予定がくるったって、どういうこと……?
ガラス越しに、オオトカゲの獣人さんと目があった。
黒い瞳は、私を観察するようにじっと見ているけれど、一切の感情も温度も感じられない。
その黒い瞳が縦長にすーっとのびた。
次の瞬間、いきなり、目の前がまっしろになった。
まるで、もやがかかったように、まわりが見えない。
下を見ても、自分自身の体すら見えない。
なのに、驚くよりも、ぼーっとしてしまう。
なんだか、頭の中まで、もやがかかってきたよう……。
ええと……、今、自分はどこにいたんだっけ……?
というか、私って……だれだっけ……?
ぼんやりして、なにも考えられない……。
支えを失った体が、ゆらゆらゆらゆらとゆれはじめる。
すると、ゆれる両肩がぐっとおさえられた。
「しっかりしろ! あなたはララベル様だ。自分の名前をとなえるんだ」
小さいけれど、力強い声。
あ、この声は……、ラッカルさん……!
私の同志だ!
頭の中がはっきりしてきた。
でも、まだ、まわりはもやがかかったようにまっしろで何も見えない。
頭がはっきりしたぶん、不安がわいてくる。
ずっと、このままだったらどうしよう……。
首をふって私はその不安をおしやると、ラッカルさんに言われたとおりにしてみた。
(私の名前はララベル、ララベル、ララベル、ララベル! そう、私は、こんなところでぼやぼやしている場合じゃない。私ことララベルはルーファスを守らないといけないから!)
ルーファスの天使のような笑顔がうかんだ瞬間、一気にもやが消えて視界がもどってきた。
「あ、見えた! 良かったー!」
「いいか。奴の目はできるだけ直視するな。瞳が縦になったら、すぐに目をそらせ」
ラッカルさんが早口で言い、私は小さくうなずいた。
視界が戻った目で、ガラスの向こうを見れば、オオトカゲの獣人さんは背負っていたモリナさんをおろしているところだった。
地面に立ったモリナさん。
ドレスをはたいて形を整えるなり、こっちを向いた。
目が合うと、一瞬驚いたような顔をしたモリナさん。
私がここにいることを初めて知ったみたい。
でも、すぐに、嫌な雰囲気の笑みをうかべて、小屋の扉を開くと、オオトカゲの獣人さんより先に中へ飛び込んできた。
「あら、ララベルさんじゃない! こんなところにいたの? ルーファス様に守られていい気になってたのに、いいざまね!」
笑いながら、私を見下ろすモリナさん。
なんだか、やたらと嬉しそう。
私は、モリナさんをきっと見上げて言い返した。
「モリナさんこそ、なんでこんなところにいるの? 別室で眠っていたはずよね?」
「ええ、そうよ。でも、ここにいる、ラジュ王女様の側近の方が迎えにきてくださったの。今は、私のかわりに、ここのメイドがぐっすり眠ってるわ」
え……?
モリナさんのかわりに眠ってる……?
まさか……!
「眠ってるって、もしかして、モリナさんに付き添ってたメイド長のマリーさんのこと!? あなたたち、マリーさんに何かしたのっ!? マリーさんは大丈夫なのっ!?」
「大丈夫に決まってるじゃない。ララベルさんったら、ひどいわ。私が危害を加えるとでも思ったのかしら? そんな野蛮なことしないわよ。私は誇り高い竜の獣人の血をひくジャリス侯爵家の娘だもの。獣人の血がかけらも入っていないララベルさんとは違うの。あのメイドは、私のかわりにただ眠っているだけよ」
「ただ眠ってるだけって……どう考えてもおかしいよね!? それって、マリーさんを無理やり眠らせたってことでしょう!? 気分が悪くなったモリナさんを心配して付き添っていたマリーさんになんてことをするの!?」
「はっ……! 誰のせいよ!? 全部、ララベルさんのせいじゃない! 私は本当のことを言っただけなのに、ルーファス様が怒ってしまって威圧を私にぶつけてきたから! だから、私は立っていられなくなって別室に運ばれたのよ。おかげで予定がくるったわ! こうなったのも、全部全部、ルーファス様をたぶらかしたララベルさんが悪いんじゃない!」
私をにらみつけるモリナさん。
私のせいにするのはどうでもいいとして、予定がくるったって、どういうこと……?
なにを企んでるの……?
更にモリナさんに聞こうとしたのを遮るように、低い声が聞こえてきた。
「あのメイドは大丈夫だ。あと1時間くらいすれば目覚めるだろう」
今まで黙っていたオオトカゲの獣人さんだ。




