わたあめとキバ③
数日後の昼下がり。
小鬼は街はずれの山林の、人手が入っていないやぶの中をあてもなくうろついていた。
「武器じゃ! もっと強い武器がいる……!」
探しているのは、蔵だった。
こんな場所で探すからには持ち主はもちろん妖怪──「大」妖怪だ。
近辺の山々でいちばん強く、畏敬をこめてヌシ様、と呼ばれている。
うわさによると年経た魑魅──山の怪で、「ちび妖怪など、おやつ代わりにぱりぱりと食してしまう」恐ろしいやつらしい。「龍の次に物持ち」だともささやかれていた。
ヌシ様の蔵にはまばゆい金銀財宝、語るも不吉な呪物、さらには千年も昔、妖怪同士の大いくさで名を馳せた武具などなどが、たんまりためこまれている、のだそうだ。
おかげで盗みに入ろうと蔵を探す不埒者があとを絶たないが、誰も見つけた者のない幻の蔵であった。なんでもヌシ様に招かれた者以外、たどりつくことすらできないのだとか。
──ふん! 誰も見たことがないなら、そんな蔵、最初っからないんじゃろ!
小鬼は頭からバカにして、そんなうさんくさい蔵、探そうともしなかった。
そう。今日までは。
「くそう、今だけ! なにかほかに、良い手を思いつくまでの間だけじゃ!」
ありもしない蔵を、うわさに乗せられて探しているかと思うとむしょうに腹が立ってきて、小鬼は小さい手でやぶの葉っぱを手当たり次第、ちぎって捨てる──。
小鬼は、足もとと目的地に影さえあれば、どこへでも出入りできる。
しかも腹まわりの毛の影にはかなり大きなものでも簡単に、何個でもおさめておける。
実に盗賊向きである。
とはいえ「特技」と言える能力はそれだけだった。
攻撃力も防御力も、妖怪の基準ではなきにひとしい。蚊とんぼレベルだ。
そこで小鬼は非力な我が身を補うべく、名のある武具、力ある武器を手当たり次第に盗んできた。もちろんねらう相手はみな小鬼より強く、歳月を重ねている。盗みの途中で感づかれ、命からがら逃げ出す羽目になったのも、一度や二度ではない。
なのに、血のにじむ思いで集めた武器はどれも、破壊神にはまったく通用しなかった。
それで小鬼は破壊神の弱点を見つけるべく、たっぷり十日以上、通い詰めた。
どんな強い妖怪にも、しばしば意外な秘密の弱みがあるものだ。
水や光、鏡、真っ白な手ぬぐいが苦手、などというへんてこなヤツもいる。
ただ、なにが苦手かは、試してみないとわからない。
そこで小鬼は勇気をふりしぼり、毎日、眠る破壊神に忍びよっては実験にはげんだ。
山奥の霊泉の水をふりかけてみる。
厄神を遠ざけるという野草や、神社から盗んだ札、さまざまな呪物でつっついてみる。
香を焚き餅を供え、わら人形を刺す。
見よう見まねで妖怪術士の呪いの踊りまで踊ってみたが、どれもまったく効かず、目覚めさせることさえできなかった。
「それをあの甘々の小娘め、『最近スサノオと仲良くしてくださってる方』などと……」
思い出すだに腹立たしく、ぎりりと歯噛みして──はっと気づく。
おかしいではないか。
いつも昼間は留守の小娘がなぜ、小鬼が毎日来ていることを知っていたのだろう?
香の燃えかすも餅も呪物も、証拠はなにひとつ残さず持ち帰っていたのに?
