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破壊神、挑む①

 キッチンの掛け時計は、五時をまわっていた。

「みな、遅いのう。とっくに帰って来ても良いころじゃが」

 小鬼は心配そうにつぶやき、勝手知ったる収納棚を開けた。


 子猫用ドライフードの袋をぶらさげふわふわと空中を移動、キッチンカウンターに降ろす。

 カウンターの下では子猫が後ろ足で立ちあがり、みーみー、催促の鳴き声をあげていた。

「まだじゃ。おやつは今すこし待てい」


 小鬼は袋の口をとめてある洗濯ばさみを、壊さないようそっとはずす。

 自分の何倍もある袋を背中で支えてゆっくり傾け、数粒だけカウンターにふり出した。

 ──つもりがざらっとたくさん出てしまい、あわてて袋をまっすぐ立て直す。


「これはしたり! 早う袋に戻さねば……これ! 拾い食いするでないッ」


 床にこぼれたフードに子猫が跳びついて大喜びでかじりはじめ、小鬼はますますあせる。

 その時、玄関で物音がした。

 がらっと玄関の引き戸が開けられ、足音があわただしくあがりこんでくる。


 小鬼はてっきりメイが帰ってきたものと思い、

「おーい、わたあめ、すまぬが手伝ってくれぬか、フードをこぼしてしもうて……」

 いつも開け放しの居間のドアをふり向き──目をぱちくりさせた。


 メイではなく、メイの母が立っている。

「? 母者は今宵は、もそっと帰りが遅いはずでは……」

 なにげなくつぶやいたとたん、母が叫んだ。


「誰っ?」


 ぎょっと口を閉じた小鬼には気づかず、母はあわてて居間の灯りをつける。

 明るく照らされた室内を見まわして、

「誰もいないしテレビ……はついてないわよね。でも確かに、声が……」


 その足もとに子猫がみーみー鳴きながら駆け寄り、短い前足を伸ばしてのびあがった。

「ああミーちゃんったら、脱走名人! またケージから出ちゃって……でも今は困るのよー」

 母は通勤バッグを足もとに落とし、代わりに子猫を抱きあげた。

 ゴロゴロと甘えてくる子猫に少し緊張を解いて、


「ミーちゃんなんにも怖がってないし……泥棒もオバケもいなさそうね。良かった!」

 心ここにあらずの様子で子猫をなでながらケージに戻し、きちんと掛け金をかける。

「ごめんね! すぐまた出なきゃならなくて……保険証と着替えと、あと……」


 スマホを取りだし、メモをチェックしかけてハッと気がついた。

「そうだ! 出る前にミーちゃんに、夕ごはんあげとかなきゃ……!」

 キッチンスペースに駆けこみ照明をつける。

「? どうしてキャットフードが出しっぱなしに……」


 小鬼は「ドライフードを拾っては戻す」動作をかすむほどの速さでくり返し、ちょうど最後のひと粒をぽとりと、袋の中へ落としたところだった。

 急についた灯りに驚いて顔をあげる。


 母と、視線が合った。

 いや、気のせいじゃろ、母者はもののけが見えぬはず──と思う間もなく、


「きゃ──っ! ネズミっ!」


 母は手近な椅子にかかっていたエプロンをひっつかみ、めちゃくちゃにふりまわした。

 小鬼は首をすくめてかわしたが、代わりにフードの袋が跳ね飛ばされ、宙に舞う。

「!」


 袋はまだ、口が開いたままだ。このままではせっかく拾った中身がぶちまけられてしまう。

 小鬼は洗濯ばさみを手に死にものぐるいで、落ちていくドライフードの袋を追った。

 空中で追いつき、袋の口をきちんと折りたたみ、洗濯ばさみでとめた。


 そこまでやって、まだ袋は落下の途中。

 すばやく袋の下側に回りこみ、床と接触する瞬間、不自然でないていどにブレーキをかけつつ、袋と床の間にはさまって激突の衝撃をやわらげた。


 ドライフードの袋はどさ、と床に「着地」。

