第11話 新たな戦争様式
ジョン・スミス大佐は親父の古い友人で、俺にとっては叔父のような存在だ。もちろん、これは血縁者であるという意味ではない。接する時の感覚の話。
アフトクラトリア首都・ケントルム。俺はよく行くビストロのテラス席で、ジョンと昼飯を食っている。
「それで君は、おめおめと帰ってきたのか?」
彼がそう言って片眉を上げるのは、俺がリアナのところに行った際の話をしたから。当然、ソキウスのことは適当にぼかし、とりあえずリアナの夫ということにした。
俺はこの話をしたくなかったが、ジョンは昔からの馴染みであると同時に上官でもある。そして今は勤務時間中。どこからか噂を聞きつけた彼に話せと言われれば、大尉の俺に拒否権はない。
「……だったらなんだよ」
「フレッド、君はリアナさんが好きなんだろ?」
「いつの話してんだよ。今は違う」
「本当に?」
「本当だ」
「嘘くさい顔だなぁ」
「うるせえ。俺は元からこの顔だ」
ジョンが「と、言いつつ?」と言ってニヤリと笑う。この面倒臭い絡み方はまさに、時々会う親戚のそれ。
なぜ彼がここまで食い下がるかと言うと、俺が八歳の時に、あろうことか彼に『リアナと結婚する方法』を尋ねたからだ。以来ずっとこの調子。もしも過去に戻れるなら、八歳の俺に「相談相手はよく考えて選べ」と忠告したい。
ともあれ、過去を悔やんでも仕方がないわけで。
「本当に、今はただの友人だ」
「ただの友人に会うために、疲れた体引きずって汽車に飛び乗って片道四時間の道を行くかね」
「行く奴は、行くだろ」
「私は聞いたことがないなぁ」
「お前の周りは薄情な奴ばっかってことだな」
俺が鼻で笑うと、ジョンはグッと眉間に皺を寄せ、「この歳になると、そもそも片道四時間がキツい」と言って口を曲げた。
実際のところ、彼の指摘は当たらずとも遠からずといったところだ。
(リアナはどうも、危なっかしいとこあるからな……)
彼女が一般的な女性らしい振る舞いをせず、父親と衝突しているのは昔からのこと。
幼い頃の彼女は、父親が用意したピアノや淑女マナーのレッスンをよく抜け出して、俺と一緒に虫取りや木登りをしていた。
当時の彼女は、それが楽しいのだと言っていた。今になって振り返ってみると、必死に運命から逃れようとしていたように思う。
今もなお自分の道を突き進もうとしている彼女はしかし、強い人間というわけではない。側から見ていると、何かの拍子にポッキリと折れて、二度と戻らないのではないかと思う。
「ところで、フレッド」ジョンがラムのローストをギコギコ切りながら、「君、まさか意中の子の家に手ぶらで行ったのか?」こちらを一瞥してニヤリと笑った。
「だから、好きじゃないって言ってるだろ」
「なるほど、手ぶらで行ったのか」
「おい、勝手に話進めんな」
「君は昔からこう、気が利かないなぁ。普通は花束の一つでも持ってくだろ」
「んなもん俺が持ってたら、あいつ絶対に笑っ——」
ふと、向こうから「ジョンじゃないか!」と男の声。通りの向こうから、シルバーグレイの髪の男が歩いてくる。
「あれ? フレッドも一緒か。というか君、死んだんじゃなかったっけ?」
当たり前のように俺とジョンの斜め向かいに座り、アンバーの瞳をニコッと細める。ジェレミー・オーウェン。リアナの一番上の兄・デュアンの友人。
「あっ、すみませーん」
ジェレミーは向こうにいる店員を呼ぶと、メニューを開かないまま「コーヒーを一つ」と微笑んだ。
その様子に、ジョンは小言の一つも言わず、
「お久しぶりです、オーウェンさん」
なぜか敬語で話しかける。
「お前ら、知り合いなのか?」
俺が尋ねると、ジョンは「ああ」とだけ答えて肉を頬張り、ジェレミーが「まあね」とひらひら手を振る。俺が「どういう関係だ?」と問いを重ねたら、
「秘密」ジェレミーが口の前に人差し指を立て、「君には刺激が強すぎるからね」とウインクをした。
(こいつ、昔からよくわかんないんだよな……)
リアナと幼馴染の俺は当然デュアンとも交流があって、その友人のジェレミーを知っている。——正確には、彼が魔法に造詣が深く、デュアンの研究を手伝っていたということだけを、知っている。
彼の職業も、住所も、家族構成も、俺は知らない。
