森へ向かう2人
人通りのない路地裏で、1人の男が胡坐をかいて座っていた。
男は懐から財布を取り出し、中にあるお金を取り出した。
財布の中身が空っぽになると、ゴミを捨てるようにどこか遠くへと放り投げた。
「この財布は、中身が少なかったでもうすね」
男はそう言って、懐から新たに財布を取り出した。
そしてまた、中からお金を取り出して、ポイと投げ捨てた。
「まぁ、塵も積もれば山となる、でもうすね」
取り出したお金は胡坐の中に落として、落ちて積み重なったお金は小さな山になっていた。
そしてそれが徐々に大きくなっていく様は、男にとって大きな喜びになった。
「今日の稼ぎは、いい稼ぎでもうす」
男は懐に入っていた最後の財布を投げ捨てた。
高く高く上がった財布は、空を飛ぶ鳥のように何処かへと行ってしまった。
「さてと、行くでもうすよぉー」
山となったお金を袋に詰めて、男は立ち上がった。
ニヘっとした笑顔になりながら、緩んだ民族衣装をピシッと整えた。
「男ゴエモン。今からカルピスちゃんに会いに行くでもうすよー」
飛び跳ねるように走り出した男の名はゴエモン。
メントシアからやってきた大道芸人‥‥‥ではなく、メントシア随一の盗人だった。
そんなゴエモンの手に持っているお金はすべて盗んだお金だった。
今日難癖つけてきた冒険者達から財布を盗み、助けてくれたお間抜けピエロから銀貨3枚を盗り、はたまた冒険者組合で騒いでいる多くの人達からヒョヒョイと財布を盗んでいった。
誰も彼も、財布を盗まれた事に気づくことはなかった。
まさに彼は一流の盗人だった。
「カルピスちゃんー待ってでねーでもうす」
ゴエモンは盗んだお金を持って、行きつけのお店に向かって走り出した。
今は夕暮れ時。
空が薄暗くなる中で、バンダイの町の奥のとある大きな店に明かりがついた。
鮮やかピンク色が映えるそのお店は、なにやら淫靡な雰囲気を漂わせる怪しさがあった。
しかし、男達にとってはその怪しさはまったく気にはならず、どちらかというと心躍るものがあった。
ああ、もしこのお店に入れば、溜まっていた何かが解放される。そして心に安らぎを与えられる‥‥‥そう期待してしまうものだった。
まさに夢の様な世界、素晴らしき世界がそのお店の中にあった。
そんな男達の期待を一心に受けたそのお店の名前はオーパブ。
この町では唯一うっふんやあっはんな事が出来る高級風俗店であった。
ゴエモンはそんなオーパブの常連客だった。
彼は金を手に入れると、必ずと言っていいほどオーパブに行き、そしてカルピスという名の女性を指名して、夢の世界へと旅立っていく。
甘い甘い夢の世界。
あまりにも甘いので、ゴエモンは現実の世界に帰っても忘れられず、常に心はベッドで横たわるカルピスを思っていた。
故に彼は行く。果てしなき夢の世界オーパブへと。
ゴエモンは走った。走って走って走りまくった。
オーパブ1番乗り目指して走った。
いち早くカルピスに会いたくて堪らなかったからだ。
だが、意気揚々としたゴエモンはお目当てのお店が見えてくると、足を止めて盗賊の技『猿飛』を使って物陰に隠れた。
この猿飛は、言葉の通りサルのように飛んで、瞬時に身を隠す盗賊の技である。
「こりゃ、まいったでもうすね‥‥‥」
ゴエモンが目的のお店を前にして隠れた。
それはなぜか‥‥‥。
その理由は、オーパブのお店の前で4人の冒険者達を見つけたからだ。
ゴエモンにとって、今日は1番会いたくない相手だった。
「あれは今日私にいちゃもんつけてきた冒険者達でもうすね‥‥‥。それにしても不思議でもうすね。彼らはオーパブに行くお金をもっていないはずでもうすが、なぜこんなところに‥‥‥うーむ、少し聞き耳を立ててみるでもうすかね」
ゴエモンは聴力を上げる盗賊の技『盗み耳』を使った。
すると、色んな声や環境音などが耳に入り、頭が痛くなってきた。
「むー集中集中。オーパブの前にいる4人の声だけでいいでもうすよぉ」
目的の男達の声を探り、それ以外の音を省いて、声を鮮明に聞こえるように集中した。
すると彼らの声だけが聞こえてきた。
「くそぉ‥‥‥いったい誰が俺の財布を盗んだんだよぉ。やっぱあの三角頭の奴ぐらいしか思いつかねぇ」