 小鬼の奮闘のおかげで破れることも、口が開いてフードがこぼれることもなかった。


「え? え……ええっ?」

 わざと置いたみたいに、まっすぐ床に立っているキャットフードの袋を前に、母はエプロンを握りしめたまま息をのむ。


 小鬼は袋の影にとぷんと沈んで逃げ、居間のソファの影から顔を出した。

 おっかなびっくりキッチンの方をのぞく。


 母がフロアワイパーの柄で、フードの袋をつついているのが見えた。

 次いで袋のまわりの床をたたき、わざとやかましい音を立てる。

 なにも起きない。


 母は片手にエプロン、片手にフロアワイパーを握りしめたまま、袋の後ろをのぞきこんだ。

「……なんにも……いないじゃない」

 エプロンを手放し、空いた手でさっとフードの袋を持ちあげる。

 ゴキブリどころか小虫一匹飛び出さなかったので、母はどっと脱力した。


「疲れてるんだわ、きっと。このうちでネズミなんて、出たことないんだし……どこから入るって言うのよねえ? ……この袋だってきっと朝、しまい忘れただけ」

 ドライフードの袋をのろのろと収納棚に片づけ、一瞬、ぼうっと立ちつくす。


 その間に、子猫のごはんのことは忘れてしまったらしい。

 スマホのメモを見ながら、せっぱつまった様子で走り回り始めた。


「保険証保険証……なんでいつものとこに入ってないの! あ、そうか! このあいだ、メイちゃんの受診で使ったから……こっちのバッグ? ない! じゃあ通勤用の……」

 保険証が見つかってほっとする間もなく、次の探し物にあらゆる引き出しをひっくり返す。


「……この病院の診察券、確かあった気がする……あちこち受診したうちのひとつで……どこに入れたっけ……母子手帳と一緒に……」

 小鬼は母の視界に入らないよう、天井から母の手もとをのぞいた。


 診察券の山を食卓に広げ、これじゃない、これでもない、とけんめいに確認している。

 メイの名が記された診察券のあまりの多さに、小鬼は目を丸くした。

 わたあめ娘は長年、よほど病弱だったらしい。


「なんでないの! いったいどこに……」

 母は泣きそうになりながら他の引き出しをあさりに行き、小鬼はそっと食卓に近づいた。

 置きっぱなしのスマホに表示された病院名を読み、食卓に散らかる診察券をざっと見渡す。


「なんじゃ、あるではないか、ぽんこつめ」

 思わずつぶやいてしまい、はっと口をおさえた。

 幸い、母は二階の寝室を探そうと居間を飛び出したところで、聞こえなかったようだ。


 小鬼は見つけた診察券を抜き出し、スマホの上に置いた。

 子猫のケージまでひきさがる。

 今や小鬼もそわそわしていた。スマホの画面に出ていた病院からのメールを読んだからだ。


 走り回る母に刺激され、ケージの中でひとり遊びに熱中している子猫に言う。

「わたあめ娘が救急車で運ばれたそうじゃ。心配だのう……体育祭で浮かれすぎて、力まで暴走しおったのでは……! 夜叉神めはなにをしておるのじゃ!」


 子猫のケージの外をうろうろとゆきつ戻りつ、顔をしかめた。

「ワシも行った方が良いのでは……いや、ワシになにができよう、また酔いつぶれて醜態をさらすがオチ……あやつがついておるから問題はないはず……」

 言いかけて、くわ、とぎょろ目を見開き立ち止まる。


「いやいや、あやつは骨の髄まで(いくさ)神! 娘の霊力を燃え立たせるならともかく、鎮めることなどできんに決まっとる! あ……いや、撮影スタジオの時はできた、か?」


 強気になったり弱気になったり。くるくると表情を変える小鬼をおもしろがって、子猫がケージの中からちょいちょい、と前足をのばしてきた。小鬼は気づかず、


「いや……()()()()()。わたあめ娘は、あやつの呼びかけに従い、自分で鎮めた……というように語っておった……! つまり……娘の意識がなくては、あやつにはどうしようも……」

