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プロローグ 女神の庭にて

「神さまの飼い方、教えます ~神饌の姫篇~」 開幕!

 ミルク色の霧が、たちこめている。


 朝なのか。

 昼なのか。

 霧に沈む真っ白な空はどこまでも明るく、あたりは夢のように静かだ。


 静寂を乱すのは、かすかな竹ぼうきの音だけ。


 純白の狩衣──浄衣(じようえ)姿の若者がひとり、一心に石畳を掃いていた。

 烏帽子(えぼし)はかぶっていない。

 現代人に見える。


 細身で長身、抜けるように色が白く、うつむいた目もとに長いまつげが、淡い影を落としていた。明るい色の髪のカットも今風で、芸能人で通りそうな美形だ。


 ふと切れ長の、細い目を見開いた。

 瞳の色も髪同様、明るい。ふり返り、


「こら、そこ踏んだらあかん」


のんびりした関西イントネーションでたしなめる。

 くすくすくす、と忍び笑う声がした。

 白く流れる霧の向こうからぽーん、と跳び出てきたのは、子狐だった。


 輝くほど白い。

 けれど、小さい。

 おとなの狐の、半分ほどしかない。


 音もなく、幻のように着地し、いたずらっぽく小首をかしげて若者を見る。

 そのあとからもう一匹、そっくり同じ白い子狐が、とことこと歩いてあらわれた。

 二匹そろって太いしっぽをふり、おもしろそうに若者を見つめる。


 若者はため息をついた。

「枯れ葉掃くのも、手ぇかかるんやで。散らかすんなら手伝いなはれ」


──「やーよ」

──「いやや」


 子狐たちはそよ風のような思念で答え、くすくす笑いの気配をまき散らす。

 互いにじゃれあい、ぽーん、ぽーんとボールのようにはねながら、先へ行ってしまった。


「まったくあのコら、いつまでもおちび気分でかなわんわ」

 ぶつくさ言いながら若者は少し戻り、子狐が散らかした落ち葉を掃き直し、片づける。

 そしてまた、長い、長い石畳の道を急ぐことなく、たゆみなく、丹念に掃き清めていく。


 どれほどの時がすぎただろう。


 真っ白な空は変わらずどこまでも明るく、日射しのうつろう気配もないまま──

 やがて。

 霧の向こうから、今が盛りの紅葉に囲まれた、大きな社殿が姿をあらわした。


 境内なのである。

 若者は落ち葉を掃き終わると竹ぼうきを置き、拝殿にあがった。

 すみずみまで掃除をすませ、さらに本殿──神の座す奥の建物へと進む。


 軒先で拝礼し、朱塗りの階段を粛々と登った。

 固く閉ざされた扉の前の板敷きに座し、流れるような所作で頭をさげる。


「宮様、ええ知らせがございます」


 扉の内から答えはなかった。

 なにかが動く気配も、息をしている気配さえない。

 しかし若者は気にする風もなく顔をあげ、うれしそうに告げた。


神饌(しんせん)の姫、クシナダがついにあらわれましてん」


それでも反応はない。

 かすかな風が立つことさえない。

 若者の細面に初めて、深く案じる表情がよぎった。

 気を取り直して続ける。


「千年ぶりでございます。先代のクシナダは、赤子のうちに陰陽師に殺されてもうて、悔しい思いをしましてん。今度のクシナダは……今度こそ……」

 手もとに落とした瞳が明るい茶色から金色へ、さらに一瞬、燃えるような真紅に変わった。


(なが)の年月積みあげよった人の(しゆ)が、神語りの言霊(ことだま)が、当代クシナダを暗黒神(マハーカーラ)……スサノオノミコトのものにしてまいました。せやけどわいかて、ただ指くわえて見とったわけやあらへん。先代クシナダを失うてから千年、腕によりかけて因果をしこみましてん。零課のお偉いさんかてもう、止められへん。当代のクシナダは必ずやここ、宮様の御前にやってまいります」


 ひと息に言い切って、挑むように扉を見あげる。

 変わらず静まりかえったままの扉を前に、その明るい茶色の双眸(そうぼう)がたちまち涙にうるんだ。


「叱ってくれへんねんか。宮様が、やめなさい、言わはるならわいは……」

 声が震え、あふれた涙が板敷きに、ぱたぱたと音を立てる。


「もう何百年も……お声を聞いとりまへん。宮様どうか、どうかお声を……」

 切なる訴えははてしない静寂に吸いこまれ、そのまま、消えていった。


 境内のどこかで、かすかな音を立てて紅葉がひと葉、枝を離れ、宙を舞い、石畳に落ちた。

 しかし扉の内に感じられるのは穏やかな空白。

 無。

 それのみ。


 若者の細面に、決意の色がにじんだ。

 なんの反応もない扉へ向かってあらためて、深々と頭をさげる。

「今少しのご辛抱を。仕上げに出てまいります」


 若者が本殿を辞して前庭に降り立つと、二匹の白い子狐がちょこんとすわって待っていた。


──「(あに)さま」

──「おにい」


 口々に呼びかけてくる子狐たちに、若者はひざをかがめて言い聞かせる。

「おまえたち、わいの留守中、毎日すみずみまで掃除するんやで。宮様の(おん)ためや。手ぇ抜いたらあかんで」


──「あい」

──「あい」


 子狐はそれぞれぽん、ととんぼを切ると、くくり(ばかま)水干(すいかん)をまとった童子姿になった。

 ただ、二匹ともまだ化け慣れていないようで、真っ白な尻尾が出ている。

 幼い手にほうきを持ち、つぶらな瞳で若者を見あげた。


──「みやさま、おげんきになる?」

──「みやさま、また、おこえをきかしてくれはる?」


 若者は童子に化けた子狐たちの頭を、優しくなでた。

「もちろんや! クシナダの心の臓を召しあがれば、たちどころにお力を取り戻されるやろ。おまえたちも宮様のお姿を拝めるかもしれへんで」


──「うれしい! だきにてんさま、みられる!」

──「きれいなてんにょさま、みられる! たのしみ」


「せやなあ、楽しみやなあ」

見送る子狐たちをあとに、石畳の参道を歩き出す若者の白い狩衣がはためき、色づき、見る間に現代の街を歩くにふさわしいかたちに変わっていく。


「ほな、当代のクシナダさんに、まずはご挨拶やな」

 若者はにっこり、まばゆい金の目もとをゆるめた。

神饌(しんせん)の姫かて、冷酷無情な暗黒神(マハーカーラ)との契約より、お優しい宮様との契約の方がええに決まっとる。楽勝や!」


 同じ歩調のまま飛ぶように速さを増してゆき、やがてあらわれた霧の中にそびえる朱の鳥居を前に、音もなく地を蹴る。軽々と、大きな鳥居を跳び越えた。そのとたん──


 人のかたちがほどけ、光り輝く巨大な白狐が顕現(けんげん)した。


 虎より大きく、まぶしく豊かな尾は九本。

 いにしえの女神の忠実な神使は、並みの神などそばにも寄れぬ圧倒的霊気をまとい、神域を守る霧を軽やかに駆けぬける。


「だいたいうちの宮様と違うて、暗黒神(マハーカーラ)はまだ動いてはるやん。あと千年、次のクシナダ待ってもろても問題あれへんやろ。ジャマしたら……ついでに殺して霊玉(ウパーラ)とったるわ」

 牙のすき間からもれた不穏なつぶやきにも──

 敬愛する女主人からの答えは、なかった。




「面白い!」「続き読みたい」と思われた方は、はげみになりますのでぜひぜひブックマーク、下の評価をよろしくお願いします~☆


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