「……!」
小鬼の赤ら顔がぼんっ、とさらに赤黒く染まった。
破壊神が語ったからに決まっている。
つまりあの性悪の夜叉神は、眠っているように見えて実は、目覚めている時もあったのだ! なのに小鬼の命がけの試みに眉ひとつ動かさず、狸寝入りをきめこんでいた──。
「おのれおのれおのれ、どこまでもバカにしくさって!」
破壊神と甘々娘が、陰で自分を笑っているような気さえしてきて、小鬼は憤激のあまり、ひとまわりふくれあがる。それでも、いがぐりほどの大きさにしかならなかったが──
「今に見ろ! 神をも殺す伝説の武具を我が物にし、目にもの見せてくれるっ」
ヤマツツジのやぶを跳び越える。そのとたん、
「!?」
不意に、視界が開けた。
隠れるのも忘れて、ぽかんと見あげる。
蔵が、建っていた。
シミひとつない白塗りの壁がまぶしい、立派な土蔵である。
思わず周囲を確かめるが、どこにも人の通う道はない。獣道さえ見当たらない。
いや、待てよ、と咲き誇っているツツジの花に気づいて、小鬼はぞっとする。
秋もいよいよ深まろうという時期に、ツツジが満開なのはおかしい。
少なくともさっき、跳び越える前には確かに、咲いていなかった──。
異界だ。
幻の蔵を守る結界に今、入ったのだ。
小鬼は恐る恐る、来た方向をふり返る。
木立は霧につつまれていた。
濃くはないのに見通しが利かない。たのみの影までかすんでいる。
出られないかも──こみあげる恐怖をふりはらうべく、小鬼はカラ元気を出して、
「ふ、ふん! 幻の蔵などと大げさな……! あんがいたやすく見つかるではないか」
と口に出してみると、これは幸先がいいぞ、と思えてきて、小鬼は少し落ち着く。
「なんたる幸運! いや、運だけではないかもしれん。にっくき夜叉神のもとに通い詰め場数を踏んだことで知らぬ間に、守りの結界をすり抜けるほどの力が身についたのかも」
ありうる、いやいや確かにそうにちがいない、と自分の言葉にうなずくうちに、小鬼はぐんと心丈夫になってきて、大妖怪の蔵を小さなぎょろ目でにらみあげる。
力ある妖怪の蔵には、凶悪な罠があれこれ仕掛けられているもの。
運良く見つけたからといって、のこのこ中に入って無事にすむとはかぎらない。それどころか影をくぐったとたん、串刺しにされておだぶつかもしれない。腹の底から震えが来たが、
「ええいっ、虎穴に入らずんば虎児を得ずっ。鬼は度胸じゃ!」
小鬼は蛮勇をふるい起こし、とぷん──草むらの影に沈んだ。
瞬時に影から影へ。
なんの抵抗もなく影をくぐれたことにかえってドキドキしながら、そうっと顔をのぞかせる。
「?」
暗い。なにか、よほど大きなものの影のようだ。
念のため、半身を影の中に残したまま影を落としているものをかえりみて──息をのむ。
明かり取りの小窓を背に千両箱の山が、うずたかくそびえていた。
無造作に積まれたどの箱のふたも中身の多さにゆるみ、あるいは大きく開いていて、大判小判、きらめく金の小粒や古い銅銭が、ざくざくとあふれている。
それだけではない。見回せば、蔵の中には数え切れないほどの弓矢刀剣、矛や長刀がところせましとひしめいていた。大小様々な鎧、具足、異国風の兜や盾もある。特別な台座に丁寧に安置され神々しい微光を放つ太刀など、もとは霊能者の持ち物ではあるまいか。
まさに、お宝の山!
小鬼はごくり、と生唾をのんだ。
あらゆるものに分厚く埃が積もり、空気はかび臭くよどみ、そこここに蜘蛛の巣めいたものも張っていたが、かまうことはない。
手にとることさえできれば影におさめて、いくらでも持ち出せる。
盗み放題だ!
全身を耳にしてもう一度、蔵の中に動くものがないことを確認し──音もなく影から出る。
「…………」
小鬼は激しく迷った。なにからとろう?