 青ざめた時、母が二階からどたばたと戻ってきた。


 メイの着替えとボストンバッグを持っている。

 物も言わずに荷造りし、食卓に置いたスマホを取る。

 スマホの上からひらっと床に落ちた診察券を拾ってやっと、気づいた。

「あら? これ……」


 病院名を二度、読んで確かめ、

「これよこれ! あった! 良かった!」

 保険証と一緒に、財布のカード用ポケットにさしこもうとする。


 うまく入れられなかった。

 二度、三度、早く押しこもうとあせる手もとで診察券と保険証がはじかれ、床に落ちる。

「やだもう」


 あわててしゃがんで拾い集める母の手が、震えているのが見えた。

「やだもう」

 ぽたぽたと、床に涙がしたたる。


 母はしゃがみこんだまま、スカートの膝に顔をうずめた。

「やだ……メイちゃん……メイちゃん……死なないで……」

 小鬼は凍りついた。


 思った以上に重症らしい。

 しかもメイの昏倒は、霊力の暴走によるもの。

 普通人の医師では治療はおろか、原因をつきとめることもできないだろう。


「……だめ! しっかりしなきゃ……母親のあたしが、しっかりしないでどうするの!」

 母がすっくと立ちあがった。

 財布とカード類を食卓に置き、ぱたぱたと洗面所へ。

 顔を洗って化粧を直し、髪もきちんととかして戻ってきた。


 心のギアかなにかを、切り替えたらしい。

 別人のように落ちついて財布に保険証と診察券をおさめ、荷物をチェック。

 そのまま行きかけて、

「あ! ごめん、ミーちゃん、あなたのごはん忘れてた!」


 子猫のごはんのことを思い出し、離乳食を計って与え、なでてやる。

「だいじょうぶ、ちょっとだけお留守番しててね。怖くないように、灯り、つけていくから」

 子猫のごはん皿もちゃんと洗い、家を出た。


 忘れ物はしなかったようだ。無事、気配がバス停方面へ遠ざかっていくのを確認して、小鬼は詰めていた息を吐いた。ご機嫌で食後の顔洗いにいそしむ子猫に告げる。


「すまぬが、ワシも隠れて母者について行く。なんぞできることがあるかもしれん。一匹で心細かろうが、おとなしゅうしておれよ。帰ったらおやつをやろう」


 おなかがいっぱいの子猫はよくわからない顔できょとんと小鬼を見──

 大あくびをした。


        ◆


 楓は見知らぬ病院の受付ロビーにすわり、ぼんやりしていた。

 膝の上には自分のバッグとメイのバッグ。

 とっくに診療時間はすぎているから診療待ちの患者はおらず、ロビーはがらんとしている。


 さすがにちょっと疲れていた。

 メイが呼びかけに答えないまま、身体がつめたくなっていくのに驚いて救急車を呼んだ。

 搬送されるメイのバッグを持って救急車に同乗した。


 いろいろ質問され、できるかぎり状況を説明した。メイの生徒手帳をバッグの中から見つけて、血液型やアレルギーの有無を教えることもできた。

 ついでにメイのスマホで、メイの母に連絡しようとした。


 メイはスマホにロックをかけていないから簡単だと思ったのだが──いつか、メイにロックぐらいかけなさいよ、と言ったせいだろう。ロックが設定されていて、解除できなかった。


