出発前
「それではロジックさん。冒険者コインはお持ちですか?」
受付に連れて行かれた俺は、依頼を受けるのに必要な冒険者コインの提示をお願いされた。
すでに依頼を断れる状況でなかったので、諦めて冒険者コインを革袋から取り出そうとした。
その時、はっといい案を思いついた。
それは‥‥‥。
「あー、失くしちゃったかも」
冒険者コインを失くしたという案だ。
これなら依頼の契約をする事が出来ないので、他人に回すしかないだろう。
他にも「冒険者コインなんて持ってない。実は俺は冒険者じゃないんだ」というのも思いついたんだけど、この冒険者組合には何度かお小遣い稼ぎで来たことがあるので、そういった事が言えなかった。
とにかく、これで「仕方ないよね、他の人に任せるわ」といった感じに収まればいいなと、そう淡い期待をしたのだけど‥‥‥。
「わかりました。では再発行ですね。申し訳ございませんが、再発行に料金がかかります」
「持ってました。はいどうぞ」
うん、そうだったな。そうなるわな。
行きたくない一心で閃いた案だったけど、まったく意味がなかった。
それどころかお金を失うところだった。
俺は冒険者コインを受付の女性に渡して、依頼の契約が完了した。
依頼内容は、フォレストの森の調査と冒険者の救助だ。
「それではロジックさん。無理のない範囲で宜しくお願い致します」
「はい‥‥‥あっ、ちょっと待った。まじで俺1人で行くの?」
「はいそうです。申し訳ございません。その‥‥‥ちょっと耳を」
「ん?」
受付の女性は俺の耳元で小さな声で話した。
「誰かが行かないと、ここにいる人達が暴れだしそうでして。簡単な調査だけでいいので、お願いします」
俺は振り向いて、さっきまで騒いでいた人達を見た。
たしかに冷静な感じではない。かなり興奮している。
不安と怒りと悲しみがごっちゃになったせいで、おかしくなっているのかもしれない。
「でも、その後どうするんですか? 俺救助とか多分できませんよ」
俺も周りに聞こえないように小さな声で話した。
「ご心配なく。今上の方で協議中です」
それって、ご心配なくと言えるような話じゃないような‥‥‥。
まっいっか。
一応は納得した形にしておいた。
「じゃ行ってきます」
「宜しくお願い致します」
ペコリと頭を下げる受付の女性。
それに合わせて周りの人達も「頼んだぜ兄ちゃん」「たよりなさそうだけど、頼んだよ」と俺の背中をバシバシと叩いてきた。
「さぁさぁ、勇者の出陣でもうすよ。皆さん、盛大に拍手でもうすよ!!」
「あー止め止め。いくぞゴエモン!!」
変に盛り上げようとするゴエモンの背中を押して。俺は急いで冒険者組合の建物から出ていった。
「で、どういうことだゴエモン」
「うっ、ロジックさん。その、お怒りでもうすか?」
外に出た俺はゴエモンに問い詰めた。
俺に危険な依頼を受けさせたのだ。
さすがに温厚な俺でも、怒りプンプン丸だった。
「こ、これは、申し訳ないでもうす。つい、皆さんが困っておりましたので、何とかしたいと思い、勝手ながら‥‥‥その、言ってしまったもうす」
「気持ちはわかるけど、さすがに勝手すぎるだろ」
「まこと、申し訳ないでもうす。許してでもうす」
ゴエモンは道端で土下座をして謝った。
すると、その土下座の姿を見た通りを歩く人達は「なんであんな事させるのかしら?」「そこまでさせる、ひどい人ね、あの男」とヒソヒソ話をして通り過ぎていった。
「はぁ‥‥‥」
俺は溜息を吐いた。
こんな大通りで目立つような謝り方はとても困るぞ。
しかも俺が悪者扱いって‥‥‥ひどいじゃないか。
「わかった。許すよ。どのみち、もう決まった事だしな」
「そ、そうでもうすか」
許すという言葉を聞いてゴエモンはすぐに立ち上がった。
「いやー。さすがロジックさん。器が大きいでもうすよ。わはっは」
そう言って俺の背中をバンバンと叩いた。
「ゴホッ」
さきほどまで泣きそな顔をしていたのがまるで嘘だったかのように、ゴエモンは笑顔になって笑った。
「さてさて、それではロジックさん、私は充分に稼いだので失礼するでもうす。お仕事の方頑張ってでもうす」
「稼いだ? あ、おい」
「それでは、またいつかでもうすよー!」
俺が止める間もなく、ゴエモンは去っていった。
それも急ぐように全速力で走っていった。
そしてその直後、冒険者組合の方からまた騒ぎ声が聞こえた。
「あれ、俺の財布がないぞ」
「俺もだ、財布が見当たらない」
「わ、私もよ!!」
‥‥‥財布? ま、まさか!!