とにかく強そうなもの! と思って霊刀らしい太刀に駆け寄ったが、つかもうとしただけで霊気でヤケドをしかけ、あわてて手をひっこめざるをえなかった。
そびえたつ巨大な矛は、まとわりつく蜘蛛の巣をはらい、なんとか持つことはできたが、重たすぎて振り回せなかった。しかも小鬼はちびだから弓はひけない。鎧も着られない。
「うぬぬ、気の利かない蔵じゃ! もそっと手ごろなものは置いとらんのか」
勝手なことを言いながら床に散らばる雑多なお宝をかきまわすうちに、それを見つけた。
まず小さい。
忍びが使う、柄じりにヒモを通す輪がついた鉄製の短い武器──〈くない〉というやつだ。
こってりと分厚く黒い刃は、見ただけで胸に重みを感じるほど強い呪力を放っていた。今まで小鬼が盗んできた妖刀類など、こいつと打ち合えば紙細工のようにたあいなく折れるだろう。
これだ!
興奮に震える手で、小鬼は真っ黒な〈くない〉を手にとった。
しっくりなじむ。すばらしい。
さっそく腹の毛におさめる。
たちまち全身に力が満ちわたり、ものすごく強くなった気がした。今すぐ破壊神に、再挑戦したいぐらいだ!
「…………」
しかし小鬼はぶるぶるっと頭をふって冷静さを取り戻す。
宝の山を前に小さな武器ひとつで満足してひきあげるなんて、バカのすることである。
二度来られる保証はないのだから、ここはとれるだけのものはとっておかなくては!
小鬼はまずは手始めに、足もとに転がっていた金の小粒をささっと数粒拾って腹の毛に放りこんだ。ついでに古銭の束もひとついただいておこう、と、ひもの端を握りしめる。と──
『ぬすっと』
響き渡った不気味な声に仰天、小鬼は反射的に足もとの影の中へ逃げようとした。
だがなぜか、足がちっとも影に沈んでいかない。
どっと冷や汗が出た。
いつものように影をくぐって蔵に入ったというのに、今、出られないということは──影くぐりを封じられたにちがいない。ダメもとで手近な別の影に勢いをつけて跳びこもうとしたものの、今度は足裏が床にはりついてはがれず、勢いあまってしりもちをついてしまう。
「ひゃあ……」
まぬけな声を発したきり、動けなくなった。
ふり仰いだ蔵の天井から、小屋ほどもある巨大な顔が、小鬼を見おろしていたからだ。
伸び放題のざんばら髪をふり乱した幼い顔は、ひとつ目。
ただし、その眼球のあるべきところには真っ暗な大穴が、ぽっかり開いているばかり。穴からは黒っぽいドロドロしたものがしたたって、ふっくら白い頬を汚している。
まとう着物もぼろぼろだった。
色あせ、もとの色もよくわからないが、よく見ると赤い。
「女の子」なのかも。
とはいえ着物ごとひきのばしたような胴は長すぎるし、かしげた頭を支える細い首は、曲がりどころがおかしい。破れそでからのぞく白い手はにょろりと長く、先っぽの手のひらだけが愛らしく小さく──巨大なひとつ目童女は蔵の中で、四つんばいになっているのだった。
悪寒がとまらない。
けたはずれの妖気であった。
向き合っているだけで小鬼など、魂ごとぺしゃん、と押し潰されてしまいそうだ。夜叉神スサノオの気配に慣れてなかったら、とっくに気絶していただろう。
これがうわさのヌシ様か……と、小鬼は目をそらすこともできずに考える。
なるほど、姿を見た者がいないわけだ。
いたとしても誰ひとり、戻ってこられなかったにちがいない。こいつは、やばすぎる。
夜叉神ほどではないにせよ、神として少なくとも数百年は祀られてきたような大物だ。
とはいえ、今のこれにヌシがつとまるのか? こいつ、とうの昔におかしくなってないか?
