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どこまでもハプニング②

 三階スタジオでは、もう撮影が始まっていた。

 メイはあわてて、「人に認識されにくくなる」はたきをお守りのように持ち、もぐりこむ。


「可愛い!」

「すごい!」

 すらりと背の高い本物のモデル研修生たちが大勢、撮影現場を遠巻きに歓声をあげていた。

 ピ、ピ、ときっちり一秒間隔で鳴る音に、パシャ! パシャ! とシャッター音が続く。

 時々大人の声が「いいね!」とか「もうちょい上見て」とか言うのも聞こえた。


(わ……わたしも見たいー!)


 メイはのびあがったり、しゃがんだり、軽く跳びはねたりしてみる。

 だが、モデル研修生たちは小柄なメイよりずっと背が高く、みんなの後ろからではいくらがんばっても、背景用ボードと、撮影スタッフの足しか見えなかった。


(ご……ごめんなさい、失礼します……! おじゃまはしませんから……)

 メイは抜き足さしあし人垣の後ろを抜け、そろそろと最前列の端に並んだ。

 壁と、大柄な美少女の間にもぐりこむ。やっと目をあげ──


(えっ……野々宮……さん?)

 ぽかんとした。

 めりはりのきいたメイク、個性的な衣装でライトを浴びている楓は、ほとんど別人だった。 いつもより背が高く見えるし、色っぽいし、なにより存在感がすごい。


広告用の商材だろう。真新しいリップクリームを手に、一秒間隔の音に合わせて、刻々と、キラキラと、表情とポーズを変えていく様は、ほとんど魔法だった。


 夢見る少女のまなざしが、次の瞬間、小悪魔の微笑に置き換わる。

 せつない願望。

 初めてのキス。


 りりしく。可愛らしく。強がって。甘えるように。自信たっぷりに。美しく。

 ポーズをとる楓の手の中で、なんてことないリップクリームが魅惑の輝きを帯び、憧れの、想い出の、運命の一品となって、むしょうに愛おしく見えてくるからすごい。


「はい、オーケーでーす」

 ディレクターのひと声でフォトセッション終了、見学者はわっと拍手した。

 メイも、手にはたきを持っていることも忘れて夢中で拍手する。


「すごい! さすが楓さん!」

「来て良かった!」

「さっきのポーズ、すごくない? あれでぴたっと止まれる筋力って……」

 見学者はもう、大興奮だ。


 一方、楓はといえば、次の撮影のために衣装や小物を変え、化粧直しをしてもらいながら、ディレクターの要望をきき、合間に見学者たちに気さくな笑顔をふりまくのも忘れない。

「写真より生の方が可愛いー」

「オーラすごい!」


 騒ぎながらスマホでスナップを撮りまくる周囲に気圧されて、メイは思わず、となりの大柄な美少女の腕にそっと触れた。驚いてふり向く相手に、おずおずとたずねる。

「あ、あの、見学者も写真……勝手に撮っちゃっていいんですか?」

「え?」


 大柄で目鼻立ちも派手な美少女は、自分よりたっぷり二十センチは背が低いメイを、まじまじと見おろした。その、「この子、いつからここに? ていうか、こんな小柄な子、うちの研修生にいたっけ……?」と雄弁に語る表情を前にやっと、メイは我に返る。


(うそ! わたしったら、なにやってんの! せっかく零課のはたきで隠れてたのに……)

 後悔先に立たず。

 一度、誰かに見つかってしまったら、見えない状態に戻ることはできない。

 どうしていいかわからず固まるメイに、のっぽの美少女は不思議そうに言った。


「あなた、オリエンテーションの時、いなかったよね」

「あ……はい。とっ……飛び入り参加で……」

 苦しまぎれの出まかせだったが、美少女は幸い、素直にうなずいた。


「そっか。自由に写真撮っていいのは、準備中と休憩中だけだよ。あと、撮った写真、ソーシャルメディアにアップするのはダメだって」

「あ、ありがとうございます……!」

 もう役に立たないはたきを小わきにはさみ、メイもスマホを取り出した。


 本物のモデル研修生たちに混じって、遠慮なく写真を撮りはじめる。

 一瞬だけ、楓と目が合った。

 でも事前の打ち合わせどおり、楓はメイを知らない人のように、ごく自然にスルーした。


 てきぱきとスタッフと打ち合わせを進める楓を撮りながら、メイはあらためて感動する。

(野々宮さん、演技力すごすぎ! 撮影の時もだけど……今の『知らない人のふり』も……役者さん顔負けだよね! そのうえおとなみたいに余裕があって、気配りまでできて……)

 親友のあまりのまぶしさに、写真を撮りながらくらくらしてきた時、

「?」


 スタジオ入り口がざわついた。

「どしたの? なに?」

 となりの美少女が入り口に近い研修生仲間に声をかけ、明るい茶髪の子がふり返って答える。


「下のスタジオの撮影に、モデルが来られなくなったんだって! 電車が事故で停まっちゃって、線路で立ち往生とかなんとか。急には代わりが手配できなくて……」

「え、それって……」

「そう! ここにいる研修生の中からピンチヒッター探しに来たみたい。チャンスだよ!」


 二十人近いモデル研修生たちは、にわかに色めき立った。

 スタジオに入ってくる撮影スタッフに自分を選んでもらおうと、こぞって前に出る。

「やれます! モデル科二年です」

「アパレルですか? 撮影経験あります!」


 やる気満々で次々に手を挙げ、声をあげるモデルの卵たちと反対に、メイは息を殺して後ずさり、背の高いみんなの後ろに隠れた。

 これ以上、目立つわけにはいかない。


(いちおう見学はできたし、もう姿隠せないし……ちょうどいいから、どさくさにまぎれて逃げちゃおう!)