俺は焦りながら、革袋に手を入れて確認した。
まず魔法玉はある。冒険者コインもある。手ぬぐいもある。銀貨3枚は‥‥‥
「ない‥‥‥だと!?」
革袋の中に入っているはずの銀貨3枚がなかった。
ピエロの服を買うためのお金が無くなっていた。
冒険者組合の中で騒いでいる人達と同様にお金を盗られていたのだ。
いつの間に‥‥‥いったい誰が‥‥‥。
そこでふと頭の中でゴエモンの顔がよぎった。
「まさか、ゴエモンか」
確証はない。ないのだけど、さきほどゴエモンが言った「稼いだ」という気になる言葉と不自然に去って行った姿も相まって怪しく思えた。
ゴエモンに問いただしてみるかと思ったのだけど、すでにゴエモンの姿は見えなかった。
これでは、もう追えないだろう。
はぁっと激しい溜息を吐いた。
「服買えねぇ‥‥‥」
手持ちが無くなったので、俺は服を買うことが出来なくなった。
おかげで、この臭い黒装束を身につけ続けなければならなかった。
「行くか‥‥‥」
色々と諦めて、俺はミネ公園へ向けて歩いていった。
「と言うわけでさ、今日は休むわ」
「ふむ」
公園に着いた俺は、早速ドルトに事情を説明して、魔法の訓練を休む事を言った。
すると、ドルトはなにやら不安そうな顔つきになった。
「なにやら、その森きな臭いのぉ。冒険者がたびたび行方不明になるのはおかしい話ぞ」
「そうなんだよなぁ。はぁ、正直行きたくないなぁ」
「なら、なぜ断らなかったじゃ」
「‥‥‥さっきも言ったけど、ゴエモンのせいなんだよ。あいつが勝手に俺にやらせたんだ」
長椅子に座ってる俺は、ドルトに愚痴を聞かせるように言った。
そんな愚痴を言う俺を見てドルトは呆れた顔をした。
「もう行くと決まったんじゃ。グチグチゆうでないぞ」
「いや、まぁ行くんだけどさ、何と‥‥‥言うか愚痴を言わないと気が済まないというか‥‥‥」
「お主、そんな男じゃったかの。もっとさっぱりした男じゃったと思ったが」
「うっ」
なんだろうな。自分でも気がつかないうちにストレスが溜まっているのかもしれない。
だから、自分の鬱憤を話さずにいられない精神状態になっているのかもしれない。
‥‥‥それはいかんな。
俺はパンパンと頬を叩いて、気分を変えた。
「ドルトさん悪かった。俺変なこと言ってたわ。忘れてくれ」
「ほっほっ、まぁ色々と溜まるものはあるじゃろうて。それで、そのフォレストの森という場所にはいつ行くんじゃ?」
「着替えてから、すぐ行くよ」
さすがに、この黒子の服で行きたくなかった。
匂いはきついし、なんだか体が痒くなってきた。
やる気すらこの服に吸われている気がしてきた。
「たしかにその服は酷いのぉ。盗賊の服じゃったかの? メントシアで見た事があるぞい」
「いや、黒子の服だけど‥‥‥えっ盗賊?」
盗賊‥‥‥盗人‥‥‥ドロボー? えっ、まじ?
となると、やっぱりゴエモンが俺の金や冒険者組合にいた人達の財布を盗んだ!?
