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目覚めの時①

 翌日の午後。

「神納キミ子さんのお迎えですね」

 病院受付の人は、メイが提出した書類を確認し、面会札をくれた。


「神納さんは一般病棟に移られました。三階です。エレベーターは右手奥になります」

「ありがとうございます」

 メイは制服の胸に面会札をつけ、祖母の病室に向かう。


 母が仕事を抜けられず、代わりに退院の手伝いに来たのだった。

 小鬼はいない。

 登校時間になってもまだ熟睡していたので、そのまま置いて来た。

 教えられたエレベーターに乗りこみ、三階に向かう。

 肩に力が入っていた。


(ちゃんと……おばあちゃんにちゃんと、謝らなきゃ……!)


 祖母は破壊神を、可愛い孫を喰らおうとする神とみなしている。

 間違いではない。

 とはいえ、命がけで破壊神に封印術をしかけたのは、あまりにも無謀だった。


 祖母と破壊神では力の差がありすぎる。おかげで──破壊神はなにもしなかったにもかかわらず──祖母は、はねかえった自分の術で昏睡状態になってしまったのだった。

 メイは祖母の封印術を解くことに成功し、祖母は無事、目覚めた。

 なのに──


 その目覚めた祖母と、思いっきり口論してしまった。


 祖母は、破壊神が母のひと言で出て行ったと聞いて、手放しに喜んだ。

 そのうえさらに「油断するんじゃないよ」と顔をひきしめ、「ああいうものは生まれつき無慈悲で残酷」とか「人の気持ちなんかなんとも思ってないくせに、つけいるのだけはうまい」だとか、あげく「しっかり縁を切れ」と、メイをさとそうとした。


 祖母がメイのためを思い、よかれと思って言ってくれているのはわかっている。

 けれど、破壊神を悪く言われるのは、どうしてもがまんできなかったのだ。それで──


(わたし……わたし、おばあちゃんに……バカとか言っちゃった……!)


 祖母は田舎で小さな美容室をやっている。

 幼いころ、祖母の家に泊まるといつも、メイのもつれやすい髪を楽しそうに結ってくれた。

 たとえ父母が一緒に泊まっていても、祖母が結う。


 ──「お義母(かあ)さんの技にはかなわないもん。あたし、こんなにうまく結べないー」

 子どもっぽく口をとがらす母に、祖母は笑って、

 ──「こつがあるんだよ、ほら、とかす時はこれぐらいの力加減で、編み方は……」


「…………」


 髪をすく祖母の、愛情のこもった手の感触を思い出し、メイは目頭が熱くなる。

(ちゃんと……謝らなきゃ)

