化け猫の本懐①
とぼとぼと家路をたどるメイの目もとは、まだほんのり赤かった。
病院で祖母の病室から飛び出したあと、駅のトイレに逃げこんでしばらく泣いたからだ。
「今日のわたし……子どもっぽいことばっかりしちゃって……恥ずかしいです」
すっかり意気消沈して言うメイに、頭の上にのんびり乗っかっている小鬼が答える。
「そうかのう? ばば様にかかった封印術をみごと解いて助けたうえ、暴走しかけた自身の霊力もきちんとおさめたではないか! ワシにはなにが恥ずかしいのか、さっぱりわからん」
「キバさん……やさしいですね」
「どこがじゃ。ワシがそなたなら今ごろ鼻高々、肩で風切って歩いとることまちがいなし!」
「あ……あはは……」
「それを、そなたときたら、ばば様と少しばかり口論したぐらいでべそべそめそめそしおたれおって。せっかくの霊力がくすむぞ! しゃんとせんか、しゃんと」
「き……気をつけます……!」
メイは気を取り直し、がんばって背筋をのばした。
西に傾いた夕日に手をかざし、目を細める。破壊神の行方はまったく、つかめないが、
「霊力くすんじゃったら、スサノオにちゃんとした祈念、送れないし」
というメイの独語に、小鬼はあきれたように鼻を鳴らした。
「そなたはまっこと、なににつけても暗黒神のことばかりじゃな」
「えっ? そ……そんなことは……」
「めずらしく声を荒げたのも、ばば様があの神を悪しざまに言った時であったしのう」
「そ……そ、それはその……」
「いやはや、よもやそなた、あの夜叉神に惚れとるのではあるまいな」
「!」
「まあ、いかにポンコツのそなたでも、さすがにそれはなかろうが。はっはっは」
気楽に笑う小鬼をよそに、メイは声もなく真っ赤になる。
霊光も、爆発こそしなかったが突然まばゆいほど光度を増し、小鬼はぎょっと笑いやんだ。
メイは無言でがむしゃらに歩調を早める。
すべてを語ってあまりあるメイの反応に、小鬼は驚愕のあまり、あんぐりと口を開けた。
「なっ……なな……な……」
「なにも言わないでください」
「そ、そなた本気で……」
「はい。わたしはスサノオが好きです。本人にも伝えてあります」
「つっ……伝え……」
「神さまが人間じゃないのはよくわかってますし、すっごくどうでも良さそうな反応しかもらってませんけど、でも、それでもいいんです。わたしが好きなだけですから」
「あやつはそなたを喰うのじゃぞ!」
「いいんです」
「良くはなかろう!」
「いいんです」
「そなたはおかしいッ!」
「そうですか?」
などと言っているうちに家が近づき、メイはハッとする。
「いけない! お母さんのこと忘れてた……! ええと、ど、どこから話せばいいかな、玄関開ける前にちゃんと考えをまとめて……」
ぶつぶつ言いながら家の前にさしかかったとたん、息をのんだ。
母が玄関先にしゃがみこんでいる。新聞紙を広げ、黙々とガラスの破片を片づけていた。
見ると二階のメイの部屋の窓が、枠だけになってしまっている。
カーテンに大きな穴が開いているのが見えた。小さな破壊神が「ぶち抜いた」あとらしい。
母は、掃除をしながらなにか考えこんでいた。後ろに立っているメイに気づいていない。
小鬼は母に見られないよう、メイの頭の上で隠形を固め、姿を消した。
メイは勇気をふるい起こし、声をかける。
「お……お母さん……?」
「!」
がばっと立ちあがりふり向いた母に、メイは気弱に挨拶した。
「た……ただいま」
「……お……おかえりなさい」
母は手もとでエプロンをもみしだき、次の言葉が出てこない。
メイはがんばって、あえて明るい声を出した。
「えと……おばあちゃんに会ってきました!」
「そ……そう」
母の顔がさらに曇る。ためらいがちに語を継いだ。
「あのね、病院の先生がおっしゃるには……おばあちゃん、もしかすると、もう……」
「おばあちゃん目が覚めてね、少しお話もしてきたよ!」
「…………え?」
ぽかんとする母に、メイは穏やかにくり返す。
