第5話 冬の夜
十二月下旬。冬は日に日に寒さを増し、夜に出歩く人の数がめっきりと減った。
静寂の夜。ベッドの上で毛布にくるまり、何度目かわからない寝返りを打ったところで、コンコンとドアをノックする音がした。
「リアナ、起きていますか?」
私が「ええ」と答えると、ドアがゆっくりと開いてソキウスが入ってきた。毛布と枕を抱えている。
私はその理由に何となく予想がつくものの、一応「どうしたの?」と尋ねてみる。
「今夜はいつになく冷え込んでいるので」
「寒波が来るとラジオで言っていたわ」
「あなたが寒くて寝付けずにいるかと」
「まあ、そうね。毛布を買い足しておけばよかった」
話しながら近づいてきたソキウスが、毛布と枕を片腕に抱え直す。開いた方の手を、私がくるまる毛布の端へ。掴んで、広げていく。
私はまた一応、「何をしているの?」と尋ねる。
「毛布を増やせば温かいですよ」
「あなたの毛布を貸してくれるの?」
「毛布と、あと、『僕』を」
ほとんど広がった毛布の端を私が掴むと、ソキウスは困ったように微笑んだ。
「ダメですか?」
「私、湯たんぽを用意するか迷っていたの」
「お湯を沸かすのは時間がかかりますし、物置から湯たんぽを探し出すのも一苦労です。でも、『僕』ならもうここにあります」
「湯たんぽの方が温かいわ」
「あれはあなたのお腹しか温めないでしょう? 『僕』は全部温められますよ」
ソキウスが「だから、ね?」と言って毛布を引く。私は毛布を掴む手に力を込めた。
「ソキウス。人間らしい男性は、女性のベッドに気軽に入ろうとしないものだわ」
「でも、夫婦は一緒のベッドで眠るものです。そして僕はあなたの夫役です」
「こんなところで夫らしくする必要はないわ。誰に見せるわけでもないのだから」
彼は毛布を引く手を止めると、少しの間を置いて「リアナ」と私を呼んだ。捨て犬のような顔をして、母に置き去りにされた子供のような声色で。
(そうすれば同情を引ける、という結論を、彼の情報処理コアが算出した)
また少しだけ毛布を引いて、「寒いです」と囁く。彼の外装は寒さも痛みも感じないと知っている私はしかし、その嘘を指摘できない。
「……明日、追加の毛布を買いに行くわ」
私が毛布から手を離すと、ソキウスがパアッと笑みを浮かべた。持っていた毛布を私の上に広げ、枕を置いて、そっと毛布の下に身を横たえる。
「触れても、いいですか?」
おずおずと尋ねるのは、ただそうしているだけか、それとも『可』の返答を引き出すためにしおらしく振る舞っているのか。
「前に肩を抱いたじゃない。口にも、頬にも、あなたは私の許可なく触れたわ」
「あれは咄嗟に……嫌なら、もうしません」
「言葉を遮られたのはあれだけど、他は嫌じゃないわ。むしろ助かった」
「では……今は?」
「……変なところ触らないでね」
少しの間を置き、ソキウスが「はい」と答えた。ゆっくりと私の背中に腕を回して身を寄せる。やけに緩慢な動きなのは、私が嫌だと思った場合に、それを伝える隙を確保するためだったりするのだろうか。
「温かいですか?」
頭の上に彼の声。私は彼の喉元を見ている。
「ええ、温かいわ。よく眠れそう」
「よかった」
「…………」
「……あの、リアナ」
「何?」
「その……パーティーが終わって、あなたの結婚の話が消えて、僕が夫役をやる必要がなくなったら……」
歯切れの悪い話し振り。視線を上げると、やはり捨て犬のような表情の彼と目が合う。
「その時、僕は何の役をもらえますか?」
パーティーの後、私は首都で暮らす父の目の届かない地方に移住し、そこでひっそりと時間が経つのを待つ。戦争が終わって国際情勢が落ち着いたらガルモーニャ共和国に移住して、そこで魔法工学関係の職を見つけ、生計を立てる。