「はぁ、まだ顎が痛てぇな。おいジーン、金はもう盗られちまったんだ、もうどうしよもねぇ」
「ちっ、まぁいい。それにしてもデニムよぉ、よく金の都合がついたな。しかも俺達全員を奢るとはなかなかやるじゃねぇか」
「まぁちょっとした物を売ったら、思っていた以上に大金になったのさ」
「へぇ、何売ったのさ。気になるじゃん」
「ああ、それはな‥‥‥」
「おい、ジーンにデニム、オーパブが開いたぞ! 俺達が1番乗りだ」
「おっしゃ、憂さ晴らしだぜ。んでお前ら誰指名するんだ?」
「俺はもちろん、ネクタールちゃんだ」
「俺は、ヨーグルトちゃんだ。デニムとジーンは誰にするんだ?」
「そうだなぁ、俺はヤクルートちゃんだ。ジーンはどうする?」
「俺は‥‥‥カルピスちゃんだな!」
ゴエモンは思わず咳き込んだ。
集中力が切れたせいで、盗賊の技『聞き耳』の効果がなくなり、4人の声が聞えなくなった。
「な、なんでもうすと!! カルピスちゃんを指名するでもうすと!!」
ゴエモンは焦った。
オーパブの指名は先着順だ。なので、オーパブに行っても誰かが先に指名しているせいで、お目当ての人物に会うことが出来なくて涙した‥‥‥といった出来事が起きる事がある。
そして、そう今まさにゴエモンの目の前でそれが起きようとしていた。
「ど、どうしたらいいでもうすか。このままだとカルピスちゃんが!!」
ゴエモンはさらに焦った。
どうしかして、あの男達より先にオーパブの店の中へ入り、カルピスを指名しなければならなかった。
がしかし、そんな方法がすぐには思いつかなかった。
「行くぞお前ら、今日は俺のおごりだ!!」
「おう、デニムカッコいいぞ!!」
「ヒューヒュー」
「まったく、いい男だぜ!!」
こうして、冒険者の男達はオーパブの中へと入ってしまった。
「‥‥‥帰るでもうすか」
ゴエモンは意気消沈した。
今日はカルピスと会うことが出来ない。あっはんな事やおっほんな事が出来ない。もう、それだけで今日という1日が最悪になった。
「はぁー」
ゴエモンは腰を曲げてトボトボと歩いた。
自分が寝泊まりしている安宿へ向かって。
すると突然、お腹がグゥーと鳴り始めた。
「あ、そういえば、お腹が空いたでもうすね。腹ごしらえしておくでもうすかね」
夜ご飯はカルピスと一緒に食べようと思っていたのだけど、その予定もなくなってしまった。
なので、どこか酒場か露店で食事でもしようと考えた。
体の向きをダウン通りにむけて歩き出した。
ダウン通りは食事処が沢山集まっている通りで、特に夜は活発的な場所になった。
ゴエモンは空を見上げた。すると丁度赤みがかっていた空が暗闇に覆われていた。
「暗くなってきたでもうすね‥‥‥」
日が落ちて夜になったのだ。
今頃どの酒場も露店も賑わいを見せているだろう。
「そういえば、ロジックさんは頑張ってるでもうすかねぇ」
暗い夜空を見上げているゴエモンは、ふと哀れなピエロことロジックを思い出した。
彼は冒険者組合の依頼でフォレストの森に行っている。
フォレストの森の調査と行方不明になった冒険者達の救助をするためにだ。
多分今頃は、暗い森の中を神経を擦り減らしながら探索をしているだろう。
「なんだか申し訳ない気持ちになってくるでもうすねぇ」
そもそもロジックがこのような依頼を受けたのは、ほとんどゴエモンのせいだった。
ゴエモンは、乗り気じゃないロジックに依頼をやるように仕向けて、結果哀れなピエロは依頼を受けざるをえなかった。
「あそこで盗みをするには、ロジックさんを利用しないと難しかったでもうすから、仕方ないでもうすよねぇ」
ロジックが冒険者組合の中で注目されているおかげで、ゴエモンは騒いでいる人達から簡単に財布を盗ることが出来たのだ。
「おかげで、カルピスちゃんに会いに行くお金が集まったというのに、がっかりのオチがついたでもうすよぉ。はぁー」
オーパブでカルピスに会えなかったことを思い出して、大きな溜息を吐いた。
「あの、すみません。あらくれサーカス団を知りませんか?」
「うん?」
俯きながら歩いていたゴエモンの前に、フードを被った人物が声をかけてきた。
顔は見えないが、声を聞くからしてその人物は女性のようだった。