 搬送先の病院に着いてから、病院職員が生徒手帳を見て学校に連絡した。

 学校から保護者の連絡先を教えてもらい、それでなんとか、母に連絡がついたらしい。

「ご家族の方がいらっしゃるから、もうお帰りになってもだいじょうぶですよ」


 親切な病院職員は、メイの荷物もあずかってくれると言ったが、楓は断った。

「おばさまに直接、お渡ししたいので」

 よほど思い詰めた様子に見えたのか、職員はそっときいた。

「搬送された方、同級生?」

「幼なじみなんです」


 職員はうなずいて、はげますように楓の肩にちょっと触れ、そのまま仕事に戻った。

 楓はメイのスマホのロックを解除しようと、しばらくトライを続けた。


 メイのスマホの履歴を使えば、零課に連絡を入れられる。

 今のメイを助けられるとすれば医者ではなく零課だろう、と思ってのことだった。

 でも、何度ためしてもロックを解除できなかった。


「メイの誕生日……ちがう。学籍番号……ちがう。なんかの語呂合わせ? ううーん」

 たった四ケタの数字。

 しかしメイはまじめにランダムな数字を選んだらしい。

 ついにあきらめて、楓はメイのスマホをもとどおりしまった。


 それからずっと、ぼんやりしている。

 楓は病院、特に大きい病院が苦手だ。

 亡霊や、人の気にたかるたちの良くないものが、うようよしていることが多いからだ。


 だが今、この病院の中は、びっくりするほどきれいだった。

 到着してすぐは、亡霊やオバケの影がたくさんあった──気がする。

 でも一分とたたないうちに次々蒸発し、動けるものはクモの子を散らすように逃げ去った。


 今はもう、建物の中どころか周囲二百メートルぐらい、小物一匹残っていない。

 霊的に静まりかえっている。

 神域さながらすがすがしい。

「…………」


 小さな破壊神が、運ばれるメイについて来たからだ。

 しかもたぶん……怒っている。

 それも、激怒。


 なにも言わず表情も読めないが気配がひりひりしていて、楓の目には時々、音のない稲妻のように、銀の殺意がまぶしく閃くのが見える。

 怖くて声もかけられない。


 同時に──


 メイの巨大な金色の霊光が、穏やかに建物を包み、満たしていた。

 今日、メイからあふれた霊光は先週とちがい、目がつぶれるような明るさではなかった。

 やわらかく、淡く、全体がうっすら明るくなったかな? と感じる程度の光。


 でも、触れた瞬間に楓でさえ「触れた」と感じるほど、確かな存在感があった。

 光に包まれているとそれだけで、気疲れは消えないが、身体がだんだん軽くなってくる。

 このぶんでは今ごろ、病院中の患者の病状が、少しずつ改善しているのではないか。


「……メイのバカ。こんな……無差別に命、ばらまいちゃダメでしょ」

 光の放射は、止まる気配がなかった。

 止められないのだろう。

 たぶん死ぬまで。

 なんて平和的な暴走。


「まあ……あんたらしいっちゃ、そうだけど」

 つぶやいたとたん、じわっと涙ぐんでしまい、楓はあわてて目をこする。その時、

「!」

 足もとの影からひょっこり、小鬼が顔をのぞかせた。

「あ、キバ君……!」


 あわてて「妖怪と話す時周囲に怪しまれない用」のハンズフリーイヤホンを耳にかける。

「どうしてここに……」

「母者について参った。ワシは影をくぐってひと足先に……」

 小鬼はあたりを見まわし、ごくりと生唾を飲んだ。


「甘い……光じゃが先日のように酔う感じではないのう。わたあめ娘の具合はどうじゃ」

「意識不明。体温も血圧も低くてショック状態だとかなんとか……救急からすぐどっかに運ばれてった。神さまがついてった」


「あやつは……娘を助けられそうか」