『ぬすっと』
巨大なひとつ目童女はふたたび、錆びた銅鑼が震えるような声でささやいた。
『ひとつ、とる。ただしい。ふたつ、とる。まちがい』
にまあ、と、真っ白な顔の下半分が端から端まで、三日月型に裂ける。のぞいた歯はすべてよく研がれた包丁のよう。
「!」
長すぎるうどんのように伸びてきた生白い手が、小鬼の襟首をひょいとつまみあげた。
『ぬすっと。わるもの。うっかりもの』
歌うように言いながら、つまんだ小鬼を空中でぶんぶんと、ほこりをはらうように振る。
「ひえ、わ、あ!」
小鬼の毛の中から、ちゃんと影におさめたはずの〈くない〉と金の粒が飛び出した。
つかまえようと手を伸ばしたが間に合わず、戦利品は残らず、床にぶちまけられてしまう。
『おだいは、いのち。おしおき』
かぱあ、と開いた巨大な口に向かって運ばれながら、小鬼は逃れようと無我夢中で暴れたが、ヌシ様の幼い指二本が、どうしてもふりきれない。
「うっわあああああ!」
胴体をまっぷたつにせんと迫りくる特大の歯を前に、小鬼は思わず目をつむる。
がちん。
すごい音がした。
歯と歯が噛み合わされた音にちがいない。
嗚呼、これでしまいか、おだぶつか、生まれたばかりというに情けない。あの世でオヤジ殿に会わせる顔がない、しかし痛いと感じる暇もなかったのは運が良かったかもしれん──などとつらつら考えるうちに、小鬼ははっと我に返った。
いや待て。
こうも悠長に考えていられるということは──
まだ死んでいないのでは?
「……?」
おそるおそる薄目を開け、腹のあたりを確かめる。
傷ひとつついていなかった。
念のため腹回りをなでてみたが、異常なし。
見れば巨大な童女も不思議そうに首をひねって──ひねりすぎてもはや頭が逆さまにぶらさがっているように見えるが──つまんだ小鬼を、がらんどうのひとつ目でしげしげと見ている。
がちん!
ふたたび噛みついた。瞬間、小鬼はじぶんのからだとヌシ様の歯の間で火花が散るのを見、
「!」
ふわっと全身を包む、暖かい霊気を感じた。
護られたのだ。
気づいて驚く間もなく──
がちがちがちん!
ヌシ様の歯が護りごと噛み砕いてくれよう、という決意もあらわにくり返し喰らいつく。
だが、生きた心地もなく身を縮める小鬼のまわりで、霊気は攻撃を受けるたびに強まっていき、今では淡い金色の輝きが小鬼を包んでいるのが、はっきりと見てとれた。
これはあのメイとかいう、甘々娘の霊気だ。
しかしなぜ? 驚きながらもわけがわからない小鬼に、ヌシ様はがらんどうの目を近づけて、
『なんぞ、かくしておるな』
「!」
『はらのけのなか。かげのなか。だせ。だせ。よこせ』
目玉がないのに目を輝かせて──というのもおかしいが、よだれをたらしそうな気迫で迫る。
それで、小鬼にもわかった。
ダンベルだ! 甘々娘の部屋から逃げ出す時、出来心でかっぱらい、ふところにおさめたまま忘れていたピンクのダンベルが、極上の霊器よろしく小鬼を護っているのであった。
『だせ。よこせ』
「お断りじゃ!」
小鬼は即答した。これのおかげで生きているのに、渡すバカがいるはずもない。なのに、
『それ。よこせ。ほしい。ほしい。ほしいいいいい!』
巨大童女はいきり立ち、小鬼を両手ではさんでつぶそうとし、ひきちぎろうとし、たたき、ひっかき、もみくちゃにする。が、すべてを金の輝きにはばまれ、動きを止めた。
今や黄金の光の球に護られ、その真ん中に浮いている小鬼をつかんだまま、にい、と笑う。
『よこさぬなら、まねく』
空いている方の手──もつれそうなほど長い──が蔵の中をうねった。先っぽについているちんまりと愛らしい童女の手があがり、蔵の入り口に向かっておいでおいでをする。
そのとたん、
「!」
忽然と、蔵の中にメイが、立っていた。
わたあめとキバ④へ続く
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