「おばあちゃん、目が覚めたの。もうだいじょうぶだから、安心して」
「え……ええっ? な……どうして?」
ふらっと近づいてくる母を前に、メイはひとつ深呼吸した。
正直がいちばん。
なんでもないことのように続ける。
「おばあちゃんはね、跳ね返った封印術に、霊体が封じられちゃってたの」
「えっ……?」
「でもわたしが解いたから」
「……ど、どうやって」
「わたし、まだ新米だけど霊能者なの。ちゃんと、力の使い方の講習とかも受けてるんだよ」
「…………」
母はすでに「警察庁霊能局零課」という部署名を零課のオペレーターから聞き、義母にも「メイちゃんには力がある」と言われている。
しかし、事ここにいたってもまだ実感がないらしく、まじまじとひとり娘を見つめた。
「あんたが……?」
「うん」
「おばあちゃんを治したって……?」
「うん。だからおばあちゃんはもう元気! それで、わたしそのあとでちょっと……おばあちゃんにね、つい大きな声出しちゃって……病院飛びだしてきちゃったんだけど……」
「…………」
「ごめんなさい。近いうちに必ず、ちゃんとあやまりに行くから」
「……それで……いいんじゃない……?」
母はまだ半信半疑で、自信なさそうにつぶやく。
そのエプロンのポケットで、スマホが鳴った。
母はあわてて取り、横を向く。
「はい、神納です。はい……はい……えっ? ほ……ほんとうですか!」
通話相手にききながら、メイを横目でちらっと見た。
「良かった……! はい……はい、ではそのように……はい! ありがとうございました」
深々とお辞儀して通話を切る。
病院からの連絡と察し、にこにこしているメイをふり向き、気が抜けたような顔で言った。
「おばあちゃん……元気になったって」
「うん! そう言ったでしょう?」
「お孫さんがお見舞いに来た直後に、目を覚ましたみたいだ、って……」
「えへへー」
「でも、なにか病気が隠れてると困るから、二日ぐらい検査入院になります、って」
「おばあちゃん、なんにも病気、なかったよ」
明るい自信に満ちて言うメイに、母は、見知らぬ人を見るような目を向ける。
「そう……」
「ケガもしてなかったの。倒れた時にどこかぶつけたかも、ってちょっと心配したんだけど」
「…………」
母は、笑顔のメイを見つめて、数秒ためらった。
やり場のない感情を押しこめるように、エプロンを握りしめる。
「メイ、あのね……」
「うん?」
「おばあちゃんに……あんたの部屋にいる怖いもののこと、相談したの、あたしなの。なにかあったら、なんでも言って、って言ってもらって、つい……」
「わかる……! いきなりヘンなもの見えるようになっちゃうと、最初はひたすら怖いよね」
自分もそうだったから、メイは心から同情する。
母はしかし、目を伏せて続けた。
「それで……おばあちゃんが駆けつけて来てくれて……ちょっと見てくる、すぐすむからって。でも、物音がしても来ちゃいけない、なんて言って、あんたの部屋にあがっていって……」
「…………」
「なにかが落ちたような音がしたのよ。ごとん、って。それで、居ても立ってもいられなくなって見に行ったらね、おばあちゃんが……」
「うん……」
そのへんは小鬼から聞いて知っていたが、母が話したそうなのでメイは黙って耳を傾ける。
「おばあちゃんが倒れてて……呼んでも反応がなくて、あわてて救急車呼ぼうとしたら、ものすごい音がしたの。部屋の中なのに雷が落ちてくる時みたいな……耳がバカになりそうなすごい音! それから、核爆発? って思うぐらいの光で目がくらんで……」
「…………」
「そっちを向いてたわけじゃないんだけど、本棚の上になにかいて、それが燃えてるって、はっきりわかった。ものすごく怖かった。おばあちゃんを負かしたのはこれだ、って思って、殺される! って思っちゃって、それで……」
母はようやく、メイをまっすぐ見た。
困った顔をしていた。
正しいことをしたはずなのに、罪悪感がある、というような表情で、言った。
