かまどの奥から
噴き出した黒い霧が、すごい力でおれの身体を建物の中へとひっぱっていく。
「うわっ、うわっ、うわっ!」
抵抗もできず、おれはたちまち中にひきずりこまれ、後ろでは扉がバタンとしまった。
「おい、アーネスト!」
「だいじょうぶかぁ、アーネスト!」
外から扉を叩いて叫ぶ、パルノフとヌーナンの声が、小さく聞こえる。
「たっ、たすけてくれー!」
扉はまったく開かない。
焦って部屋を見回すと、いちばん奥には、かまどらしきものが二つ並んでいた。
なんだかそのかまどから、いやーな感じが漂ってくる。
まずいぞ、あれはなんだかヤバい。
なんだかわからないが、あのかまどには近づかない方がいい。
よし、扉がダメなら窓から脱出だ。
窓のかんぬきを外すべく、ガチャガチャうごかしたが、
ゾワリ
急に、背中に悪寒がはしった。
「な、なんだ?」
おそるおそるふりかえる。
「うわあっ!」
おれは悲鳴を上げた。
かまどの下の、焚き口から、モゾモゾ這い出てくるものがある。
四つん這いで、はいでてくる、赤ん坊のような――。
「ひいっ」
焚き口から這い出てきた、そのなにかは、かまどの前に、立ち上がっていた。
全体は人の形をしているが、ずいぶん寸詰まりだ。
ザマ葱のような、とがった頭が妙に大きい。
三角形の目、大きな鼻と、横長の口。
胴体は寸胴で。一面におかしな文様が書かれている。
細い手足は、何かの茎を束ねて、何箇所かを縛って作られたようだ。
そいつが、今は二本足で立ち、ユラユラ揺れている。
シャアアアッ!
人形が、獲物を狙う魔獣のように、いきなり床を走り、おれに飛びかかる!
「グゥッ!」
とんがった人形の頭が、おれの胸に、どすんとぶつかった。
「やっ、やられたあー!」
ああ、栄光の冒険者アーネストもこれまでか……。
おれは覚悟した。
だが――はね飛ばされて、床をゴロゴロころがったのは、おれにぶつかってきた人形の方だった。
部屋の隅までころがっていき、そこでまたむくりと起き上がる。
「あ、あれ?」
おもわず声が出た。
やられたと思ったんだが……?
せいぜいが子猫がぶつかったくらいの衝撃で、ぶつかったあたりをさわってみたが、とくに傷があるわけでもなく、痛みも無かった。
ギョェェエ!!
一声、怒りの叫びをあげて、また、人形が頭から飛びかかってくる。
こんどは、おれの腹にぶつかったが、また、ぼんと跳ね返る。
ふっとんで、壁にぶつかって落ちた。
「ひょっとして……こいつ、あんなおどろおどろしい格好なのに…実はショボいのか?」
怪しい人形、恐るるに足らず!
「よおーし、そうとわかれば、このアーネストさまが退治してやる!」
いきなり元気が湧いてきて、おれは腰の剣に手をやった。
見てろ、一刀のもとに斬り捨ててやるぞ!
だが――まさぐっても、腰に剣はなかった!
「ああ、そうだった。重いから、途中で外して、荷車に積んできたんだった、ハハハ、だめじゃんオレ」
などと言っているうちに、
ギョェエエエエエ!
飛びかかってきた人形が、作戦を変えたようで、その細い手足でおれにがっしりしがみつき、そして、とんがった頭をおれのみぞおちにグリグリと押し当ててくる。
「こんどは何やってるんだ、こいつ? おれに懐いてんのか?」
いや、そんな話ではない。
人形が頭を押し当てているおれの革鎧が、なにかじわじわ溶けはじめている。
「げっ、こいつ、おれの身体の中に潜り込もうとしているんだ!」
おれはあわてて、両手でその人形の胴体を掴んだ。
「ヒィイイイ、何だよこれは!」
ねっとりとした、いやあな感触だ。気持ち悪いったらない。
「くそっ、こいつ、くそぅ、離れろ!」
力を入れると、
ベリリ
そいつは、気持ちの悪い糸をひきながら、あっさりおれから引き剥がされる。
おれは両手を突き出し、そいつを体から離したまま、向きを変えて、扉に近づき、渾身の力で扉を蹴った。
「うわあっ?!」
向こう側で、パルノフとヌーナンの叫び声がして、扉がばあんと開く。
「開いたっ!」
「ア、アーネスト、無事か?」
「おい、お前、その掴んでいるもの、いったい何だよ?!」
「知るかよ! 襲いかかってきたんだ」
「ひぇええ、お前、よくそんなものさわれるなあ」
「好きで持ってるんじゃないんだよ!」
おれだって、こんな不気味な代物をこれ以上さわっていたくない。
ぽいっと通りに放り投げる。
人形は、べたっと地面に落ちる。
だが、そこでまた、むくりと体を起こしてくる。
「くそっ、まだかよ」
おれは身構えたが、偶然にも、そのとき通りを疾走してきた馬車馬が、前足の蹄鉄で人形を思いっきり踏んづけた。
グェッ!
踏み潰されて、カエルのような声を出したその人形を、今度は馬の後ろ足の蹄が蹴っ飛ばす。
ギャッ!
人形は飛ばされて、ポチャン、大通りのドブに落ちた。
汚水にぷかっと浮かんだところに、その横の店からバケツをかかえた、恰幅のいいエプロンのおばちゃんが現れ、何も気づかなないまま、ざばっとバケツから水をドブに捨てた。
不気味な人形は、もろにその水をかぶり、クルクル回りながら、汚水の中を流されていく。
あっという間に、流れ去り、見えなくなった。
見たか! われら、『暁の刃』の圧倒的な勝利である!
いつも読んでくださってありがとうございます。とりあえず、何とかなったようです。
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