第3話 リアナ・エヴァンスについて -2
「リアナ、あなたの生家について教えてください」
そう言って微笑むソキウスと私は今、私の寝室のベッドの上で向かい合って横になっている。私が少し昼寝をしようとしたところに、彼が無理やり割り込んできた形だ。
「エヴァンス特許武装については、基礎情報に入れたと思ったけれど」
「ええ。ですが、あなたの口から、あなたの目を通した情報を知りたいんです」
「……ソキウス、私はこれから昼寝をしようと思うの」
「いいですね。睡眠は健康維持に必要不可欠ですから」
「だから、その話は起きてからにしてくれないかしら?」
「あなたが寝るまでの間、話してください」
ソキウスが「ふふっ」と笑って体を寄せてくる。楽しそうだ。
「これはピロートークというものです」
「……確かにここには枕があって、あなたは私と話しているけれど、その言葉はそういう意味じゃないわ」
「はい。わかっています」ソキウスは私の腹の辺りを一瞥し、「あなたの許可なしにあなたに触れることが望ましくないとも、理解しています」
——そう言う彼に、男女の睦言に関する情報を入力した覚えはない。加えて、この家にはポルノ雑誌の一冊も、そういうシーンが出てくる小説の一冊もない。
(軍の人工知能研究では、複数の情報処理コアを繋げて自動相互学習を成す研究が進んでいると聞くけど……彼は単独状態だし……こんなこと、どこで学んだのかしら)
ソキウスが「ねえ、リアナ」と言って、両手を頭の下へ。枕にしているようにも、動こうとする手を止めているようにも見える。
「話すか触れるか、どちらかを許可してください」
「……両方なしで昼寝をするという選択肢は?」
「そうした場合、僕は寝ているあなたに触れてしまうかも」
彼がイタズラっ子のような笑みを浮かべる一方で、私はこの発言に衝撃を受けた。
(さっき彼は、私の許可なく私に触れるのは望ましくないと言った。その『望ましくない』は、私の睡眠時にも適用されるはず)
人造人間は、一度出した答えを覆したりしない。持ち得る情報から常に最適解を算出するため、出力した答えより優れた答えが存在しないから。
まるで、私に魅力を感じていて、触れたいけれど触れずにいるかのよう。——心を持たない彼にはあり得ない話だけれど。
(こんなことをしたくて彼を作ったわけではない。だから是正したいけど……まあ、パーティーをやり過ごすまでの我慢だわ)
私は内心で独りごち、仰向けになる。
「眠気が限界になったら、寝るからね」
前置きをすると、ソキウスは嬉しそうに「はい」と応えた。
◇ ◇ ◇
リアナが眠るまでの間に語ったことは、大きく分けて二つ。
まず、彼女の生家、エヴァンス家が経営する軍需企業・エヴァンス特許武装について。
その創業はおよそ六十年前の革命時——この国が『皇帝が統べる国』という意味での帝国から、『侵略主義的な大国』としての帝国へ舵を切った頃。
元は拳銃の類を細々と生産する町工場だった会社は、革命やその後の侵略戦争における火器需要に応える形でその規模を拡大していった。今は国内で五本の指に入る大企業だが、新興の同業・リー&トンプソン社に押されつつあるとか。
そこまで語ったリアナは、眠気でとろんとした顔をしていて、
「父君が用意した縁談というのは、会社を立て直すための政略結婚の?」
僕が尋ねると、ムッと顔を顰めた。
「違うわ。……まあ、資金確保の意味もあったかもしれないけれど、九割型、私への当てつけよ」
彼女は不機嫌そうに言い、「『変人令嬢』のせいで、どこへ行っても小馬鹿にされていたようだから」と付け足した。
そして彼女が次に語り出したのは、一番上の兄・デュアンのこと。
彼女の十歳上のデュアンは、歳の離れた妹を可愛がり、彼女の望む未来を与えようとしていた。幼い頃から研究の類が好きだった彼女をこの家へ連れてきて、よく一緒に実験をした。
デュアンが死んだのは三年前。仕事の出先の戦場で、敵の襲撃に巻き込まれてのこと。リアナはその後、自分が兄に守られていたことに気づいた。
「お父様は私から研究を取り上げて、すぐに縁談を持ってきたわ。まるで兄がいなくなるのを待っていたかのように……昔からそういう人なのよ」
「あなたはその縁談が嫌だった?」
「当たり前よ。夫の陰で生きていくのだって嫌なのに、二回りも年上の、少し禿げた資産家よ?」
「それは、なかなか……」
「だから『当てつけ』なのよ」
この国では、女は成長したら結婚するものと決まっている。そうしなければ生きていけないし、そうすることが『普通』の社会で、結婚をせずにいることは恥だから。