これが当初の予定だった。
「役は……今のところ、思いつかないわ」
その予定の中で、ソキウスは、アフトクラトリアを出る時に『破棄』することになっている。
胸の真ん中の金属塊に記した状態維持魔法の文字を消して、動かなくなった彼をここに置き去りにする。古い家財道具と一緒に。
今の予定は——
「そうでしょうね」
ソキウスが落胆した様子で言う。
「あなたは結婚を避けるために僕を作った。あなたは夫を必要としていない。我が子も……友人はどうです?」
「いたら嬉しいけど、必須ではないわ」
「僕はあなたの友人になれますか?」
「どうかしらね……」私はガルモーニャ人の友人の姿を思い描いてみる。「友人は、同じ家で暮らさないわ。同じベッドで寝たりもしない」
地方の移住先で、私の家の近くに彼の住居を探そうか。そんなことを考えながら言うと、
「では、あなたのお気に入りの毛布の役をください」
「え?」
「きっと便利ですよ。自走式なので持ち運ぶ必要がありませんし、呼べば飛んで来ます」
「いや、それは——」
「体温調節機能をつけてくれれば、夏のブランケットにもなります。火照った体を冷やす氷嚢にも。冬の湯たんぽにも」
背中に触れるソキウスの手に、グッと力が込められる。
「僕は何にでもなります。どんな役もこなして見せます。だからこれからもずっと、一緒にいてくれますよね?」
蚤の市に出されそうな子供のおもちゃが喋ったら、こんなことを言うのだろうか。捨てないで。手を離さないで。一緒にいて、と。
まるで私に固執しているようなこの言動は、『いつか捨てられる被創造物はこういうことを思う』という、情報処理コアが算出した解をなぞっているだけ。確かにそうで、私はこれを理解している。
しかし、考えてしまう。
(ずっと私と二人きりで、知人の一人もいないから、私がいなくなったらひとりぼっちになってしまうと思うのかしら)
孤独を嫌う心がここにあると仮定して。
「……毛布は、喋ったりしないわ」
「では喋りません」
「それは嫌よ」
「?」
「一緒にいるのに話せないなんて、寂しいじゃない」
言うと、ソキウスがハッとした様子で、
「僕は、ここにいますか?」
「え?」
「『ある』ではなく、『いる』ですか?」
「そうよ。当然じゃない。あなたは動くし、喋るし、ものを考えるわ」
「僕と話せないと寂しい?」
「ええ」
「本当に?」
「本当よ」
ソキウスは小さく「本当……」と繰り返すと、ふふっと笑い、私の額に自分のそれをくっつけた。
「できれば、毛布以外の役が欲しいです」
「何がいいの?」
「それは……」彼は考え顔で言い淀み、「わかりません」困った様子で額を離した。
「あなたと同じ家に住み、会話を交わし、毎日一緒のベッドで寝るのは何役ですか?」
「ちょっと待って。一緒のベッドで寝るのは今夜だけよ」
「? あなたはさっき、追加の毛布を買いに行くと答えました。それはつまり、より温かくして一緒に寝るということでしょう?」
「ソキウス、とぼけてもダメよ。あなたの文脈を読む能力は念入りに調整したのだから」
私の指摘に、彼はきょっとした顔で、
「そういえば、かなり遠回しな表現もよくわかる気がします」
それから嬉しそうに微笑み、
「あなたの気持ちを、かけらも逃さず受け止めるためですか?」
その問いはきっと、確認と願望が半々になっている。
「……あなたがそう思うのなら、そういうことでもいいわよ」
そしてこんなことを言う私の内心は、諦めと受容でできている。
私は何を生み出したのか。彼は何者で、これから何になるのか。いずれの問いにも答えを見出せない私はしかし、自分が彼を蚤の市に出せないことを確信している。