 エレベーターがチン、と音を立てて三階に到着。

 メイはあわてて眼鏡をずらし、涙をぬぐった。

 エレベーターを降りる。


 初めての建物なので表示を確かめながら進み、明るい大部屋にたどりついた。

 おそるおそるのぞきこむ。

「……!」

 すぐ、窓際のベッドわきに立つ祖母の、小柄だがしゃっきり伸びた後ろ姿が目に入った。

 とっくに着替えをすませ、てきぱきと荷物をまとめている。

 メイは驚いて、足早に病室に入った。


「おばあちゃん……!」

「おや」

 祖母は、愛用のトートバッグを肩にかけながらふり返る。

「どうしてメイちゃんが……? 順子さんは?」

「母は今日は、仕事があって……」

 自分は来ない方が良かったのかな、と小さくなるメイをよそに、祖母はため息をついた。


「順子さんたら! あたしはひとりでだいじょうぶだよ、って言ったのに」

「そ……でも……」

「まだ昼すぎだし、メイちゃんだって学校があるだろうに」

「早退したの……あの、あのね、わたし、おばあちゃんにあやまりたくて……」

 必死で切り出すメイに、祖母はおもしろがるような目を向ける。


「メイちゃんはあやまらなきゃいけないようなこと、なんにもしてないよ」

「でも! だってわたし……寝こんでるおばあちゃんに……バカとか言っちゃって……」

 泣きそうになってうつむくメイの頬を軽くなで、祖母はやさしい声を出す。

「そりゃああたしが、ほんとにバカなことをしたんだから、しかたないよ」

「おばあちゃん……」


「それよりお礼がまだだったね。バカなおばあちゃんを、助けてくれてありがとう」

「そんな……」

 赤くなってますます小さくなるメイに、祖母は笑った。

 となりのベッドが空いていて、誰にも聞かれないのを確かめてから、ささやく。


「それにしてもあの神さま、あんたの命の恩人とはね。人も神さまも、見かけによらないね」

「……お母さんから聞いたの?」

「聞いたよ。やっかいな約束をしちまったようだけど、だいじょうぶなのかい」

「ちっともやっかいじゃないよ」


 祖母はなにか言いたげな顔をしたが、そこへ看護師さんが、ベッドの片づけにやって来た。

 ふたりは話を中断、退院の挨拶をし、忘れ物がないか確かめて大部屋を出る。


 メイはせめて荷物を運ぶ手伝いをしたかったのに、祖母は全部自分で持ってしまった。

 さっさと歩き出す後ろ姿が、十歳若返って見える。

 メイの視線に気づいて、祖母は機嫌良く言った。


「どこもかしこも、すごく調子がいいんだよ。腰痛もなくなったし」

「良かったね!」

「もしかして腰痛とか腱鞘炎も、メイちゃんがまとめて治してくれたんじゃないかい?」

「そう……かも。おばあちゃんの術解く時、治癒術使ったから……」

「たいしたもんだ……! けど、初心者のうちはあんまりやりすぎちゃいけないよ。限度がわからないと、自分の命をすり減らしちまうからね」

「うん、気をつける」


 祖母はエレベーターがよその階に停まっているのを見るなり、ためらわず階段に向かった。

 ほんとうに元気だ。

 三階ぶんの階段を軽やかに降り、一階で支払いをすませて病院を出る。


「おばあちゃん、今日はこっちに泊まるの?」

「いいや、まっすぐ田舎に帰るつもりだよ。この病院は、どのへんなのかねえ」

 メイはスマホで地図を見せ、電車の乗り継ぎルートを調べ、タクシーを呼んだ。


 病院の玄関先でタクシーの到着を待ちながら、

「しっかりしてるねえ。たいしたもんだ」

 しきりと感心する祖母に、メイは恥ずかしさに首をすくめて赤くなる。

「最近、できるようになったばっかりなの。お仕事でスマホを使うから」


「警察庁零課、だっけ」

「うん」

「高校一年生の女の子に、妖怪相手のあぶない仕事させるなんてどうかとは思うけど」

「お母さんにもそう言われたけど……」


 わたし、辞めないよ、と続ける間もなく、祖母はけろりと言った。

「いいんじゃないかねえ」

「そ……そう思う?」

「零課なんて聞いたこともないけど、歴史のある警察組織ならいろんなノウハウも蓄積してるはずだし、霊能力のあつかい方だって、きちんと教わることができるだろうしね」

「うんうん、おばあちゃんを治した治癒術も、零課の講習で習ったんだよ!」


「メイちゃんほどの力があったら、どのみちどこかで修行しないとかえってあぶないしね」