「わかんない。なんかすごく怒ってる感じで、怖い」

「ワシにできることはないか」

「! そうだ、キバ君、零課の人探せる?」


「うむ、何人かは見知っておるゆえ、街を手当たり次第飛びまわれば、あるいは……」

「誰でもいいから見つけてメイのこと知らせて! お医者には助けられないと思うし……」

「あいわかった」

 小鬼はすぐ影にもぐりかけて、ふり返る。


「ところで母者じゃが……突然、もののけが見えるようになったようでのう」

「えっ」

「ワシを見つけてネズミと叫び、たたこうとしおった。ワシの声も聞こえておる様子」

「ええっ」


「夜叉神も見えてしまうかもしれぬ。気をつけよ」

「え、え、気をつけるって、なにをどう……」

 問いただす間もなく、小鬼はとぷんと影に沈んで去った。


 ほとんど同時に、待合に駆けこんできたメイの母が、楓を見つけて手を挙げる。

「野々宮さん!」

「おばさま……!」

 楓は立ちあがったものの──


 今度ばかりは、メイの母になにをどう話したらいいのか、なにも思い浮かばなかった。


        ◆


 小さな破壊神は空中から、眠るメイを見おろしていた。

 広く明るい室内には患者の眠るベッドが並び、さまざまな機械が音を立てている。

 絶えず人間たちが出入りし、静かに立ち働いている。

 だが今、メイのベッドのまわりには誰もいない。


 人間たちはついさっきまで、反応のないメイに管をつないだり針を刺したり、なんとか目覚めさせよう、身体の働きを正常なものに近づけようと奮闘していた。

 彼らの闘志が甘かったので、邪魔はしなかった。


 気がすむまで好きにやらせた。

 だが、ほとんど効果はなかった。

 当然だ。


 メイが死にかけているのは、病のせいでも負傷のせいでもない。

 使えるようになったばかりの巨大な霊力が、暴走しているせいなのだから。


 メイは、倒れるほどの疲労を自覚した時点で、なにがなんでも、力をおさめなければならなかった。だが、できなかった。

 代わりに意識が消える瞬間、なにを思ったかすべてを破壊神にさしだす「宣言」をした。


 おかげで。


 今、無制限にあふれ続けるメイのエネルギーは「無償で与える」方向付けをされている。

 ただあいにく「与える相手」の限定が不完全で、誰でもつまみ食いできる状態だ。


 もし破壊神がこの場にいなければ──

 零課が定めたルールどころか人語も解さないような、とるにたりない無数の妖異にたかられ吸い尽くされて、たちまち息絶えてしまったことだろう。


 問題はそれだけではなかった。

 与える意志が強すぎたのだろう。

 メイの霊光はあきれたことに、触れる者すべてを手当たり次第、癒やし続けている。


 つまり、霊的エネルギーがとめどなく漏れている。

 千年にひとりのけたはずれの霊力をもってしても、これでは身がもたない。


「…………」


 小さな破壊神は、間仕切りのカーテン越しに、となりのベッドに横たわる病人が、ゆっくりと癒やされていくのを感じていた。

 そのとなりの重傷患者も、生死の境をさまよっていたのが快方へ向かいはじめている。


 ひきかえに。


 メイの霊光のパワーは変わらないが、身体の放つ生命力は、確実に弱まりつつある。

 念の呼びかけにも、一度も反応していない。

 このままでは、夜半までもつかどうかも怪しい。


「…………」


 こいつはもうだめだ──と破壊神は認める。

 メイが自力で、暴走する霊力の鎮静をなしとげられる可能性は、もうない。

 助けてやらねばならない。


 しかし自分に、他者の、それも人間の霊力の「鎮静」などできるだろうか。

 本能は「否」と答える。


 ()()()()()()()()


