わたあめとキバ②
つい、口がすべった。
「今、なんとぬかした? 暗黒神をおぬしが討つ? だと?」
小妖怪どもは目を丸くし、ついで、木のうろが揺らぐほど爆笑した。
小鬼は後悔のあまり歯ぎしりした。こんな場末のたまり場で、猿酒など飲むのではなかった。
だがもう遅い。あっという間に有象無象の小妖怪に取り囲まれ、押し包まれ、
「おまえごとき虫けらが天魔王様になにができる? 命がいくつあっても足りんぞ」
「ギャハハハこんなアホウは見たことがない! ヒヒヒ、我らを笑い死にさせる気か」
「千年、万年かかっても、大神にすり傷ひとつ負わすことさえかなうまい」
「バカにつける薬はないとはこのことじゃ! 身のほどをわきまえんか」
口々にあざけられ、小鬼はたまらずわめき返す。
「身のほどがなんじゃあっ! ワシはやると言ったらやるのじゃ! 少なくとも見よ、ワシはきゃつに刃をもって立ち向かったにもかかわらず、生きて帰っておるではないか!」
もちろんわかっている。すべては破壊神の気まぐれのおかげだ。小鬼一匹ひねりつぶすぐらい、夜叉神にとってはあくびをするよりたやすいのだから。
しかし小妖怪どもはふたたび、驚きにどよめいた。
そういえば、とてんでに鼻や触覚をうごめかし、小鬼にかすかにまとわりつく夜叉神の気の残り香を検出。たまらず、それぞれ毛やうろこ、鱗粉まで逆立てる。
「なんと! 信じられぬが、ほんとうらしい」
「よくも命をひろったものよ!」
「いや天魔王様も、塵ひとつぶにも満たぬちび相手では手をあげる気もおきなんだのじゃろ」
「腹の足しにもならん、とな」
「ちがいない、ちがいない」
ふたたびどっとわいた嘲笑に耐えかね、小鬼は憤然と酒器を足もとにたたきつけるや、手近な影に飛びこんだ。
街路樹、看板、エアコンの影から、ベランダに忘れられた雨傘の影、走るバイクや急ぎ足で歩くサラリーマンの影まで飛び石のように利用し、瞬く間に破壊神が居着いている家の前へ。
もはや、目をつむっていてもたどりつけるぐらい通い慣れていた。
なにしろ下見にはたっぷり二十日をかけた。
スサノオに挑んで敗れてからも実のところ、ほぼ毎日通っている。
「いかに年経た夜叉神とて弱点のひとつやふたつ、探せばあるにちがいない!」
見つけてみごと、闇討ちにしてくれよう、という魂胆なのであった。
幸い、むやみに近づかなければスサノオは目覚めもしない。弱点探しぐらい、できる。
とはいえ油断は禁物。
もはや見慣れた古びた戸建て住宅を前に、小鬼は酒気の残る顔をぬぐい、ぴしゃぴしゃと頬をたたいて気合いを入れ直し──念入りに鼻を利かせた。
昼過ぎのこの頃合い、住人であるメイと母親はいつも留守だが、確認は欠かさない。
「よし、無人じゃ」
まずは慎重にひと跳び。一階キッチンカウンターの影の中に、移動した。
万一、結界にはじかれる場合に備え、用心しいしい頭を影から出すが──なにもなし。
「前々から思っておったが……なんとも不用心な小娘じゃのう」
思わず、つぶやいた。
「新米とはいえ零課課員のはしくれが、いつまでたってもおのれのすみかに護りの結界ひとつ張る気配がない! よほど腕に自信があるのか、モノを知らんのか」
あるいは最強の破壊神の守護を受け、安心しきっているのかもしれんな──と考えただけで、小鬼はぶるりと胴震いする。
娘の「油断」を笑うことはできなかった。
素戔嗚尊は大地を割り天を焦がす、火を噴く山にもひとしい存在だ。対してバケモノ娘がどれほど強くとも、しょせんは人の娘。そよ風にも揺らぐ、一本のろうそくにすぎない。
「うぬ、強者に守られ、ぬくぬく油断しおるとはなんともうらやま……けしからん娘じゃ」
八つ当たりめいたグチとともにとぷんとカウンターの影に沈み、最後のひと跳び。
息を殺してめざす部屋の、学習机の影から頭を出した。本棚を見る。
「?」
いつもの場所に、見慣れた暗黒神の寝姿が、なかった。
まさか、目覚めている!? まさかまさか背後で待ち伏せしている!?
