第六話 最強の男
カゲトラが流れ着いたこの国、名をルミナリア王国という。
神に祝福されたかのように実りが豊かな土地には人間以外にも多くの強力な魔獣が闊歩していた。
光の民と呼ばれる魔力の強い人々が魔力の弱い人々を魔獣から守るために集い、立ち上がったのが国のはじまりとされている。
時は流れて、魔獣に対抗する武力を人々は確立した。それが今もなお続くこの国の全国民の憧れ魔法騎士団である。
10人の騎士団長を光の民の末裔が務め、その10人を束ねるのが知に優れ、武に秀で、人々からの人望も厚いその時代で最強と呼ばれる者が代々魔法騎士団総帥として束ねてきた。
総帥の指揮のもと、各騎士団の威光はあまねく王国全土を照らし、王国は500年の隆盛を誇っていた。
今代の総帥は中でも最強との呼び声も高く、彼の二つ名と共に王国だけでなく大陸中にその名を轟かせていた。
人々は彼に憧れ、彼の動向は人々の関心の的だった。
「もう私、総帥辞めたいんだけどかわりに君がやってくれない?」
最強と呼ばれる私、レオルド・アークライトは限界を迎えていた。
「何言ってるんですか!あなたの代わりが務まる人なんてこの大陸中を探してもどこにも居ません!!ふざけたこと言っている暇があったら早く次の書類を見て!」
「私、総帥だよね?こういうのは君が全部いい感じにやっておいて欲しいな〜なんて思ったり…」
「いい感じなんてありません!ここにあるものは総帥としてあなたの決裁が必要なものばかりなんです!!ほら!次はこれです!」
「はい…」
総帥付首席補佐官のレイブン君が次の書類を私の机に叩きつけるようにして置いた。
私は溜め息をつき、書類に向き合い内容を流し見てサインをした。
「しかし、レオルド様。最近我が国の周辺諸国も不穏な気配がありますね」
「そうだね。特に帝国なんかは我が国の領土を自分達のものにするために定期的にちょっかいをかけてきているからね。我が国の魔法騎士がみんな優秀なおかげで問題なく撃退することができているからそこが救いだよ」
私が1枚決裁をする間に5枚くらい増えていく。話しながらでもこんなスピードで仕事ができるレイブン君は本当に私の代わりが務まりそうだ。
「国内でも貧民層の村が魔獣による被害が増えてきていますね。それに加えて盗みや強盗などの被害報告も多く上がってきていますね。去年の倍ですよ」
「500年の歴史を誇るこの国も時を経るにつれて国土も国民も増えてきたけど、同じように腐敗も増えてきたからね。こんな時だからこそ、国民の心の拠り所となるためにも私たち魔法騎士がしっかりしなくてはいけない」
私は書類のサインをして次の書類に手をつけた。
「ん?これは…」
「なにか気になるところがありましたか?」
「うん。この東方地域の貧民層だけここ半年くらい犯罪発生の報告が少ないみたいだから気になってね」
レイブン君が私が渡した書類を手に取る。
「この地域は確か王国で賞金首としている山猫のクロという者を筆頭にいくつも盗賊団があり、治安は良くなかったはずです。犯罪が少なくなっているのは良いことですが、突然となると怪しいですね。私の方で追加の調査をしておきます」
「いや、それには及ばないよ。君はすでに何人もでやる仕事を1人でやってくれているからね。それに周辺国との関係もあまり良くない今、戦力を不確定な情報を得るために割くのはまずいよ」
レイブン君は眉を顰めた。
「しかし、王国内の怪しい芽を摘み、国民を守るのも我々の務めではないですか」
私は椅子から立ち上がりレイブン君の肩に手を置いた。
「もちろん。君の言う通りだ。この件は私が行こうと思う」
レイブン君は目を見開いた。
「いやいや…。冗談ですよね?この殺人的に忙しい状況であなたに抜けられたら残る私の負担はとんでもないことになりそうなんですけど。それに第一、決裁者であるあなたがいないと仕事がそこで止まるんですけど。あと、どこの世界にふらふら歩き回る魔法騎士団総帥がいるんですか!」
レイブン君が鬼の形相で私にそう言ってきた。
「そもそも、私は書類仕事をするために総帥を引き受けたわけじゃないしね。たまには息抜きも必要さ」
「ちょっと待てください!それが本音ですよね!今日という今日は絶対に行かせませんからね!結界魔法『ディメンジョン・ロック』」
言うが早いがレイブン君は魔法を発動させた。この部屋ごと覆い、私を中に閉じ込めるためのものだろう。いや、それだけじゃないな他にもありそうだ。
「今回は観念して早く机に戻ってください。これはあなたでも破れないはずです!」
「素晴らしいよ!レイブン君、君は私をよくわかっているね。こんな素晴らしい魔法を破るのは心苦しいんだけどもう私も限界なんだ。ほんの少しだけだから許して欲しい」
そう言い残し、私は魔法を発動させた。
消える瞬間に見たレイブン君は面白いくらいに顔を真っ赤にしていたが、なにかお土産でも持って帰ってあげることにしよう。私はそう心に決めた。
…………
総帥補佐官レイブンは、目の前で起きたあまりの光景に、手に持っていた書類をはらはらと落とした。
結界から消失した総帥の残像に向かって、呆然と呟くしかなかった。
「あの人、本当に逃げやがった……!!」
レイブンが血の滲むような思いで展開した特製の結界魔法『ディメンジョン・ロック』ですら、わずか一瞬の足止めにもならなかった。
自分の極限状態の過労を微塵も省みず、面白半分で東方の調査へと飛び出した最強の我が主を思い、レイブンのこめかみに青筋が浮かぶ。
「……待てよ。あの人がいないということは、今この瞬間に持ち込まれるすべての決裁、すべての貴族派からの嫌がらせ、すべての緊急報告が……すべて私のところに直撃するのでは……?」
冷や汗が背中を伝った。レイブンはスッと目を閉じ、深く息を吸い込む。そして、机の上に山積みにされた数千枚の書類の山と、天井までうずたかく積まれた未処理の伝票を見つめた。
「…………よし」
レイブンはカチャリと眼鏡を押し上げると、誰にも聞こえない低い声で呟いた。
「帰ってきたら、あのふざけた総帥の給与から全額胃薬代と特製ハーブティーの代金を天引きしてやる。いや、今夜のうちに第十騎士団の面倒な厄介仕事をすべてレオルド様の直轄案件にすり替えておこう。それと、東方地域の調査……。どうせあのひとのことだ、あてどなく歩いているうちに面倒事に巻き込まれるに決まってる。帰ってきたらまた変なことを言い出すに違いない」
完璧主義の副官は、怒りを通り越して逆に覚悟を決めた。総帥の不在によって発生する実務の地獄を一人で回すため、レイブンは凄まじい手際でペンを手に取り、ものすごい勢いで書類にサインと指示を書き殴り始める。
自分勝手な総帥を頭の中でタコ殴りにしながら彼は胃薬を飲み、書類の山を黙々と片付けていくのだった。