 メイは身体を低くしてこそこそと人垣の切れ目まで移動した。スタジオの入り口に人がいないのを確認し、走りだそうとする。その時、背後で撮影スタッフの声が響いた。

「すいませんみなさん、今日の撮影は小さいサイズなんです!」


 しん、とスタジオが静まりかえる。

「身長百六十センチ以下の方、いらっしゃいませんか」

 平均で百七十センチ超え、百八十センチに届く長身の持ち主も少なくないモデル研修生たちは、拍子抜けしたように顔を見合わせた。


「そんな背丈の子、事務所でも専門学校でも、見たことないよね」

「ねえ」

 撮影スタッフが「そうですか、そうですよね、弱ったなあ……」とつぶやいた時、

「ひとりいますよ!」

 明るい声が響いた。


「ほらここ、わたしのとなりに……あれ? えっ? どこ行っちゃったかな。セーラー服着て、三つ編みにした髪、左右で輪っかにしてる子で、わたしの胸ぐらいまでしかないの」

 という声に背を向け、メイは生きた心地もなく忍び足でスタジオから逃げだそうとする。


 たちまち見つかってしまった。

「あ、いた! あの子じゃない?」

「わ! ほんと、ちっちゃい!」

「なんで出て行こうとしてるの? チャンスじゃん! 逃げちゃダメだよ」

 ヤジのようなやっかみのような声も飛んできて、メイは泣きそうになる。


 撮影スタッフがうれしそうに駆け寄ってきた。

「キミも研修生?」

「は……はい。いちおう……」

「いいねいいね、サイズぴったり! 撮影経験は?」

「あ、ああ、ありません……! その、し、初心者なので、その……」


 半泣きで断ろうとがんばるメイに、さっき地下スタジオで服にアイロンをかけていた女性も駆け寄ってくる。メイを置き去りに、もうひとりと打ち合わせを始めた。


「どうよ、この子」

「いいですね。サイズ問題なし。肌きれいだし髪もいい感じ。イメージに合います」

「経験はないって」

「初々しくてかえっていいんじゃないですか」

 言いながら問答無用でメイをうながし、一緒にエレベーターへ向かう。


 もはや連行されている気分で生きた心地もしないメイを見て、女性が吹き出した。

「やだ、そんなに緊張しないで! 初撮影じゃ無理もないけど、きれいにしてもらって写真撮ってもらうだけ! そう思ってリラックスしてね」

「は……はい……」


 エレベーターに乗りこみ、B1のボタンを押すと、メイの見学者パスを見ながら言った。

「ええとあなたは……神納五月さんね! わたしはスタイリストのヤマシタ。こっちはディレクターのイワイさん。急な話でびっくりさせたけど、今日はよろしくお願いします」

「こ……こちらこそ、よ……よろしくお願いいたします」

 と言うしかない。スタイリストは笑った。


「あなたがいてくれて良かったわあ。高校生? それとも中学?」

「こ……高校一年です」

「じゃあまだ今から背、伸びるわね。でも伸びなくても気にしないで! モデル目指してると背が低いのってすごく不利、って感じるだろうけど、今回みたいに小柄な人しかとれない仕事もちゃんとあるから、がんばって続けてほしいな」

「は……はい……」


「目、すごく悪いの?」

 口をはさんだのはディレクターの男性だ。

「いえ……」と口ごもるメイに、ほっとした顔をした。

「良かった! 撮影の時は眼鏡はずしてもらうから、あんまり視力悪いと困るんだ」


 エレベーターが地下一階に到着、メイは撮影スタッフに連れられ、さっきあとにしたばかりの地下スタジオに入る。

 スタイリストが、スタジオに残っていたスタッフに声をかけた。

「モデル代役見つかりました! ヘアメイクさんはどう? 間に合いそう?」


「今さっき、手配つきました! 知り合いの、知り合いの、そのまた知り合いがちょうど近場で撮影ひとつすんだとこで、五分で来られるそーです!」

「わお、ラッキー!」

 スタイリストの女性は顔を輝かせたが、ディレクターは苦笑いする。


「いつもの人が急病で入院してんだから、ラッキーていうより不運じゃん」

「いいのよ、ラッキーはラッキー! 今日、撮影できなかったら納期やばかったでしょ」

「ま、ね。これだけいろいろあったのに撮影できるのは、確かにラッキーだわな」


 スタジオ入り口で立ちすくんだままのメイを、スタイリストの女性はフィッティングスペースへひっぱって行った。間仕切りのカーテンを引き、

「大丈夫! シロウトさんの撮影も経験あるから、安心してまかせてちょうだい」

「はい……」という声も消え入りそうなメイに、にっこり言った。


「じゃあ制服脱いで。下着見せて」

「え……?」

「必要ならランジェリーも替えるから。ブラ、ちゃんとサイズ測ってもらったことはある?」



 どこまでもハプニング③へ続く




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