小鬼はパニックのあまり影から飛び出し空中でぐるぐるまわり、四方八方に目を配る。
停まった。いない。どこにも。破壊神の気の残り香さえない。
「……留守、かよ」
肩すかしのあまり、小鬼はへたりこみそうになった。
だが、恐ろしい神が近くにいないという事実を実感するにつれ、にわかに気が大きくなり、
「チョッ、なんじゃい、無駄足を踏ませおって。出かけるなら出かけると、ひとこと断ってから出かけんかい」
調子に乗って図々しい口をききながら、手慣れた盗人の動きで室内をあさりはじめる。
「なんじゃあの娘、女子コーセーのくせにアクセサリーのひとつも持っとらんのか」
次々に引き出しを開けていくが、出てきたリボンといえば菓子店のロゴ入りのものだけ。
かろうじて装飾品と言えるのは小学校の校章バッジぐらい。
最後の引き出しを開けると、
「なんじゃこれは! 年ごろの娘がちり紙ごときを大事そうにためこみおって!」
ぎっしり詰めこまれた広告入り袋ティッシュを前に、小鬼はあきれはて、
「こんなもの盗んでも、一銭にもならんではないか!」
憤然と立ち去りかけたが、かろうじて思い直した。
「いやいや、万にひとつ、ちり紙の底に忘れられたお宝が埋まってないともかぎらんしな」
小さい身体ごと引き出しにもぐりこみ、ぽいぽいとティッシュの袋を外に投げ捨てていく。
「光り物、光り物があればのう……拾った石ころひとつぶ、ガラス玉でも良い。なんにしてもバケモノ娘の持ち物じゃ、ほどよく霊力がまぶされて、さぞや良い値がつくにちがいな……」
「あのう、もしかして、スサノオを探してらっしゃるんですか?」
頭上からふってきた少女の声に、小鬼はティッシュの袋を両腕で抱いたまま、凍りついた。
バケモノ娘!
驚愕と恐怖でぼんっ、と毛玉のように全身がふくらむ。
いつ帰ってきた? 気づかなかった!
いかに日常のふるまいがポンコツだろうと、この娘は零課にスカウトされるほどの霊能者なのだ。今まではその視界にすら入らないよう、用心に用心を重ねていたというのに──よりによって盗みをはたらいている現場を押さえられるとは!
殺される! 消し飛ばされる! 南無三! と小鬼は目をぎゅっとつむり身を縮めたが、
「ごめんなさい、スサノオならちょっと用ができたとかで、今日は朝から出かけてしまっていて……」
おずおずと言い訳する少女の声には殺意どころか、緊張感すら感じられなかった。
小鬼はまだ生まれたてで、経験が少ない。
それでも、強い霊能者に近づくと肌がビリビリすることを知っていた。
チリチリと、毛が焼けちぢれはじめることさえある。それで、うっかり近づきすぎると跳んで逃げるのが常だったが、バケモノ娘の霊波には攻撃的なトゲがまったくなかった。
ふうわりとやわらかく、びっくりするほどなめらかで丸くて──甘い。
なんじゃこりゃ? という好奇心に勝てず──逃げこむための影なら足の下にあったのに──小鬼はぎこちなく、ふり向いた。
「こんにちは」
華奢な少女がにっこり、内気な笑顔を向けてきた。
セーラー服を着ている。いささか早いが学校帰りということか。左右に輪にまとめたおさげ髪は、よく見るとけっこうくせっ毛。大きすぎる眼鏡のせいで、童顔がますます幼く見えた。
「その眼鏡……」
つい口走る小鬼に、少女は「?」と素直に耳を傾ける。それで、口を閉じそこなった。
「度が入っとらんじゃろ」
「えっ? すっ、すごい! どうしてわかったんですか?」
目を丸くして眼鏡に手をやる少女を前に、小鬼はがぜん気を良くして、
「見ればわかる! ワシは目利きでのう」
「ほんとうですね! ぱっと見ただけでわかっちゃうなんて、すごいです」
「フフン、それはダテ眼鏡か? センスがないのう。そんなものでオシャレしたつもりかよ」
「いえそんな、おしゃれなんてしてるつもりはぜんぜん……! ただその、わたし、眼鏡をかけている方が人と……お話ししやすいというか……つまり、そのう……」
尻つぼみに声が小さくなり口ごもる少女を見あげて、小鬼は、今やすっかり、警戒心を忘れ去っていた。
なんだこいつ?
