽制の魔力を飛ばした。
鋼鉄竜が振り向いた。巨大な首がノアに向いた。
「そうだ!! こっちを見ろ!!」
ノアが後退しながら叫んだ。
さくらが左から走り込んだ。
魔力を手に集めながら。
顎の下——
「っ!!」
当たった。
直撃だった。
鋼鉄竜がわずかによろめいた。
「……効いた!!」
「効いた!! もう一回!!」
ノアが別の方向から牽制する。鋼鉄竜が向く。さくらが入る。
連携は、噛み合っていた。
完璧に噛み合っていた。
ただ——削れていなかった。
五発当てて、十発当てて——鋼鉄竜の動きは変わらなかった。
傷がついているのかも分からなかった。
「……さくら」
「分かってる、硬い」
「……顎の下を十発当てた。でも効いてる気がしない」
「Sランクは格が違うってこういうことか」
「……そうかもしれん」
鋼鉄竜が向きを変えた。
今度は、ノアではなくさくらに向かってきた。
「っ——!!」
でかい前足が振り下ろされた。
横に跳んだ。
地面に叩きつけられた前足が、衝撃波を生んだ。
さくらが吹き飛んだ。
「さくら!!」
ノアが叫んだ。
「……大丈夫!! 立てる!!」
立てた。でも足がふらついた。
衝撃波だけでこれか。
「……余が——」
ノアが鋼鉄竜に向かって走った。
魔力を全開にした。
手のひらから光を放った。
鋼鉄竜の鱗に当たった。
弾かれた。
「……っ」
「ノア!!」
「……問題ない」
問題あった。
弾かれた反動でノアが後退していた。
鋼鉄竜がノアを見た。
今度はノアに向かって前足を振り上げた。
「ノア、逃げて!!」
「逃げる!!」
ノアが横に転がった。
前足が地面を叩いた。
衝撃波がノアを吹き飛ばした。
「ぴぎゃ!!」
「ノア!!」
ノアが草むらに突っ込んだ。
さくらが駆け寄った。
「大丈夫!?」
「……大丈夫だ」
「大丈夫じゃない顔してる!!」
「……問題、ない」
「立てる?」
「……立てる」
立てた。よろよろしながら。
「……余は今、少し——」
「少し?」
「……格の違いというものを、理解した」
「今?」
「……今だ」
さくらもそう思っていた。
連携は機能している。でも届いていない。
これが、Sランクだ。
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十五分が経ったころ、二人はボロボロだった。
さくらの右腕が痺れていた。衝撃波を三回受けた。
ノアの服があちこち破れていた。転がりすぎた。
魔力も半分以下になっていた。
「……さくら」
「うん」
「……今、撤退という言葉が頭にある」
「私も頭にある」
「……プライドで動かないと、フロストに言われた」
「うん」
「……余は今、プライドを捨てる準備ができている」
「私も準備できてる」
「……撤退するか」
「撤退——」
そのとき。
鋼鉄竜が動きを止めた。
二人を見た。
じっと見た。
それから——向きを変えた。
山の方向に歩き始めた。
「……え」
さくらが固まった。
「……え」
ノアも固まった。
鋼鉄竜がゆっくりと山に向かって歩いていった。
振り返らなかった。
やがて、木の間に消えた。
静かになった。
「……」
「……」
「……去った」
「去ったね」
「……なぜだ」
「分からない」
「……余たちを倒したのに、なぜ去る」
「倒したって言わない」
「……倒したかどうかはともかく、なぜ去った」
「……飽きたんじゃない?」
「飽きた?」
「相手にならないと思ったのか、それとも本当に飽きたのか」
「……どちらも屈辱だな」
「屈辱だね」
「……余たちに飽きた竜」
「飽きられた私たち」
「……」
「……まあ、生きてるから」
「……生きている、か」
「うん」
「……負けたが、生きている」
「それで十分」
「……十分とは言い切れないが——まあ」
「まあ、ね」
二人は草の上に座った。
ボロボロで、魔力も削れて、でも生きていた。
「……さくら」
「何」
「……今日の判断は、正しかったか」
「正しくはなかった」
「……余もそう思う」
「でも後悔はしてない」
「……なぜだ」
「格の違いを知れたから。どのくらい強くならないといけないか、分かった」
「……余も、そう思う。理解した。Sランクが何たるかを」
「うん」
「……余の魔力が全部戻っても、今日の連携では勝てなかったかもしれない」
「そんなに強かった」
「……そうだ。あれは——本物の強さだ」
「ノアも昔はあのくらい強かった?」
「……余の全盛期なら、互角以上だったと思う」
「じゃあ取り戻せれば」
「……取り戻せれば。ただ、それまでは——無謀な挑戦はやめておく」
「うん、私もそうする」
「……学んだ」
「学んだね」
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コルナに戻ったとき、フロストが待っていた。
さくらとノアのボロボロの姿を見て、何も言わなかった。
ただ、救急道具を出した。
「……手当てを」
「ありがとう、フロスト」
「……魔王様も」
「……頼む」
手当てをしながら、フロストが静かに言った。
「……生きて帰りましたね」
「生きて帰った」
「……それで十分です」
「撤退できなかった。向こうが去っていった」
「……それでも、生きて帰った」
「うん」
「……次は——」
「次はSランクには挑まない」
「……賢明です」
「今のところは、ね」
「……今のところ、ですか」
「魔力が全部戻ったら、また考える」
「……魔王様は?」
「……余も今のところは挑まない。ただ——いつかは、勝ちたい」
「……勝ちたい、ですか」
「……余は負けたのだ。あの竜に。無視して去られた」
「……はい」