 破壊神はそこにいるだけで周囲の生きとし生けるもの、すべてを賦活(ふかつ)する存在だからだ。

 今日初めて、自覚した。

 自分が近づくと、元気な者はさらに意気盛んになり、弱っているものはたちまち倒れる。

 小さな芽は恐ろしい速さで育つが、限界を超えたとたん枯れしおれ、腐り落ちる。


 今までもそうだったはずだが、気にもしていなかった。

 だが今日──


 メイが目の前で驚くほどめざましい成長を見せ、限界を超えたとたん死に瀕するのを見た。

 あれはまちがいなく、自分のせいだ。

 未熟なメイが大きすぎる力を持てあましている今、挑戦に駆り立ててはいけなかったのだ。

 少なくとも、限界に達する前に止めてやらねばならなかった。


「…………」


 今、破壊神は、気を極小に抑えている。

 この建物に入る時、メイにたかってきそうな小物を追い払うため、一瞬、気を解放した。

 それ以外は隠形(おんぎよう)寸前、霊能者でも気づくかどうか、というところまでしぼっている。

 メイの命が燃え尽きるのを、少しでも遅らせるためだ。

 だが次に打てる手がない。


 いちかばちか。


 メイの霊気に同調し、強引に抑えこんでみることはできる。

 しかし同調するために気を解放した瞬間、目の前の命は確実に、死へ向かって加速する。


 それをつなぎとめて鎮静するのは、そういうことが得意な者にとっても至難の業だろうし、そもそも自分はやったことがない。

 成功の可能性はきわめて低い──。


 破壊神は自分の心が他愛なく乱れ、無数の感情が泡立つのをいまいましくながめた。

 痛烈な後悔。

 喪失の予感。

 激怒。

 悲しみ。

 嫌悪。

 そして──


 ()()


 心の一部はこの状況に、踊り狂わんばかりに歓喜していた。

 メイが「自発的にさしだす」エネルギーは、闘いという「解毒」なしでも問題なく喰えるのは立証済み。

 喰ってしまえばいいのだ。


 メイの望みどおり、命を根こそぎ刈り取ってしまえばそれですむ。


 契約完了。


 なにが悪い。


 なにも悪くはない。


 ただ、そうしたくないだけだ。

 ではどうするか。


 一瞬。


 一秒の万分の一ほどの刹那。

 破壊神の脳裏に、目新しいアイデアがひらめいた。


 零課の課長に助けを求めればどうか。


 死んでなければなんでも治せるそうだし、あいつは遠隔移動の使い手だ。名指しで呼べばどこからでもやって来るにちがいない。それなら確実に──


「!」


 身体がまっぷたつになったかと思うような激痛とともに、爆発的な殺意が生じた。

 あやうく縮身を吹き飛ばされかけたが、全力で抑制。

 抑制したのにしきれず、天井の照明管がひとつ、ばちっ、とショートして消える。


「…………」


 身体の奥深くで、ひび割れの音がした。

 しかも、今まではいくらひびの入る音がしても音だけだったのに、今回は、痛い。

 夜叉神の心性でも無視しきれず、呼吸が乱れる。


 存在の核に致命的なひびが入った──と悟る。

 それで生存本能に火がつき、抑制しきれないほどの殺意を爆発させたのだった。

 たった今、破壊神の存在自体に致命的ダメージをおよぼした、有害な思考をかき消すためだ。


 しかし破壊神のどこまでも冷静な部分は、この期に及んで好奇心をそそられ、考える。

 なにがそんなに致命的だったのか?


 すぐに気づく。


 零課の課長に「助けを求める」という思考が、まずかったのだ。

 それと確認するだけでひびが深まり、新たな激痛が走るほど。

 殺意が勢いを増すほどだ。


 他者を「利用する」と考えているかぎり、害はなかった。

 しかし「助けを求める」という発想は──夜叉神には許容できない禁忌だったらしい。


 それゆえ。


 もしこの抵抗を押し切って「助けを求め」たとしても、零課の課長が実際にこの場にあらわれたなら、自分はたちどころに、助け手を斬り殺すだろう。

 その、反射的行動を制止することは不可能──と自覚したとたん。


「…………」


 破壊神は、激怒した。

 怒りのあまりひび割れの痛みさえ意識から消え、本能的殺意までかすむ。


 そうか。


 と、すべてを灼きはらう純白の怒りの中でひややかに考える。

 誰かに助けを求めることを、()()()()()()()()()()()器とは笑わせる。


 硬すぎる。


 邪魔だ。


 ()()()()()()


「!」

 ふたたび目がくらむ激痛が走り、破壊神は身体の内に、世界が割れるような異音を聞いた。




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