怖くないではないか。
ぜんぜんだ。
「……なぁにがバケモノ娘か。甘々の、ふわっふわではないか」
「えっ? 今、なんておっしゃいました?」
「いやなに、こっちの話」
小鬼はえへんおほんとせきばらいしてごまかす。少女は追求せず、にこにこと続けた。
「どなたかは存じませんが、最近スサノオと仲良くしてくださってる方ですね。うれしいです」
「……はああああ!?」
小鬼は目をむいた。たちまち全身の毛をタワシのように逆立て、牙をむいてわめく。
「ぶっ、無礼なっ! 仲良くなどしとらんわあっ!」
「そうなんですか? でもほとんど毎日、訪ねてくださってるみたいだし……」
「訪ねてなどおらんわっ! 襲っとるんじゃ!」
「え?」
少女はきょとんと目を丸くし、零課の課員らしからぬ、すっとんきょうな質問をする。
「それはあの……まさか、スサノオを食べたい……とか、そういうことでしょうか」
「ちがうわああああああっ!」
小鬼は小さな足で地団駄を踏んで飛びあがり、まぬけな少女の鼻先に指をつきつけた。
「ワシはあやつを殺したいのじゃ!」
「どうしてですか?」
真顔で、しかも心配そうにたずねられて──小鬼はちょっと、言葉につまった。
少女が小鬼の挑戦を、笑わなかったからだ。
仲間の小妖怪のようにムリだのアホウだの、身のほどしらずだのとからかうこともなく、ただまっすぐ、わけをきいてくれた──。
気づくと、真実が口からこぼれていた。
「あやつは、オヤジ殿の仇なのじゃ」
「えっ」
少女は息をのんだ。色白な肌から血の気がひき、瞳が本物の悲しみに曇る。
小鬼は、びっくり仰天した。
仮にも霊能者ともあろう者が、ちび妖怪一匹の話を、こんなに親身に聞くなんて!
なんだこいつ? バカなのか? おつむがゆるいのか? 天然か?
などと思われているとも知らず、少女は心からの同情に目をうるませてうつむく。
「スサノオが、その……あなたのお父様を食べて……しまったということですね」
今にも一心不乱に謝罪をはじめそうな少女の空気にいたたまれず、小鬼はわめいた。
「そっ……そのとおりじゃっ! ワシはオヤジ殿があやつの刃にかかって滅する前に、折れ飛んだ牙から生まれし忘れ形見! にっくき仇、この手で見事討ちはたさねば生まれたかいがないのだっ。せめて、せめてひと太刀……」
少女はなんと涙を浮かべ、小さくうなずきながら聞いている。
小鬼は思わず、つぶやいた。
「そなたはムリとは言わぬのだな」
「? なにをですか?」
「ワシの手に負える仇ではない、とか、返り討ちになるのがオチだ、やめておけ、とか」
「とんでもない! そんな失礼なこと、言いませんよ」
「なにゆえじゃ」
「えっ? どうしてって……」
少女はしばし真顔で考えこみ、それから自信なさそうに打ち明けた。
「わたしもいつか、スサノオと戦わなきゃいけない……からかもしれません」
今度は小鬼が目をまん丸くする番だった。
「なんとっ! 人間のくせに暗黒神と戦う気だと!? あきれた身のほど知らずじゃのう!」
自分が言われて気を悪くした言葉を、ついそのまま相手に浴びせてしまう。
しかし少女は「そうですよね」と縮こまるばかりで反論の気配もない。
小鬼はもはや相手が零課課員だということなどきれいさっぱり忘れ去り、少女の肩や頭にちょろちょろと乗ったり降りたりしながら、好奇心丸出しでたずねた。
「そなたのようなただの人間が、いと古き夜叉神と戦うとはいかなる事情じゃ? 喰われるしかないではないか! さては贄として捧げられたのか? いわゆる人身御供というやつか?」
「いえ、そんな立派なものじゃないんです」
少女は謙遜するかのようにあわてて手をふって否定し、恥ずかしそうに続けた。
「ちょっと事情があって助けていただいた時、代わりに、いつか本気でスサノオと戦うって、なりゆきで約束してしまっただけなんです」
「はあ、約束ぅ? そんなバカげた約束をするアホウがどこにおる!」