「とっさに『出て行って』って叫んだの。『今すぐうちから出て行きなさい!』って」
「……うん」
知っていてもやはり、母の口からその言葉を聞くと胸が痛み、メイはうっすら涙ぐむ。
深刻なダメージを抱えた破壊神を、安全な場所から追いやってしまった。
その時自分が家にいなかったことが悔やまれてならず、メイは目を伏せる。
母の声が急に、小さくなった。
「実を言うとね……」
「うん……?」
「ガラスが割れて、あれが……いなくなったってわかった時……すごく驚いたの」
「…………」
「だってあたし、なんの力もないし、破れかぶれでただ叫んだだけだし、あんなものすごく強そうなものが、あたしなんかの言うこときく理由なんか……なんにもないじゃない!」
母は小さく、泣き笑いのような声をもらした。
「その時初めて思ったの。あたし、なんかまちがえちゃったかな、早とちりしたかな、って」
「えっ……」
もしかしてお母さん、スサノオのこと、わかってくれるの? という期待に思わず顔をあげるメイに、しかし母は、決意の面もちで続けた。
「でもね、あたしはこれで、良かったと思う」
「お母さん……!」
「あれが良いものか悪いものかなんて、あたしにはわからない。でも、あんなものすごい存在をうちの中に置いとくなんて絶対! まちがってるってことだけはわかる!」
母は反論しようとするメイの肩をつかみ、必死にかきくどく。
「メイ、わかって。あたしはあんたが大事なの! あれが出て行ってくれたのはラッキーだったのよ! お願いだから、あんなものとは二度と関わらないでちょうだい!」
「そのお願いは、聞けません」
メイは、肩をつかんだ母の手を穏やかに、しかし断固としてほどき、はらい落とした。
一歩、しりぞく。
母はあっけにとられて、動けない。
「メイ……?」
「ごめんなさい、お母さん」
メイはほほ笑んだ。
「お母さんのこともお父さんのことも大好き! でも、今のわたしは、スサノオがいちばん大事なの。お母さんがスサノオを追い出すなら、わたしもこのうちを出て行きます」
「えっ………」
沈黙が落ちた。
いつの間にか夕日はさらに傾き、家々の屋根の向こうに隠れている。
澄みきった晩秋の空に浮かぶ雲がまばゆく、金色に輝いていた。
街灯が点灯する。
呪縛されたように立ちつくしていた母が、ぎこちない笑い声を立てた。
「メイったら、いきなりなにを言いだすの……! だいたい、スサノオって……」
「呼び名のひとつなの。でも、人の歴史より古い神さまだから、名前なんか関係ないと思う」
淡々と答えるメイが、迫る夕闇の中で発光して見えたのかもしれない。
母は顔の前に手をかざし、まばたきし、恐れをふりはらうようにきびすを返した。
あわただしく新聞紙に包んだガラスの破片を片づけ、玄関前を掃く。
「その話はまた今度聞くわ。それよりもう暗くなってきたし、晩ご飯の仕度もしなくちゃだし、そろそろうちに入って……」
なにもなかったみたいに家に戻ろうとする母を、メイは呼び止めた。
「お母さん」
母の足が止まる。その背に向かって、メイは続けた。
「わたしね、今年の春、オバケに身体乗っ取られて、生き霊になっちゃったの」
「メイ……?」
「そのうえ記憶喪失になっちゃって、自分が誰かもわかんないし、いろんなオバケに追っかけられるし、どうしたらいいかわかんないうちに、身体が透けてきて……」
ふと手に目を落とす。
生き霊だった間の体験は、夢の記憶のように日々うすれ、半年近くたった今では思い出せないことも多かった。でもそれでもはっきり、おぼえていることもある。
「身体が透けてくると、生き霊はすぐ消えちゃうの。わたしもそのまま消えちゃうところだったんだけど、スサノオに助けてもらったんだよ」
「えっ……?」
母がようやく、ふり向いた。
メイはほほ笑む。
「わたしね、助けてもらう代わりに、無事身体に戻ったらスサノオと戦うって約束、したの。それなのに約束果たす前に、生き霊としての寿命みたいなもの、使い果たしちゃって……」