「ジョン、兵士製造計画は、再開からその後どんな調子だい?」
ジェレミーがあっけらかんとした顔で尋ね、水を飲んでいたジョンがむせる。
「ちょっ……オーウェンさん、あまり大きな声で話さないでください」
「ああ。軌道に乗ってから一般発表なんだっけ?」
「そうですよ」
「ごめんごめん。で、最近調子どう?」
「……リー&トンプソンとの協働で進むかと思いきや、難航中です」
「どうして?」
「やはり、外装部分がネックでして」
ジェレミーが「ふうん」と頷いたところで、店員がコーヒーを持って来た。ジェレミーは小さく「ありがとう」と言い、角砂糖をこれでもかと入れていく。
(ジョンがこんな話をするってことは、ジェレミーは軍関係者? それにしても、佐官が敬語使うような相手なら、俺でも知ってそうな気がするが……)
ジョンが「魔法でどうにかできませんかね」と囁く。ジェレミーは「うーん」と言いながらコーヒーを一口。
「今の魔法は生体との相性が悪いからね。水銀は生き物にとって毒だから」
「ですので、非生体物質で、どうにか、こう……」
「その辺は科学の方が得意だと思うよ」
二人は一体何の話をしているのか。俺が疑問符を浮かべていたら、「ああ、フレッド、ごめんね」とジェレミーがこちらを向いた。
「仲間はずれにしてしまったね。怒った?」
「いや、ガキじゃないんだ。そんなことで怒らない」
「『仲間はずれ』は否定しないの?」
「…………」
「ふふっ。君は昔から、考えていることが顔に出やすいね」
ジェレミーはコーヒーに砂糖を追加しながら、
「人造兵士計画の、軌道修正の話をしていたんだよ」
さらっと言うジェレミーに、ジョンが「オーウェンさん!」とギョッとした顔をする。
「軍人が不用意に立場以上の情報に触れることは、あまり良い結果に繋がりません」
「でも僕は、彼は知っておくべきだと思うんだよね」
「なぜです」
「僕がそう思うから」
ジェレミーは再びコーヒーを一口。それからつらつらと話し始めた彼を、ジョンはハラハラした顔で見るだけで、力ずくで止めようとはしなかった。——それくらい、ジョンにとってのジェレミーは上の立場にあるということ。
(ジェレミー・オーウェン……何者だ?)
曰く、リー&トンプソン社との共同で再開した研究は、人間と区別がつかないほど精巧な人造人間を作ることを目的としているらしい。完成時の運用方法を大きく見直した結果の、大きな方向転換だ。
凍結前の計画で、完成した人造人間は、下級兵士の代わりとして運用される予定だった。
「戦争は、続けるごとに死体の山が大きくなる。死んだ兵士の家族は悲しみに暮れ、世論は反戦に傾いていく。だから死者を減らすのを目的としていたんだよ」
人造人間に求められていたのは、敵へ向かって走り、銃を構え、撃つこと。ゆえに外装の造形など瑣末な問題で、試作機はどれも金属でできた人形の姿をしていた。
「でも、よくよく考えたら、人間の兵士と同じ運用を目指すというのはおかしな話でね。死んでも誰も文句を言わない兵士がいるなら、通常の兵士でできなかったことをやればいい」
それに気づいた軍部が考えついたのは、人造の便衣兵——民間人に扮した兵士を作るということ。便衣兵そのものは戦時国際法違反だが、それは人間に限られた話だ。
地雷を埋めた地面を均して隠すのと同じ。人造人間は『モノ』であるため、あらゆる偽装が可能。
つらつらと話していたジェレミーが「まあ、こんな感じ」と話を結んだところで、
「俺……この話、聞いて大丈夫なのか?」
俺は向かいのジョンに尋ねた。ジョンは苦い顔をして、
「一生知らないフリを続ければ、きっと大丈夫だ」
絞り出すように言った彼を、ジェレミーが親指で指す。
「でも、軍にも民間企業にも、人間と見紛うほどの外装を作るノウハウがないみたいだね。それで途方に暮れたジョンが僕に助けを求めたのがさっきの話ってわけ」
その言葉に、当然俺はリアナを連想した。——正確には、彼女が作った、外見には人間と区別がつかない人造人間を。
(ソキウスを作るときにジェレミーに知恵を借りたって、リアナが言ってたな。ジェレミーはソキウスを知って……たら、ジョンに聞かれた時に話してるか)
彼は何者なのか。なぜ軍の一部の人間しか知らないことを知っていて、それを俺に話すのか。こいつの目的は——