「うわっ、まじか。まじでやられたぜ。くそぉ‥‥‥この服脱ぎてぇ」
盗賊の服と分かれば、脱ぎたくて仕方がなかった。
がしかし、脱げばパンツ一丁姿になる。
その姿で通りを歩けば下手したら捕まるかもしれん。
「仕方ないのぉ。ほれ、これをお主にやろう。新品の服じゃ」
「おっ、まじか! 助かるぜドルトさん」
ドルトは何処からともなく服を取り出した。帽子を取り出した。赤い小さなボールを取り出した。
それらすべてを俺に渡した。
「これは‥‥‥ピエロの服に帽子か? あとはこの赤いボールは着け鼻か」
「これで出発する準備は整ったじゃろう」
「おう!」
丁度こういった服を買おうと思っていたので、嬉しかった。
俺は今着ている服を脱いで、新しいピエロの服に着替えた。
サイズの方はぴったし合っていたので大満足だった。
「どうよ」
「うむ、まぁ先ほど来ていた服よりかは似合っておるわい」
そう言われると、なんだか微妙な気分になった。
「それにしても、今まで着たことのある服とは何か違う気がするぜ」
「ほっ、よくわかったのぉ。今お主が来ているピエロの服は守護の加護付じゃ。それなりに打たれ強いぞい」
「おぉ、加護付かぁ。そりゃすごい」
なぜピエロの服に守護の加護が付いているのか理解できなかったけど、それでもついていないより全然良かった。
なにせ、加護の付いた装備はものすごーくお高いのだから。
「いいのか? こんなすごい服を俺にくれて」
「本当はな、訓練を終えた証として用意しておったんじゃが、どうやら今必要としておるようじゃしな。まぁ仕方ないわい」
「おぉ、そっか。大事に着るぜ!」
これで準備は整った。
後は家に帰って、書置きをしてフォレストの森へ出発だ。
「じゃ、行ってくるぜ」
「ふむ、ちょっと待て。行く前に面白い話をしてやろう」
「なんだ? 時間がかかるなら、また今度で‥‥‥」
フォレストの森は町の近くと言われているけど、徒歩で行くとそれなりの時間がかかる。
今は昼を超えたあたりだけど、フォレストの森へ着くころには夕方近くになるだろう。
家にも1度帰るので、そろそろ行かなければ、下手をすれば夜になるかもしれない。
「安心せい。すぐ終わる話じゃ」
「それなら」
「ふむ、では少し語るとするかの。‥‥‥わしの友人はお主と同じピエロじゃての、人を楽しませる事がうまい芸達者な男じゃった。そんな友人は演技だけではなく、戦いも上手かった‥‥‥いや、強かったじゃな。恐ろし魔物を前にしても、危険な状況に陥っても、関係ないと言わんばかりに簡単に対処していた。それだけじゃない、それ以外の事もなんでも上手くやってのけた。だからわしは、そんな友人に聞いてみた。何故お前は何でも出来るのかと‥‥‥。すると、あやつはこう言いおったわ。「舞台の上でやる事なら、なんでも出来る」とな」
「舞台の上?」
「そう、友人はどのような場所でも、そこを舞台と見立てて演技をしていた。どんな時も、どんな状況でも舞台の上で演技をしていると思えば、なんでも出来た。‥‥‥もちろん、魔物との戦いもじゃ」
ドルトは懐かしむように友人の話した。
すると、ドルトの目から涙がポロポロと流れてきた。
「いかんのぉ、昔の事を語るとすぐ涙が出てくる。歳をとった弊害じゃな」
「大丈夫か、ドルトさん」
「大丈夫じゃ。歳よりは涙もろくてな。‥‥‥さて、この話はここまでじゃ。短かったじゃろ? さぁ若いの、がんばって行ってこい」
「お、おう! 行ってくるぜ」
俺はドルトに手を振ってミネ公園から出て行こうとした。
すると、ドルトが何かを思い出す様に「あっ」と呟き、それから俺の背中に向かって大声で叫んだ。
「間違えておったわ。楽しんで行ってこいじゃたわ」
「?」
さすがに楽しむってのは、無理じゃね?
そう思いながら、俺に家に向かって歩いていった。