結婚相手は自分で見つけると言って、リアナは縁談を跳ね除けた。それに対して、彼女の父は二年の猶予を与えた。二年後の会社創立六十周年パーティーで、素晴らしい夫婦の姿を見せろ、と。
彼女の話を鑑みるに——父親のこの判断は、目標を達成できなかった娘が泣きついてくることを意図したものと推察できる。
「それで、どうして夫を作ろうと?」
尋ねると、リアナはムスッとした顔でそっぽを向いた。
「こんな頭でっかちの面倒臭い女、誰も相手にしないわ」
僕はその言葉の端に、彼女の経験と願望を認める。
『誰も相手にしない』——それはつまり、過去、彼女は相手にされなかったということ。『頭でっかち』、『面倒臭い』と足蹴にされたということ。
彼女は日頃より、『愛は不要』、『夫など要らない』と言っている。それは願望の裏返しだろう。彼女が求める『愛』や『夫』はこの社会に存在しない。
多くの人間が、彼女の悩みを贅沢と言うだろう。明日のパンの心配をしなければならない人間などこの国のそこかしこにいるし、戦場では、傷ついた兵士が今日も泥水を啜っている。
しかし、他者と比べることに意味はない。感情は相対値ではなく絶対値として捉えるべきものだ。
「パーティーの後、あなたはどんな日々を送りたいですか?」
僕の問いに、リアナは「んぅ」と小さな呻きを漏らした。眠気が限界なのだろう。
「研究が、したいわ……大統一理論……楽しい……」
途切れ途切れの、少し掠れた声。柔らかい吐息に乗る甘い響き。僕は自らの内に劣情を認め、頭の下で両手を握り締める。
いつからか、僕の中には二人の『僕』がいる。彼女の忠実な道具であろうとする自分と、彼女を閉じ込めて自分だけのものにしようとする自分。
創造主への憧憬と言うにはあまりに黒く、母への愛と呼ぶにはあまりに生々しい。
「あなたを一人の人間として尊重し、その願いを認め、対等な他者として寄り添う……デュアン・エヴァンスのような人間に出会っていたら、あなたは僕を造らなかった?」
尋ねて、しばらく。微かな寝息だけが返ってきた。僕はそっと上体を起こし、壁を向くリアナの顔を覗き込む。
彼女がこうして無防備に眠るのは、僕を『モノ』だと思っているから。寝ている間にベッドに食べられてしまう心配をする人間はいないし、人間を食べるベッドの上で眠る者などいない。
僕は『モノ』であるがゆえにこの距離を許されている。もしも僕が彼女にとっての『人間』になったら、遠ざけられてしまうだろう。
(だから僕は、彼女の許可なしに彼女に触れてはならない)
この先に進むことができない。僅か十数インチの距離を埋められない。——そのことを心底残念に、歯痒く思う心が、僕にはある。
(リアナは、心のない偽物の人間を作った。……だから僕はそうあるべきで、そうでなかったなら、彼女にとっての僕は『失敗作』)
だから僕は、今日も『成功作』であり続けるため、彼女の寝顔をただ見つめる。
陽光を透かす金色の睫毛が美しいとか、白い頬が柔らかそうだとか、薄いピンクの唇は舐めたらきっと甘いだろうとか、どうしようもないことを考えながら。
◇ ◇ ◇
ふと気づいて目を開けると、窓から差し込む日差しが夕焼けの赤に色づいていた。
「今、何時……」
私は未だ覚醒しきらない意識を引きずり、壁時計を見る。時刻は午後四時五十分を過ぎたところ。
「えっ……」
寝過ぎた、と慌てて仰向けになったところで、肘枕をしてこちらを見下ろすソキウスと目が合った。「おはようございます」と微笑む。
「早くないわよ。もうすぐ五時よ」
「どうして焦っているんです? 人との約束があるわけでもないのに」
「そうだけど、今朝伝えたでしょう? 今日は書斎の整理をしようと思っていたの」
「今からは無理ですよ。明日にしましょう」
ソキウスが呑気な声で言う。私は上体を起こした。
「あなた、ずっと私を見ていたの?」
「ええ」
「だったら起こしてくれてもいいんじゃない?」
「二時を過ぎたところで声をかけました。でもあなたはすやすや眠っていて……」
ソキウスはふと何かに気づいた様子で言葉を切ると、自身の右手を見下ろし、掲げた。
「寝ているあなたに触れる許可があれば、揺すって起こすことができました」
どこか子供っぽい笑みを浮かべ、手を握ったり開いたりして見せる。私はため息を一つ。
「……触っていいわ。だから次からは起こしてちょうだい」
言うと、ソキウスは少し拍子抜けしたように目を開いた後、「わかりました」と心底嬉しそうに破顔した。