「いえ、知らないでもうすよ」
「そうでしたか。失礼しました」
その女性が頭を下げると、ゴエモンの鼻に彼女の甘い香りが入ってきた。
思わず体がゆらりと揺れるぐらい良い匂いだった。
「それでは‥‥‥」
「ちょ、ちょっと待つでもうす!」
ゴエモンは、思わず彼女を引き留めてしまった。
自分でも理由はわからずに声に出していたのだ。
「あの、何か?」
「あ、いや。その、えっと」
何を言えばいいのかわからず、挙動不審になりながら言葉を濁してしまった。
そんな時、ゴエモンの後ろから強い風が通った。
「きゃっ」
風によって女性が被っていたフードが捲れた。
するとゴエモンの目の前に彼女の顔が見えた。
「‥‥‥う、美しいでもうす」
ゴエモンはその女性の顔を見て、ポカーンとだらしなく口を開けた。
不思議と心臓あたりからドクドクと鼓動が高鳴った。
顔が熱を持ったように真っ赤になった。
まるで恋をした乙女のように心が舞い踊った。
「あの、それで、なんでしょうか?」
ゴエモンは女性の言葉に意識を戻した。
気がつけば、女性はフードを被り直していた。
そして、なんだか焦っているように見えた。
「あ、えっと、そう! 何かお困りなら私が手伝ってあげるでもうす!」
「えっと‥‥‥」
「あーそうそう、そうでもうしたね。あらくれサーカス団を探しているでもうしたね」
ゴエモンはもう1度、頭の中でバンダイの町にいるサーカス団を頭に思い浮かべてみた。
がよく思えば、今バンダイの町にはサーカス団はいないことを思い出した。
人数の多いサーカス団や旅の一座はすでにこの町からは去って、危険の少ない隣のマルトロン神国に行っているのだ。
「そのーなんと言えばいいもうすかぁ‥‥‥。あらくれサーカス団というのは本当にこの町にいるでもうすか?」
「はい。たしかにいると聞きました」
「うーん‥‥‥わかりもうした。貴方の力になりもうすよ」
ゴエモンは、自分が知らないだけで、そのサーカス団がまだこの町に残っているのかもしれないと考えた。
それと、あとこの女性とお近づきになりたいので‥‥‥いるいない関係なしに協力しようと思った。
「私はゴエモン。大道芸人でもうす! どうぞ宜しくでもうす」
ゴエモンは右手を出して握手を求めた。
手を触りたいという欲望を込めた右手だ。
「私はメシア‥‥‥じゃなくて、ルシアです。宜しくお願いします」
だがルシアはペコリと頭を下げるだけで、ゴエモンの握手には応じなかった。
ゴエモンは心の中で唸った。
‥‥‥残念っと。
だけどこの麗しの女性の名前が分かったので、それだけで気分を取り戻した。
えっと、名前はルシア‥‥‥じゃなくメシア。偽名がルシアで本名はメシア。ルシアでじゃなくてメシアなんだけどルシアでもうすね。
2つの名前を頭の中でグルグルと回してから覚えて、そしてメシアに聞いた。
「おお、メシア様でもうすか。なんと素晴らし名前でもうす」
「ルシアです。名前はルシアです」
「おっと、これは失礼したでもうす」
ルシアの警戒したような顔をしたので、ゴエモンはすぐに謝った。
うむ、どうやらあまり名前を呼ばれたくないらしいでもうすね‥‥‥。
「それではルシア様。今日はもう遅いので、探すのは明日にして‥‥‥その、一緒にお食事でもどうでもうすか。あ! もちろんお金は私が払うでもうすよ!!」
ゴエモンは少し鼻息を荒くしながら、もしかしたら、そのままお持ち帰りが出来るのではないかと淡い期待を乗せて食事に誘った。
だがルシアは頭を振って断った。
「いえ、出来れば今日見つけたいのです」
「そ、そうでもうすか。お急ぎでもうしたか‥‥‥」
「申し訳ございません。では私はここで失礼します」
「ちょ、ちょっと待っでもうす」
このまま麗しの女性ルシアとお別れするのは嫌だった。
ゴエモンにとってこの胸のときめきは初めてだった。
オーパブのカルピスでさえ、これほどまでに心をときめかせないだろう。
これはいわゆる、ゴエモンの初恋。
故に、この出会い逃すわけにはいかなかった。
「わかりもうした。今日見つけるでもうすよ!!」
とゴエモンは胸をドンと叩きながら意気揚々と言った。
「あらくれサーカス団というサーカス団の情報を集めるために酒場に行くでもうすよ。あそこなら色んな情報が集まってるでもうすからね」