「あ、はい、ここにひとり」
バカ正直に小さく手をあげて答える少女に、小鬼は逆ギレして説教モードに突入する。
「正気か? そんな弱っちいなりで素戔嗚尊と戦って生き残れるわけがなかろう! なんたるアホウ……いや並大抵のアホウではない、天下無類のドアホウじゃ!」
「あはは、それはそうかもしれませんけど……」
少女は気弱そうにうつむいたものの、きゅっと握りこぶしをつくり「だから」と顔をあげた。
「だからわたし、零課に入ったんです! 強くなるために……これでも鍛えてるんですよ!」
「ほほう」
「最近、トレーニング用の器具も買ったんです。ほらそこ」
指さされて初めて、小鬼もそれに気づいた。
クローゼットのすみに、ピンクの小さいダンベルが二個、きちんとそろえて置いてある。
「ちいさいのう」
ぼそっと評する小鬼をよそに、少女は誇らしげに、腕を上げ下げする動きを披露した。
「二キロの重さなんですけど、やっと十回、持ちあげられるようになったんです」
「うお……弱っ!」
「え? そ、そうですか?」
大福もちサイズの小鬼に言われて、さすがの少女もちょっとショックを受けた顔する。
小鬼はため息をつき、ぴょいと床に跳びおりるとダンベルの下にもぐりこんだ。
「よっ、ほっ、ほれ、こぉんなもの、重たくも、なぁんとも、ないわ」
楊枝のように細い片手で柄を支え、その場でぴょんぴょん、少女の顔の高さまで跳びはねて見せる。少女はおもしろいほどバカ正直に、衝撃を受けた様子でのけぞった。
「すっ、すごい! 鬼さん、そ、そんなに小さくていらっしゃるのに……」
「そなたが、大きいくせに弱すぎるのだ」
「そんなぁ……」
少女は涙目になる。
さすがにちょっとかわいそうになって、小鬼はダンベルで遊ぶのをやめた。
「そのざまで、いつか暗黒神と互角にわたりあえるようになるつもりとは笑わせる」
「いえ、互角だなんてそんな! ただその……せめて、足もとに届くぐらいにはなりたいな、と……その……」
「何千年もかかりそうじゃのう」
「そっ、それは……そうかもですけど」
「ヒトは長く生きてもせいぜい百年。とうてい間に合わんではないか」
「あう」
ぐうの音も出ない少女に、小鬼はあらためて好奇の目を向ける。
「つくづくおかしな小娘じゃ。零課課員のくせにワシのような妖怪と世間話などしてよいのか」
「いいんじゃないでしょうか?」
少女は不思議そうに小首をかしげ、それからにっこり、ほほえんだ。
「零課が取り締まらなくてはならないようなことを、してらっしゃるようには見えませんし」
無邪気なコメントに、小鬼はばつの悪さをおぼえてもじもじした。
なにしろ、盗み目的で引き出しの中からティッシュを投げ捨てている現場を見られている。
なんとかとりつくろおうととっさに肩を怒らせ、せいいっぱい低い声を出してすごむ。
「そなた、ワシが恐ろしくはないのか」
〈バケモノ〉とうわさされるほどの霊力の持ち主にむかって言うセリフではなかった。
あんのじょう、少女はきょとんとして、
「いえ、ぜんぜん」
それはそうだろう。
伝説の破壊神、素戔嗚尊とひとつ屋根の下ですごして平気な少女が、ちび鬼一匹を怖がるわけがない。
自覚しつつも傷ついて、小鬼はがっくり肩を落とす。
それで少女も失言に気づいたらしい。あわてて、
「いえあのっ! わたしもともとすごい怖がりで……ずっと妖怪さんたちをむやみに怖がらない練習をしてまして、その効果がやっと最近少し出てきたかな? というのと、それと……」
ふと、なにかをなつかしむような優しい目になって、言い添えた。
「その、小鬼さんのお姿が……毛並みとか顔かたちとか……以前、よく知っていた鬼さんに似ていらっしゃるので、それで、最初から怖くなかったんだと思います」
「ほほう! このワシに似ているとはさぞ名のある鬼であろう。して、その鬼の名は」
たずねられ、少女は、宝ものを披露するような丁寧さで、発音した。