「そ……そうなの?」

「零課がなければお寺とか修験者とか、たよれる修業先を探さなきゃならなかったよ」

「おばあちゃんに習うって手も……」


「だめだめ! あたしなんかたいした力もないし、先祖伝来の術をいくつか知ってるだけの……まあ、アマチュアに毛が生えたぐらいの兼業霊能者だからね」

「そんな……」

 と言うメイをあらためてしげしげとながめ、祖母は感じ入ったように言った。


「それにしても、ものすごい霊光(オーラ)だね」

「そ……そう? ちゃんと……おさえてるつもりなんだけど……」

「そうだね、きちんとコントロールはできてるよ。でもそのぶん、ものすごく濃いのがよくわかる。これが……メイちゃん本来の力なんだねえ」


 祖母はメイの、輪にまとめた三つ編みを、感慨深げにちょっとなでた。

「すっかり……ほどけちまったね」

「えっ、ほんと?」

 あわてて髪がほどけていないか、確かめようとするメイに、祖母は笑う。

「髪じゃないよ。髪にかけた術のことだよ」

「?」


 なんのことかわからないメイに、祖母はなつかしそうに打ち明けた。

「メイちゃんが三つの時、髪に封じの術をかけたんだ。七五三のお宮参りの時にね」

「えっ……」

「メイちゃんは赤ん坊のころから、そりゃまあよく妖怪にたかられてねえ、年中具合が悪かったんだ。死にかけたこともあったんだよ」


「お母さんもよくそんな話を……よっぽど身体が弱かったのかな、って思ってた」

「ちがうよ。生まれつきの霊力は大きいのに、防ぐ力がぜんぜんないから根こそぎ吸いとられちまうんだ。あんたの霊力は、もののけには甘いらしくてねえ」

「あ、それよく言われる……」


「だからせめて根こそぎやられないように、泉にふたをするようなあんばいに……封をね」

「そんな、封がかかってたなんて……ぜんぜん気がつかなかったけど……」

 と言って、メイはふと思い当たる。

「え……じゃあ、わたしの霊力がいきなり暴走したのって、もしかして……」


「誰か、あるいはなにかが、あたしの封じの術を解いちまったからだろうね。メイちゃんに防ぐ力がついてくれば、自然にほどけてたはずなんだけどねえ」

「自然に……ほどけて……」

 なんとなく髪に手をやって、メイはハッと息をのんだ。

「ヘアメイクのひとだ!」

「え?」


「あ……あのね、モデルさんの代役で撮影たのまれた時、髪とかお化粧とかきちんとしてくれるプロのひとに、全部やってもらったんだけど、そのひとが実は、九尾の狐さんで」

「九尾の狐!」

 仰天して目を丸くする祖母に、メイはあわてて説明する。


「稲荷神様のお使いなんだよ。真っ白で、大きくて、神々しくて、すっごく強いの」

「……怖くなかったのかい」

「とってもきれいな狐さんだったから。自分の神さまを心から大事にしてて……」

 と言うメイの口ぶりから、なにかを察したらしい。

 祖母はにっこりした。


「メイちゃんの神さま、戻ってきたんだね」

「うん! でもびっくりするほど気配が小さくて……すごく弱ってて心配……」

「弱ってるって、どれぐらい?」

「うーん……すごく小さな虫ぐらい? なんか、すずめにつつかれても死んじゃいそう……」

 言いかけてメイはハッとする。


「おばあちゃんダメだよ! 祓うチャンスだとか言わないでよ!」

「そんなこと言わないよ」

「?」

「強いものが極端に弱くなって、なのに塵になってないなら、それは成長の前ぶれだからね」

「成長……!」


「無敵の甲羅や殻を持つ生き物が、それをいったん捨てないと大きくなれないのと同じさ」

「!」

「すごいねえ……! あるていど以上古くて強いものはふつう、そんなおっかないこと、あえてしないんだけどねえ」

「スサノオは闘いの神さまで……挑戦が大好きだから……」


 いつでも、何度でも限界を試し、打ち破ろうとつっこんでいく。

 未知なるもの、より自由なるものを求め──そのためなら、無敵の力さえ手放せる。

 そんな神のありようをあらためて思い知り、メイは魂が震える心地がした。


 好き、という言葉ではもはや足りない。

 今すぐ命を捧げたいほどの敬愛に胸が熱くなり──

 同時に、自分の情熱が祈念となり、見えない奔流となってきちんと神に届くのを感じた。


(だいじょうぶ)


 突然、確信する。

 小さな破壊神は、間もなく目覚めるだろう。


(お役に立てて、うれしいです)