「酒場‥‥‥ですか。すみません、あまり人通りの多い所は‥‥‥」
やっぱり何か深い事情がありそうだとゴエモンは思った。
「わかりもうした。ならば私1人で聞いてくるでもうすよ」
「申し訳ございません。お願いいたします」
「まっかせてでもうす!」
ゴエモンは気分よく歩き出した。
ルシアもまたフードを深く被って歩き出した。
「それで、ルシア様はそのサーカス団には知っている人がいるでもうすか? もし知ってる人がいるならその人の名前でも探せるでもうすが」
「あ、はい。あらくれサーカス団でピエロをしている人で、名前はロジックさんと言います」
「ロジック?」
ゴエモンはピタリと足を止めた。
ピエロのロジックと言えば、今日出会ったばかりの人物だ。
それと、ルシアと出会う直前に、どうしているかとなと思っていたばかりだった。
「そのー、ピエロのロジックさんというお方は、派手目なピエロの服を着た、ボサボサの茶髪の青年でもうすか?」
「えっと‥‥‥確かそうです。知ってるんですか?」
「これはまた偶然でもうすね。もちろん知ってるでもうすよ! 私の友人でもうすよ!」
「そうだったのですか! それで彼は今どこにいるのですか?」
「ロジックさんは、フォレストの森へ行っているでもうすよ」
「フォレストの森ですか? またどうして、そんな所に?」
ゴエモンはその理由をかくかくしかじかと答えた。
すると、その話を聞いたルシアは俯いて、小さな声で「ちょうどいいかも」と呟いた。
「というわけで、ロジックさんは今日は帰ってこないでもうす。もしかしたら、明日も帰らないでもうすかも。‥‥‥なので、あらくれサーカス団の別の団員でも探してみたほうがいいでもうすね」
「わかりました。では私はフォレストの森へ行きます」
「では、酒場に行く出‥‥‥えっ?」
「ゴエモンさん、ありがとうございました。それでは私は失礼します」
ルシアはペコリと頭を下げて、町の外へと歩き出した。
ゴエモンは呆然としながらルシアが去って行くのを見送っていた。
がすぐに気を取り戻して、ルシアを追った。
「ちょ、ちょっと待つでもうす。フォレストの森は危険でもうすよ。危ないでもうす」
「大丈夫です」
「だ、大丈夫って‥‥‥。それなら明日行くでもうすよ! 今行っても夜深い頃に着くでもうすよ。魔物が活性かする時間帯でもすよ! やっぱ危険でもうす」
「慣れてますので、大丈夫です」
慣れてるっていったい何が? と思いながら、ゴエモンは何とかルシアを押し止めようとした。
このまま行かせてしまうと、素晴らしき出会いで見つけた麗しき女性が、フォレストの森で行方不明になった冒険者達と同様にいなくなってしまうかもしれないと思った。
「ここ最近、町の周辺にも魔物が見られたという話しでもうす。1人で出歩くものではないでもうすよ。いや本当に危険でもうすよ!!」
「‥‥‥たしかにそうですね。それでは私についてきてくれますか?」
そう言われて、ゴエモンは「えっ!?」と言葉を詰まらせた。
正直言って、いやはっきり言ってついていきたくない。
ゴエモンは一流の盗人であるが、戦いは不得手だった。
強さ的には、そこら辺にいる町人と変わらないぐらいだ。
なので彼は戦いを嫌った。弱いので。
なるべく危なそうな場所に近づかないようにしているのだ。
だから、彼は言った。
「い、行くでもうす。もちろん行くでもうすよ!!」
ゴエモンは、そんな危険な場所へは行きたくなかった。
いつもだった「行かないでもうす」と言って断っていただろう。
だが、ルシアが言った『私についてきてくれますか?』の言葉が、ゴエモンの頭をおかしくさせた。
もしゴエモンのステータスが見られるなら、こう書かれているだろう。『魅了』と。
故に彼は言ってしまった。行くの反対の言葉を‥‥‥。
「歩きだと時間がかかるでもうすから、馬の用意してくるでもうす!!」
「ありがとう。お願いしますゴエモンさん」
「ふほっ!! すぐ戻ってくるので待ってでねーでもうす」
目と心と頭の中をハートにさせたゴエモンは、飛ぶように走り出した。
こうしてゴエモンとルシアは馬に乗って、フォレストの森へと向かった。