「……いつかは、ちゃんと相手にさせる」
「……承知しました。その日まで、お支えします」
「……フロスト」
「はい」
「……ありがとう」
「……どういたしまして」
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アリアの家に帰ったら、アリアが心配そうな顔で待っていた。
「……さくらちゃん、ノアちゃん!! どうしたのその格好!!」
「ちょっと無茶をしました」
「ちょっとどころじゃないわ!! 怪我は!?」
「フロストに手当てしてもらいました」
「ありがとうフロスト。でも追加で手当てするわ。座って」
アリアが二人の手当てを確認した。
「……何と戦ったの」
「Sランクの魔物」
「Sランク!?」
「鋼鉄竜です」
「……二人で!?」
「二人で」
「……無茶すぎるわ」
「ですね」
「怒るわよ」
「怒ってください」
「……怒る前に、ご飯にするわ。二人とも座って」
「アリアさん」
「なに」
「怒らないの?」
「怒るけど、ご飯が先。体が資本だから」
さくらは少し笑った。
「アリアさんって本当に聖女みたい」
「ただの宿のおばさんよ」
「おばさんじゃないですよ」
「……ノアちゃんは?」
「……アリアはすごいと思う」
「何が?」
「……余たちがボロボロで帰ってきて、最初にご飯と言える人は少ない」
「あら、そうかしら」
「……余の世界では、怪我人が帰ったらまず治療だった。ご飯は後回しだった」
「治療も大事だけど、ご飯も治療のうちよ」
「……そういうものか」
「そういうものよ。食べれば少し元気になるから」
「……なるほど」
アリアがご飯を出した。
温かかった。
さくらは食べながら、今日のことを思い出した。
格の違い。届かない攻撃。去っていく竜。
悔しかった。
でも——学んだ。
「……ノア」
「何だ」
「強くなろうね」
「……そうだな」
「Sランクに、ちゃんと挑める日まで」
「……その日まで、鍛える」
「うん」
「……余の魔力が戻れば——」
「戻ったらまた挑もう」
「……二人で?」
「二人で」
「……約束か」
「約束」
ノアが少し笑った。
「……では鍛える。あの竜を相手にできる日まで」
「うん」
「……必ず」
「必ず」
アリアが横で微笑んでいた。
何も言わなかった。
ただ、おかわりを出してくれた。
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**【魔王の小さな冒険 其の十九「魔王、格の違いを理解した件」】**
のあちゃんは布団の中で、今日のことを振り返っていた。
負けた。
「……負けた」
誰もいない暗闇に向かって、のあちゃんはつぶやいた。
言葉にするのは、少し悔しかった。
でも——事実だ。
余は今日、鋼鉄竜に負けた。
倒せなかった。届かなかった。飽きられて、去られた。
「……飽きられた」
それが一番悔しかった。
余は魔王だ。かつては誰もが恐れた存在だ。
それが今日、竜に無視されて去られた。
「……情けない」
でも。
のあちゃんは続けた。
連携は、機能していた。
さくらと余の動きは、噛み合っていた。
あかねに鍛えてもらって、何度も練習して——その成果は、確かに出ていた。
「……連携だけなら、及第点だったかもしれない」
ただ、火力が足りなかった。
余の魔力が三割では、Sランクには届かない。
それを理解した。
「……取り戻さなければ」
魔力を。
全部ではなくても、せめて六割、七割——
「……さくらと約束した」
Sランクに、二人で挑む日。
その日まで鍛える。
「……さくらは、今日負けても諦めていなかった」
のあちゃんは思い出した。
ボロボロになりながら、「格の違いを知れたから後悔してない」と言った。
その目が——まっすぐだった。
「……さくらは、強いな」
のあちゃんはつぶやいた。
魔力だけの話ではない。
諦めない、という意味での強さ。
余は、それをさくらから学んでいる。
「……魔王が魔法少女から学ぶとは」
おかしな話だ、と思った。
でも——おかしくない、とも思った。
今は今だ。
学べるものは、誰からでも学ぶ。
ポチが胸元でくるりと丸まった。
「……ポチ」
ポチがきゅんと鳴いた。
「……お主も今日は大変だったな」
ポチはアリアの家で待っていたから、大変ではなかったはずだが。
「……まあ、いい」
のあちゃんは目を閉じた。
次は、もっと強くなって挑む。
さくらと二人で。
約束だ。
「……必ず」
誰にも聞こえない声で言った。
その言葉が、今夜は少し重かった。
重いぶんだけ、本気だった。
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第二十話に続きます。
第十九話、読んでいただきありがとうございました。
今回は「勝てない相手に挑んで、ちゃんと負ける回」でした。
この作品は比較的コメディ寄りですが、
強さの基準や世界のスケールは、どこかでしっかり見せておきたくて、今回の話になりました。
Sランクは“今の二人では届かない領域”。
それをはっきり描くことで、今後の成長や目標がより見えやすくなればいいなと思っています。
個人的に書きたかったのは、
・連携は通用している
・でも火力が足りない
・だから勝てない
という、「惜しいけど届かない」状態です。
あと、鋼鉄竜が途中で去ったのもポイントで、
“倒される価値すらない”という、少し違う形の敗北にしています。
悔しいけど、生きて帰った。
そして、次に繋がる負け。
そんな回でした。
次回からはまた少し流れが動きつつ、
この経験がどう影響していくのかも描いていきます。
引き続き、よろしくお願いします。