「そういえば、先日、エヴァンス特許武装がこの件に噛ませてくれと言ってきましてね」
ふと、ジョンが思い出したように口を開いた。——彼はこの話をしたくない様子だったのに。そもそも、こんな開放的なテラス席で話すようなことでは——
(いや、違う。こんなことを考えてる場合じゃない)
エヴァンス特許武装はリアナの実家。リアナの父親は熱烈な科学至上主義者で、彼の代になってから、魔法を一切使わない武器の素晴らしさを声高に叫んでいる。
(だから、魔法なしに作れない人造人間関係は守備範囲外のはず。それなのに、どうして)
考え得る可能性は一つ。俺は勢いよく席を立った。ジョンがキョトンとした顔でこちらを見上げる。
「フレッド、どうした?」
「用事思い出した。基地に戻ったら俺の半休届け出しといてくれ」
「それ、上官に言う?」
「頼んだぞ」
俺は通りを駆け出した。五ブロック先の鉄道駅へ。急げば、午後一番の汽車に間に合う。
*
リアナの実家が人造人間開発計画に名乗りを上げたのは、人間と区別がつかない人造人間を手に入れたから。嫌がる娘から奪い取る形で、その技術ごと。
——と、俺は思ったのだが、
「リアナ、出てきて大丈夫ですよ。やはりただのフレッドでした」
俺がリアナの家の玄関チャイムを連打した末にドアを開けたのは、失意に暮れるリアナではなく、うんざり顔のソキウスだった。
呼ばれたリアナが、向こうの壁の陰から小走りで近づいてくる。
「フレッド、三週間ぶりくらい、かし、ら……どうしたの? そんなに息を切らせて」
リアナが不思議そうに俺を見上げ、こちらをじっと見つめていたソキウスが「リアナ、下がって」と彼女の腕を引く。
「なんだか……下心の気配を感じます」
そんな見当違いも甚だしい警戒を口にするソキウスは、前に会った時と少し雰囲気が変わったように見えた。
それから俺たちは応接室に移動して、俺はジェレミーから聞いた話を詳細に渡るまで説明した。リアナとソキウスは終始真剣な顔で聞いていたが、
(なんかこいつら……距離近すぎないか?)
二人は三人掛けのソファーの真ん中にくっついて座り、ソキウスはずっとリアナの腰に手を回している。俺が彼の製造目的を知ったということもあるだろうが、それにしても、だ。
「——そういうわけで、てっきり俺はソキウスが親父さんの手に渡ったのかと思って、急いで来たってわけだ」
俺がそう話を結ぶと、リアナが「そうだったのね」と頷いた。
「私を心配してくれたのね。ありがとう」
「それは、まあ……そいつの危険度云々はともかく、お前はそいつを大切にしてる風だったから」
「危険の話はもう大丈夫よ。色々と……対策を、講じたから」
俺はリアナの腰に触れるソキウスの手を見ながら「そうか」と応える。ソキウスが首を傾けて、リアナの頭に頬をくっつけた。
「パーティーに行く時は、色々な意味で注意を払わなければなりませんね」
言いながらリアナの頭に口元を寄せ、空いた方の手を彼女の膝へ。リアナが「そうねぇ」と言いながら、彼の手を両手でもてあそぶ。
「でも、バレる可能性と言ったら、怪我をした時くらいしかないわ」
「確かに」
「パーティーで怪我なんてそうそうないけれど、念の為、外装の衝撃反応を調整しておこうかしら」
「また胸を開きますか?」
「エーテル凝集反応は第二腰椎に記述してあるから、腰の下の方を開くわ」
「腰の、下……」ソキウスが何かを考えるように視線を動かし、「楽しみです」リアナの頭にキスをした。それから横目にこちらを見て、少し得意げな笑みを浮かべる。
(前に来た時は、もっとこう……暗い印象だったけどな。ずっと黙って俯いてて)
きっと、何かが変わったのだろう。それが何なのか俺にはさっぱり見当がつかないが、とりあえず、リアナが幸せそうだから何より。
(もう俺はリアナと結婚したいと思ってない。ただ、望む幸せにあって欲しい)
俺は二人を指差して、「なんだお前ら、やることやったのか?」と茶化してみる。リアナが一瞬キョトンとして、それからみるみる顔を赤くして、
「ちっ、違うわよ!」
叫ぶと同時に、勢いよく立ち上がった。その反応を見るに、現状ではやることをやっていないが、時間の問題というところだろう。




