第五話 闘鬼
「ここからは本気で行くぞ」
そう言うとクロは拳を構えた。来る―。
俺は迫ってきたクロを真正面から迎え撃った。俺の先ほどの攻撃で警戒しているのか最初よりも隙がなく、俺の拳も手で弾いていなされてしまう。守りが硬いだけではない。それをしながら食らったらかなり痛そうな拳を顔面や腹など目がけて打ってくる。
激しい攻防を繰り返しながら俺はタイミングを待った。そのうち、クロが俺のスピードについてこられなくなってきた。スタミナ切れか?
今がチャンスだと思った俺は勝負に出た。クロが俺の顔を狙って打ってきた腕が伸びきっているタイミングでその腕を取って背負い投げを食らわせた。
「かはっ!」
地面に強く叩きつけられたクロは苦しそうに息をした。その隙に俺はクロの目の前に拳を構えた。
「もう気はすんだかよ」
クロは俺の目を見ながら言った。
「ううっ…ああ、お前の勝ちだ。一思いにやれ」
そう言って荒く息をしながら目を瞑った。
「ボスを放しやがれ!」
「そうだ放せ!」
「ボスを放すでやす!」
3馬鹿がクロから俺を引き離し庇うように間に立ち塞がった。その様子を見て俺は馬鹿らしくなった。
「もういいから早いとこそいつを連れて帰れ。いきなり動かされて気持ち悪くて吐きそうなんだ。俺は寝る」
3馬鹿は俺を警戒しながら見ていた。その後ろのクロが息も絶え絶えになりながら言った。
「俺を騎士団に突き出せば、懸賞金がもらえるぞ。こんな稼業で働いているからこそ、負けた時はそこまでと思ってこっちは覚悟決めてやってんだ。」
俺はそんなクロをみて言った。
「お前がどう思ってようがそれはお前の勝手だが、お前をどうするか決めるのは俺の勝手だ。これに懲りたら二度とこんな稼業から足を洗うんだな。ほら、早く帰れ帰れ」
クロは驚いたような顔でこちらをまじまじと見ていたが、3馬鹿に背負われると静かにこの場から去っていった。
「カゲトラが勝ったぞ!!」
「すげえぜ!あのクロに勝っちまいやがった!」
「お前はこの村の救世主だ!」
「カゲトラさん素敵!」
村人がわらわらと俺の周りに集まってきた。
「カゲトラお前ってやつはヤバすぎるだろ!」
マッシュが俺の背中をバシバシ叩きながら言った。
「おい、あんまり叩くなよ。もう今、二日酔いがかなり限界まできてるんだからよ」
「あんなすげえ殴り合いをしといて二日酔いとは本当に大したやつだぜ」
「なんとでも言ってくれ、俺は家で休む」
…………
まだ騒ぎ足りなそうな村人たちだったが、俺を気遣ってか家まですんなり帰ってこられた。
俺は家に帰ってきたあとそのまま床で横になって寝ちまっていたらしい。体の節々が痛い。
けどしばらく寝たかいもあってか頭の方は酒が抜けてスッキリしていた。喉の渇いた俺は水を飲もうと思い表へ出た。
水を飲みながら俺はクロのことを思い出していた。
あいつの動きは常人の動きじゃなかった。なにより俺自身、あいつの体から陽炎のようなものが立ち上っているのを見た。そしてあいつの言葉。
―「お前もその力が使えるんだな。俺以外で見たのは初めてだ」―
おそらく俺がイライラして湧いてきたと思っていた力はマッシュたちが言うところの魔法というやつなんだろう。故郷ではこんな力が出せたことはない。力を解放した瞬間の万能感は未体験の感覚だった。
俺は親父も俺が生まれてすぐになくなったらしいので会ったことはないがお袋も倭国人で、純粋な倭国人だ。なぜ俺が未知のこの力に目覚めたのかはわからないが、まあ、ないよりはいいか。
この外見で魔力もなかったら3馬鹿が前に言っていたように見せ物小屋に珍獣扱いで売られたりするかもしれん。