「え……寿命使い果たしたって、つまり……」
「うん。死んじゃったの」
「!」
「でも、スサノオが生き返らせてくれて」
メイは通学鞄を持っていない方の手を、そっと、胸に当てた。
制服の下の、破壊神がくれた月の石を納めたお守り袋、その、ささやかな厚みを確かめる。
心からの敬愛をこめて言った。
「だからわたしの命は、スサノオのものなの」
声もなく立ちつくす母に、メイは謝罪の笑みを向ける。
「お母さん、ごめんね。いきなりこんなこと言われても、困るよね。でも、そのあともスサノオにはずっと、たくさん助けてもらってて……悪霊にとり殺されかけた時も助けてくれたし、祟り神様をどうやってお助けしたらいいかわからない時にも、アドバイスくれたし」
「そっ……そんなあぶないことしてるなんて、あんた、ひとことも……」
「ごめんね」
「ごめんね、ってあんた……」
「それに、このあいだ入院しちゃった時も……」
「え?」
「あの時はね、わたしが未熟なせいで霊力が暴走して、コントロールできなくなっちゃったの。たぶん、あのままだと体力もたなくて、死んじゃってたと思う」
「!」
「でもスサノオが、わたしの代わりに霊力をコントロールして、抑えてくれて……」
つい声がうるみ、こらえきれずにあふれた涙を、メイはあわてて眼鏡をどかし、ぬぐった。
とつとつと続ける。
「あのね……神さまも、なんでもできるわけじゃないんだよ。すごく得意なことと、あんまり向いてないことがあるの。スサノオは生命力を燃えあがらせるとか、闘志をかきたてるとか……そういう神さまだから、暴走してるものを抑えるのってきっと……ほとんど不可能なぐらい、むずかしかったと思うの。ムリさせちゃったからわたし、心配で、心配で……」
ぽろっとふたたび涙があふれ、止まらず、くりかえしぬぐうメイに、母は思わずなぐさめの手を伸ばしかけ──あわててひっこめた。
今にも説得されそうになりながら、必死で硬い声を出す。
「でも! でもね、あんたのその神さまが、おばあちゃんをあんな目にあわせて……」
「あれは、おばあちゃんが悪い」
きっと顔をあげ、見たこともないほど厳しく断言するメイに、母は仰天してのけぞった。
メイは気づかず、一気にまくしたてる。
「おばあちゃんたらスサノオを封印しようとしたんだよ! むちゃくちゃだよ! 一方的な封印とか討伐とか、攻撃的な術は、相手の方が強いと跳ね返ってきちゃうの! うちの……零課の課長さんだって、スサノオ相手にそんなむちゃなことしないよ! おばあちゃんは自分の術に打たれただけ。スサノオ絶対、なんにもしてない!」
「ど……どうしてそんなこと言い切れるのよ……!」
「スサノオが反撃してたら、おばあちゃん死んでるもん」
「えっ? それどういう意味……」
「首がなくなっちゃってたと思う」
「…………」
母は激しくひるみながらも、メイの言葉の意味をまじめに咀嚼し、のみこんだらしい。
眉をひそめて、言った。
「……あんた自分の部屋で、そんなあぶない生き物、飼ってるの?」
「か……飼ってなんかいないよ! お祀りしてるの!」
「…………」
母は腕組みし、口をへの字に曲げてメイをにらんだ。
メイはひるまず、まっすぐ見つめ返す。もうウソはついていないから、楽なものだ。
ややあって──
母がため息とともに両手を挙げた。
「今いち納得できないけど……わかったわ。あのものすごいものが、メイの命の恩人……じゃない恩神? なのはわかった」
「お母さん……!」
「メイに無断で、勝手に追い出したりして…………ごめんね」
風船がしぼんだみたいにしゅんとなる母に、メイはあわてて首をふる。
「ううん、わたしがもっと早く、お母さんになにもかも話しておけば良かったんだよ! ずうっとウソついてごまかしてて……わたしの方こそ、ごめんなさい」
ぺこりと頭をさげる娘を前に、母は両手を腰に当て、ため息をついた。
「そうねえ、もうちょっと早く話してくれても良かったのに、とは思うわ。でも……」
