↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/20

第5話 冬の夜

 十二月下旬。冬は日に日に寒さを増し、夜に出歩く人の数がめっきりと減った。


 静寂の夜。ベッドの上で毛布にくるまり、何度目かわからない寝返りを打ったところで、コンコンとドアをノックする音がした。


「リアナ、起きていますか?」


 私が「ええ」と答えると、ドアがゆっくりと開いてソキウスが入ってきた。毛布と枕を抱えている。


 私はその理由に何となく予想がつくものの、一応「どうしたの?」と尋ねてみる。


「今夜はいつになく冷え込んでいるので」

「寒波が来るとラジオで言っていたわ」

「あなたが寒くて寝付けずにいるかと」

「まあ、そうね。毛布を買い足しておけばよかった」


 話しながら近づいてきたソキウスが、毛布と枕を片腕に抱え直す。開いた方の手を、私がくるまる毛布の端へ。掴んで、広げていく。


 私はまた一応、「何をしているの?」と尋ねる。


「毛布を増やせば温かいですよ」

「あなたの毛布を貸してくれるの?」

「毛布と、あと、『僕』を」


 ほとんど広がった毛布の端を私が掴むと、ソキウスは困ったように微笑んだ。


「ダメですか?」

「私、湯たんぽを用意するか迷っていたの」

「お湯を沸かすのは時間がかかりますし、物置から湯たんぽを探し出すのも一苦労です。でも、『僕』ならもうここに()()()()

「湯たんぽの方が温かいわ」

「あれはあなたのお腹しか温めないでしょう? 『僕』は全部温められますよ」


 ソキウスが「だから、ね?」と言って毛布を引く。私は毛布を掴む手に力を込めた。


「ソキウス。人間らしい男性は、女性のベッドに気軽に入ろうとしないものだわ」

「でも、夫婦は一緒のベッドで眠るものです。そして僕はあなたの夫役です」

「こんなところで夫らしくする必要はないわ。誰に見せるわけでもないのだから」


 彼は毛布を引く手を止めると、少しの間を置いて「リアナ」と私を呼んだ。捨て犬のような顔をして、母に置き去りにされた子供のような声色で。


(そうすれば同情を引ける、という結論を、彼の情報処理コアが算出した)


 また少しだけ毛布を引いて、「寒いです」と囁く。彼の外装は寒さも痛みも感じないと知っている私はしかし、その嘘を指摘できない。


「……明日、追加の毛布を買いに行くわ」


 私が毛布から手を離すと、ソキウスがパアッと笑みを浮かべた。持っていた毛布を私の上に広げ、枕を置いて、そっと毛布の下に身を横たえる。


「触れても、いいですか?」


 おずおずと尋ねるのは、ただそうしているだけか、それとも『可』の返答を引き出すためにしおらしく振る舞っているのか。


「前に肩を抱いたじゃない。口にも、頬にも、あなたは私の許可なく触れたわ」

「あれは咄嗟に……嫌なら、もうしません」

「言葉を遮られたのはあれだけど、他は嫌じゃないわ。むしろ助かった」

「では……今は?」

「……変なところ触らないでね」


 少しの間を置き、ソキウスが「はい」と答えた。ゆっくりと私の背中に腕を回して身を寄せる。やけに緩慢な動きなのは、私が嫌だと思った場合に、それを伝える隙を確保するためだったりするのだろうか。


「温かいですか?」


 頭の上に彼の声。私は彼の喉元を見ている。


「ええ、温かいわ。よく眠れそう」

「よかった」

「…………」

「……あの、リアナ」

「何?」

「その……パーティーが終わって、あなたの結婚の話が消えて、僕が夫役をやる必要がなくなったら……」


 歯切れの悪い話し振り。視線を上げると、やはり捨て犬のような表情の彼と目が合う。


「その時、僕は何の役をもらえますか?」


 パーティーの後、私は首都で暮らす父の目の届かない地方に移住し、そこでひっそりと時間が経つのを待つ。戦争が終わって国際情勢が落ち着いたらガルモーニャ共和国に移住して、そこで魔法工学関係の職を見つけ、生計を立てる。