この国で生きていくと決めた以上、この力を使いこなせるようにならなきゃな。
俺はそう心に決めた。自分以外でああいう風なやつがいると知れただけでもクロとの戦いは勉強になった。
二日酔いで苦しむ俺に戦いを無理強いしたことは絶対に許さねえが。
あいつにこの力の使い方を聞くのが1番手っ取り早いだろうが自分でどっかへ行けと言った以上、あいつがここへ来ることももうないだろう。
俺は心のどこかで少し残念に思っている自分に驚いた。出会い方が違かったらあいつとも少し話してみたかったな。
……………
翌朝―
村の入り口がガヤガヤと騒がしい。俺も何かと思いながら向かった。
村人のスキマから皆が見ている方を見ると、そこには3馬鹿以外にも手下らしき者達を引き連れたクロがいた。
「何しに来やがった!今日はぞろぞろと人を引き連れやがって!」
「昨日カゲトラに敵わなかったから人数に物を言わせようってつもりか!」
「カゲトラに手を出すなら俺らだって戦うぞ!」
クロは村人を見回すと言った。
「お前達が何人でかかってこようと俺は簡単に捻りつぶせる。だが今日はそんなことできたんじゃない。カゲトラに用がある」
ご所望なら仕方がない。俺は覚悟を決めて前に出た。
「なんだよ。昨日の今日で懲りてねえのか?お前は筋は通すやつだと思ったんだが、俺も人を見る目がなかったか」
クロは俺を少し緊張した様子で凝視した。その目に敵意が感じられないことに少し安堵しながら、逆になぜ昨日の今日でここに来たのかと疑問に思った。
するといきなりクロは地面に頭を擦り付けるようにして頭を下げた。それに続いてクロの後ろで3馬鹿や他の手下達も頭を下げた。この時点で俺はなんとなく嫌な予感がした。
「カゲトラ。俺はあんたに負けた。この世界で負けるというのはすなわち死だ。だが、あんたは俺を見逃した。おかげで俺は今も生きていられるってことだ。だから拾ったこの命、あんたのそばで使わせてもらいたい」
頭を下げたままクロがそう言った。俺は事態が自分の想定外の方向に進んでいることに混乱しながら聞き返した。
「いや、俺が言ったのは俺やこの村にこれ以上ちょっかいをかけてくれるなよって意味だからな。そもそも、お前を見逃したのもお前を慕う奴が恨みに思って敵討ちをしようとしたりしたら面倒だったからだし」
「だが、結果的にお前が俺の命を救ったことには変わりはない。あんたが死ねというのなら今ここで!」
そういうと、懐から刃物を取り出したので急いで止めた。
「待て待て!落ち着きやがれ!」
「なら、俺があんたの子分になることに納得してくれたってことだな?」
「おいお前そんなキャラだったのか!?ていうか百歩譲ってお前はわかるが後ろの奴らはなんだ?」
俺が苦し紛れにそう聞くと、クロは後ろを振り返った後俺に向き直って言った。
「こいつらには俺が死んだと思って自分たちだけで生きていけと言ったんだがな…」
「俺たちはボスに死ぬまでついていくっす!」
「ボスの死ぬとこが俺たちの墓場だ!」
「そういうことでやす!」
手下達が口々にそう言った。クロは呆れたように首をやれやれとふりながら言った。
「と、まあこんな具合で勝手について来やがるんだ。まあ俺でもやれてたんだ。あんたならきっとできるさ」
クロはその丸顔にいい笑顔を浮かべながら俺に言った。
こうして俺はクロを筆頭とした山猫盗賊団の兄貴分になってしまった。
この時の俺はもちろん世界も知るよしもないが、のちに大陸随一の身体強化魔法の使い手として名を轟かせ、闘鬼呼ばれるようになる男の第一歩は確かにこの日だったと言われている。