 胸の内でつぶやいた時、祖母が、まぶしいものを見たように目を細めているのに気づいた。

「メイちゃん、いつもそうして、お祈りしているのかい」

「あ……うん、わりと」


 誰にも理解してもらえない恋心を、赤裸々に目撃されてしまった気分になり、メイは思わず頬を赤らめる。その小柄な肩を、祖母ははげますようにそっとなでた。

「よくお仕えするんだよ」

「うん」


「お休みのところをお騒がせしては申し訳ないから、あたしはご挨拶に行くのはご遠慮するけど、うちの祭壇からよくよくおわび申しあげておくよ」

「スサノオはおばあちゃんのこと、ぜんぜん気にしてないと思うけど……」

「先方はそうだとしても、こちらは気になるからね。孫がお世話になってる神さまに失礼なことをしたまんま、ほったらかしにはできないよ」


 その時、軽いクラクションの音がした。

 見ると、少し離れたところにタクシーが停まっている。

 メイはあわてて、自分が呼んだタクシーかどうか確認に走った。


 近づくと運転席の窓がおりて、初老のドライバーが愛想良くたずねる。

「カノウさん?」

「はい、そうです」


 と答えたころには、祖母も追いついてきて、開いたドアの前に立った。

「メイちゃん、じゃあ、あたしはこれで」

「うん……あ! 冷やしまんじゅうありがとう! みんなでおいしくいただきました!」

「あはは、そんなら良かった」

 と答えてから、祖母ははたと気づいてききかえす。

()()()?」


「あ、お母さんとわたしと、猫神さまとキバさん」

「猫神さま! なんだいそれは」

「あ、うちにいた子猫のミーちゃんが、実はちょっと前から知り合いだった化け猫さんで、ピンチになった時大化けして、ものすごい猫神さまに……」


「! ……で、キバさんというのは……あのちっちゃい神鬼さまかい」

「そうです。わたしの守護神をやってくださってます。あ、スサノオもわたしの守護神です」

「…………」

 祖母はまじまじとメイを見た。

 吹き出した。


 肩を揺らして大笑いしながら、笑い涙をぬぐう。

「なんだいそりゃ、あたしゃほんとに、よけいなことをしちまったようだ。これがほんとの、年寄りの冷や水ってやつかねえ。許しとくれ」

「ううん、そんなこと……」

 と言うメイをよそに、祖母は手荷物をタクシーの座席に置いた。


「順子さんによろしく。正月にはうちに来るのかい?」

「行く! 行けるようにがんばる!」

 タクシーに乗りこもうとする祖母のそでを、メイは思わずひきとめる。

「おばあちゃん!」


「うん?」

「ずっと……守ってくれてありがとう」

 祖母の封じの術がなければ、五歳にもならずに死んでいたかもしれない。

「ほんとうに、ありがとう」

 真剣にくり返すメイの肩を、祖母は黙ってそっと抱いた。

 メイも抱きつく。


「カゼとかひかないでね」

「ひかないよ。丈夫なのが取り柄でね、百歳まで生きるさ」

「あ、ほんとにそんな気がする」

 祖母と孫は顔を見合わせて笑い、どちらからともなく手を放した。


 タクシーに乗りこんだ祖母は、笑顔でふりかえって手をふる。

 メイもけんめいに手をふり、車が見えなくなるまで見送った。

 ほっとひと息つく。


 足取りも軽く、メイは家路についた。


        ◆


 小鬼はへこんでいた。

「よりによって暗黒神(マハーカーラ)めが戻ってきた時にだらしなく寝こけておって、わたあめに知らせの電話をかけるどころか気づきもせなんだとは……! なんたる失策! 末代までの恥ッ」