 これが当初の予定だった。


「役は……今のところ、思いつかないわ」


 その予定の中で、ソキウスは、アフトクラトリアを出る時に『破棄』することになっている。


 胸の真ん中の金属塊に記した状態維持魔法の文字を消して、動かなくなった彼をここに置き去りにする。古い家財道具と一緒に。


 今の予定は——


「そうでしょうね」


 ソキウスが落胆した様子で言う。


「あなたは結婚を避けるために僕を作った。あなたは夫を必要としていない。我が子も……友人はどうです?」

「いたら嬉しいけど、必須ではないわ」

「僕はあなたの友人になれますか?」


「どうかしらね……」私はガルモーニャ人の友人の姿を思い描いてみる。「友人は、同じ家で暮らさないわ。同じベッドで寝たりもしない」


 地方の移住先で、私の家の近くに彼の住居を探そうか。そんなことを考えながら言うと、


「では、あなたのお気に入りの毛布の役をください」

「え?」

「きっと便利ですよ。自走式なので持ち運ぶ必要がありませんし、呼べば飛んで来ます」

「いや、それは——」

「体温調節機能をつけてくれれば、夏のブランケットにもなります。火照った体を冷やす氷嚢にも。冬の湯たんぽにも」


 背中に触れるソキウスの手に、グッと力が込められる。


「僕は何にでもなります。どんな役もこなして見せます。だからこれからもずっと、一緒にいてくれますよね?」


 蚤の市に出されそうな子供のおもちゃが喋ったら、こんなことを言うのだろうか。捨てないで。手を離さないで。一緒にいて、と。


 まるで私に固執しているようなこの言動は、『いつか捨てられる被創造物はこういうことを思う』という、情報処理コアが算出した解をなぞっているだけ。確かにそうで、私はこれを理解している。


 しかし、考えてしまう。


(ずっと私と二人きりで、知人の一人もいないから、私がいなくなったらひとりぼっちになってしまうと思うのかしら)


 孤独を嫌う心がここにあると仮定して。


「……毛布は、喋ったりしないわ」

「では喋りません」

「それは嫌よ」

「?」

「一緒にいるのに話せないなんて、寂しいじゃない」


 言うと、ソキウスがハッとした様子で、


「僕は、ここにいますか?」

「え?」

「『ある』ではなく、『いる』ですか?」

「そうよ。当然じゃない。あなたは動くし、喋るし、ものを考えるわ」

「僕と話せないと寂しい?」

「ええ」

「本当に?」

「本当よ」


 ソキウスは小さく「本当……」と繰り返すと、ふふっと笑い、私の額に自分のそれをくっつけた。


「できれば、毛布以外の役が欲しいです」

「何がいいの?」


「それは……」彼は考え顔で言い淀み、「わかりません」困った様子で額を離した。


「あなたと同じ家に住み、会話を交わし、毎日一緒のベッドで寝るのは何役ですか?」

「ちょっと待って。一緒のベッドで寝るのは今夜だけよ」

「? あなたはさっき、追加の毛布を買いに行くと答えました。それはつまり、より温かくして一緒に寝るということでしょう?」

「ソキウス、とぼけてもダメよ。あなたの文脈を読む能力は念入りに調整したのだから」


 私の指摘に、彼はきょっとした顔で、


「そういえば、かなり遠回しな表現もよくわかる気がします」


 それから嬉しそうに微笑み、


「あなたの気持ちを、かけらも逃さず受け止めるためですか?」


 その問いはきっと、確認と願望が半々になっている。


「……あなたがそう思うのなら、そういうことでもいいわよ」


 そしてこんなことを言う私の内心は、諦めと受容でできている。


 私は何を生み出したのか。彼は何者で、これから何になるのか。いずれの問いにも答えを見出せない私はしかし、自分が彼を蚤の市に出せないことを確信している。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。