「でも……?」
「メイが実は霊能者です! とか、実はうちの二階にあぶない神さまが住んでます! とか……怖い体験する前に聞いたってあたし、絶対! 信じなかったと思うわよ」
「あ……」
「なにかの冗談と思うか、でなければメイの頭の心配して、病院に連れてったかも」
「そ……それはちょっと……」
「困るわよねえ」
母娘は思わず顔を見合わせ、ちょっと笑った。
やっと緊張がほどけ、どちらからともなく家に入る。
靴をぬぎ玄関にあがったところで、メイは、キッチンへ向かう母のすそをひきとめた。
「お母さん、もうひとつだけ、お願いがあるんだけど……」
「なに?」
母は、今度はなにを言い出すのかしら、という警戒もあらわにふり返る。メイは言った。
「お母さん、スサノオに出て行って、って言って、それでスサノオ、ほんとに出て行っちゃった、ってことだったよね」
「そうよ」
うなずきながらあらためて、言うことを聞いてもらえたのはものすごく幸運だったのかも、と実感したらしい。母は鳥肌でも立ったのか、無意識に腕をさする。
メイは穏やかに続けた。
「取り消してほしいの」
「え?」
ぽかんと口を開ける母に、淡々と説明する。
「この家はお母さんのもので、テリトリーで、お母さんの結界みたいなものだから、お母さんがなにか言って、霊的な存在がそれに従っちゃったら、お母さんに取り消してもらわないとたぶん、戻ってこられないから」
「そ……そういうものなの? そんなに強い神さまでも?」
「うん。言霊は強いから」
「…………」
母はじっとメイを見つめた。
しかしすぐ、もし自分が取り消さないと言ったら、メイは迷わず家を出て行く、と悟ったらしい。はあああ、と脱力した。
「あーもう、わかったわ! 取り消す……取り消します!」
「言あげ……わかりやすく言葉にして、口に出してください」
「ええー? ううーん、じゃあ……」
母はおおまじめに目をつむり、胸に手をおいて、即席の言あげを口にする。
「『ごめんなさい、メイの神さま。出て行けって言っちゃったけど、あれ、まちがいでした。いつでも戻ってくださってかまいません』……こんな感じでいい?」
「ありがとう!」
メイは感激のあまり小さく跳びはね、母に抱きついた。
母は内気な娘の、見たこともない喜びように驚いてのけぞる。
なだめるようにメイの背中をぽんぽんとたたき、言った。
「いいけど……うちを吹き飛ばしたりしないでね。借家だし」
「うん!」
「あ、そうだ。あんたの部屋の窓、ガラス割れちゃったから修理たのまないと……」
「ううん、しばらくあのままにしとこうと思ってる」
「えっ……?」
「スサノオ、ものを通り抜けられないらしいから、帰って来るまで窓開けとこうと思ってて……ガラス入ってなければ、開けっぱなしと同じでしょ?」
「雨降ったらどうするの! 夜も開けっぱなしじゃ寒いでしょ? 防犯上も良くないし……」
「じゃあビニールシートでもさげとく。雨よけにはなるし、いちおうふさがって見えるし」
「ええー」
と顔をしかめて、母ははたと気づいた。
「やっぱりビニールシートさげただけじゃダメよ! ミーちゃんはどうするの? またメイの部屋に入って、窓開いてたら絶対、跳びあがるでしょ? 屋根に出ちゃったら大変よ!」
「もうドアに鍵つけたし、かけ忘れなければ……」
「今日だって結局、かけ忘れてたみたいじゃない。おばあちゃん、さっさと入ってたわよ」
「ちがうちがう、あれはばば様が術で開けて入ったのじゃ」
つい言ってしまってから、小鬼はハッと口をおさえたがもう遅い。
隠形が破れ、姿をあらわしてしまった小鬼を、母はまじまじと凝視した。
「……ねえメイ、あんたの頭の上に、ネズミみたいなサルみたいな毛玉が乗ってるんだけど」
「あ、こちらはキバさん、わたしの守護をしてくださってる鬼さんです」
あわてて紹介するメイをよそに、母ははたと眉をひそめる。
「あらやだ、このあいだ、キッチンで見かけたネズミと似てるわね」
「!」