「しんらさん、というお名前でした」
「しんら……だと?」
驚愕に目をむく小鬼に、少女は驚いて、
「そうですけど、それがなにか……」
「オヤジ殿の名じゃ」
「えっ……!? ということは鬼さんは、しんらさんの……こども……?」
少女は声をつまらせ──たちまち大きな瞳いっぱいにあふれた涙を、眼鏡をよけてぬぐう。
小鬼にはしかし、少女の涙を見る余裕はなかった。
少女の霊波が突如、太陽さながらふくれあがり、まぶしいほど明るく部屋を満たしたからだ。
消し飛ばされても不思議はない、とてつもないパワーだった。なのに──
害がない。
小鬼は生まれて初めて、ヒトの霊波から愛を感じた。いたわりを感じた。
大きくぬくい生きものに、ふうわりと包むように、寄り添われている心地だ。
甘い。なんという甘さか。
小鬼の五体からこわばりが抜け、鼻の奥がつんとした。両の眼にじわっと、熱いものがにじむ。それを涙、と自覚する前に少女が、おずおずと口を開いた。
「すみません、ひとつだけ……お伝えしておきたいことが」
「なんじゃ」
あわてて顔をごしごしこすって涙をごまかす小鬼を前に、少女は、
「あの……こんなこと言っても、信じていただけないとは思うんですけれど……」
言い出しておいて歯切れが悪い。小鬼はいらだって、
「だから、なんじゃ」
「スサノオは……しんらさんのこと、とても気に入っていたと思うんです」
「……はぁ?」
「しんらさんはけっこう長い間、スサノオのそばにいらしたんです。わたしもたくさん、助けていただきました。しんらさんは最初、スサノオと戦ったんですけどかなわなくて……それで再戦はもっとずっと強くなるまで待ってくれ、とおっしゃって。スサノオもそれでいいと」
「待たずに狩ってしもうたではないか!」
噛みつくようにさえぎる小鬼にひるみながらも、少女は続けた。
「それはきっと、待てない理由があったから……しんらさんを救うためだったはずなんです」
「なっ……なんの証拠があってそのようなたわごとを……」
「スサノオは、襲ってくる相手しか食べられないからです」
「!」
初耳だ。
しかしなぜか、ぞわりと背筋の毛が逆立つような真実味があった。
相手は闘気の化身、幾星霜を経てなおかたちをたもつ夜叉神の生き残り。さもあろう。
「だから、まず、しんらさんの方からスサノオに向かっていったはずで……それと、なにより、しんらさんは最後に、スサノオにお礼を言ったと聞いていま……」
「ウソじゃ!!」
少女の声の真実味を痛いほど実感しつつ──いや、だからこそ小鬼は、全力で否定した。
「ウソじゃウソじゃあっ! 喰われて礼を言う鬼など、この世にいるはずがないっ!」
「で、でも……」
ひるみながらも少女の霊波はなおも優しく、暖かく小鬼を包んでいた。
小鬼の怒りにたやすくひき裂かれながらも退かず、ただ、おだやかに波打っていた。
明るい。
甘い。
光り輝くわたあめのような霊波の持ち主は、泣きべそをかきながら言った。
「ごめんなさい、ほんとうにごめんなさい、でも、しんらさんは、ほんとうに……」
小鬼も泣きそうだった。だが、仇の仲間にほだされるわけにはいかない。牙をむいて、
「ええい黙れ黙れ! そのようなたわごと、誰が信じるものかっ! オヤジ殿の仇をかばうなら貴様も同罪、貴様もワシの仇じゃ! 今に見ろ、その細首もワシが打ち落としてくれる!」
影に跳びこみ逃げるついでにピンクの小さいダンベルをひとつ、腹いせにかっぱらった。
「ざまあみろ! クソッタレの弱々娘め。ワシの恨み、思い知れ」
無我夢中で影の中を駆け抜けながら、ふと、腹の毛の中におさめたダンベルをなでる。
つめたいはずの鉄の塊が、なぜかほんのり、ぬくかった。
ずうっと、ぬくかった。
わたあめとキバ③へ続く
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