 頭を抱えてうなり、いてもたってもいられずうろうろと行き来しているのは二階の廊下だ。


 メイの部屋に小さな破壊神だけでなく、猫神までいるので居づらいのだった。

 そのうえ朝、寝すごして、登校するメイに置いていかれてしまった。


『気にせずゆっくりしてらしてくださいね  メイ』


 なんてメモが置いてあったが、小鬼としてはそれどころではなかった。

 眠る小さな破壊神と、子猫姿で目こそつむっているものの、しっかり起きている気配ばりばりの猫神。


 ふた柱もの神がいる部屋で目を覚ましただけでも死にたくなるほどばつが悪かったのに、あの場でくつろいで本を読んだり、まして日記を書いたりできるわけがない。


「…………」


 頭を抱えている手が、角に触れた。

 ぜんぜん育っていない。

 メイの奇跡の花一輪、がんばって食べきったのに、残念ながら効果はなかったようだ。


「ワシのような小物にあの花は……吸収しきれなんだのかもしれぬのう」

 すっかり気落ちしてつぶやき、ドアの外にぽて、と腰をおろす。

 そっと室内の気配をうかがう。


 小さな破壊神の隠形(おんぎよう)は今、不完全だ。

 それで、破壊神の気配を測れるのだが──

「…………」

 何度確かめても、まちがいではないかと思うほど、小さかった。


 弱すぎる。

 これまで小鬼が出会ったことのある、どの小妖怪より、弱い。

 もののけの店で売られているいちばん安い魚怪の卵とか、ケガレの近くに時々大発生する、ケシ粒より小さい無害な羽虫とか──それぐらいの弱さだ。


 メイは「小鳥につつかれても死んじゃいそう」などと心配していたが、小鬼から見れば、それでもまだ強く見積もりすぎだ。あれはたぶん、青虫にかじられても死ぬ。

 飛べたとしても、死にぞこないのカゲロウみたいな飛び方しかできないだろう。


 闘うどころか、念話ひとつ使えないにちがいない。

 小鬼自身、まだ念話が通じないからよくわかる。あれは意外とパワーがいる。

「…………」


 破壊神はあのざまで、いったいどうやって家まで戻ってきたのだろう、と小鬼はいぶかる。

 自分なら五十メートルも進まないうちに、なにかに踏みつぶされるか、ついばまれるか、風に流され車にぶつかったりして──あっけなく塵になる自信があった。

 あんなに弱い状態で何キロも移動するなど、絶対に不可能だ。


「…………」

 畏怖の戦慄に、背筋の毛がぞぞぞ、と逆立つ。

 小鬼は、わかっているつもりだった。

 暗黒神(マハーカーラ)は骨の髄まで(いくさ)バカ。文字は読めないが、戦い方について知らないことはない──。


 わかっていたが、まさかこれほどとは思わなかった。

 小鬼でも指先でつぶせるほどの力しかなくても、ありえない距離を生きて踏破してのける。

 まさしく神話級のバケモノだ。


 今までは、対等のパワーさえ手に入れれば勝てるような気がしていた。

 だが、とんでもない勘違いだった。

 今のままでは破壊神の百倍のパワーを身につけても、あっさり返り討ちにされそうだ。


「……いや……いやいやいやッ、弱気になっておるヒマはないぞッ」

 小鬼はぶんぶんと頭をふって気を取り直す。

「戦い方がわからんなら、あやつから学べば良いではないか! 敵の千分の一、いや、万分の一の力しかなくても生き残れる神のものの見方、考え方を身につければワシでも……」


 がぜんやる気がわいてきて、小鬼はすっくと立ちあがった。

 廊下をうろうろ、行ったり来たりしながら考える。

「しかしどうやって学ぶ? ふだんのあやつの動きは、ワシの目にはさっぱり見えぬし、動かぬとなったら半日でも動かぬし、眠っておっては話すことも……」


 ふと心配になった。

 もしこのまま、破壊神が目覚めなかったらどうすればよいだろうか。

 古い神にはよくあることだ。

 少なくともよくある、と聞いている。

 中には眠り続けるうちに石や、山になってしまった神もいるとか。それどころか──


「…………」

 不安でたまらなくなり、小鬼はとぷんと影をくぐって室内に戻った。

 物陰からこっそり、本棚の上の様子をうかがう。

 子猫姿の猫神が、薄目を開けた。

「なあに?」


「……き……気になってしもうて……」

 小鬼は猫神にまだ、慣れていない。

 おっかなびっくり浮かびあがり、そろそろと本棚に近づく。


 小さな破壊神は、子猫姿の猫神を枕に眠っていた。

 見かけはいつもと同じだが、近くで見るとますます、痛々しいほど気配が小さい。

 どう見ても死にかけだ。

 そよ風ひとつでかき消える、極小の炎のようなたよりなさに、小鬼はたまらずうめいた。


「まさか……まさかこのまま、滅びてしもうたりは……その……」

「だいじょうぶだよ。メイの祈念がずうっと届いてるし、あたしもついてるしね」

「まことか。まことに……」

「お供えも受け取っていらっしゃる。すぐにお目覚めになられるよ」

「…………」


 小鬼は信じられなかった。

 メイが朝夕と言わず、できあがるはしから日に何度も捧げる山盛りの奇跡の花を、眠る破壊神が湯水のようにたやすく、底なしに「受け取って」いるのは確かに見ている。

 小鬼からすれば天文学的な量だ。


 でももし、実はそれでも足りないとしたら?

 メイはすでに全力を尽くしている。猫神もできることをしている。自分は──

 まだなにもしていない。


 とはいえ、小鬼に猫神のような治癒の力はない。

 メイのような霊力もない。

「…………」

 小鬼はふたたび影に飛びこみ、キッチンに出た。


 腹の毛に手をつっこみ、あとで食べようととっておいた冷やしまんじゅうを取り出す。

 取り出したはいいが、そこでとほうにくれてしまった。

「お供え……は、どのようにすれば送れるのじゃ?」





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