「まさか……盗み食いしてたの?」
「そッ、そのようなことはしとらんぞ! ワシは子猫のおやつを補充しておっただけで……」
「キャットフードなんか……食べるんだ」
ほんのり哀れみのこもった目で見られて、小鬼は憤慨して短い手をふりまわした。
「ンがああッ! ワシ用ではないと言っておろう! ワシはキャットフードなど……」
「はいはい、おやつぐらい出したげるから、ミーちゃんのごはん盗み食いするのはやめてね」
「ひとの話を聞かんかーいッ!」
「あ、おばあちゃんが冷やしまんじゅう、おみやげにって持ってきてくださったの。ごはん前だけど、みんなでちょっと食べない?」
「みんな……」
その「みんな」には自分もふくまれるのであろうかと悩む小鬼に、母は続けた。
「ええと、キバちゃん……だっけ? あなた小さく見えるけど、食べるのもちょっぴりでいいの? それとも妖怪ならやっぱり、人間並みに入っちゃう?」
「食べる時はたくさん食べます」
メイが代わりに返事をし、母はうなずく。
「だと思った! 昔話とかでも、小さい妖怪がもりもり食べる話、あるものねえ」
キッチンの灯りをつけやかんを火にかけ、母は菓子皿を三枚、テーブルに並べた。
「ワシの分まで……皿を……」
感激してつぶやく小鬼には気づかず、母は湯のみを出す手を止めてきく。
「キバちゃん、お茶は飲める?」
「う……うむ」
と答えた声がちょっとうるんでいる気配に、メイは小声で「良かったですね」とささやく。
その時、小鬼が気づいた。
「子猫がおらん……!」
「えっ?」
メイと母は猫用ケージを見た。
開いている!
母はあわててやかんの火を止め、居間に駆けこみながら、必死で記憶をたどる。
「あたしの閉め忘れ……? ええとええと……おばあちゃんのために救急車呼んで、待つ間に……ミーちゃんつかまえてケージに入れて、閉めて……うん! おばあちゃんと一緒に救急車乗る時には、ちゃんとケージに入ってたわ!」
「じゃあそのあと、お留守番の間に……」
「また勝手に開けおったのじゃ! ワシはわたあめの部屋のドアを見てくるッ」
言うより早く、手近な影に飛びこんで消える小鬼に、母がぼんやり目をまたたいた。
「わたあめ……?」
「あ、わたしのことです。わたしの霊力って、妖怪さんには甘いんですって」
言いながらメイはトイレや風呂場のドアを確かめに走る。
そこへ小鬼が、メイの足もとの影から飛びだしてきて目の前に浮かんだ。
「二階のドアはすべてきちんと閉まっておった! 子猫めが本棚にあがった形跡もないぞッ」
「一階のドアも閉まってます。じゃあ、居間かキッチンのどこかに隠れて……」
その時、居間で家具やカーテンの裏を探していた母が「あっ!」と声をあげた。
「お母さん?」
あわてて居間に駆けこむメイを、母が泣きそうな顔でふり返る。
「どうしよう……開いてる」
「えっ……どこが……」
「庭に出る窓! ごめん、あたし洗濯物干したあと、ロックするの忘れたんだわ! ミーちゃん、このあいだもここから、お外へ出ようとしてたのに……」
メイは、狭い庭に出る掃き出し窓が数センチ開いているのを確認し、言った。
「わたし外、探してくる!」
「ワシも行こう!」
「あたしも……」
と言いかける母を、メイは止める。
「ミーちゃんもうすぐ夕方のごはんの時間だし、勝手に帰ってくるかも! その時、家に誰もいないと困るから、お母さんはここで待機してて!」
「窓のそばにフードを盛った皿を置き、呼んでやるがよい。あんがい近くにおるやも」
メイと小鬼のそれぞれ理にかなったアドバイスに、母は目を丸くしながらうなずいた。
「そうね、そうするわ……スマホ、持って行ってね! 見つけたら連絡ちょうだい。こっちも、もしミーちゃんが戻ってきたら窓閉めて、連絡するから!」
「いってきます!」
メイは子猫のキャリーを持ち、小鬼とともに、日の暮れかけた街へ走りだした。
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